9/29 Thu. 内炭朱里の困難

 本日は油野圭介の誕生日。めでたいっすね。実におめでたい。


 油野は超絶なイケメンなのにデフォルトで不愛想なせいか、その実、そこまで表立ってはモテたりしない。潜在的なモテ度なら学校内で1番と言っても過言じゃないと思うが、面と向かって「好きです!」って感じになるのは滅多におらぬ。


 それもこれも油野圭介のゲイ疑惑ってやつが原因だ。シノブちゃんがオネエをやってる上に、小学校の頃に油野家を訪ねたやつらの大半があの筋肉ハゲに抱き締められてたりするからな。それを面白おかしく茶化したやつがいたせいで、話に尾ひれどころか背びれやエラまで付いちゃった感じ。油野はあんま気にしてないけどね。


 しかしそうなると女子の方々は難儀してしまう。だってもれなく脈なしってことになるからな。


 内炭さんの推論では、それでも告白したやつが何人かいて、そいつらが振られた腹いせにゲイ疑惑の種を新しく植えてるとのこと。自分がふられたのは自分に魅力がないからじゃない。油野圭介が女子に興味を持ってないからである。って周囲に広めることで、自身のゴミみたいな自尊心を保つという、とんでもない行動原理だ。


 女子こえー。まじこえー。


 そんでもって今日になって改めて思った。まじで女子こえーって。


 なんと、油野圭介くん。朝っぱらからずっとモテております。


 だってあいつ、水谷さんと付き合ってるもん。女子に興味があるって公式設定ができちゃったんだもん。それなら恋する乙女はイチかバチかでアタックするのも吝かじゃないよね。ノーチャンスがワンチャンスに切り替わったんだから。


 それをいつにするか。虎視眈々と油野を狙ってた女子達は決めあぐねてた訳だ。分かりやすいのはバレンタインデーになるが、もっと自分をアピれる日が間近にあるじゃないか。ってのが大筋の流れだと思う。


 はい。1組の前に黒山の人だかりができてます。もはやイベントみたいな感覚で2年や3年の女子まで油野にプレゼントを渡しにいってるみたいだね。


 コロッケからのLINEによると、ほぼほぼ断ってるらしい。


 お返しのことを考えると気が滅入るもんな。しかも大多数の相手が名前や顔を知らんようなやつばっかだと思われるし、その中に牧野タイプが存在してたら、プレゼントの中に盗聴器を埋め込まれてる可能性とかも疑わないといけなくなるからね。


 それに少しくらいは水谷さんに対する義理みたいなものもあると思うから、油野にとってはまじでいい迷惑なんじゃないかな。


 ところで、例の和歌山名物は2限の終了後に内炭さんへとパスしてある。教頭も例のテレビを見てたみたいで、家族で食べさせて貰うよってにっこり笑顔だったね。


 実のところ、内炭さんは既にLINEでハピバーって伝えたらしい。時計の短針が真上に行くのと同時に、正しくは、ネットでグリニッジ標準時を秒単位で観測しながら、9月29日になったのと同時に送信したそうだ。すごい執念だよね。


 おそらく誰よりも早くお祝いの言葉を送ったのは内炭さんだけど、まだ直接では言えてないからすぐにでも言いたい! ってハイテンションで意思表示をしていた。


 その場面を遅まきながら想像してみる。


 内炭さんより可愛らしい女子が次々と油野に受け取り拒否をされる中、彼女があのお菓子を差し出したら彼が嬉しげに受け取り、ついでに親しそうにおしゃべりまで始めてしまう。プレゼントを胸に抱えて次の順番を待ってる女子は思うだろうね。


「ちょっとスタッフ―! スタッフ―! このモブ、さっさと剥がしてよー!」


 それってどうなんだろね。明日と言わず今日からいじめられる可能性大じゃね?


 大丈夫なのかな。もう後の祭りだけど。だって既に昼休みだし。


 特に連絡はないからいつも通りに技術科棟へ移動。一応は管理室に部室の鍵がないかの確認をしてみる。ないね。


 じゃあ部室にいるのかな。ってことで2階に上がって目的地まで進み、ドアをスライドさせてみた。


 内炭さんが長机に突っ伏してる。えー、これ、昨日も見たやつじゃね?


 とりあえず席に着く。完全たる無反応だ。寝てんのかな。じゃあ弁当箱とほうじ茶を出すか。育乳のためにもよく眠るといいよ。寝る子は育つって言うしさ。


 まずはほうじ茶を一口。それから弁当箱の蓋を取り、めっちゃびびった! 内炭さんがほんの少しだけ顔を上げてこっちを見てるよ! ホラーかよ!


「どうした?」


 尋ねないと呪われる気がしたからね。致し方あるまいて。


「…………けど」


「なんて?」


「プレゼント! 渡せないんだけど!」


 はい、本日も理不尽をいただきました。なんで俺が怒鳴られにゃならんのだ。


「他の女子も渡せてないみたいだし、ある意味で公平なのでは?」


「公平とかどうでもいいのよ!」


 荒れてるなぁ。個人的には渡せなくてよかったと思ってるけどねぇ。


「俺もこれは想定してなかったからなぁ。中学時代の油野は誕生日もバレンタインも寂しいもんだったし」


 内炭さんが上体を起こした。前髪を少しいじってから背筋をピンと伸ばして、


「くわしく」


「メシを食いながらでいい?」


「食前がいいわね」


「食後がいいんだけど」


 内炭さんがむすっとした。ここんとこ本当にすぐむくれるなぁ。


「じゃあ間を取って食間でどうよ」


「そんな言葉遊びじゃ騙されないわよ。食間って食後よりもずっと後じゃないの」


 バレたか。


「油野の思い出話を肴に食べる白米は美味しいんじゃないでしょうか」


 内炭さんはハッとした様子でランチセットをわたわたと用意した。相変わらずの冷凍食品過多はさておき、白米を灰色の箸で持ち上げて、


「くわしく!」


 あれ。これって内炭さんはもぐもぐできるけど、俺はしゃべらんといかんからもぐもぐできないんじゃないか?


「まあ、詳しく話すほど内容はないんだけどね。誕生日プレゼントを渡すのは久保田くらいだったし、バレンタインはクラスの女子の何人かが義理でって感じだった」


「その女子ってこの学校にいるの?」


「おいおい。バカなことを言っちゃいかんよ」


「……さすがに嫉妬心をむき出しにし過ぎかしら?」


「いや、俺が有象無象のことなんか憶えてる訳ないだろ。名前も分からんわ」


「……そうだったわね。記憶力がバカみたいにいいくせに、どうでもいい人のことになるとバカみたいに憶えてないものね」


 バカバカうるせえな。けど異論はない。ブロッコリーはあるから食ってくれ。


「最近、ブロッコリーを美味しく感じ始めたんだけど」


「それはいいことだ。これからもどうぞよろしくお願いいたします」


「いいでしょう」


 そう言って内炭さんは森をむしゃむしゃしてくれた。


「ところで内炭さんよ」


「ん?」


「誕生日プレゼントを渡すのは今度にしたら?」


「誕生日プレゼントは誕生日当日に渡してこそでしょ」


 その変な拘りを捨てろって言ってんだけどなぁ。


「じゃあせめて学校で渡すのをやめよう。どうせ油野の元に辿り着けないし」


 何よりも、いじめの誘発に繋がるかもしれんからなぁ。


「悔しいけど、一理あるわね。あの陽キャたち。順番を守らないのよ。並んでる私を押しのけて横入りするの。どうしてそんなことが許されると思ってるのかしら」


「分かる。コンビニとかスーパーの通路でもさ。こっちが避ける前提で真ん中を歩いてるやつがいるじゃん。ああいうのと同じ思考回路なんだと思う」


「あー、いるわね。2列の自転車で歩道を走ってくる女子高生とかもそうよね」


「それそれ。他人の迷惑が気にならんというか、察する能力がないんじゃねえかな。だもんで俺は怒らずに胸中で憐れむことにしてるね。ああ、こんなことも分からない頭しか持てずに生まれてきたなんて可哀想だなぁって」


「……そこまでは言わないけど」


「そこまで言われてもおかしくないくらい身勝手な行動だからね」


 内炭さんが苦笑した。


「スーパーやコンビニの通路とか。2列での走行とかはそれでもいいけど。あの陽キャたちも油野くんの誕生日をお祝いしたいっていう気持ちが前提にあるわけだから、ただ周りが見えてないだけなんじゃないかしら」


「恋する少女は盲目だから仕方ないと?」


「平たく言えばそうね」


「そんなのを言い訳にして好き勝手するやつが油野とくっついて納得できるか?」


「できるわけないでしょ」


 また目が鋭くなっちゃったよ。


「そもそも納得という言葉を使うなら水谷さん以外の女子は認められないわね」


 なかなか厳しいことを言ってくれる。てか、


「それって内炭さん本人も認められないってこと?」


「当然でしょ」


 こういうとこはフェアなんだよな。自分を選んで欲しいって願望を持ちつつも、自分ではダメだって自覚もある。まさに左脳タイプの女子って感じだね。


「それって油野から内炭さんに告白してきた場合も認められないってこと?」


「……それは」


「おい」


「いや、だって。そんなの千載一遇のチャンスじゃないの」


 いちいち照れるんじゃないよ。あり得ない話をしてんだからさ。


 けどまあ、雰囲気が柔らかくなったからメシを食おうか。今なら怒られまい。


 まずはダイコンとニンジンとシメジによるおでん風の煮物からにしよう。まいたけ先輩に見られたら摘発されそうだけど、美味いもんは美味いんだからしょうがないじゃんな。もうちょっと融通をきかせてくれてもいいのに。


 やっぱ普通に美味い。白米も口に入れて、もぐもぐしながらLINEを起動。相手はリフィスだ。今日は授業中もずっとこいつとメッセージの応酬をしてる。


 内炭さんもようやくランチタイムに入った。しばらくお互いに無言で箸を進めて、


「内炭さん、やっぱ学校で渡すのやめない?」


「やめるやめない以前に渡せないんだけど。というか放課後になっても渡せる気がしないんだけど。家まで押し掛けるのはさすがに迷惑だと思うし」


 良識があって偉いね。たぶんあの陽キャどもの一部は家まで行くと思うよ。


「実は俺もいま知ったんだけどさ」


「何を?」


「宿理先輩が油野の誕生日会をやりたがってるらしい」


「え」


「それで俺が誘われてるんだよね」


 内炭さんが前のめりになった。内炭さんには関係のない話だけどねって言ったらどうなるかな。殴られるのかな。それとも刺されるのかな。


「内炭さんも来るなら送り迎えをリフィスがしてくれるらしいけど」


 おや? 即答で乗ってくると思ったのに、なんか躊躇ってるわ。


「それって美月ちゃんは来るの? リフィスさんと水谷さんとの3人行動って精神的にきついんだけど。完全にヒーロー、ヒロイン、モブの区別ができちゃうわけだし」


「まだ聞いてないんじゃね。やりたがってるってだけの話だし」


「……碓氷くん」


 そんな媚びるような上目遣いをしてもダメです。


「俺が川辺さんを誘うのは反則だろ。本人の意思を捻じ曲げる危険性があるし」


「分かった。私が誘ってみる。碓氷くんも来るってことは言ってもいいの?」


「あのねぇ」


「言いたいことは分かるわ。それも結局は反則ってことでしょ? 私も碓氷くんを出汁にするのは良くないってことは分かってるんだけど」


「いや、なんで俺が油野の生誕を祝わなきゃならんのだ」


「……碓氷くん?」


 またおこですよ。ちょっとー。カルシウム不足なんじゃないのー?


「まあ、いいけどね」


 俺もシノブちゃんに用事があるし。


「ありがと! 助かるわ!」


 内炭さんがウキウキでスマホをいじる。相変わらずたどたどしい指さばきだな。


「テンションが上がってるとこに水を差すようで悪いんだけどさ」


「今さらやっぱやめるって言ったら本気で泣くわよ?」


 泣かれるのは嫌だなぁ。怒られる方がマシだわ。


「そうじゃなくて。内炭さん、放課後の流れって分かってんのかなって」


「部活と塾はサボるわよ?」


 潔すぎ。


「そんなことは気にしてないっす」


「じゃあ何を気にしてるっすか」


「見た目」


「……あっ」


 夏休みに私服で会う機会が多かったし、リフィマに行く時もおしゃれしてることが多いから大丈夫だとは思うが、誕生日会の参加に相応しい感じの洋服は持ってんのかね。油野の両親とも顔を合わせることになると思うんだけど。


「一難去ってまた一難ってやつね」


 頭を抱えてしまった。


「水谷さんにそれっぽいのを借りれば?」


「……バレないかしら」


「それは真相を知ってるやつの考えだな。普通は流行を疑う。ただ同じものを持ってるだけって感じでね」


「……あの」


 なんでそんなに弱気なんだか。俺には超強気でくるくせに。


「そんくらいは自分でやんなさいよ。水谷さんの命令券をお持ちのはずでしょう?」


「……ちょっと考えてみる」


 ダメそうなら手を貸してやるけどね。最初から俺を頼りすぎるのはよくない訳だ。


 少なくとも、これくらい自分一人でどうにかできないと、油野の彼女になるなんて夢のまた夢だと思うよ。


 いのち短し恋せよ少女おとめってね。せいぜい懸命に足掻きなさい。


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