9/24 Sat. べきべき

 これはどうしたことか。


 本日のリフィマには、やどりんもヒハクもいない。木曜日にツイッターでそう告知したらしい。


 なのに9時の時点で50人くらいがオープン待ちをしてるんですけど。


 とうとう聖地として認められたのかね。ならば結構。相手が巡礼者ならもてなさねばなるまい。ただし腐った輩は回れ右をせよ。さもなくば俺が踵を返すぞ。


 本日の参戦者は俺、優姫、久保田、油野、愛宕部長、内炭さん、川辺さん、水谷さんの計8人。名前の並びは顔を合わせた順だ。川辺さんと水谷さんはリフィスと一緒に車で、他は南安城駅のホームで待ち合わせをして電車という形。


 1人だけ離れた場所に住んでる内炭さんは少しだけ申し訳なさそうにしてたが、そこは我らがクボが良い感じに良い感じのことを言ってフォローしてた。お陰で良い感じの空気になったよ。


 リフィマに到着した俺は持参物を業務用の冷蔵庫にぶち込み、休憩室に戻って着替えをしてる最中に気付いた。気付いてしまった。


「油野」


「ん?」


「お前、なんでいるの?」


 こいつは基本的にやどりんの剥がし役で参加してた。言わばやどりんのマネージャーみたいなもんで、こいつが単体でいても仕方ないと思うんだけど。


「なんでと言われてもな。リフィスに参加を促されたからここに来ている訳だが」


 何を今さらって感じで返されてしまったわ。


 なんというか、こいつがいても違和感がなかったんだよね。俺の中で無事に苦手意識やら嫌悪感やらが消えた証拠ってことになるのかな。


 まあ、油野がいると内炭さんの素行がよくなるから歓迎するけどさ。


「担当は? キッチン? ホール?」


「今日は主にレジだそうだ。奥谷さんだったか? 有給で休みらしくてな」


 まさかと思ってツイッターを確認してみる。おおぅ。昨晩に告知されとるわ。明日はやどりんの弟(超絶イケメン)がレジにいます! って。


 つまり今日の油野はパンダ役。あの行列の謎が早くも解けたな。


 という訳で、本日もリフィスマーチ、オープンです。


 お客さんの目的の半分くらいはイケメン目当てかなって思ったのに、やっぱ味も認められてるみたいだね。ちゃんとケーキとプリンもよく売れる。


 イートインも常に席が埋まっていて、それはなんだかんだでリフィスが予約制を維持してるせいでもあるっぽい。どうやら既に14時まで決まってるらしい。


「ちょっといいですか?」


 オープンから30分くらいした頃、リフィスがいつものアルカイックスマイルを披露しながら寄ってきた。俺はビニール手袋を装着した両手でハンバーグの種のキャッチボールをしてる最中だった。


「なんざんしょ」


「今日、ミートというのは作れますか?」


 川辺さんに視線を飛ばした。いつもは目が合えば手を振ったりにこってしたりするのに、天然とは思えないほどの反射速度でそっぽを向いたよ。


「まあ、材料はほぼほぼ揃ってるな。足りないものもあるけど」


 マッシュルームがない。なくてもいいけどね。メインは牛挽き肉な訳だし。


「何が足りないので? 私が買ってきますよ」


 賄いのために副店長が店を抜けるってどうなのさ。てかちゃうねん。


「足りないのは俺のやる気だ」


「ではお金を積みましょう」


 こいつ、秒で心を揺さぶってきやがった。なんでそう淀みなく、躊躇なく人を惑わすことができるんだ。悪魔かよ。


 どうしよう。やる気、出ちゃったよ。


 叩いて伸ばすは前時代的。褒めて伸ばすは理想論。金で伸ばすが最善なのでは!


