9/10 Sat. 今日も誰かの誕生日

 はい。本日はリフィスマーチです。


 正式な雇用契約を交わして初めてのアルバイト。何が変わるのかなって少しどきどき。就業規則とやらも守らなきゃいけなくなるから堅苦しくなっちゃうのかな。


「おはようございます。本日より正式な雇用となりますが、いつも通りでお願いしますね。一応は社内ルールのようなものもありますが」


 オープン30分前、バイトを集めた休憩室での一幕。


 リフィスはテーブルに載った就業規則を指さして、


「あれはただのお守りです。労基に踏み込まれた時にしか力を発揮しません」


 身も蓋もないことを言った。リフィスらしいと言えばリフィスらしいけど。


 では本日の参戦者。煩わしいので敬称略で。


 碓氷。内炭。久保田。油野(姉)。川辺。水谷。油野(弟)相山。上条。浅井。堂本。リフィス不在時と同じ布陣だ。


 本当はここまで集まる予定はなかったんだけど、やどりん+ヒハクの組み合わせが成立しちゃったから手数の問題でこうするべきだってことになった。


 宿理先輩が参戦を表明したのは月曜日。その日のうちにリフィマ公式ツイッターで告知を行った。当時だとまだ上条先輩の参戦は決まってなかったんだ。


 けどね。


『あ、ありのまま、今、起こった事を話すぜ! 私は今ふつーに学校の廊下を歩いてた。そしたら制服姿のヒハクさまがいた! な、何を言ってるのかわからねーと思うが、私も何が起きたのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……』


 ツイッターにポルナレフ状態で晒されてたんだ。そして当然、


『ねぇ。ヒハクさま。中身が先輩の女子だったんだけど。何を言ってるのか分かんないと思うけど、私も本気で分かんない。頭がどうにかなっちゃいそう』


 そりゃあ、こうなったらもうお祭り騒ぎになっちゃうよね。リフィマ公式ツイッターに突撃する腐女子も多くなるよね。どういうことなんだ! ってさ。


『ヒハクさまが女ってどういうことですか! 事実確認をしたいので一度本人に会わせてください! 今週の土曜日などいかがでしょうか!』


『許せない! 許せないよ! ヒハクさまが女だなんて! この世の何を信じればいいって言うの! もう! 本当に! ありがとうございます!』


『今日。進むべき道を知りました。夏の風が薫る、幾万の百合の花が咲く道です』


『やはり女性こそが人間の完全体! この世に男なんて必要なかったんや!』


『ヒハクさまのメス顔を見てみたい。今こそヒハxマサじゃなく、マサxヒハを推すべき時! 反論は許さない!』


『ヒハxマサは絶対だ。メスがオスの顔をして、オスにメスの顔をさせることの素晴らしさが分からぬとはまだまだひよっこだね』


 リプ欄は燃えるってよりも萌えてた。一部のナマモノを求めるやつらはブロックして欲しいけど、この騒動を生み出したのは俺らだからね。


 という訳でヒハクの緊急参戦。ご要望にお応えして制服姿でのご登場です。


 そのせいって訳じゃないが、一緒にスポット参戦をするのも1人いる。


「え? 石附さんじゃなくて碓氷くんの指示に従うんですか?」


 愛宕部長である。何やら文化祭のリハーサル的な意味合いで速度を重視した調理の修行をしたいらしい。脱出ゲーム後の調理で俺に後れを取ったのがショックだったのかもね。


 普段の調理は金を払って待ってる客がいないせいで、良く言えば丁寧に、悪く言えば冗長的になっちゃってるからね。模擬店の回転率をよくしたいならシビアな環境での効率化ってのを模索しなきゃいかん訳だ。


「碓氷くんは私の右腕のような存在。不服かな?」


 今日も今日とてヅッキーは調子こいてる。鼻を折るイメトレでもしとくかね。


 って感じで、今日もリフィスマーチ、オープンです。


 とはいえ、今回はリフィスもいるから問題という問題が起こりそうもない。


 愛宕部長はヅッキーより高性能だし、川辺さんも部活で基本的なことを教わったから多少なりに無駄も減った。言ってしまえば、すげー楽だね。


「どうしよう、碓氷くん」


 ヅッキーが卵白をしゃかしゃかしながら声を掛けてきた。なんでハンドミキサーを使わないのかね。一方の俺はビューティフルムーンの製造中だ。


「どうした、ヅッキー」


「愛宕ちゃんが万能すぎて楽にも程があるんだけど」


「いいことじゃん」


「……明日、あの全部を私がやるのかと思うと憂鬱で」


「いつもやってることだろ」


「そうなんだけどね。やっぱ人間って楽を覚えちゃうとさ。分かるでしょ?」


「楽ができないように仕事を振って欲しいってこと?」


「そんなわけあるか!」


 理不尽すぎる。なんで俺が怒られなきゃいかんのだ。


「てか愛宕部長は明日も来るらしいよ。現場の修行をしたいんだってさ」


「そうなの? やったね!」


「俺は来ないけどね。日曜くらいは家でゴロゴロしたいし」


「わかるー。もう日曜が休みってイメージはなくなっちゃってるけど」


 そんな雑談をしながら周囲を見回してみる。水谷さんは普通に女子の格好で、リフィスと少し離れた場所でプリンを作ってるようだ。その距離は嫉妬対策ですかね。


 そのサポートをやってる内炭さんと久保田。このセットも連日で働くらしい。


 それもそのはず。今月末、9月29日は油野圭介の誕生日だ。


 内炭さんはそのための金策に走りたがり、けど1人で来るのは勇気が必要。それで久保田という善意の化身が手を差し伸べたって形だ。青春だね。その件が決まった後に愛宕部長も来るって分かったから久保田が捨てられる可能性もあるが。


