10/1 Sat. 内炭朱里の批難
もう10月だよ。相対性理論さん、仕事しすぎじゃない? 大丈夫? 夏休みと比べて時間の流れが随分と早い気がするんだけど。
この調子なら文化祭まであっという間だ。中間テストまでもあっという間だよ。いつも通りに勉強はしてないが、今回に限っては他の生徒もそうじゃないかな。
夏休みからそんなに経ってないしさ。文化祭の準備も忙しいしさ。生徒会役員選挙もあったしさ。なんで学校ってこの時期にイベントをぶち込みまくるのかねぇ。他校だと体育祭も10月にあるって聞くし、ブラックにも程があんだろ。
だから仕方ないんだ。多少くらいは成績を落としても仕方ない。
だってあの勉強大好き内炭さんでさえ学業が疎かになってる訳ですよ。人生は日々勉強であるって言葉を素で辞世の句にしかねない、あの内炭さんがだよ?
いやあ、すっかりドロップアウトしちゃったよね。夏休みもバイト三昧遊び三昧だったし、学年順位も普通に2桁まで落ちるんじゃないかな。
けど本人は実に楽しそうだし、中学では経験できなかった青春ってやつをこのまま謳歌したらいいと思うよ。そして青春に続き、朱夏、白秋、玄冬ってカラフルな人生をより良い形で送れるといいね。
まあ、兎にも角にも、そこに関しては内炭さん次第だな。順位が落ちてショックを受けるようならまた勉強をすればいいし、それよりもみんなと過ごす時間を有意義に感じるようなら今のままでいいしさ。
両立するのはちょっと厳しいと思うから、勉強の方を選ぶなら遊びに誘う回数をこっちの方で調整しようか。気を利かせすぎてた感もあるから俺も反省しないとね。
それはともかく、今日はママゴトの日だ。なんだかんだで先月はママゴトできてないからね。今日はちょっと亭主関白な感じでいこうかな。
午前8時過ぎ。朝の支度を雑に終えた俺はダイニングに向かい、
「おはー」
「おはよう」
おはいおって返せなかった。優姫の隣に内炭さんがいるんですけど。
噂をすれば何とやらって言うけど、いくらなんでも対応が早すぎるだろ。
「おいアホ」
「アホ!?」
出会いがしらの暴言に優姫がびっくりしてる。いつも言ってるけどね。
「お前、いい加減にウチのセキュリティに関して倫理と道徳を働かせろよ」
俺の正論過ぎる指摘に内炭さんが縮こまってしまった。逆に優姫はでっかいお胸を持ち上げるような感じで腕組みをして、
「朱里ちゃんなら別によくない?」
「誰ならいいとかそういう話じゃない。それが分からんなら合鍵を回収するぞ」
「えー、まっきーの方はちゃんと断ったのにぃ」
「そこに関してはよくやったの一言だ。褒めてつかわす」
あいつを自宅に招いたらインテリアの1つや2つくらい消失しても不思議じゃないからな。逆に増加する可能性すらある。中に何かを仕込まれた感じのやつが。
「えっと。帰った方がいいかしら?」
内炭さんが借りてきた猫状態に陥ってる。これはよくないね。
「俺に話を通さないで来ちゃってるのが問題であって、来ちゃった後のことは別にどうでもいい。そこを追及するのは論理的でも合理的でもない」
内炭さんが苦笑した。
「そこはさすがの碓氷くんね。びっくりするくらいドライなんだから」
「内炭さん、朝メシは?」
「野菜ジュースを飲んできたくらいね」
豆乳くらいは飲みなよ。隣のやつみたいにおっきくなれないぞ。
「あたしは食べてなーい」
こいつはこいつで自分の立場を分かってないな?
