10/5 Wed. 空気は読まない方がいいこともある――後編

 おにぎりの具で1番好きなのはどれですか。


 ブルスケッタに載せるものもそれと同じで十人十色と言うか、千差万別と言うか。


 おにぎりは日本人なら誰でも知ってるものだから定番ってのがあるけど、ブルスケッタは違うからね。本場の定番はニンニクとトマトだと思うけどさ。


 愛宕部長のやつは一見だとよく分からん。生ハム食え! って感じ。


「バゲットにクリームチーズを塗って、ルッコラとイチジクを載せて生ハムでぐるっと巻いたものだよ」


 出たよ。こんな時でも彩りだよ。バゲットの茶。チーズと生ハムの白。ルッコラの緑。生ハムとイチジクの赤。イチジクの黄。なんでそう5色を狙おうとするかな。


 まあね。分かるよ。女子だもんね。おしゃれもおしゃれ。超シャレオツだよ。


 見た目でも楽しませたいってことだね。イチジクのグロい部分は生ハムで隠れてるし、その辺の配慮も素晴らしいよ。


 けどね。もうルッコラの時点でアウトなんだよな。緑なんかいらんわ。てかイチジクも好きじゃないんだよな。脱出ゲームでも痛い目を見たしな。


 まあ、食うけど。試食会だし? 部長の品だし? 女子の手料理だし?


 憂鬱だわ。葉っぱとパンは合わないんだよ。レタスサンドとかもいらないんだよ。


「おいしい!」


 川辺さんがいつもの呪文を唱えてるけど、それもうただのマクロでしょ? 口に何かを入れたらそう発するようにできてんでしょ?


