9/30 Fri. 内炭朱里の至難

 昨晩はなんだかんだで楽しめた。やたらと料理を作らされたけどね。


 久々にブリックとかも作ってみたけど、やっぱ余所のキッチンは使い難い。卵が上手いこと半熟にならんかったわ。油野は嬉しげに食ってたけどね。川辺さんもね。川辺さんって卵を使ってりゃなんでも笑顔で食ってくれそうなとこあるよね。


 ちなみに、参加者の中で俺だけ誕生日プレゼントを用意してなかった。あれだよ、あれ。本当に親しい間柄ならお中元もお歳暮も送らないって聞くし、それだよ。


 油野も特に気にしてなかったが、周りの視線が厳しかったから一応は財布の中に入ってた紙をあげた。あいつ、めっちゃ焦ってたけどね。


 油野は柄にもなく幸せそうにしてたし、内炭さんも川辺さんと一緒に楽しそうにはしゃいでたし、リフィスとか水谷さんとかの一部の邪悪な輩はやたらと俺に注文を入れてきてまじでウザかったが、いい日だったよ。


 そして明くる日、登校直後のことだった。


「ちょっといいか?」


 席に着いてスマホを出したのとほぼ同時くらいで声を掛けられた。吉田くんだ。


「急ぎの要件じゃないなら1限の後でよろしく」


 5分以内に漫画アプリの無料チケットを使わないと、チャージサイクルの関係で効率が悪くなるんだ。特に必死になってまで読みたい訳じゃないが、最大効率を維持しないと損した気分になるんだよね。効率厨あるあるだよ。


「急ぎというか。大事な用件だ」


 大事かどうかは主観の話。吉田くんにとって大事でも、俺にとっては違うなんてざらにあるだろ。だから用件の重さに興味はないんだ。タイムリミットがあるのなら取り返しが付かなくなるかもしれんもんで、応じても構わんってことなんだけどね。


「ここで話せる内容?」


「廊下にいこう」


 仕方ない。歩きスマホ。略してアホで移動しよう。


 行き先は職員用の階段だった。使ってるとこを教師に見られたら怒られるけど、踊り場で突っ立ってるくらいなら問題ない。


「それで?」


 俺はスマホを見たままだ。


「もうちょっとくらいは聞く姿勢を見せてくれてもいいんじゃね?」


 呆れた感じの声を聞かせてきたけどさ。


「こちとら応じる必要がないのに付いてきたことを感謝して欲しいくらいなんだが」


 別にこのまま戻ってもいいしな。俺は何一つ困らんし。


 少し前まで敬語を使ってきてた陰キャに、こうも生意気な口を利かれるとは耐えがたい。とはならないのが吉田くんだ。


「そうだな。悪い。ありがとな」


 こうされると今度は漫画を読んでる俺の居心地が悪くなる。上条先輩や水谷さんがこのセリフを言ったら作為を感じるけど、たぶんこれは素なんだよなぁ。


 仕方ない。たまにくらいは効率を捨ててみよう。こんなのするべきことですらないからな。


 俺はスマホをズボンのポケットに突っ込み、


「ではどうぞ」


「お、おう」


 改まったらおどおどし始めた。なんや。ワイにびびっとんのか、ワレ。


「昨日、油野の誕生日会をやったんだよな?」


「それって誰情報?」


 あえて質問に質問で返す。どうせ川辺さんだと思うけど。


「さっき川辺さんと天野と大岡が言ってた」


「盗み聞きはよくないね」


「あんだけ声がでかけりゃ嫌でも聞こえるって」


 陽キャの話し声って新しく始めたゲームの初期設定くらい音量のバランスがおかしいからね。しかもどこを探しても設定画面がないんだぜ。その上、意見要望のカテゴリで問い合わせをしようにも聞く耳を持たないから終わってる。まじクソゲー。


「それで? 続きは?」


「ウチのクラスで参加したのって碓氷と川辺さん、天野と大岡の4人か?」


「浅井と大畑くんもいたね」


 まず宿理先輩がモデルの後輩である天野さんに声を掛け、天野さんが腰巾着の大岡さんを誘い、大岡さんがメイク仲間の大畑くんを呼び、大畑くんが親分の浅井を連れてきたっていう芋づる式だ。


