9/23 Fri. したいこと。すべきこと。――後編
人の成長に関する論理はいくつかある。
その中でも大多数の人が好み、俺の大嫌いな論理がアレだ。もう論理ってか理論だと思うけど。
褒めて伸ばす。
もうね。支離滅裂なんだよ。逆だ、逆。伸びたから褒められるの。先に報酬を欲しがるんじゃねえよ。できてりゃ褒めるんだよ。できてねえから褒めねえんだよ。
分かるよ。褒められると気分いいもんね。叱られるより褒められる方がいいよね。それで調子に乗って上手くいくことだって確かにあるさ。けどそれってあれだぞ。ラードさん案件だぞ。
つまり、豚もおだてりゃ木に登る。
いいの? 豚の扱いで。
あのね。あたし、褒められて伸びるタイプだから! とか言ってるお隣さんの子もね。ただ叱られたくないからそう言ってるだけでしょ? 本当にそれが論理なら、何回褒めれば伸びるのかを教えてくんない? その回数だけ褒めてみるから。それで伸びなかったら撤回しろよな。
てか教える側の気持ちを考えたことがありますか? 教える側ってのはおおよそ既にそれをマスターしてるんだよね。だから『なんでこんなこともできねえの』って気持ちが少なからずあんの。それでまず相手ができないことにストレスを感じるの。なのに褒めてくれって言われるとさらにストレスを感じるの。当然、叱るのにもストレスを感じるの。褒められて伸びるって理論を備えてるなら自画自賛すりゃいいじゃんか。なんで他人にメンタルケアを求めるんだよ。甘えんな。
そもそも俺は養豚場のオーナーじゃないので褒めて伸ばしません。かと言って叩いて伸ばすようなこともしません。自分のことは自分でどうにかしましょう。
人に教えを乞うのなら、相手の方針に従うべきだ。それが嫌なら独学でどうにかするべきだ。
あれはやだ。これもやだ。こうして欲しい。そんなのパパとママに言いなさい。或いは札束を詰みなさい。要求してる内容はそれに見合う暴挙だよ。
教える側だってね。褒めたいよ。褒めるような状況になって欲しいよ。だってそれはゴール間近ってことだもん。頼むから褒めさせてくれよ。お願いしますよ。
以上が教育者としての俺の思考だ。おおよそリフィスと水谷さんも同じ。
川辺さんはほぼ毎日ってくらいで水谷さんに勉強を教えて貰ってるらしいが、褒めてくれることは皆無と言う。学校の勉強なんてやって当たり前。やれて当たり前だからね。学習指導要領ってのがある訳で、普通にやってりゃ出来るもんなんだよ。
ただ、稀にさらっと言うらしい。
「よくこれが解けたわね」
きっと水谷さんにとってはただの感想。もしかしたら川辺さんのメンタルを操作しようとしてるのかもしれないけど、よくできましたって意味で捉えることもできるから、川辺さんはそう言われると嬉しいようだ。
前置きが随分と長くなったが、つまり何を言いたいかと言うと。
「今日のお昼は豚肉じゃなくて牛肉にします」
いやもうびっくりするくらい理解を得られなかったね。リフィスなら「なるほど」だし、水谷さんなら「あー」だし、上条先輩なら「面白いね」になるのに、みんなポカンとしちゃってるよ。
「急に説教が始まったと思ったらお昼ご飯の話になっててわけわかんない」
自称褒められて伸びる系女子がへこんでる。
「そう言う碓氷くんはやって当たり前の勉強をしてないじゃないの」
内炭さんが睥睨してきた。油野をへこましたことに怒ってるみたいっす。
「言ってくれるね。俺にそんな口を利いたらどうなるか。思い知らせてやるぞ」
内炭さんの目が泳いだ。えー、こっちはプロレスする気満々なのに。
「私だけお昼抜きとか?」
それで済んで欲しいって願望に聞こえるね。安心して欲しい。優姫もだから。
俺が1枚の紙切れを差し出す。内炭さんはそれを恐る恐る受け取った。そして目を見開く。
「罰として近くのスーパーまで油野と買い出しにいってきなさい」
「……ぐぬぅ。納得いかない。いかないけど、生意気な口を叩いたのは事実よね」
なかなかの演技派。こっちが笑いそうになるわ。一方の油野はへこんだままだから異論を述べそうにない感じ。
「はい、お金」
「そんなのいいわよ。悪いことをしたのは私なんだから」
お買い物デートのセッティング料金ってことですか。
「いや、それはいいからなるはやで頼む」
「なるはや。どの辺にあるスーパーなの?」
「玄関を出て左にずっとまっすぐ行って大通りに出たら見える。徒歩10分もない」
思案顔になった。こいつ、デートのシミュレートをしてやがるな。
「油野がいれば大丈夫だと思うが、場合によっては時間を食うからその時は遅くなるって連絡をくれ」