 こんなん美味い訳が。美味い訳が。


 なにこれ。


 イチジクがじゅわっとした。何か下処理をしてんのかな。


 そしてチーズとめっちゃ合うわ。イチジクとチーズが合うって発想がなかった。けどそうか。イチジクもチーズもワインと合うもんな。良い三角関係なのか。


「美味しいですね」


 パクパクいけたわ。まあ、緑なんかいらんって意見は覆さないけど。


 女子にも好評だった。全員分を食べるために3分割に切って食べてるけど、夏希先輩と優姫がおかわりを所望したくらいだ。


 続いて、皆川副部長の作品。これまた食指が動かんなぁ。


「アボカドとサーモンを粗みじん切りにして。タマネギは普通のみじん切り。後は長ネギを刻んで、レモン汁で和えてみました」


 またカラフルだよ。しかも緑多め。サーモンの色は綺麗だけどね。


 まあ、食ってみましょうか。さっきみたいに意外といけるかもしれんし。


「……」


 いや、無理。レモン汁がいらんと思うね。タマネギもいらんわ。ぶっちゃけサーモンだけでいいんじゃないかこれ。


 あの川辺さんすら無言でもぐもぐだよ。しかも食べ終えてすぐにペットボトルのストレートティーを飲んだよ。口直しされちゃってるよ。


「美味しいですね」


 内炭さんのヨイショが炸裂。いや、これは無理があるんじゃないかな。


「美味しいです」


 え。中島さんも乗っかった。


「アボカドとサーモンが柔らかいからタマネギのシャキシャキとした食感がアクセントになってて楽しいね」


 愛宕部長が食レポみたいなことを言ってるけど、そういうのいいから。味が一番大事だから。


 驚くべきことに夏希先輩と優姫も気に入ったらしい。


「まあ、大人の味って感じ?」


 夏希先輩が俺を見ながら言った。なるほど。それなら納得だわ。川辺さんに合わなかったのも仕方ないね。


 そんでもってお次は夏希先輩の番。これは普通に美味そう。


「バゲットにクリームチーズを塗って焼きナスを乗っけてみた」


 焼きナスは醤油を垂らして花かつおを躍らせてる。醤油とチーズの相性がいいのは知ってるし、これは普通に美味いだろ。


 うん、普通に美味い。なのに川辺さんが呪文を唱えない。


 なんでだ。あー、そうか。さっき言わなかったことを気にしてるのかもね。あの川辺さんが空気を読んじゃってる訳だ。


 次は俺。マカロニグラタンのブルスケッタ。


「バゲットにオリーブオイルを塗って、マカロニとベシャメルソースとチーズを盛って焼き上げてみました」


「おいしい!」


 川辺さんの呪文が復活。優姫も満足気に頷いてる。が、


「歯応えがないね」


 ケチを付けてきたのは夏希先輩だ。なんだよ。タマネギでシャキシャキ言わせた方がよかったってか。まあ、分かってた部分ではあるけどね。


「しめじを入れようか迷ってます」


「あー、いいかもね。文化祭で出すなら舞茸の方がいいかもだけど」


 新米の時もそうだったけど、稲垣家は食感をだいぶ気にするみたいだね。


 次は優姫だ。里芋は味噌汁か煮物くらいでしか使わないんだけど。


「バゲットにねぎ味噌を塗って、輪切りの里芋にチーズを乗っけて焼き上げたものに七味唐辛子で香りづけしたものでーす」


 秋が近いからかもね。美味いわ。全員からの高評価。ちょっと悔しいな。


 稲垣さんのは至ってシンプル。


「クリームチーズを塗って、たまごフィリングを載せてみました」


 サンドイッチの定番と言えばタマゴとツナとハムチーズになると思うけど、よく考えるとここまでタマゴがなかったんだな。ちょっとびっくり。


 味にびっくりはしないけどね。想像通りのものだ。けどそれがいい。安定感ってやつがあるね。


 内炭さんのは言ってた通りのパンプキン。


「煮たかぼちゃを裏ごししたものにバターと塩こしょうで味付けして、バゲットに塗ったら短冊切りのベーコンを盛って、粉チーズを振って焼き上げました。仕上げにドライパセリも振ってあります」


 かぼちゃの甘さってあんま好きじゃないんだけど、これは塩気がそこそこあって美味かった。この子はこういうことがちゃんとできるのに、なんで弁当はあんなに冷凍食品だらけなんだろね。


