9/15 Thu. 応援の形

 ティーンリーダー10月号、本日発売!


 LINEを起動するたびにその文字が見える。当然、出版社による広告じゃない。とある女子が行ってるファン活動だ。


 よくやるわ。そう悪態をつきつつあくびを噛み殺し、朝の教室に入った。


「あっ、碓氷くん!」


 いま8組で最もホットな人物からお呼びが掛かった。宣伝のしすぎで宣伝される側よりも目立っちゃってるギャルギャルしい女子。大岡静香さん、その人である。彼女は太陽が爆発したかのような笑顔を手土産に俺の元まで駆け寄ってきた。


「買った!?」


 その質問は果たして朝の挨拶より優先するべきことなんだろか。


「買ってない」


「なんで!?」


 信じられないって表情だね。さながら当選確率100%の宝くじを買わなかったやつに向けるような目だ。


「だってバイト先に宿理先輩が置いていった見本誌があるし」


 ハゲの話では撮影があったのは8月初旬。盆休み前に「そういや撮影っていつくらいにやんの?」って世間話のつもりで尋ねてみたら「もう終わったわよ」って返されたんだよね。別に天野さんなんかに興味はないけど、紹介した側としては日程くらい教えてくれてもいいんじゃないかなぁって思いましたね。


 宿理先輩は宿理先輩で「だってあんた興味ないっしょ?」って正論過ぎる返事をしてきたし。まさにその通りだから黙って頷いたけど。


「見ればいいってもんじゃないでしょ!?」


 違うのか。ファッション誌って見ればいいものじゃないのか。


「てかあれって女子のファッション誌じゃん。俺が買う理由ないじゃん」


「絵麗奈ちゃんが写ってるじゃんか!」


 購買理由:絵麗奈ちゃんが写ってるから。ねえわ。


「まあ、また後でね」


 朝っぱらからこんなのに付きまとわれたくない。川辺さんの視線が気になるし、吉田くんの視線はもっと気になるしな。


 机の横にリュックを引っ掛け、よっこらせっと椅子に座る。スマホを出して、


「碓氷くん!」


 まじか。まだ30秒も経ってないぞ。また後でねって言ったのは俺だけどさ。


「どうした?」


「電子書籍でも買えるよ!」


 スマホに反応して親切心でも働かせたつもりなのかな。動画サイトで流れる広告くらいスキップしたい情報なんだけど。この広告に興味がない、のボタンってどこにあるのかな。


「電子書籍ならいつでもどこでも可愛い絵麗奈ちゃんを眺められるよ!」


 どうしよう。いっそのこと天野さんにLINEを飛ばして回収して貰った方がいいのかね。


 その天野さんはティーンリーダーらしき雑誌を持った女子に囲まれてる最中だ。どうやらよそのクラスからも集まってきてるみたいで、天野さんは完全無欠の天狗モードに突入してる。どや、どやって擬音語が見えるかのようだよ。


「碓氷くん、アルバイトしてるんでしょ? お金いっぱいあるんだよね? 今なら税込みたったの850円で永久保存版の絵麗奈ちゃんが手に入るんだよ? 買わなきゃ損だよ? もしかして買い方が分からない? 私がやってあげようか?」


 誰でもいいからこの狂信者をどうにかしてくれんかな。てかカースト上位がクラスメイトの前で馴れ馴れしく話し掛けてくるなよ。仲間だと思われるだろうが。


 さて、どうしたものかね。鐘がなるまではまだ10分以上もある。このまま大岡さんに張り付かれても俺にはデメリットしかないし。


 致し方あるまい。吉田くん、許せ。


「さっきから吉田くんがこっちを見てるけど。もしかしたら興味があるのかもよ?」


 大岡さん、安心してくれ。吉田くんなら850円くらい払ってくれるよ。


「ヨッシーにはさっき買って貰った」


 あのイケメン、チョロいな!


「ねえ、碓氷くん、私達って友達じゃん。友達のよしみで買ってよ。ねえ」


 友達のよしみ? 誰よその女! って言える雰囲気でもない。まじでどうしよう。距離感も考えずに身体をゆさゆさ揺すってくるんだけど。


 川辺さんは不愉快さを隠しもせずにぷんぷん状態になってるし、吉田くんも爽やかさをどこかに埋葬してきちゃったような顔をしてるし。てかさ。


「どうしてそんなに買わせたいのさ」


「いっぱい売れたらまたお呼ばれするかもって!」


 あー、そうか。それは確かに可能性として考えられるな。


 なるほどね。好きな人を応援したいっていう純粋な思いで動いてんのか。人の財布を頼りにしてるとこは不純でしかないけどさ。


 それなら一口乗ってもいいかもしれん。って思って気付いた。この子、何冊くらい買ったのかな。観賞用と保存用と布教用で3冊って感じではなさそうだよね。10冊くらいはいってそうだよね。


 一応はまた宿理先輩にお願いすれば機会に恵まれるとは思うけど、きっとバーターじゃなくて天野エレナ単品でお呼ばれされることを望んでるってことだよな。


 分かったよ。その熱意に応じようじゃないか。さっさとどっか行って欲しいしな!