「大丈夫! ちゃんとなるはやで戻ってくるから!」
長時間の2人きりは耐えられそうにないからね。けどそうじゃないんだ。
「あのスーパーな。休みの日は高確率でまいたけ先輩がバイトに入ってんだよ」
「へぇ。そうなのね」
よく分かってない感じの内炭さん。その手にあるメモを油野が覗き見る。美形フェイスがすぐ横に来て内炭さんが真っ赤になった。
「あぁ。マッシュルームがあるのか」
「あったらダメなのかしら」
「舞茸にしろって粘着される」
「……えぇ」
これがまじなんだよなぁ。
「まいたけ先輩がいたら捕まる前に舞茸をかごに1パック入れとけ」
「魔除けの舞茸だな。分かった」
一応は尋ねておきましょうかね。
「一緒に買い物に行きたい人っている?」
いないね。色々な理由でいないね。
「マイバッグと保冷バッグを渡すから食後のアイスも頼むわ。他に要るもんがあったら予算以内で好きにしていいぞ。お菓子とかな」
という訳で、いってらっしゃい。よい旅路を。
玄関で2人を送り出した直後、
「いいなー」
川辺さんが呟いた。自惚れた感じで考えると、俺とお買い物デートしたいってことなのかな。
「そういえば」
紀紗ちゃんが俺を上目遣いで見てくる。
「デート券って誰か使った?」
連想しても不思議じゃない件とはいえ、これはまた嫌な話題を。
「使ってないね」
そう答えてリビングに戻った。ソファのスペースは余ってるけど床に座る。他の3人ともさっきまで油野がいた空間を一瞥したが、元の場所に行った。三すくみっぽくて面白く感じちゃうね。
「使う予定、ある?」
紀紗ちゃんが優姫と川辺さんを交互に見遣る。
「誕生日か、クリスマスか、初詣か、バレンタインかーで迷ってる」
優姫の指定日はバレンタイン以外お休みの日だな。家でゴロゴロしたいです。
「やっぱクリスマスかなーって」
川辺さんもか。俺の冬休みを削るのやめて欲しいんですけど。
「指定日が重なったらどうなるの?」
優姫の問い合わせに解答を持つ者はいない。だってデート券の言い出しっぺは優姫だし。けど、まあ、基本的には、
「早い者勝ちじゃね?」
なんてことだ。川辺さんと優姫が視線で牽制し始めた。
「じゃあいま決めていい?」
そこに紀紗ちゃんが1歩踏み出てきた。巨乳どもの目が鋭くなる。
「クリスマスじゃない」
2人ともあからさまにホッとした。となると、
「12月21日?」
紀紗ちゃんの誕生日かなって。
けど紀紗ちゃんは顔をふるふる振った。そして予想外にも、いや、ある意味ではド本命と言える日を指定してきた。
「来月の9日と10日」
文化祭の日だ。
「ああ! そうだった! 少女漫画だとよくあるやつ!」
「えー! ダメだよ! 碓氷くんは人目に付くの嫌がるよ!」
優姫はともかく、川辺さんはそれを分かってんなら学校で話し掛けないでよ。
「だめ?」
小首を傾げて聞いてくる。ダメっていうか。
「俺、クラスのでも部活のでも出しもののメインに近い担当だし、ちょっと他の企画にも絡むかもだから時間を作れるか微妙なんだけど」
「他の企画?」
おっと。隠し事警察の優姫さんが取り調べを始めましたよ。
「前にLINEで言ってた宿理先輩に相談してたこと。決まったら説明するわ。優姫と川辺さんにも手伝って貰うかもしれんし」
それはともかく、
「一緒に回るのとか無理だと思うけど」
「それでいい」
いいのかよ。
「わたしも行くかわかんないし」
デート(すっぽかし)の予約を入れてくるとかレベル高すぎないですかね。
「さっきの圭介の話でもそうだったけど」
紀紗ちゃんが無感情な瞳を向けてくる。何を考えてるのかさっぱり分からん。
「おかみさんはもうちょっと遊んだほうがいいと思う」
「はいはい! その人の職業は遊び人だと思います!」
優姫さんは本当に昼メシを食べる気がないみたいだね。
「大丈夫だもん! 碓氷くんはレベル20で賢者になるタイプだもん!」
川辺さんも遊び人の判定自体は肯定するんだな。
「そうじゃなくて」
紀紗ちゃんは喧しい2人をぴしゃりと黙らせて、
「おかみさんはするべきことばっかしてる。したいことをしてみて?」
あー、そういう。
夏希先輩が苦笑いしてたのもこれなのかね。論理的思考の弊害というか。
川辺さんがフレンチクラストを作りたいならパンの耳が大量に必要。だからパンの耳を集める方法を考慮『するべき』で、リフィスと交渉『するべき』か、俺が食パンを使う料理に『するべき』かで頭を悩ませた。特に後者は俺が作りたい料理を作るって考えを簡単に捨てちゃってる訳だ。
「おかみさん、誰かに合わせて自分の選択肢を減らすくせがある」