「俺は川辺さん以外が来ることを知らんかったけどね」


「そう、なのか」


 あれ? 吉田くんの肩が落ちたぞ。


「……最近、あいつらにハブられてるんだよな」


 だから言ったじゃん。浅井と大畑くんを返却しますって。


「何か心当たりはあんの?」


「単純にお前の影響力がデカすぎるんだと思う」


 影響力ですって。モブに似合わない言葉ベスト3に入りそう。


「ほら、俺だけお前のLINEグループに入れて貰ってないだろ?」


「俺のじゃなくて浅井のな」


「とにかくそのグループに入ってないだろ。そのせいだと思うんだよ」


「まあ、確かに。秘密の情報を共有してるから連帯感ってのが出てきてるのかもな」


「……ネタコンのやつとかな」


「あれ、そんないいもんじゃなかったぞ」


 別に見せても構わんだろ。経緯の部分を見せてやろう。


 碓水@サラ:ネタコンに上条先輩と男女逆転でエントリーすることになった

 ☆美月☆:えw

 碓水@サラ:油野の野郎は姉ちゃんと男女逆転でエントリー

 ☆美月☆:www

 浅井だよ:まじかよ。何がどうなったらそんな状況になるんだよ

 碓水@サラ:一緒にランチしてたらなんやかんやでそうなった

 天野エレナ@あたし最高!:やどりんの男装……

 大畑純一:なんやかんやってなんだよ

 おおお@エレナちゃん最高!:面白そうだね! でもお化粧とかどうするの?

 碓水@サラ:当日にやどりんパワーでシノブちゃんが来るらしい

 おおお@エレナちゃん最高!:まじか!

 大畑純一:すげえ贅沢じゃん

 天野エレナ@あたし最高!:碓氷さん、それってあたしも出られますか?

 碓水@サラ:出るって男装で?

 浅井だよ:なんでだよw

 ☆美月☆:むちゃぶりw

 おおお@エレナちゃん最高!:絵麗奈ちゃんの男装……

 大畑純一:本当に碓氷は突拍子ないな。けど天野の男装は見栄えが良さそうだ

 天野エレナ@あたし最高!:はい、男装です。やどりんに合わせます

 ☆美月☆:えw

 浅井だよ:ええ

 大畑純一:まじか

 おおお@エレナちゃん最高!:尊死

 ☆美月☆:ザオラル!

 碓水@サラ:しかしおおおは生き返らなかった

 大畑純一:なんでザオリクじゃないんだw

 浅井だよ:碓氷の判定は本当にシビアだなw


「……羨ましすぎてまじで泣きそうなんだけど」


 画面をスクロールするたびに吉田くんのライフが削られているようだ。


「やめとく?」


「……見たいです」


 そうかい。


 碓水@サラ:相手役をどうしようか。大岡さんがやる?

 おおお@エレナちゃん最高!:絵麗奈ちゃん、舞台下から見るか、横から見るか!

 ☆美月☆:打ち上げ花火みたいになっちゃったw

 天野エレナ@あたし最高!:静香でもいいけど。あたしは浅井を推す

 浅井だよ:は?

 ☆美月☆:男装には男装を、女装には女装を!

 浅井だよ:なるほど。俺VS油野の図式か。悪くねーな

 天野エレナ@あたし最高!:決まりね

 おおお@エレナちゃん最高!:人の夢と書いて、儚い……

 大畑純一:どんまい

 ☆美月☆:どんまい

 碓水@サラ:せっかくトスをあげてやったのによぉ

 おおお@うおおお!:今からでもスパイクを打っていいですか!

 ☆美月☆:名前が変わったw

 浅井だよ:やる気が伝わってくるようだ

 大畑純一:すごく雑な名前なのに個性を感じるのってすごいな

 おおお@うおおお!:うるさい! 大畑! 一緒にネタコン出るよ!

 ☆美月☆:えw

 大畑純一:は?

 碓水@サラ:これは大岡さんが男装で大畑くんが女装の流れ

 ☆美月☆:www

 大畑純一:まじで?

 おおお@うおおお!:まじだよ!

 浅井だよ:鳥肌が立った

 天野エレナ@あたし最高!:鳥肌?

 浅井だよ:いや、なんでもない

 ☆美月☆:わたしもちーちゃんを誘って出てみようかな!