 それにしても。絡む相手が増えたから仕方ないことではあるけど、誰かの誕生日が来たらまたすぐに誰かの誕生日が来やがるな。


 7月に川辺さん。8月にリフィス。9月に上条先輩と油野。10月に宿理先輩と久保田。11月に俺で、12月に紀紗ちゃんと愛宕部長。1月は知らんけど、2月に内炭さん。3月に弥生さんと優姫だ。把握してるだけでこうなる。


 浅井はどうでもいいとして、今日のメンツで言えば堂本と水谷さんの誕生日は調べといた方がいいかもな。お世話になってるし。


 もはや誕生日プレゼントを配るために働いてるって感じになっちゃうけど、それはそれで青春っぽいし、悪くはないのかな。とりあえずは、


「ヅッキーの誕生日って何月?」


「え? 碓氷くん、私に興味があるの?」


「そんなわけあるか!」


「……じゃあなんで聞いたの。仕返し目的で乙女心を揺さぶるのやめてよ」


 へこむのは勝手だけど、メレンゲ製造の手は止めたらいかんよ。


「一応は近かったら何かをしようかなって思って」


「近くないよ。10か月も先だよ」


 7月か。なら初めましてのちょっと前なのかね。日付は聞くのやめとくけど。


「どうして急に誕生日なの?」


「誕生日が流行る時期になってきたからね」


 ヅッキーがキョトンとした。


「誕生日って流行るの?」


「俺らくらいの年の日本人って7割くらいは7月から12月生まれで。1番多いのはぶっちぎりで9月なんだよ。8月後半。10月前半。12月もそこそこ多い」


「え。初めて知った。どうして9月が多いの?」


 こいつ。川辺さんレベルの天然か?