 中島さんは稲垣さんと同じくサンドイッチで定番のツナ。


「マーガリンを塗って焼いて。ツナとタマネギをマヨネーズで和えたものを載せてみました」


 うん、やっぱタマネギがいらん。このシャキってのそんなに必要ですかね。


 最後に川辺さん。ベーコンチーズという超王道。


「バゲットにオリーブオイルを塗ってベーコンとチーズを載せて焼きました!」


 これはさっき食べたけど、また食う。だって普通に美味いし。


 これにてブルスケッタの試食は終了となる。ダメ出しを食らったのは俺だけだったね。


 ふむ。不満を抱きながらも口にしなかった俺が言えた立場じゃないんだけどさ。やっぱダメ出しって必要だよな。だってただ食うだけだと参考にならんもん。


 けど料理研究会はエンジョイ勢の集まりだからな。こんな感じでいくしかないんだろね。ちょっともやもやするわ。


「そいえば」


 ふと優姫が呟いた。


「碓氷クン。2択で迷ってるって言ってなかったっけ」


 いらんことを言ってくれたな。


「じゃあそれも試食しよっか」


 愛宕部長もさあ。気を利かせたつもりなのかもしれんけどさあ。


「ちょっと時間が掛かりますよ」


 一応は断りを入れて、


「夏希先輩、ホットプレート借ります」


「ご勝手にー」


 という訳で、ちょっと離れて男子1人だけで寂しく調理をしようと思います。


 最近よくお世話になってる合い挽き肉を用意。ピーマン、ナスは角切り。ニンジン、タマネギを粗みじん。ニンニク、ショウガは通常みじん切り。


 ホットプレートがアツアツになるまで待ってる間に、


「そういえば内炭ちゃん」


 副部長が内炭さんに寄っていった。


「教えて欲しいことってなんだったの?」


 あれ。それってまだ終わってなかったのか。ペアになった意味がないじゃん。


「玉城先輩とのことをお聞きしたかったんですけど」


 しかも料理に関係がなかった。


「えー? なになにー? 拓也くんとのことが知りたいの?」


 もうウザいんだけど。副部長、もうウザいんだけど。


 やっぱ女子って恋バナが好物なのかな。夏希先輩以外は興味津々の様子。


 こっちは気にせずホットプレートにオリーブオイルとニンニク、ショウガを投じて両手のヘラでカチャカチャする。


「良い匂いをさせてくれるね」


 夏希先輩が寄ってきた。色気より食い気なのかな。


「実はさぁ。誰にも言ったことがないんだけどさぁ」


 挽き肉をどーん。


「じゃあそのまま黙ってた方がいいんじゃないですかね」


 やめて。脇腹を小突かないで。


「飛白も知らないんだけどねぇ」


「そんなことを俺に話していいんですか」


「カックンも誰にも言えないようなことだから大丈夫」


 聞きたくねーな。


「私の初恋。たっくんが相手なんだよね」


 あぁ。


「だからこっちに来たんですか」


「そんなとこ。もうずっと前に諦めてるから大丈夫なんだけど」


 野菜もどーん。


「納得はいってないんだよねぇ」


 どういうこっちゃ。


「なんであの子なんだろって思っちゃって」


 思わず夏希先輩の目を見た。口元と違って笑ってない。


「私が諦められたのは。相手が飛白になると思ったからなのに」


 ちょっと多めにカチャカチャしよう。ジュージュー言ってるからあっちに聞こえてないと思うけど、スリル満点すぎて喉が渇いちゃうわ。


「飛白は飛白でたっくんじゃなくてカックンに入れ込んでるみたいだし」


 やっぱ外野からだとそう見えるのかね。


「俺と上条先輩はそんな間柄じゃないですけど」


「きみの話はしてないよ。飛白の話をしてんの」


「どっちでも同じです」


「だとしたらきみの目は節穴にも程があるね」


「夏希先輩の目が節穴って可能性もあるのでは?」


 失礼かと思うけど、ここは引けないな。


「飛白が誕生日のときからずっと胸ポケにさしてるシャーペンってきみからのプレゼントでしょ?」


 肯定するか迷った。迷ったことが肯定になった。


「あれ。ちょっと使わせてよーって手を伸ばしたらガチギレされたんだよね」


 塩こしょうを振り、少しカチャカチャさせたら、カレー粉、ケチャップ、ウスターソースを投げて仕上げに入る。


「マジレスしていいですか?」


「いいよ。本当は飛白の気持ちに気付いてたんでしょ?」


 全然ちゃうわ。


「巨乳の夏希先輩が胸元に手を伸ばしてきたからガチギレしたのでは?」


「…………」


 おっと。長考に入りましたよ。


「これって前に言ってたホットプレートで作るキーマカレー?」


 しかも逃げましたよ。


「そうです。食べたいって言ってたから作ろうかなって」


「やっさしー」


「そうでしょうとも。だからさっきの勘違いも許してあげますよ」


「……小さい方が悪くない?」


 そんなの恐くて頷けんわ。女性の7割くらいを敵に回しそうだし。


「節穴先輩、おこげって好きですか?」


「そういうこと言う子は好きじゃないなぁ」


「さっきの余りの古米を持ってきてくれたらカレー風味でやりますよ」


「とってくる」


 そろそろ良い感じになってきたから挽き肉を中央に集める。3か所にくぼみを作って卵を割り入れ、半熟になったら保温モードにチェンジ。


「はいよ」


 茶碗一杯に盛ってきやがった。さすがに多いだろ。やるけど。


「私さ。そこそこモテるんだよね」


「知ってますよ」


 思わせぶりだもんね。勘違いする男子が後を絶たない感じ。


「私のことをよく知ってくれてるんだねぇ。嬉しいなぁ」


「そういうとこですよ」


「どういうとこ?」


 絶対に分かってるくせに。


「知ってくれて嬉しいって言われたら『なんで?』ってなるじゃないですか。誰にでも知って欲しいって訳じゃないでしょうし」


 夏希先輩は笑ってる。この小悪魔め。


「そうだね。だから誰にでも言うわけじゃないよ?」


「つまりそういうとこですよ」


 特別扱いされてるって勘違いしちゃうじゃんな。


「カックンと一緒だからカックンに言ってるってだけで、カックン限定で言うわけじゃないよ?」


「分かってますよ」


「他の人に言ったことはないけどねぇ」


 こいつ。いい加減にしとけよ。男心をメトロノーム感覚で動かすんじゃないよ。


「たまにさぁ。夢を見るんだよねぇ。自販機の前で迷ってる夢」


 ちょっとだけコメを掬い上げて茶碗に落とし、キーマカレーをそこに乗っける。それを口元で傾けてもぐもぐしてみた。良い感じだね。


「お茶も、紅茶も、コーヒーも、ジュースも、なんでも揃ってるんだけどねぇ。500円玉を入れたのにさぁ。欲しいやつのボタンをどれだけ押しても落ちてこないの」


 茶碗を置いたら夏希先輩がそれを両手で持って差し出してきた。味見したいってことかな。じゃあさっきと同じモーションを繰り返して、


「どの辺に口を付けたか分かる?」


 夏希先輩が茶碗をくるくる回してる。


「大丈夫ですよ。口に落とし入れたんで」


「そっか。カックンなら別にどっちでもいいんだけどねぇ」


 なら聞くなよ。ここまで来るとドキッとするのも難しいわ。


「おー、美味しいじゃん」


「そりゃどうも。バゲットに塗るのはバターがよさそうですかね?」


「クリームチーズでもいいかも。ていうかカレーならなんでも合うんじゃない?」


 かもね。


「カレーだー!」


 さっきからちらちらこっちを見てた川辺さんがとうとう我慢できなくなったみたいだ。それに伴って他の部員どころか調理の練習をしてた他のクラスの生徒までもやってくる。カレーの香りってフェロモンかよってくらい人を惹きつけるよね。


「まだコメもあるからコメがいい人は茶碗を。ブルスケッタが良い人はバゲットを焼いて持ってきてください。卵はジャンケンで2人までってことで」


 夏希先輩から茶碗を回収し、おこげのできた白米を投じた。カレーをモリモリに載せて、半熟になってる卵も乗せちゃう。


「ジャンケンしなくていいの?」


 あんな話をされちゃったらね。同情って訳じゃないけど、何かしたくなるよ。


 夏希先輩、心の奥底ではあの人のことがまだ好きなんだろうなぁ。


 難しいとこだね。


 買えないもののボタンを押し続けるのと。


 欲しくないもののボタンを押しちゃうのと。


 果たして、どっちの方が幸せになれるんだろうね。


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