 碓水@サラ:ハヤト出勤のお知らせ


 なお、大岡さんと大畑くんは事前にこの話を通してあった。個別で都合の良い話を吹き込んでね。浅井には最後の最後でバレたっぽいけど。浅井だけが大畑くんの女装癖を知ってるからなぁ。これが俺の脚本だって気付かれてもおかしくないわな。


「やっぱ羨ましいな」


 吉田くんは溜息こそ吐かなかったが、全身で哀愁を漂わせちゃってる。


 そしてふと呟いた。


「俺、大岡のことが好きなんだけど」


「知ってる」


「は?」


「あっ」


 内炭さんと似たフレーズだったから反射的に返しちゃったわ。癖って恐いね。


「それを担保に仲間入りしたいってことか?」


「そのつもりだったんだけどな。知られてたんじゃダメだろ?」


「そこは別に構わんけど、あんま大畑くんに強く当たってくれるなよ?」


「努力する」


 嫉妬はするってことか。正直者だね。


 本当のライバルは天野さんなんだけどなぁ。


 ふむ。思えばこれって6月までの油野に対する内炭さんと状況が似てるな。


 男色の油野くんに恋しちゃって自分に振り向かせたい内炭さん。


 女色の大岡さんに恋しちゃって自分に振り向かせたい吉田くん。 


 意外と話の合うペアかもしれないね。


 そんなこんなで吉田くんをグループに誘い、


 よっしー:被害者になりました!

 浅井だよ:まじかよ

 大畑純一:おめでとうって言っていいのか?

 天野エレナ@男装の奥が深い:いいと思うけど?

 おおお@男装メイク勉強中:よく来たな! ここが地獄の入口だ!

 ☆美月☆:いらっしゃーい! ここはいいとこだよ!


 1人だけ被害者の意味を分かってない川辺さんは得意の知ったかぶりを発動してるが、大岡さんの反応が意外と悪くなくて安心した。吉田くんも嬉しかろう。


 陰ながら応援してるよ。ってことで昼休みまで学業に励み、リュックを背負って技術科棟に遠征した。


 今日もきっと昨晩の話をにやにやしながら話してくるんだろうね。


 と思いきや、ドアをスライドさせたら内炭さんが窓の外に思いを馳せていた。久々の般若心経モードだ。何かあったのかな。


 油野の誕生日会に参加したことがバレて各方面から吊るし上げを食らったってことなら、カードを束で切るのも吝かじゃないが。


 とにかく席に着く。そして弁当箱とほうじ茶を机に置き、声を掛けられないから弁当箱の蓋を開ける。今日はプチトマトですねー。


「ねぇ」


 般若モードの割には内炭トークの導入が早いな。まあいいけど。


「どうした?」


「私って。どうやったら油野くんと釣り合えるようになるのかしら」


 急にどうしたんだろ。昨晩に油野と水谷さんがイチャイチャしてる場面でも見ちゃって触発されたのかねぇ。


 ともあれ選択肢はいくつか思い付く。どれも現実的じゃないけどな。


「それって内炭さんが納得するって意味で? 周囲の連中が納得するって意味で?」


 内炭さんが身体ごとこっちを向いてきた。真面目な顔だ。


「どっちもだけど。私の方かしらね。周囲の人達はどうせ何があっても認めないし」


「一理あるな。なら納得いくまで自分を磨き上げるしかないんじゃね」


「例えば?」


「ルックスやスタイルに納得がいかないなら整形するとか」


「……合理的すぎてめまいがするわね」


「俺はしなくていいと思ってるけどね」


 内炭さんが前のめりになってきた。よって弁当箱を差し出す。えっ、プチトマトを取ってくれないんですけど。何のために寄ってきたんだよ。


「周囲の連中を納得させたいならそれも手だけど、自分が納得するだけならただ自分に自信を持てばいいだけだしな。がんばって自分を洗脳するがいい」


 弁当箱をもうちょっとだけ近付けてみる。よし、ひょいパクしてくれた。


「あんまデカい声じゃ言えんが、ぶっちゃけ俺は水谷さんよか内炭さんの方が油野を幸せにできると思ってるよ」


「くわしく!」


 うるせえ。デカい声で言うんじゃねえよ。


「単純な相性の問題だ」


「私と油野くんって相性がいいの!?」


 目をキラキラさせちゃってまあ。


「水谷さんと油野ってどう見ても水谷さんの方がしっかりしてるってか、ちゃっかりしてるよな」


「それは確かに」


「立会演説の件もそうだが、あれだと油野が水谷さんに頼ることがあっても、水谷さんが油野に頼ることがない訳だ。それがあいつらの場合、尻に敷かれるって言葉の範疇を超える気がするんだよ。パワーバランスが違いすぎるからな」


「むぅ。油野くんが成長しないと水谷さんに見限られるってこと?」


「どっちかって言うと、油野の心の方が先に折れる気がするな」


 こないだの反応からしてそう思える。あれも結局は水谷さんからの歩み寄りで解決したしな。油野はただいじけてたに過ぎない。


「思考や性格の相性で言えば水谷さんとは碓氷くんの方が合うのかしら?」


「怒りますよ?」


「えぇ」


 えぇ、じゃないよ。侮辱だよ。勘弁してよ。


「水谷さんはやっぱリフィスなんじゃねえかな」


「……それはそれで大問題な気が」


 宿理先輩と弥生さんのどっちも選ばれないってルートに入っちゃうからね。


「個人的には、内炭さんと油野は同じ高さの目線で話せてる気もするし、精神的なものとか、性格的なものとかなら釣り合ってると思うんだけどな。お互いがお互いを支え合っていけるというか、高め合っていけるというか。そんな感じ」


「碓氷くん」


 にやにやすんじゃねえよ。こえーんだよ。


「食べたいものある?」


 冷凍食品を差し出されました。じゃあコーンクリームコロッケをいただこうか。


「そういや聞きたいことがあったんだけど」


 コロッケを白米の上に寝かしてほうじ茶を一口。


「何かしら?」


 水谷さんなら「バストサイズ?」って言うタイミングだったな。血圧が上がるぜ。


「油野が水谷さんと付き合わなかったらゲイ疑惑が残ってたと思うんだけど、それでも内炭さんは油野に恋し続けることができたと思うか?」


「ちょっとびっくり。思いのほか真面目な質問だったわね」


 内炭さんは腕組みをして思案顔。両目を上の方に向けて、


「わっかんないわね」


 真面目だね。YESでもNOでも根拠が見つからなかったってことだと思うし。


「そもそも油野くんと水谷さんが付き合ってなかったら、私って油野くんとここまで接点を持てたか分からないし」


「そりゃそうだ」


 やっぱ仮定の話をするのは論理的でもないし合理的でもないね。


「でも」


 内炭さんは苦笑した。その苦々しいものに、俺はどこか魅力を感じた。


「やっぱ諦められなかったとは思うわね」


「その心は?」


「男子にしか興味がないっていうのも、ヒロインにしか興味がないっていうのも、私にとってはどっちも苦難の道でしかないわけでしょ?」


 なるほどね。今と似たり寄ったりってことか。


「ヴィア・ドロローサとは程遠いけどな」


「なにそれ。また宗教とか神話の言葉?」


「キリスト教の言葉だな。ラテン語で苦難の道」


「……本当に宗教だし」


 なぜ呆れられるのか。宗教に入信するのは恐いけど、学ぶのは楽しいよ?


「けどまあ、言いたいことは分かる。あいつを落とすのは至難の業だってことだな」


「そうね。昨晩みたいにちょっとずつ距離を縮めていけたらいいなって思ってる」


「点滴穿石か」


「碓氷先生の有難いお言葉ね」


 内炭さんが笑ったところで俺はコーンクリームコロッケをかじってみる。うん、冷凍食品の味だな。割と美味い。


「昨日も、ありがとね。誘ってくれて」


「誘ったのはリフィスだけどな」


「じゃあそういうことにしとくわね」


 あれ? もしかしてリフィスから答えを聞いてるのかな。


 だとしたら恥ずかしい。かっこつけたみたいになっちゃったじゃん。


 礼を言われるほどのことじゃないさ、フッ。みたいな感じになっちゃったじゃん。


 よし、恥ずかしいから一心不乱にメシを食おう。


 心の片隅で、内炭さんと吉田くんの恋の応援くらいはしとくけどね。


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