「じゃあ電子書籍で買うわ」


「おお! 碓氷くんはいざとなったらやるタイプだって思ってたよ!」


 チョロいって言いたいのかな? 失敬だね。


 どこか釈然としないが、電子書籍のカートにティーンリーダーを放り投げた。後は購入手続きに入り、支払方法の選択をってタイミングで教室がざわついた。


 原因は秒で判明した。クラスの入口付近に宿理先輩がいる。背後に人垣ができちゃってるよ。興味はあるけど話し掛けるのは恐れ多いって感じで、バリアが貼られてるみたいに彼女の半径1メートルに奇妙な空間ができてた。


 これはあれか。撮影風景の一部はSNSで晒されてたけど、これで文句なしのモデルデビューだから後輩に激励の言葉でも授けにきたのかね。


 天野さんも唐突に現れた憧れの先輩に瞳を輝かせて立ち上がった。その様子に目の前の狂信者もテンション爆上がりのご様子。


 あれ? これってもしかして無駄な出費をしなくて済む感じ?


 やったぜ。貯金は確かに溜まってきてるけどね。見もしない電子書籍に850円も払うくらいなら、読むか分からないラノベを表紙買いした方が有意義だもんな。


 とか人の夢を軽く見たのがいけなかったのかもしれない。


「おっ! いたっ!」


 おいおい。勘弁してくれよ。学校で話し掛けるなって何度も言ってんだろ。


「よっす!」


 宿理先輩は大岡さんの隣に立ち、俺の方を見ながら挨拶をしてきた。こいつ。まじで1回ぶん殴らないと分からないんじゃねえかな。


 はい、深呼吸。こんなんで思考のリセットなんてできんけど、やらんよりマシ。


「よっす」


 見れば天野さんがこっちに来たそうな顔をしてる。来い。すぐに来い。早く来い。今ほどきみに会いたいと思ったことはない。ただちに馳せ参じてくれ。


 しかし来ない! 来てくれない! なんだよもおおおお!


 さすがの大岡さんも宿理先輩の前だと借りてきた猫だ。さっきまで口を開けば押し売りトークを繰り広げてたのにさ。もっとガッツを見せろよ。


 あぁ、秒単位で心が荒んでく。って、え。まじか。まじかよ女神様!


「やどりん、どうしたの?」


 女神みっきー降臨。やどりんバリアなんかものともしなかったね。


「ちょっとサラに頼みごとがあるんよ」


 サラ? ってあちこちで呟かれてんですけど。まじでどうしてくれんのさ。


「頼みごと?」


「そそ、あたしの推薦人になってくんないかなって」


 は?


「ウチの学校って推薦人がいなくても立候補はできるんだけどさ。立会演説の時に応援演説してくれる人は用意しなきゃダメなんよ。前期は愛宕ちゃんにやって貰ったんだけどね。今回は庶務で立候補しちゃったじゃんか。それで困ってんの」


 言い分は分かる。けど、


「なんで今さら。もっと早く探せば良かったでしょうよ」


「用意はしといたんよ。でも今朝になって断られちゃってさー」


「えぇ。なにゆえ?」


「噛んだりしたらSNSで叩かれそうだからって」


「あー」


 きっと雑誌の発売日だから宿理先輩の人気を改めて理解しちゃったんだな。


「そんでサラに頼もうと思ったんだけど、LINEだと失礼かなーって思って会いに来たってわけ」


 そうだね。けど失礼な方がまだマシだったね。


「んー」


 正直、断りたい。けど、これって断っていいものか?


