9/23 Fri. したいこと。すべきこと。――中編

 帰ってくれない。まあ、内炭さん1人を置き去りにして帰路につくってのもハードルが高いか。ぼっちに慣れてる子だからそんなの気にしなくていいのに。


 そうしてブルスケッタの後片付けを終え、後は油野を待つばかりってタイミングで気付いたね。ダイニングテーブルの椅子は4つ。俺らは油野を入れたら5人。残念ながら席が足りない。ここはホストの俺がゲストに席を譲るべきではないだろうか。


 よし、そういうプランでいこう。油野がいれば内炭さんも多少は大人しくなるに違いないし、どうにかゴリ押しすればイケる気がする。昼から部屋でゴロゴロするためにもいっちょ気合を入れていこうか。


 という訳で、油野圭介くんのおなーりー。って、あれ?


 LINEでの呼び出しを受けて玄関に行ってみたら、ドアの向こうに人影が2つあった。今日もバケットハットをかぶってんのな。


「悪いな。碓氷のとこに行くと言ったら付いてきた」


「きちゃった」


 そう言う紀紗ちゃんの瞳は相変わらずの無感情。油野家の不愛想担当の2人がやってきた。


「そういや昔はセットで来てたよな。お兄ちゃんが大好きだったもんな」


 思ったままの感想を述べたが、言った直後に失敗したかなと思った。思春期まっただ中だもの。こんなことを言われたら照れるやら恥ずかしいやらを通り越してイラっときちゃうよな。


 しかしむっとするかと思いきや、紀紗ちゃんはこくんと頷く。


「だった」


 おっと。的確な3文字の抜粋でお兄ちゃんを傷付けにきましたよ。


 油野は溜息を吐いて、


「そういう訳で2人になるがいいか?」


 お約束は1名のはずですが。って返したら油野が帰ることになりそうだから頷く。


「いいぞ。こっちも4人いるけどな」


「ん?」


 身体をちょっと隅っこに寄せてみた。穴が開くほど見るがいい。この狭い玄関に居並ぶレディースのサンダルを。


「先客がいたのか」


「客ではないな。カテゴリーで言えば山賊に近い。俺のいないとこで訪問を決めて、合鍵を使って勝手に入ってきたからな」


 あえて紀紗ちゃんを見ながら言ってみた。この子も山賊だからね。


「わたしはおばさんに入れてもらった」


 そーですね。無断で部屋にまで入ってきてましたけどね。


「まあ、とにかくあがってくれ。紀紗ちゃんを拒まなかったってことは他に人がいても話せるような内容なんだろ?」


「そうだな。話しやすいか話しにくいかで言えば後者になるが」


 ふむ。まあとにかく、ダイニングまでご案内。


 油野の姿に内炭さんが瞳を輝かせ、逆に川辺さんの瞳からハイライトが消え、優姫はと言うと、焦るより先に疑問を感じたようだった。


「あれ? 紀紗チャンも来たんだ」


「おはよ、お姉ちゃん」


「うん、おはよ」


「脱出メンバー勢揃い」


 おいおい。1人だけ脱出できてないお兄ちゃんをいじめないでやってくれ。


「これは何の集まりだ?」


 油野の率直な問いに応じたのはなんでか知らんが川辺さん。


「料理研究会の集まりだよ。文化祭の出しものについての打ち合わせ中」


 そうだったのか。LINEの内容に反して文化祭の話題をまったく振ってこないから、もはやタダメシを食いに来たのかと思ってたわ。


「そうか。邪魔をして悪いな」


「邪魔なんかじゃないです!」


 内炭さん、キラキラしてるなぁ。最初の方は油野と目を合わせるだけで真っ赤になってたのになぁ。


 って優姫の方が赤くなってるし。なんでだよ。そういやこいつって前も油野と会ってる時に赤面してたような。


「どこに座ればいい?」


 紀紗ちゃんがきょろきょろしてる。空いてる椅子は1個しかないもんね。


 仕方ない。リビングを片付けてソファとカーペットでいくか。


 ローテーブルの上にあるものをガバっと丸ごと持ち上げ、すべてテレビの前の床にドサっと置いてしまう。はい、完了。


「お前。本当に雑だな」


 おやおや、油野くんはこれが気に入らないらしいよ。


「後で元通りにしなきゃいかんし、これが最速で最短で一直線かつ最高効率だろ」


「合理的」


 紀紗ちゃんが俺の肩を持ってくれた。


「その合理の結果があの散らかった部屋な訳だが」


「確かにあれは散らかりすぎだね」


 優姫が油野の味方をした。お前、本当に油野を何とも思ってねえんだよな?


「え? そんなに散らかってるの?」


 この中で唯一俺の部屋を知らない内炭さんは油野の話題に乗っかるために必死だ。


「散らかってるというよりは物が多い感じ?」


 川辺さんの意見が正しいと思います。


「ちょっと碓氷くんらしくないような? でも碓氷くんらしいような」


「どうでもいいから座るべ」


 向かい合わせのソファはどっちも2人掛け。ここはやっぱレディファーストだな。


 率先して床に座ってみた。意図を察したみたいで油野が隣に来る。これが一番平和なはずなのに、女子は満場一致で不満のようだ。


 別に油野の隣を内炭さんに譲っても構わんのだが、どうせキョドるだけだろ。全員が想い人の隣に座れないって点で言えば平等なんだからこれこそベスト。


 やがて紀紗ちゃんが俺側かつ俺寄りの場所に腰を落ち着け、内炭さんも慌てて油野側かつ油野寄りの場所に座る。そうなると仲の良さ的に優姫が紀紗ちゃんの隣。川辺さんが内炭さんの隣だ。


「それで? 何の用だ?」


 隣で胡坐をかいてるやつに尋ねてみた。いいね。ジト目は来なかったよ。


「千早の立会演説についてなんだが」


 ああ、重いやつか。しかも紀紗ちゃんが分からんやつじゃん。


「千早が推薦人を請け負った話は知っていたが、付きまとい行為を受けているとか、思いつめていたとか、そんなのは聞いていなかったし、気付きもしなかった訳だ」


 反応が2つに分かれた。水谷さんひどーい派の内炭さんと優姫。川辺さんと紀紗ちゃんは当たり前だろって顔をしてる。俺もそっちだ。


「せっかく付き合ってるんだからもっと頼って欲しいですよね!」


 内炭さんのそれは油野と水谷さんの仲を応援しちゃってる形だけどいいのかね。


「ていうか彼氏に黙って男と頻繁にやり取りしてたってことでしょ? ダメだよ」


 優姫の意見はすごく女子高生っぽい。同意はしかねるけども。


「油野くんがちーちゃんに信頼されてないからだよ」


 女神みっきー、容赦ない。


「よくわからないけど。圭介が頼りないのはよくわかる」


 妹ちゃんもまじで容赦ない。


 けど油野はまったくへこまなかった。最初から女子の意見に期待してないらしく、


「碓氷はどう思う?」


 ふむ。まあ、長年にわたって不当な恨みをぶつけてたお詫びってことで良いか。


「その前に1個だけ質問」


「なんだ?」


「俺と水谷さんって似てると思うか?」


 内炭さんと優姫は水谷さんとの絡みがまだ少ないくせに、


「似てる」


 5人ともが声を揃ってそう答えた。失敬だね。


「碓氷くんと初めて話したときからちーちゃんみたいって思ってた」


 思えば川辺さんはモールで会った時にそう言ってた気もするね。内炭さんは、


「論理的思考の精度の高さもそうだけど、水谷さんって随分と左脳寄りな考え方をするし、困ってる人に手を差し伸べるし、欲しい言葉をくれる感じがするし、たまにちょっと恐いことがあるのも含めて、碓氷くんにそっくりだと思うわね」


「そっくりは言いすぎじゃない? カドくんはそこまで性格よくないよ」


 優姫さんは昼メシ抜きで。


「愛層笑いの得意なおかみさんって感じ」


 紀紗ちゃんの意見はどっちかって言うとリフィスじゃねえかな。つまり俺とリフィスが似てるってことか。なんて酷いことを言うんだ。


「俺は似ていると思ったからお前に相談を持ち掛けた訳だが」


「なら俺の回答をそのまま水谷さんの意見として受け取るつもりか?」


「そこまで責任を押し付ける気はない。参考程度だ」


 ならいいか。


「さっきの部屋の話だけどな。あれを目の当たりにしたら大多数の人が散らかってるって判断をすると思うが、整理整頓ができてないって思うかどうかは人によるってことは分かるか?」


「いやいや、できてないでしょ」


 優姫さんはだまらっしゃい。


「平たく言うと、整理ってのは取捨選択をすることだ。要る物と要らない物を区別して要らない物を排除する。本棚から読まなくなった漫画や雑誌を抜き取って、新しい本を受け入れるスペースを用意するってのがまさに整理だな」


 あっ、飲み物を用意するの忘れてるわ。これを言い終わったら麦茶を出すかね。


「それで整頓ってのは見やすい、分かりやすいって感じで配列や区分を整えること。1巻から昇順で並べるとか。作家別や漫画と雑誌で分けるとかそういうのな」


「ふむ。それで言うとあの部屋には要る物しかないから整理ができていると?」


「そうだな。ついでに整頓もできてる」


「は?」


 声に出したのは油野だけだったが、全員が不服そうな顔をした。


「じゃあ聞くけど。整理の基準ってなんだよ。取捨選択の条件は何だ?」


「それは人それぞれじゃないのか」


「そうだ。つまりは主観だ。なのになんできみらは整頓だけ客観で捉えようとするんだね。俺からすれば優姫の香水も内炭さんの同人誌も取捨選択で捨てる側になるが、きみらはそれを捨てるだなんてとんでもないって思う訳だろ?」


「まあ、そうだな」


「それと同じで俺はあの状態で整頓って言えるんだよ。きみらには散らかってるように見えるかもしれんけどね」


「すまんが、屁理屈に聞こえるぞ」


 川辺さん以外が頷いた。川辺さんはきっと水谷さんにも同じような要素があるって気付いたんだと思う。


「じゃあ追加。整頓には大まかに2種類ある。秩序型と無秩序型だ。秩序型ってのはさっき言った1巻からの昇順みたいに誰でも探しやすいし元に戻しやすい形。無秩序型ってのはそういう絶対的な要素がない形」


「さっぱり分からんのだが」


「テスト勉強をする時に教科書とかのテキストにマーカーで色付けする人は挙手」


 手を挙げたのは優姫だけだった。


「塗るんじゃなくてノートに書いて手で覚えろって塾で言われてるから」


 内炭さんの意見は正しい。油野と川辺さんも頷いてるから同じ考え方っぽい。


「ノートに書く文字の色は重要度で変えてる」


 紀紗ちゃんの回答は俺の求めてるものと合致した。


「マーカーの色付けもそれも同じだ。とりあえずは黒、赤、青の3色でいいや。3色ボールペンは禁止な。その条件でノートを取るなりテキストにアンダーバーを引くなりする場合、きみらはペンを持ち換えるたびにペンケースに戻すのか?」


 内炭さんが顔をしかめた。言いたいことを理解したらしい。


「俺はペンを3本とも机に出しておくな。いちいち仕舞うのは面倒だろう」


「けど普段はペンケースに入れてるよな」


「そりゃあな」


「それはおかしいだろ。きみらのルールだとペンケースに入れてる状態が整頓されてるってことで、出しっぱなしは散らかしてるってことになるじゃねえか」


「それは極論じゃないか?」


「一過性のことだから目を瞑れと? じゃあその一過性かどうかの判断はどうするんだよ。俺の部屋の物は毎晩一度片付けられて、毎朝ああしてるかもしれんだろ」


「それこそ屁理屈だと思うが」


「その主観こそが屁理屈だ。論理的に否定してみ」


 不可能だね。そもそも一過性ってやつの定義自体があやふやなんだから。


 現に油野は答えられない。内炭さんも渋面だ。


「その3本のペンを机の定位置に置いてる状態がもう無秩序型の整頓なんだよ。そこに置くって決めて、そこにあるって認識してんだからな。定物定位ってやつだ」


 要するに、


「俺は部屋のどこに何があるかをすべて憶えてる。本棚の中とか、机の上とか、そういう常識に囚われてないだけ。よく使う場所に置きっぱなしにしてるだけなんだよ」


 例えば、


「リフィマの倉庫。リフィスが休んだ時になんで弥生さん達が発注で困ったか。それは俺と同じであいつが各在庫の置き場を自分の都合に合わせて配置してたからだ。おおよそよく使うものを入口付近に、滅多に使わないものを奥の方にだが、そのせいでグラニュー糖と上白糖と三温糖が別々の場所にある。同じ砂糖って区分だけど使用頻度が違うからな。なのに3種類とも2袋ずつは入口付近の棚にあったりもする」


 区分がされておらず、置き場所が複数ある。このせいで上条先輩ですら把握するのに半日近く掛かった。無秩序型によるデメリットの最たるものだね。


「前置きが長くなったが」


 本当にね。飲み物を取りに行こうと思ってたのにね。


「俺のこの感覚はリフィスの影響だ。そして水谷さんもきっと同じ。つまり水谷さんと俺が似てるってよりは俺らがリフィスに似てるってことだな」


 認めたくはないけどね!


「……ふむ。言ってることは何となく分かったが。言いたいことは分からんな」


「感覚の違いが大きすぎるからな。けど言いたいことが分からんってのが重要だ。なぜなら」


 ちょっと残酷だけどね。


「説明しても分からん相手に説明しようとするのは合理的じゃないからだ」


 油野が顔をしかめた。気持ちは分かるよ。けどハッキリと言おう。


「水谷さんはお前を信頼してないから黙ってた訳じゃないし、お前が鈍感だから気付けなかった訳でもない。ただ、お前に説明しても無駄、或いはデメリットがあると判断して、気付かれないように隠してたってだけ。お前は悪くないよ」


 俺や上条先輩が右脳フルドライブ勢の考えを理解できないように、油野やこの女子4人が俺や水谷さんの左脳フルドライブ勢の考えを理解できないのは当たり前。


 分かれと言う気もないし、分かって欲しいとも思わない。ただ、よっぽどのことがないと相談もしない。この中なら内炭さんくらいだな。


 そもそも。人でなしの件で水谷さんが悩んで、俺に相談を持ち掛けたってことを油野は知ってんのかね。それだって別に信頼とかの問題じゃないし、相談相手としての取捨選択で油野が切り捨てられて、俺が拾われたってだけに過ぎない。


「……俺は相談相手にもなれんってことか」


 へこんでしまったわ。内炭さんと優姫がおろおろしちゃってるわ。


「川辺さん、麦茶を出すからグラスを出すの手伝ってくれる?」


「いいよー」


 2人でキッチンに移動。


「あれでよかったの?」


「いいんじゃね。だってあいつ分かってないし」


「分かってない?」


「自惚れんなって話だよ。ぶっちゃけ川辺さんて水谷さんに相談ってされるの?」


「ぶっちゃけされないね!」


 本当にぶっちゃけるね。


「だってわたしが的確なアドバイスをできるようなことって、ちーちゃんが1人で答えを出せるものだと思うし、何より今は」


「リフィスがいるからな」


「それ!」


「そもそも今の水谷さんは真っ先にリフィスを当てにするから、わざわざ油野に言う必要がないんだ。なぜなら」


「合理的じゃないから!」


「それ」


 グラスを乗っけたお盆を俺が持ち、川辺さんが麦茶のボトルを持った。


「でも話くらいは聞かせて欲しいって思っちゃうなー」


 それも分かる。だから解決策は1つだ。


「まあ、俺にとっては好都合だし。力になってはやるけどね」


「好都合? 油野くんがへこんでるのが?」


 そんなに歪んでねえよ。ただ、恩を売りつけるチャンスだなって思っただけ。


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