 いや、違うわ。


「金はいいからちょっと頼みを聞いて欲しいね」


「内容によります」


 警戒されるのは当然のこと。けどこの場で言うのはなぁ。


「聞くだけでいいわ。頼みに応じるかはお前の好きにしていい」


「ふむ。それはまた随分と安価で提供してくださるんですね」


 ハンバーグの種をまな板において手招きする。察しの良いイケメンが耳をこっちに向けてきた。少し気持ち悪いが、俺も口を近付けて、


「文化祭の2日目。月曜だからリフィマは休みなんだけど、来れないか?」


 リフィスは苦笑して姿勢を正した。


「最初からそのつもりですよ。一応は保護者みたいなものですから」


 へー。これはまたご立派なことで。


「おっけ。ミートはニンニク少なめにしとくか?」


「通常でお願いします。どうせお客様の前には出ませんし、ミント系のガムや飴もありますから大丈夫かと」


 それよりも、と続けたリフィスは表情から笑みを消して、


「どのような目的でのお誘いでしたか?」


「別に宿理先輩のサポートって訳じゃねえぞ」


 あらぬ誤解を受ける前に牽制しておく。案の定、リフィスの顔に笑みが戻った。


「では悪巧みですか?」


「そんな感じ」


 作戦変更。交渉相手をリフィスから弥生さんにチェンジだ。


 1日目の午後だけでもいいからリフィスを貸して貰いたいんだよね。理想は2日目だが、個人的な理由で来てるやつを巻き込むのは憚られるからな。


「ちょっとお手洗いに行ってくるわ」


 完成した種をトレーに移し、ビニール手袋を外してトレーにラップを掛ける。どうせすぐに出るけど冷蔵庫に突っ込み、手を洗って厨房から出ていった。


 一応はトイレの方まで歩いていって、ふと背後を振り返る。釣れちゃったね。


 俺が手招きしたら、水谷さんはとても嫌そうな顔をしながら寄ってきた。


「罠だったってことよね」


「水谷さんはまじでリフィスのことになるとチョロいっすなぁ」


 言った直後に両手を挙げた。暴力反対。そのグーをパーにしなさい。


「リフィスの口から出た保護者って言葉が気になった。そして都合よくその話し相手が1人になった。脅しを入れて口を割るにはちょうどいいよね」


 水谷さんの動きが遅かったらたぶん弥生さんの方が釣れてた。宿理先輩のサポートじゃないって言葉が気になってると思うからね。


「さっきのは文化祭に来るのか? って聞いただけだよ」


 ばつの悪そうな顔をされた。なんでや。あー、そうか。これはまた随分とタイムリーなやつが来たな。


「考えすぎだと思うけど」


「エスパーやめろって普段は言ってくるくせに。そういうのやめてくれない?」


 ごもっとも。


「来たくて来る訳じゃない。一応の保護者だから来る『べき』だってあいつが考えての結果だと思ってんじゃないのか」


 要するに、義務感を負わせたことに対して迷惑を掛けたと思ってるってことだ。


「そうだけれども。これって考えすぎなの?」


「確証はあるけどタダでは渡せないね」


 おやまあ。腕組みなんてしちゃってー。もう心は決まってるくせにー。


「……条件は?」


 ほらきた。


「命令券を使ってもよかったんだけどな。ちょっと頼みがあるってか。聞きたいことがあるってか」


「バストサイズ?」


 またそれかよ。


「聞きたくなるほどのサイズでもなくない?」


「そうだったわね。碓氷くんは巨乳好きだものね」


 こういう牽制、嫌いじゃないんだけどね。仮にも就業中だからね。


「立会演説の件だけどさ。あれって誰にも相談してないんだよな?」


 らしくないね。一瞬だけ目を泳がせた。俺が水谷さんに興味を持つことがそんなに意外だったのかねぇ。それならサイズも気にならないって分かって欲しいもんだが。


「してないわよ」


「リフィスにも?」


「できないわよ」


 そう。できない。しなかったんじゃなくて、できなかったんだよな。


「心配させるからだよな。もっと言えば迷惑を掛けるからだよな」


「そうね。でもそれ以上に自分の蒔いた種だったから、自分で刈り取るべきだと思ったのよ。碓氷くんもそうするべきだと思ったんじゃないかしら?」


 笑っちゃうね。まじで俺らってべきべきだよな。


「え? 叩かれたいの?」


 笑う=叩かれたい。はさすがに論理的におかしいだろ。


「まじで俺らって似てるなと思って」


「気持ち悪いわね」


 ひどいな!


「リフィスにだよ」


「それは光栄ね」


 この人、まじでひどいんだけど。


「最近そういうのに対して有難くも苦言をいただいてね。俺らはすぐにこうするべきああするべきって考えるけど、たまにはそういうのをやめて他の人に頼ってみたらどうだって諭されたんだ。仮に相手が何の役に立ちそうになくてもね」


 水谷さんが可愛らしい顔をしかめた。それでも可愛いんだから反則だよな。


「役に立たない相手に頼るって何の意味があるのよ。碓氷くんって論理とか合理とか効率ってよく言うのに、あまりにも矛盾してない?」


「仰る通り。けど先の先まで読むと実は効率に関わってきたりもする」


「どういうこと?」


「俺の人間性が疑われる話だから2人だけの秘密にして貰いたいんだが」


「構わないわよ。碓氷くんの人間性は既に疑われてると思うけれどもね」


 ぐうの音もでねえぜ。


「何の意味があるかって話だが、コミュニケーションが取れる」


「だから?」


 言い方が冷たい。そんなのを差し込むくらいなら黙って聞いて欲しい。


「コミュニケーションが取れると好感度やら信頼度やらが上がる。特に俺らみたいな普段からソロプレイを好む連中は他人の世話をするのに、他人の世話を受け入れようとしないよな。だからこそこっちがお願いした時に『頼られてるぅ』って過剰に喜ぶ訳だ。この人に認められた! って感じでな。いわゆる承認欲求ってやつ」


「あぁ、なるほど。確かに人間性を疑うわね」


 もう解答に辿り着いたのか。


「つまり、豚もおだてりゃ木に登るってことよね?」


 そう。変則的な『褒めて伸ばす』だ。


「信頼ってカードを切ることで相手にやる気を出させる。その件でその相手が何の役に立たなかったとしても、他の件なら役に立つかもしれないからな。つまりは報酬の前払い。後で気持ちよく働いて貰うためのな」


「確かに。それなら効率が上がるかもね。合理的ではないけれども」


「確実に効率が上がる手じゃないと合理とは言えんからね」


 水谷さんは苦笑して、


「要するに、圭介をもっと頼れってこと?」


「エスパーやめろっつってんだろ」


 油野の名前は出さなかったし、逆にリフィスの名前を出したのになんでこうなる。


「こんなのただの論理的思考でしょ。先生は演説のことを知らないわけだし」


「川辺さんから聞いてた可能性もある。ミートの件みたいにな」


「その料理は私も気になってるから賄いでよろしくね?」


「あれはジャンク過ぎて男の食いもんって感じだけどいいのか?」


「昨晩に美月が美味しかった美味しかったってずっと言ってて……」


「師弟ともども洗脳されちゃったか。こりゃまた味のハードルが上がるなぁ」


「それはともかく。美月から先生へのリークはないわよ?」


「なにゆえ?」


「私が怒るもの」


「超納得した」


 なら開き直るとしよう。


「どうせ油野に心配させたくなかったんだろ?」


「まあね」


「こんなことで頼るのもなあって思ったんだろ?」


「まあね」


「教えたらまたぶん殴るかもしれんしな」


「まあね」


「けど、話した方がいいのかなって少しは思ったんじゃねえの?」


「……まあね」


「しかも話さなかったことをちょっと後悔してんじゃね?」


「……」


「だって俺がこの話をしてるってことは、油野が俺に相談を持ち掛けたってのが前提になる訳だし? 迷惑を掛けたくなかったのに、結果的に油野を追い詰める形になっちゃった訳だし? 碓氷くんにも飛び火しちゃった訳だし?」


「碓氷くんは別にいいわよ」


 なんでやねん。仕返しすんぞこら。


「じゃあ油野のことはよくない訳だ」


「そうやってすぐ揚げ足を取るんだから」


「取られたくなければ地に足を付けてればいいのでは?」


「それは私の足払いを食らってみたいってことでOKかしら?」


「いいわけねえだろ。いい加減にそのバイオレンスな思考をやめろや」


「そうね」


 水谷さんが微笑む。憑き物が落ちたって感じだ。


「圭介と話してみるわね」


「ごねたらまた殴ると思ったからって言えばいい」


「そうする。2回目はあの程度じゃ許されないと思うし」


 じゃあ今度はこっちの番。


「去年、ネットでしかまだ関係がなかった時に、近所の子が文化祭で演劇をするけど一般参加NGだから見に行けない。サラの中学もそうなのかって聞かれたんだよね」


 気持ちわるっ。にやにやしちゃってるよ。こんな水谷さん初めて見るわ。


「会うことはないだろって思って軽率なことを言った訳だな。しかもその時はもう近所の子じゃなかったし。嘘を吐くほど演劇を見れなかったことが無念だったって解釈もできる。確か油野と久保田も一緒にその質問を受けてたはずだぞ」


「そうなのね。圭介と話すついでに尋ねてみるわ」


 本当に嬉しそうだ。じゃあもっと機嫌をよくしときますかね。


「これでさっきの『一応は保護者だから』って発言の意図も分かるよな?」


 うわぁ。でれでれしちゃったよ。


「去年、水谷さんのいる文化祭に興味があるってアピールをしちゃったから『えー、僕は興味ないんだけどねー、一応は保護者だからねー、あー、めんどくせー、まじめんどくせーわ』って小賢しくもいやいや行くって空気を演出した訳だ」


 見てられん。破顔なんて言葉じゃ足りないくらいのツラだ。


「下手な照れ隠しっていうか。男のプライドとかいう不燃ごみも悪くはないだろ?」


「そうね。強がっちゃって。可愛いなあって思っちゃったわ」


「したいと思うことをしたいって素直に言えないのは俺らの悪癖だと感じるね」


「耳が痛いわね」


 おや?


「可愛い人がこっちを見てるぞ」


 戻るのが遅いからね。副店長としては気にしちゃうよね。


「戻るか」


「そうね」


「水谷さんの分はニンニク少なめにしとく?」


 厨房の方に歩きながら水谷さんは歌うように言った。


「先生と一緒でいいわ」


「同じにした方が作る手間も省けるし、そうする『べき』だと?」


 鼻歌まで披露してくれる。ご機嫌だね。


「私がそうしたいと思ったのよ。私も変わらなきゃね」


 ごもっとも。後は彼氏彼女の問題ってことで。


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