 だって目撃者がめっちゃいるじゃん。碓氷ってやつがやどりんに無礼を働いたって噂が一瞬で広がりそうじゃん。全学年から調子に乗ってる判定を受けそうじゃん。


 いかん。浴びてる視線の量が多すぎて黙考に集中できん。まずは時間稼ぎだ。


「てか宿理先輩ってもう当確だから立ち合い演説って要らないのでは?」


「あたしもそう言ってみたんだけどね。昔からのルールだからダメなんだってさ」


 これってまじで日本人の悪しき考えだよな。我々は今を生きてるんだ。過去のことなんかどうでもいいじゃんか。まったく論理的じゃないよ。


「けど宿理先輩以外に女子の副会長立候補者がいないんだから、応援演説を用意できなくても落選にはしないと思うんですけどね」


 だってそうしたら副会長が男子1人になっちゃうし。それこそ昔からのルールを無視した行いになると思うんだよね。


「あたしとしては応援してくれる人がいた方がやっぱ嬉しいんよ」


 まあ、そりゃそうか。人望がないって喧伝するようなものだもんなぁ。


 けど今のは割と良いヒントになったね。方向性を変えればいい訳だ。


「どうせ応援してくれるなら宿理先輩に相応しい人がいいと思うんですけど」


「りっふぃーとか?」


 調子こいてんじゃねえぞ。誰が願望を語れって言ったよ。


「リフィスくらい見た目が良いやつってこと」


「あたしは見た目より口が達者な人がいいと思うけど」


 おっ、良い言葉を貰った。


「じゃあ折衷案。俺が原稿を書く。演説するのはルックスの優れた人」


 例えば、


「油野とかは?」


「身内に応援されてもなぁ」


「じゃあ水谷さん」


「ちはやんは違う人の推薦人をやるんじゃなかったっけ?」


 あぁ、そんなことを川辺さんが言ってた気がする。ってことで宿理先輩と一緒に川辺さんを見てみた。


「そうだねー。何とか先輩って人の応援をするんだって」


 興味がないのは相変わらずだった。てか川辺さんでよくね?


 物怖じしないタイプだし。宿理先輩と仲もいいし。愛嬌もあるし。可愛いし。


 提案してみようか。俺の推薦だと断りにくいって心理が働くかもしれんが、その兆しが見えたらすぐに引き返せばいいしな。


 よし。って決めた瞬間だった。


 偶然としか言いようがない。本当にただ目に留まっただけ。


「大岡さんは?」


 気のせいじゃないと思う。やりたそうな目をしてたんだよね。なのに、


「え? 私なんかより絵麗奈ちゃんの方がよくない?」


 そんなことを言うから天野さんがこっちに来てしまった。


「あたしでよければ引き受けますよ!」


「んー、そりゃやる気がある人が一番だけどさ」


 宿理先輩も思うとこがあったらしい。大岡さんをまっすぐ見つめて問う。


「本当にテンちゃんでいいの? しーちゃんはそれでいいの?」


 一瞬だけ目を逸らした。気のせいかと思うくらいに。本当に一瞬だけ。


「いいに決まってますよ! 絵麗奈ちゃんこそベスト!」


「そっか」


 宿理先輩は俺を一瞥して、


「じゃあテンちゃんにお願いしよっかな。原稿はサラなんよね?」


「テンプレみたいなのになるとは思いますけどね」


「うい。そんじゃまたどっかで打ち合わせするってことで。ありがとね」


 そうして宿理先輩は嵐のように去っていった。それに伴って人垣も消えた。もうすぐ予鈴が鳴る時間だからかもしれんけど。


「静香、ありがとね」


 喜色を湛える天野さんに、


「お礼なんて必要ないない! 絵麗奈ちゃんこそベストって言ったでしょ!」


 大岡さんはいつものヨイショをした。


「碓氷さんもありがとうございます。原稿、お願いしますね」


 天野さんが一礼して去っていく。大岡さんは、それを追わなかった。


「どうしたのー?」


 天然の川辺さんでもさすがに気付いたらしい。そのくらい大岡さんの挙動は変だ。


「……私、今のままでいいのかなぁ」


 俺らが声を発する前に大岡さんは自分の席の方に戻っていった。


「どういうこと?」


 川辺さんが尋ねてきたが、俺は大岡さんじゃないからな。


「よく分からんね」


 思い付く理屈はいくつかある。けど根拠と呼べるものはない。


 確実なのは、悩みごとがあるってことだけだ。


 発言の内容からおおよそ『変わりたい』と思ってるか『変わらなきゃいけない』と思ってるかだとは思う。


 腰巾着をやめたいってことなのかね。それはそれで理由が分からんけども。


 たぶん、俺と宿理先輩のやり取りの中にヒントがあるんだとは思う。


 だってそれまであんなにテンションが高かったもんな。


 よし、ちょっと論理的に考えてみますかね。


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