ごもっともって油野がいれば言われてたかもしれんな。
「千早ちゃんもそう。自分で解決『するべき』だと思って相談しない。プリンの話でもそう。自分がリフィスさんの代役を『するべき』だと思い込みすぎてプレッシャーに潰されそうになった。2人とも、1人で抱え込みすぎ」
耳が痛いね。
「だから、たまにはしなくてもいいことをしたらどうかなって。例えば、デート券を使われたからデート『するべき』だけど、その時間を使って文化祭をぶらぶらしてみるとか。ぜんぜん、合理的じゃないけど」
そうだね。合理的じゃないね。俺なら先に行きたい場所をピックアップして、そこだけを回るって行動を取るし。ウィンドウショッピングとか大嫌いだしな。
けどまあ、嬉しいとは思ったね。すごく気遣われてるのが分かる。
「……また紀紗チャンにポイントを稼がれた予感」
「……わたし、自分のことしか考えてなかった」
巨乳どもが項垂れてるけど放っておこう。
「おかみさん、頭は良いけど、ちょっとバカなとこがある」
言ってくれるね。
「どういうとこがバカ?」
「1人の力なんて高が知れてる。人を頼るってことを覚える『べき』だよ」
ふむ。宿理先輩から愚痴られでもしたんかね。
「頼った結果、失敗しちゃったらどうすんの」
「失敗したらダメなの?」
目から鱗ってこういう時に使うのかもしれんな。
「ダメじゃないわ。失敗は成功の母だしな。褒めて伸ばすよか良いかもね」
「うん。半分くらいの確率で上手くいきそうなら。任せてもいいかも? 押しつけるのはだめだし、失敗しても怒ったらだめだけど」
押し付けはしないけど、失敗したら後悔はしそうだよなぁ。自分でやりゃよかったってさ。
しかしだ。やれるからってなんでもかんでも抱えるのはやっぱ無理がある。今回の文化祭だってそのせいで俺のプライベートタイムが削られまくってる訳だしなぁ。
「紀紗ちゃん、お兄ちゃんの相談に乗ってあげたら?」
珍しく笑った。冗談を言ったつもりはないんだけどね。
「兄が妹に頼るのはちょっと」
手厳しいね。
ついでに文化祭や生徒会選挙の話をしてたらお遣い組が帰ってきた。
「お邪魔するよ。今日はハンバーグかな?」
なんか1人増えてるんだけど。生徒会長的な生き物がいるんだけど。
「まいたけに捕まってたところを助けられてな」
油野の言葉でその状況を簡単に想像できた。
けどさ。俺、言ったじゃん。他に要るもんがあったら好きにしていいって。これ、要らないもんじゃん。なんでお持ち帰りしてくるんだよ。
内炭さんを睨み付けてみたが、なんか夢心地って感じでほわほわしていやがる。エチュードでやりたいことを実際にやってみたりしたのかねえ。
「ハンバーグじゃないです。ウィロビーさんっていうネットの知り合いに教えて貰ったミートって料理です」
「肉? 会う? それは略称かな?」
「ミートスパのスパなしって意味です。見た目はミートドリアのドリアなしですが」
にんにく、鷹の爪、オリーブオイルでたまねぎ、牛挽き肉、マッシュルームを炒めて、それをミートソースで煮て、塩こしょうで味を調えたら玉子とチーズを投じてさらに煮る。ボロネーゼの具とミートドリアの上の部分を混ぜた感じのおかず。
「ピリ辛なので味を緩和させるためにオムレツも作りますけど」
「こないだのチーズオムレツで頼むよ」
「少しは遠慮しろや」
「何を言う! 私は招かれたんだぞ!」
俺は招いてねえよ。信じられない話だけど、今いる6人のうち、油野1人しか招いてねえんだよ。
はぁ。けど俺の中の論理的思考が結論を出してんだよね。
せっかく来たんだからもてなす『べき』だって。
急に変わるのはさすがに難しいけど、かと言って成長するチャンスをみすみす逃すほど自分に甘くもない。とりあえず練習してみるか。
「帰ってきたとこ悪いけど、油野、内炭さん、手伝ってくれるかね」
そんでもって残りのメンバーにも頼ってみる。
「紀紗ちゃん、飛白お姉ちゃんの相手をお願いしてもいい?」
おい。嫌そうな顔をするなよ。確率50%くらいでいけるだろ。
「優姫と川辺さんもお願い」
「おおぅ。カドくんのお願いってレアな気がする!」
「いいよ! かすりんのことはわたしたちに任せて!」
「やれやれ。私をなんだと思ってるんだか」
厄介者に決まってますけど?
そんなこんなで調理を開始。メシを食ったら油野との時間をもうちょっと取って、明日のバイト中に水谷さんにも紀紗ちゃんの話を聞かせようかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます