9/23 Fri. したいこと。すべきこと。――前編

 秋分の日。小さい頃は春分の日とごっちゃになってた。


 お隣のお嬢さんは小学1年まで春夏秋冬をシュンカシュントウって言ってたし、そのせいで俺まで巻き添えでヴァカになり掛けてたんじゃねえかな。朱に交われば赤くなるってやつだね。ヴァカとはなんて恐ろしい病なんだ。


 本日はそのヴァカがいる。川辺さんもいる。ついでに内炭さんも。


 思えば内炭さんが碓氷家に来るのって初めてだ。招いたことがなかったし。まあ、川辺さんも招いたことはないんだけどさ。確かあの時は紀紗ちゃんがノーアポで連れてきたんだよな。


 それで言えば今回も似たようなもんだ。


 優姫chan@類似川辺さん:今日の10時に文化祭の相談にいくね!


 9時頃に起きたらこんなLINEが来てた。そんでもってインターホンを鳴らさずに合鍵でガチャっと入ってきたと思ったら川辺さんと内炭さんもいたってお話。


 聞けば昨晩に、正しくは日付がもう変わってたみたいだけど、3人娘でメッセージの飛ばし合いをしてたら自然な流れでこうなったらしい。俺、許可してないのに。


 今日はリフィマに客として行ってみようかなって思ってたんだけどな。連絡なしで昼頃に行って、イートインでメシを食って、ヅッキーの手際の悪さに客の立場からクレームを入れてみようかなってね。命拾いしたな、あのリーダー。


「碓氷くんっていつもそうなの?」


 とりあえず4人揃ってダイニングテーブルの椅子に座ってるが、いつも向かい合ってるのに今日の内炭さんは斜向かいにいる。自宅の場合は基本的に優姫が正面に座るからな。川辺さんは昨日の部活と同じで横並びだ。


「いつもとは?」


「髪の毛。ぼさぼさだけど」


 ふむ。内炭さんも一応は女子だしな。雑な格好で相手をされるとイラっとするのかね。川辺さんはそんなのまるで気にしてないって感じで知ったように言う。


「前もそうだったよ!」


「いつもそうだよ」


 優姫は優姫で川辺さんにマウントを取りにいった。朝から元気だね、きみ達。


「それで? 相談って?」


 さっさと話して、さっさと解決して、さっさと帰っていただきたい。


「碓氷くん」


 内炭さんがジト目を向けてきてる。


「どうした?」


「さっさと帰って欲しいって思ってない?」


 さすがは長年にわたって邪魔者扱いをされてきただけはある。センサーの感度が高すぎだぜ。


「朝から女子3人に囲まれるなんて夢みたいだなって思ってるよ」


 悪夢とは言わんけどね。めんどいから夢ならさっさと覚めてくれ。


「ダウト」


 おっと。見破られてしまいましたわ。


「碓氷くんが私のことを面と向かって女子扱いするはずがない」


 そこまで失礼なことは思ってねえよ。どんだけ自己評価が低いんだよ。


「逆にあたしはちょっと女子としての自信を手に入れて良い気分」


 ふふんと優姫はFの称号を手に入れた胸を大きく張って、


「みっきーみたいな可愛い子が急にやってきても、慌てて身支度をしたりはしないんだなって。あたしだけが雑な対応をされてるわけじゃないって分かってホッとした」


 前に朝早く紀紗ちゃんが来た時も寝ぐせをそのままにしてたと思うけど。目下のライバルは川辺さんってことなのかな。


「そんなの弥生さんとこに泊まってた時から分かってたことだろ」


 川辺さんはうんうん頷いて、


「逆に言えばわたしとゆうっきーは同等の立場ってことだね!」


 物は言いようってやつだ。川辺さんからしたら俺と優姫の15年近い付き合いに追い付いた気分になれるってことだな。


 なるほどなるほど。まあ、クソどうでもいいな。


「それで? 相談って?」


 今度は3人からジト目が来た。ちょっと待てや。


「物事は効率的に処理するべきだと思うんですよ」


 はい、正論。どうだ!


「効率的に処理してさっさと帰らせたいってことね」


 ちょっとぉ。このネガティブの化身、厄介なんですけどぉ。


 この巨乳ペアだけなら簡単に唆せるのになぁ。これだから左脳使いは厄介なんだ。


「そうじゃなくて。起きたばっかだから朝メシを作りたいんだけど、その前に内容だけでも聞いといた方が効率的じゃん?」


 異論は唱えさせない。論より証拠って感じで席を立つ。


「それもそうね。でも今から食べたらお昼が遅くならない?」


 内炭さんが不可解な質問をしてきた。遅くなっても別に困らんだろ。って違うわ。


 これ、罠だ。『遅くなっても別にいいけど』って迂闊に答えると『私達と一緒にランチする気がないの?』から『やっぱりさっさと帰らせようとしてるわね!』のコンボが来るに違いない。いやらしい変化球を投げてくるね。


 どうしよう。ぶっちゃけその気はなかったが、もういい加減に腹を括るか。


「軽く食べるだけ。昼メシのリクエストがあれば今からでも受け付けるけど」


 どうだ。このネガ炭さんめ。ぐうの音も出まい。


 って思ったら川辺さんのお腹が鳴った。ぐーって音が出ちゃいましたね。


 川辺さんはちょっとだけ赤くなった頬をぽりぽりと掻いて、


「朝ごはん食べてなくて」


「じゃあ川辺さんのも用意するわ」


「いいの!?」


 そんな目を輝かせんでも。


「1人分を作るのも2人分を作るのも大して変わらんし」


「3人分も変わんないよね?」


 優姫さんがぷんすかしながら言ってきた。人助けに対して怒らんでくれよ。


「4人分もね」


 内炭さんまで乗っかってきた。さすがに1人分と4人分は変わるくね?


 とにかくキッチンに移動。冷蔵庫の中を見てみる。


「トーストしようか?」


 優姫が気を利かせてやってきたけど、


「今日は食パンを使わない」


 生ハムロース。クリームチーズ。舞茸。ナスなめろう。おっ、トマトがある。これをいま使えば一石二鳥になるのでは?


 色々と画策しながらブレッドケースを確認。昨日の晩にオカンのお遣いで近くのパン屋で買ってきたバゲットがある。フランスパンはその日のうちに食べないなら冷凍保存した方がいいんだけどね。まだ半分くらいあるし、これを使おう。


「何を作るの?」


 内炭さんも川辺さんと一緒にやってきた。そんなに広いキッチンじゃないから集まられると邪魔でしかないんだけど。


「ブルスケッタ」


 3人ともキョトンとした。あれ? 割と有名な料理だと思うんだけど。


「カナッペみたいなやつ」


「クラッカーの上に色々と乗せるやつ?」


 内炭さんが反応してくれた。その説明に優姫も「あー」って頷いた。川辺さんは絶対に分かってないくせに「あー」って言ってる。


「カナッペはフランス料理。ブルスケッタはイタリア料理。まあ似たようなもんだ。ブルスケッタは土台のパンにオリーブオイルとかで味付けをする場合が多い」


 ついでに言っとこうか。


「昨日、夏希先輩に話を振られて提案しようとしてたのもブルスケッタ。誰もこれを作るって言わなかったら料理研究会として出す料理はこれになる。愛宕部長もナイスアイディアって褒めてくれたわ」


 そういやオトンのつまみのサラミもあったな。ちょっと拝借するか。


「サンドしないサンドイッチみたいな。オリーブオイルと合うものなら基本的に何でも合う。だから9人いても9人ともが違うブルスケッタを作れる訳だ」


「興味があるわね」


 内炭さんがやる気だ。優姫は置きっぱなしにしてるエプロンを装備し始めた。


「わたしにもできる?」


 川辺さんは関心を見せながらも一歩引いてる感じ。


「乗せるものに合わせてパンにオリーブオイル、バター、おろしニンニクを塗って、オーブントースターで焼いて、具材を乗っけて終わり」


「簡単! な気がする!」


「簡単だよ。具材の方も味付けはしないといかんけどね」


 という訳でレッツクック。


 差し当たって今回の調理で最も重要なことを先に終わらせておこう。


「優姫さんや」


「なんだい、カドくん」


「トマトに入ってるリコピンに美肌効果があるって水谷さんが言ってたぞ」


「じゃあトマトにしよーっと」


「わたしもトマト! トマト好きー」


 よし。チョロい巨乳どもが釣れた。


「碓氷くん、たぶんここで消費してもお母さんがまた買ってくると思うわよ」


 本当に内炭さんは俺の機嫌を損ねるのが好きだな。んなこたぁ分かってんだよ! そん時は自家製トマトソースにしたらぁ!


 ともかく、トマトの味付けについてはちょいちょいアドバイスを入れて、サクサクっと作ってみた。焼き入れの第一弾が終わるまでの所要時間は15分くらいかね。


 まずはオリーブオイル、みじん切りにしたニンニクで炒めた舞茸にバルサミコ酢と塩こしょうで味を調えたもの。バターを塗ってこんがり焼いた薄切りのバケットにそれを乗せて、


「これおいしい!」


 川辺さんがバクバクいっちゃった。優姫もペロリといって、内炭さんは思案顔で、


「フランスパンってまったくと言っていいくらい食べないんだけど。硬めのパンって食べ応えがあっていいわね。舞茸ともすごく合うし」


「さっきオリーブオイルと合うものなら基本的に合うって言ったけど、分かりやすく言えばピザに使われる具材なら何でもいけるからな。キノコもピザの具材としては割と王道に当たるだろ?」


「……ピザ。スーパーで売ってる平たいのくらいしか食べたことがないのよね」


 まじか。あー、でもそうか。ピザってシェアするものだもんな。お相手が。


「近いうちに久保田と一緒に遊ぶか? あいつ、ピザのプロだから」


「へぇ、久保田くん、ピザを作るの上手なんだ」


「目を瞑ってでもスマホで出前の注文ができるレベル」


「えぇ。どんだけピザを食べてるのよ」


 あの腹を見れば分かるだろ。最近は自分で取りに行った方が安いから、摂取するカロリーを先払いで消費するために歩いて取りに行ってるらしいぞ。10分も掛からんから摂取量の方が余裕で多いけどな。


「ところで碓氷くんは食べないの?」


 舞茸ブルスケッタの完成後に写真を撮ってからずっとスマホをいじってるもんで不思議に思ったらしい。説明すれば秒で納得すると思うけどね。


「まいたけ先輩に報告してた」


「なるほど」


 ほら納得された。なんで送るの? って疑問すら出てこない。


 文化祭で出すかもって伝えたら味見をしたいって返事が来ちゃって、そのスケジュールをどうするかでちょっと揉めてたんだよね。あの人、舞茸に関しては超ストイックだからな。冷蔵庫に舞茸が入ってた時点で称賛の嵐をいただけるくらいに。


 続きましては、生ハムとチーズとトマトのブルスケッタ。味が分かりやすいね。


「こんなの美味しくないわけがないじゃない」


 内炭さんは食べる前からにっこりだった。って、川辺さんはともかく、優姫と内炭さんはそんなバクバクいっていいのか。昼メシのこともあるけど、オリーブオイルをふんだんに使ってるだけあってカロリーはそこそこ以上にあるんだけども。


 さらに、ナスなめろうとチーズのブルスケッタ。ナスなめろうに使われてる味噌とチーズの相性がいい。


「これ。弥生さんが食べたがりそう」


 そうですね。内炭さんの仰る通りだと思いますよ。作りませんけどね。また粘着されても困りますからね。


 最後に、トマト、サラミ、ピーマン、チーズのブルスケッタ。ほぼピザだ。


「これ。ママゴトの日に食べるようにしない?」


 優姫さんが大絶賛。朝8時から食べるにはちょっと重たいと思うぞ。


 そんな感じで結局は全員4枚ずつ食べちゃった訳だが、


「これなら料理の腕ってあんま関係ないし。稲垣さんや中島さんも気後れせずに作れるんじゃねって思ってんだけど」


「確かにね」


 内炭さんは腕組みをしながらこっくりと頷き、


「しかも本当にバリエーションが無限にありそうな感じがするし。サクッと食べられるし、目新しい気もするから私は賛成するわ」


「知ってる人は知ってるから目新しいってほどじゃないけどね」


「日本人の半分以上が知らないと思うけど」


 そう言われると微妙だな。割合で言えば3割も知らんかもな。若者に絞っても微妙かも。テレビでやってればワンチャンだけど、ブルスケッタを置いてる店自体があんまないからな。イタリア料理専門店くらいだと思うし。


「乗せる具次第で別物に変わるし。知ってても興味を引くんじゃない?」


 優姫の言うことは一理ある。


「女子ってそういうのを考えるのが得意だからな。俺とか久保田だとすぐ肉に走っちゃうけど、部員それぞれの個性を宿したブルスケッタがずらっと並ぶ光景は視覚的にもインパクトがあるとは思う」


 その場面を想像したのか、川辺さんが幸せそうな顔を見せてくれた。


「どれを食べるか迷っちゃうね」


「色々と選べるのはいいよねー」


 優姫もすっかり乗り気だ。もうバゲットは全部消費しちゃったけどね。


「まあ、おおよそ料理研で出すのはこれになるから今のうちに乗せるものを考えとくといいかもな」


 3人とも良い返事をしてくれた。よし、今なら大丈夫だろ。


「それで? 相談って?」


 なんでだよ。なんでジト目が来るんだよ。


 えぇ。まだ本題に入れないの? 昨日の部内の会議といい、なんで必要なことをサクサク決めようとしないんだよ。わけわかめだよ。


 っと、スマホが鳴った。LINEだな。


「まいたけ先輩かなー」


 ややぎこちない感じになっちゃったが、批難の眼差しから逃げるようにスマホの画面を見つめた。あれ?


 カイ@ガチャ禁失敗:家に居るなら今からそっちに行きたいんだが


 珍しい。出不精のあいつが俺と会って話したいとか。数年に1度のイベントだ。


「油野がウチに来ていいかって言ってんだけど」


 その反応は三者三様。


 内炭さんはテンション爆上げ。川辺さんはテンション急降下。優姫はちょっと困った感じだね。まあ、過去が過去だしな。


 ふむ。これってもしかしなくても好機なのではなかろうか。


 油野を呼び寄せることで川辺さんと優姫を帰らせ、用事の内容によっては内炭さんに油野を宛がうことによって俺がフリーになれる。


「あいつが来るのなんて久々だし。断るのも悪いから受けちゃうぞ?」


 心にもないことを言いながらLINEの返事をした。


 さすがはイケメン。こいつって本当に俺の役に立ってくれるよなぁ。実に有難し。


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