9/27 Tue. 内炭朱里の災難
恋コンのエントリー情報は学校のホームページに載せられてる。
この時期に限って文化祭の特設サイトが用意され、そこにある恋コンの項目に飛べば現時点でエントリーされてる生徒の所属とフルネームが確認できる。一応はパスワードを入力しないと接続することができないが、伝統的に学校の電話番号が使われてるみたいだから、実質的にあってないようなものだ。
更新のタイミングは12時ジャスト。前日の17時までに受付完了した生徒が表示される仕組みだ。こうでもしないと毎日のように油野宿理とか油野圭介って記されたメールが届いちゃうもんな。メールボックスが油まみれになっちゃうよ。
兎にも角にも、油野姉弟とバトらなきゃいけない不憫な生徒が気になって、
「なんでやねん」
昼休み開始直後に確認してみたら【1年8組 碓氷才良】って文字が目に入った。
その瞬間に思い付いた原因を確率の高い順番に述べよう。
1、源田氏と織田氏による嫌がらせ。
2、昨日の2年生達による嫌がらせ。
3、1年2組の連中による嫌がらせ。
あかん。敵を作りすぎてるせいで報復の可能性しか出てこない。高倉の可能性もあるし、3バカもあり得るし、塚本先輩もそうだし、吉田くんの可能性だってゼロじゃないんじゃないかな。
逆に、優姫、川辺さん、牧野とかの可能性はゼロだと思ってる。だって俺が怒るもん。水谷さんだってこんな悪手は打たない。上条先輩はあり得るけど。
こんなん予選で落ちると思うから別にいいけどね。おそらく犯人の狙いは他薦だけしといて票を入れないって感じの嫌がらせだし。
「この碓氷とかいうやつエントリーされてるのに得票数0なんだけどwww」
って大草原を生み出すのが目的に違いない。それはそれで面白いと思うけどね。
何はともあれ、あのイケメンクソ野郎と同じリングに立たされる可能性があるやつは現時点で20名近くいる。源田氏、織田氏もツラだけは良いから載ってるし、玉城先輩、塚本先輩もあるわ。
1年で言えば油野。浅井。吉田くん。2組の安藤ってあの陽キャかね。それと俺になる。碓氷とかいうやつまじで場違いだよな。
これ、辞退のシステムがないんだよね。ちょっと上条先輩に焼きそばパンでも握らせてルール変更をさせようか。もしくは無記名を禁止にしないと嫌がらせしたい放題じゃんな。
まあいいや。女子も見てみよう。油野宿理。愛宕愛美。稲垣夏希。皆川美奈。上条飛白。あら、この人ったら今年も他薦されちゃってるじゃん。ざまあ!
男子と違って女子は多いな。40名くらいあるわ。この
1年で言えば、水谷千早。川辺美月。高橋華凛。牧野佳織。山本智恵。四本歩美。天野絵麗奈。大岡静香。内炭朱里。
「は?」
二度見した。内炭朱里。は? 三度見してみる。
おいおい。こんなのもう昨日の2年が犯人で決定だろ。酷いことをしやがるなぁ。
今日は油野姉弟をぼっちめしから救うためにランチのお誘いをしてるし、一緒に慰めて貰わんとな。
という訳で技術科棟に、
「あっ、碓氷くん」
川辺さんに引き留められてしまったわ。その傍には水谷さんと高橋さんもいる。
「どうした?」
「えっと。票を入れてもいいのかなって思って」
えー。それ、周囲の人達が告白として受け取っちゃうぞ。恋人になって欲しい人コンテストなんだしさ。しかも返事に困る。だってお願いしますって言ったら告白をOKしたみたいになるじゃんか。なんか水谷さんっぽい手口に感じるなぁ。
んー、んー。そうか。ここはビジネスライクにいこう。これでエントリーされたくせに投票数ゼロって公開処刑を免れることができる訳だしな。
「助かります」
理想の返事じゃなかったみたいで、川辺さんが口を真一文字に噤んだ。水谷さんは苦笑。高橋さんは呆れ顔だ。
仕方ない。カードを1枚だけ切るとしよう。夏希先輩、ごめんよ。
肩に掛けたリュックからドライアイスを入れた保冷バッグを引っ張り出して、中から瓶詰された台湾ミンチを引っこ抜く。昨日の部活でミートが話題にあがり、夏希先輩が食べたいって言ったんだけど、あれは出来立てじゃないとね。だから違う挽き肉の料理を作ってきた訳だ。こっちは豚挽き肉だけど。
「お礼の品です。どうぞお納めください」
「っ! いいの!?」
一瞬で狂い咲きの桜みたいな笑顔を見せてくれた。チョロい。
「常温だと保存がきかないから天野さん達にも配ってやって。ミートと比べたらそこそこ以上に辛いから量に気を付けてね」
「うん! ありがと!」
という訳で今度こそ技術科棟に。
着いたら既に油野姉弟がいた。油野が俺の隣の席。宿理先輩が内炭さんの隣だ。
「よっす!」
「よっすー」
宿理先輩は今日も元気だね。俺と内炭さんは苦しんでるというのに。
とにかく全員が席に着いたらランチの準備をして、いただきます。
「あー、これ。よかったらちょっとだけどうぞ。ちょっとだけね」
もう1個の台湾ミンチを出した。夏希先輩、3割も残れば許してくれんかなぁ。
「おお! これが噂のミートってやつ?」
油野に抗議の視線を送る。
「俺じゃない。紀紗じゃないか?」
「りっふぃーだよん」
あの野郎。絶対に俺の苦労が増えることを理解した上でしゃべりやがったな。
「辛みが強いから少しだけ食べて、大丈夫そうだったら増やしてください」
って言ってんのによ。鶏そぼろ多めの三色弁当ですかってくらい白米の上に乗っけやがった。そういうとこだぞ。なあ、そういうとこだぞ!
「だいじぶ! あたし、辛いの得意だかんね!」
まあ、夏希先輩には今日これを持ってくるって言ってないからいいけどさ。帰ったらスーパーに行って明日また持ってこよう。
「うまっ! これ、うまっ!」
豚です。
「めっちゃご飯に合う!」
さようか。豆板醤を多めにしたから人によりけりだと思うけどね。
それで言うなら油野も内炭さんも舌に合うタイプだった。俺は一口も食べてないのに瓶が空になってしまったわ。
内炭さんが美味しそうに食べてくれたのがせめてもの救いかね。これで嫌なことを忘れられたらいいんだけど。
そんな感じの明るい雰囲気の中で食事を終え、自然と話題の中心はアレになる。
「そいやサラもすみちゃんもエントリーされてんね」
俺と内炭さんがしかめっ面で応える。いいよな、あんたらは余裕の立場だからさ。
てかこの2人はシードにしないとお遊びにもならんだろ。予選の時点で2位と500票差とか付いたらどうすんだよ。運営サイドはユーザー目線でゲームバランスを考えろや。あの源田のボケがよぉ。
「やっぱり昨日の件が尾を引いてるのかしら」
内炭さんが苦笑しながらそう言うと、油野が申し訳なさそうにした。例の件はちゃんと伝えたらしく、無事に「内炭とは対等な立場で接したい」ってちょっと予想とは違ったけど、求めていた物と合致した品の提供を受けたらしい。
そのせいで昨晩は30分も電話に付き合わされたけどね。惚気話は蒼紫相手にやってくれよ。
「昨日の件?」
宿理先輩が噛み付いてきた。そりゃあそうだよね。知らないもんね。
ってことで要点のみに絞って話してみた。その結果、
「……もしかしてサラもあたしのせいでそんなふうに絡まれたことがあんの?」
これに関してはもう先に回答を用意してある。くらえ、上条流奥義。はぐらかし!
「それは自意識過剰ってやつでは?」
「質問に答えんさい」
効かねえ! まじかよ。ウチの親なら100%引っ掛かるのに。
もっと人間性を捨てないとダメなのかねぇ。
「ありますよ」
「まじかぁ」
宿理先輩が長机にぐてんとしてしまった。
「クボが逃げるのもそのせいなんかなぁ」
「半分くらいはそうですね」
「もう半分は?」
あんたがジャイアンみたいに久保田を虐げるからだよ。
「宿理先輩が美人だから照れちゃって、恥ずかしくなって逃げるのでは?」
「クボが三次元相手にそんな感情を持つん?」
どうだろね。初恋以来、女子に興味を持ってる感じがしないね。
「まあ、とにかくだ。たぶんこの西宮杏奈って女子が昨日の1人だと思うんだけど」
「聞いたことがないな」
油野くん、きみもそこそこ残酷だよね。
「にしみゃーか。あたしの前だとめっちゃ良い子なんだけどねー」
それはたぶん油野一族の前だけじゃねえかな。普通に感じ悪かったよ。
「どっちみち対策は必要だな。今の俺はクラスのラスボスみたいな立ち位置にいるから問題ないけど、内炭さんのクラスの反応ってどんな感じなんだ?」
「んー、応援してるぞって話したこともない男子が半笑いで話してきたり、目立ちたくて自薦で送ったんじゃないの? って女子の陰口が聞こえてきたりはしたわね」
ふむ。
「そいつらの名前は?」
びっくりした。俺と油野の声が重なった。内炭さんは慌てて、
「大丈夫! こういうの慣れてるから!」
大丈夫の基準がおかしいんだよなぁ。
「とりあえずあの2年どもを黙らせるか。他にも何か仕掛けてくるかもしれんし」
「えぇ。あの録音データを使うの?」
「どうせやるなら先手必勝がいいからな。戦力の出し惜しみはよくない」
「でもあの人達が犯人ってまだ決まったわけじゃないわよね」
「また碓氷にしばかれたやつがいるらしいって噂が流れることで消える悪意もある」
「えぇ。碓氷くん1人にまた負担を掛けるのはちょっと嫌なんだけど」
「つっても何もしなくて後手に回るのもなぁ」
2人して腕組みをして「うーん」と考えてみる。それに対して油野が、
「何の話だ?」
「あ? 昨日の話だろ。何を聞いてんだよ」
「いや、西宮杏奈とかいう女子が4人組で内炭に嫌がらせをしたのは分かってるが」
「その先が何を言ってんのか理解できないんよ」
宿理先輩まで訳の分からんことを言ってきた。
「えっと」
内炭さんがスマホの画面を指さして、
「昨日の対応が生意気だったから、嫌がらせで私らをエントリーしたんじゃないかなって。晒し者にして留飲を下げようとしてるんだと思います」
「それで予選を突破することで、落選した内炭さんよりも自分の方が油野に相応しいって俺らに思い知らせる的な?」
内炭さんがこくこく頷いた。油野が内炭さんをどう思ってるかはともかくとして、パグ目線だと内炭さんと油野がイチャラブしてるように見えてる訳だからな。優位性を示したいと考えるのは自然な流れな気もする。
「……お前ら」
「なんなん」
油野姉弟がめっちゃ酸っぱい顔をしてる。
「どうして嫌がらせ前提で話をしてるんだ」
「単純に2人を気に入ってる子がいるだけかもしんないじゃんね」
その言葉に俺と内炭さんは顔を見合わせた。そして肩を竦める。このピュアども、何も分かってねえよ。世間知らずも甚だしいわ。
「んな訳ねえだろボケどもが。現実ってもんをちゃんと直視してからしゃべれや」
「そうですよ。お二人だって私らみたいなのに投票なんかする気しないでしょう?」
このセイクリッドピュアハート持ちどもはよぉ。本当によぉ。言わせんなよぉ。
「俺は内炭に入れても構わんが」
「あたしもサラに入れよっか?」
「え」
「えっ」
なにこれ。やだこれ。ちょっと嬉しいんですけど。
内炭さんもにやけちゃってる。卑屈な心がピュアハートに浄化されちゃったね。
「そうだな。犯人がいるって決めつけるのもよくないよな」
「そうね。もしかしたら私をエントリーしてくれたのは油野くんって可能性もあるのよね。失礼なことを言っちゃったわ」
「いや、俺じゃないけどな」
水を差すんじゃねえよ。そうだぞって言えばメンタルのケアはできるのにさ。
「ともかくだ」
油野は渋い表情で内炭さんを見つめて、
「内炭を面白おかしく言う連中がいるのはいただけない」
「……油野くん」
トゥンクしてるねぇ。
「サラ、なんかいい方法はないん?」
むしろあんたが提案しろや。頼って欲しいんじゃねえのかよ。
「乱暴な手でよければ」
「あんたの乱暴な手って問題ありまくりな気がするからダメ」
わがままっすね。じゃあ、
「2人が協力してくれるなら割と簡単に片付く気もするけどね」
「そうなのか? 俺でよければ協力するが」
こいつ、そのセリフを吐くたびに弄ばれてるって自覚がないのか。
「あたしもいいよん。頼ってくれるってことっしょ?」
「そっすね。じゃあ話すけど」
かくかくしかじかってね。
「いいじゃん! 楽しそうだし!」
「……正気か?」
ハイテンションの姉と違って弟の方は絶望の海に揺蕩っているかのよう。
「断ってもいいんじゃよ?」
このめっちゃわくわくした感じの内炭さんの前でNOと言えるならな。
「条件がある」
油野の提示した内容は、普段なら秒で断るレベルのものだった。
「旅は道連れ世は情けってか?」
「死なばもろとも。人を呪わば穴二つって印象の方が近いがな」
まじか。まじかぁ。けど好都合と言えば好都合でもある。
「宿理先輩、前にお願いしたことってどうにかなりそう?」
「どうにかする!」
「……さようか」
じゃあ覚悟を決めるか。昨日も言ったけど、あの2年達が犯人なら俺のせいって言っても過言じゃないしなぁ。
「碓氷くん」
内炭さんがわくわくした顔を向けてくる。やめろや。
「碓氷くんが頷いてくれるだけで、私、向こう1年がんばれるんだけど!」
分かったよ。腹を括るわ。
「上条先輩がダメって言ったら俺の方は無しだかんな」
「かすりんは二つ返事でOKって言うっしょ!」
ですよね。そんなん分かってんだよ。
「今日は6限の後に生徒会役員の認証式があっから、その後でみんな集まって打ち合わせしよっか!」
絶望だわ。余計なことを言わなきゃよかった。油野め、1人で沈めばいいものを。
それにしても。死なばもろともか。どうせならもう1セット用意しますかね。
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