「優姫には聞いてないけどな」
「……聞かなくても食べるって分かってるってことだよね?」
「ノーコメント」
「あたしはカドくんを信じてるから!」
「内炭さん、一緒に食う?」
優姫さんの台パンが炸裂。朝から喧しいなぁ。
「なんで相手を指定するの!」
「聞かなくても食べるって分かってるってことじゃね?」
「なんで自分のことなのに疑問文なの!?」
「なんでなんでって言うならまずは論理的思考で答えを導きだしてみろや」
優姫はぷんすかしながら3秒ほど目を瞑って、
「歪んだ愛ゆえに!」
ああ、こいつ、まじで上条先輩に感化されちゃってんのな。そのことがショックすぎて不法侵入のことなんかどうでもよくなったわ。
「じゃあ先週の要望通りにピザっぽいブルスケッタでも作るか」
「っ! 愛で正解だったの?」
「んな訳あるか。ママゴトしねーの?」
「する!」
優姫は勢いよく椅子から立ち上がって俺の元まで駆け寄り、
「カドくん、しゅきぃ」
ぎゅーっと抱き締めてきた。おやまあ、内炭さんが死んだ魚を見るような目を向けてきてるよ。気にせずゆるふわの髪を撫でちゃうけどね。
「私は何を見せられているのかしら」
「喧嘩するほど仲がいいってやつの実例」
「的は射てると思うけど、ただイチャイチャしてるようにしか見えないわね」
「個人的には出来の悪い妹を宥めてる感じなんだけど。何と言っても出来が悪いし」
痛い痛い。背中をつねるのをやめなさい。
「これ、美月ちゃんになんて言おうかしら」
おっと。脅しかな?
「何も言わなくて結構」
「そうしようかしら。1勝1敗って感じになりそうだし」
あー、そうか。優姫ちゃんに抱きつかれてたよーって伝えたらムッとすると思うけど、でも碓氷くんは顔色一つ変えなかったって追加で伝えたらパッと明るくなりそうだしな。不用意に心を揺さぶるだけになるかもしれんね。
「どゆこと?」
優姫さんはもうちょっと論理的思考を勉強しましょうね。
という訳でご飯ご飯。昨晩の内にスーパーのパンコーナーにあったバゲットを買っといたからそれでブルスケッタを作る。この工場で大量生産されてるっぽい袋パンでも美味しくいただけるのなら、そっちの方が安価になるからね。
「やっぱり美味しいわね」
「美味しい!」
結局は3人ともが2枚ずつペロリといった。パン屋のバゲットと比べたら風味がやや物足りない気もするが、そんなものは乗せるものでいくらでも誤魔化せるし、パン屋のパンを知らない相手なら何とも思わんくらいの差だと思う。
「朱里ちゃんは何を載せるか決めた? あたしはお芋にしようかなって」
優姫の発言は一部の人達から炭水化物に炭水化物かよってツッコミを入れられそうだけど、焼きそばパンやコロッケパンだってそうだし、もっと言えばカルボナーラやドリアだってそうだ。合うもんは合うんだから喧しいことを言うなって話だね。
なお、料理研としての出しものは俺の提案したブルスケッタに決まった。保健所の資料には使用する予定の具材を書きまくっておいたから、その範疇のものならおおよそ大丈夫とのことだ。基本的に加熱して提供しなきゃいかんけども。
「かぼちゃね。旬だし、今月はハロウィンもあるし」
「いいね!」
こっちも炭水化物である。まあ、芝居、浄瑠璃、芋、蛸、南瓜って言うしな。
「カドくんは?」
「まだ細かいとこまで決めてない。イメージはあるけど」
「どんなイメージ?」
「炭水化物」
俺も結局はそうなる。てかさ。
「この話をするために内炭さんは朝も早くから塾をサボって来たのか?」
「サボってるわけじゃないわよ。今月から日数を減らしてるの。塾は平日だけにしようかなってね。ほら、週末は友達と会うことが多くなってきたから」
嬉しそうですね。まあ、週7はやりすぎだって俺も思ってたけどさ。ぶっちゃけ週5でも多すぎると思いまっせ。時代は週0だよ。
「というか。本当に忘れちゃってるのね」
「だから言ったじゃん。カドくんってそういうとこあるって」
なんか罵倒されてますね。えー、今日ってなんかあったっけ。
「来週に中間テストがあるでしょ?」
あるね。あー、それで内炭さんが優姫の勉強を見てくれるって話、違うわ。
「まじで忘れてたわ。油野との勉強会か」
2人揃って頷いてくれた。すっかり忘れてた。だって俺、勉強する気なかったし。
「昨晩に油野くんからお問い合わせが来たのよね。勉強会の件ってどうなってる? って。もう、碓氷くんったら、どうしてくれるのよ!」
言葉と裏腹にめっちゃにやにやしてて気味が悪い。
「碓氷くんが忘れてたお陰で就寝前に通話できちゃったんですけど! お陰で夢の中に油野くんが出てきたんですけど! 本当にありがとうございました!」
どういたしましてって言いにくいなぁ。まあいいか。根本は批難のはずだし。
てか油野はなんで俺じゃなくて内炭さんに問い合わせしたんだろ。相手しなくて済んだのは助かったけどさ。
「あたしもさ。2組の騒動のときに油野クンが『中間の前に勉強会をしような』ってみんなの前で言ってくれてたのに、音沙汰がないなあって思ってて。まっきーにも、いつやるの? 碓氷くんは来るの? ってしつこく聞かれてたんだけどね」
残念ながら牧野さんは招待状をお持ちじゃないんだよなぁ。
「そしたら昨日の夜に朱里ちゃんからどうなってるのーってLINEが来て、どうせカドくんのことだから忘れてるんじゃないかなーって」
事実だから何も言えねーわ。
「それでもしかしたら今日やるのかなーってことで朱里ちゃんを呼んだわけです」
なるほどね。正直、勉強をするって気分じゃないんだけど。
「油野を呼ぶか。油野家に行くか。どっちがいいよ」
今回ばかりは仕方ないね。つらいけど、勉強会を開こうか。
「油野くんの家に宿理先輩がいるならここでやった方がいいと思うけど」
内炭さんの言い分も分かる。前回はかなり邪魔をされたからな。
「一理どころか百理くらいあるな」
優姫さんもうんうん頷いて、
「百理どころか宿理くらいあるよ」
なにその上限突破しちゃった感じ。悪くないね。
「土曜だからリフィマに行ってそうだけどな」
いっそのこと油野に尋ねてみるか。
碓水@サラ:勉強会開催のお知らせ
カイ@また天井:いつだ?
碓水@サラ:今から
カイ@また天井:随分と急だが時間もないしな
碓水@サラ:宿理先輩が不在ならそっちに行くけど
カイ@また天井:今日は紀紗しかいないな
ふむ。逆に言えば油野を引っぱっちゃうと紀紗ちゃんが1人になるのか。油野なんか別にいらんって言いそうだけど、ちょっと考えちゃうな。
「んー、油野家にいくか」
「おっけー! ちょっと家に戻っておしゃれしてくる!」
「碓氷くん、本当の意味でお手洗いを借りてもいいかしら?」
女子は大変っすね。
優姫を送り出し、内炭さんを洗面所に案内した。内炭さんは早速とばかりにポーチから色々と取り出して、前髪をいじったり、何かを塗ったりしていく。
鏡に映す角度を何度も変えながらチェックする様にちょっと感動してしまった。前回の勉強会だと何をすればいいか分からん感じだったのにな。
女子は早熟だねぇ。もうすっかり年頃の女の子じゃん。女子高生じゃん。
「……なに?」
鏡越しに睨んでくる。おいおい、我、今はこの家の代表者やぞ。
「少しばかりお父さん目線になってた」
「普通に気持ち悪いんだけど」
「酷いな。内炭さんも女子高生になれたんだなあって感動してたのに」
「そっちこそひどくない?」
「お互い様だろ」
「そうね」
内炭さんはふっと笑って、
「みんなが色々と教えてくれるのよ。有難いことだわ」
「良い友達を持ったね」
「何よそれ」
本当に、明るく笑うようになったなぁ。
「碓氷くんもその一人っていうか。代表みたいなものでしょ?」
そういや俺って内炭さんにとっては高校で最初の友達になるのかな。
「上手くやっていけるのかなって入学式のときに怯えてた自分に教えてあげたいものだわ。このいけ好かない効率バカと仲良くなれば何の心配もないわよって」
ねぇ、さすがにひどすぎない?
「俺も初めて部活に参加した時の自分に教えてやりたいわ。この子と関わると碌なことがないから何があってもスルーしなって」
「ひどいことを言うわね」
こいつ。
「でも無理じゃない?」
「非科学的かつ非論理的だしな」
「そうじゃなくて」
苦笑。ただ、その瞳には絶対的な自信ってもんが窺えた。
「どうせ碓氷くんはめんどくせーなーって思いながらも私を助けちゃうから」
「なるほど」
「あら。随分と簡単に認めるのね」
「認めるっつーか」
思っちゃったもんね。こいつ、めんどくせーなーって。
その上で、今日はどんなアシストをしてやろうかなって考えちゃったし。
「まあ、内炭さんと友達になって後悔はしてないからね」
それこそ入学式からやり直すことになっても、また友達になろうと思うくらいにはね。
「それを言うなら、友達になってよかったと思ってる、でしょ?」
「いいとこプラマイゼロじゃね」
「……ほんと。そういうとこなんだけどね」
ジャッジは公平かつ公正にやるべきだからね。
まあ、友達の意見だし? その批難は有難く頂戴するけどね?
いつか。そのうち。きっと。たぶん。おそらく。是正するか検討してみるよ。
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