 えー、どうしよう。話を振ったのはこっちだけど、なるほどねーって言ってくれると思ってたのに。


 ふと視線に気付いた。リフィス、水谷さん、弥生さん、優姫、久保田、堂本は分かってるような感じ。一方で川辺さん、愛宕部長、内炭さん、長谷部さんは分かってない模様。


 まあいいか。やましいことはない。質問されたから答える。それだけだ。


「逆算すると妊娠したタイミングがクリスマスになるから」


「ああ! 納得!」


 よし、セーフ。セクハラって言われたらどうしようかと。


「でも12月ってクリスマスと関係なくない?」


 続くのかよ。


「時期で言えばバレンタインとかホワイトデーになるんじゃね」


「そっか! 私を食べて! のパターンだね!」


 ノリノリだな。そっち系の話を好む女性って、ネットならともかくリアルで会ったことがないから対応の仕方が分からん。


「ちょっといい?」


 やってきたのは弥生さんだ。これは仕事中に話すことじゃないよねって怒られるパターンか。話題をぶっ潰すのにはちょうどいいから甘んじて受け入れよう。


「妊娠から出産までって十月十日じゃなかったっけ?」


 乗ってくるのかよ。


「バレンタインの2月14日に子供を作ると、12月24日が予定日になるって聞いたことがあるんだけど」


 リフィスがそっぽを向いた。あの野郎。


「それだと約310日になりますよね。WHOの説だと人間の妊娠期間は平均266日で、出産予定日までは280日って話ですよ」


「そうなの? 実際とかなり違うんだね」


「ははー、さては昔の人がテキトーな考えで残した言葉だな?」


 昔の人もヅッキーなんぞにテキトーとか言われたくねえと思うわ。


「数え年って分かります?」


「生まれた年を0歳じゃなくて1歳って捉えるやつのこと?」


「それです。昔って0の概念がなかったんですよ。カレンダーでも0月と0日ってないし、令和元年も0年じゃなくて1年から始まりましたよね」


「あー、そっか。0か月を数えって考えで言えば1か月。9か月は10か月になるのね。ってことは十月十日って9か月と9日になるの?」


 そこのリフィスとかいうやつさ。後でググれって言ってくれよ。なんで俺が保健と国語と社会を混ぜたような授業をせんといかんのだ。


「その1か月も今のやつじゃなくて月齢です。月の満ち欠けのやつ。28日で1か月ですね。要するに1か月=4週間ぴったりってことです」


「言われてみれば妊娠って何週目って言い方をするもんね。ということは28日を9倍にして」


「252」


「はやっ。それに9を足して261日ってことか。WHOと近似値になったわね」


「昔の人も考えて言葉を残してるんですねー」


 少なくともヅッキーよりはね。


「思いのほか勉強になっちゃったわね」


 弥生さんが苦笑いしてる。どういうこった。


「前にもちょっと思ったけどさ。碓氷くんってエッチな話が苦手でしょ?」


 苦手ってか。セクハラを気にしてるだけって話なんだけど。


「苦手っていうか怒りますね!」


 そこの幼馴染。黙ってなさい。


「だからちょっとからかってみようかなって思って来たんだけど」


 おい。


「わかるー。碓氷くん、質問のたびにめっちゃ目が泳いでて面白かった!」


 ヅッキーは後で処刑するとして、だ。


「わたしらもたまにくらいは碓氷くんにマウントを取ってみたいじゃない?」


「そうだそうだー!」


 ちょっとそこの太鼓持ちをぶっ飛ばしてくれんかな。って思ったのに、


「わかる。カドくんにドヤってするの気持ちいいって脱出ゲームで知ったし」


 優姫さん、その節は大変お世話になりました。


「分かる! あれ気持ちよかった! またしたいくらい!」


 川辺さんはなんか言い方がエロい。


「碓氷くんはちょっと強気で攻めるだけですぐにマウント取れますよ?」


 水谷さんの笑顔が恐いだけです。他の人なら大丈夫なんです。


「ネトゲでもそうだったよ。サラは勝利の道筋より先に退路を探すタイプだからね」


 堂本が知ったようなことを言ってくれる。合ってるけど。


「碓氷くん、鶏肉屋だから」


 本日の内炭さんの賄いは問答無用で唐揚げになりました。


 あれ? 久保田はいつもの「ええんやで」って顔をしてるし、愛宕部長は調理に命を削ってる感じだけど、この状況でリフィスが乗ってこないのは珍しいな。


 ふむ。


 なんだかんだで作り続けてたビューティフルムーンを冷蔵庫に入れ、リフィスの方に歩きながら言う。


「問題」


 全員が俺を見た。川辺さんのわくわく顔はやっぱ可愛いな。


「数えで十月十日は現代で言うと9か月と9日。なのに未だに九月九日ではなく、誤解を生みかねない十月十日と言うのはなぜでしょう?」


 一斉に思案顔になった。


「分かった人は俺に耳打ちしてください。先着3名を除いて今日の賄いは鶏の唐揚げになります」


 おっと。久保田が考えるのを放棄したよ。お前、唐揚げ好きだもんな。


 とにかくみんなが思案に暮れてる隙にリフィスの隣に行って、


「なんかあったのか?」


「と言いますと?」


 いつもの笑顔だ。意図的に口角を持ち上げた、胡散臭いやつ。


「お前があの状況で俺に皮肉を飛ばさないのなんておかしいだろ」


「……嫌な気付き方をしますね」


 リフィスは笑顔に苦みを足した。


「ただ、私の両親は子供を求めて子作りしたのかなと」


 そうに決まってる。そう言ってやれないのが歯がゆいね。


「性衝動の末に生まれた結果だとでも?」


「ご存じの通り。私の誕生日は8月10日です。逆算したら11月の上旬くらいになるでしょう?」


「なるね」


「恋人の記念日になるような日がないじゃないですか。両親の誕生日とも違いますしね。文化の日に知性のない行動を取ったと言われたらおしまいですけど」


「それは俺も勘弁だな」


「でしょう?」


「いや、俺の誕生日って11月3日だし」


「……それはまた」


「まあ、言いたいことは分かったけど」


 リフィスは頷き、


「人肌が恋しくなる時期ですからね」


「こういう時の論理的思考って厄介だよな」


 他の理由が思い浮かばないと、それを答えだと思ってしまう。


「ですね。一応は早産や過期産の可能性も考えはしましたけど」


「ふむ。親に聞く気がないなら考えても仕方ないことだし、深く考えないか」


「都合よく考えるかのどっちにした方が良いってことですよね」


「分かってんじゃん」


「では」


 リフィスが俺の耳元に顔を寄せてきた。


「日本人は昔から4と9を嫌います。4は死を連想し、9は苦を連想するからです。年末の29日に正月飾りを出すと二重に苦しむとも言いますしね。鏡餅を出せば苦しみを持ち、門松を出せば苦しみを待つと言った具合に」


 だからおめでたい事象にケチを付けないために9を取っ払う。出産の苦しみをぶっ飛ばすという意味でもゲン担ぎになるからな。


「そして十という漢字は左右対称で、上下対称でもあります。左右対称の漢字は古くから縁起が良いと言われ、上下対称に関してはよく知りませんが、ひっくり返った状態でも安産になるようにという、逆子に対するゲン担ぎでしょうか?」


「どっち方向に回しても形が崩れない。だから安定してるって意味もあるな」


「おや? 答えを教えてもよろしいので?」


「諸説ありますってやつだしな。その全部を答えろとはさすがにね」


 それに、へこんでるやつを贔屓しちゃうのは俺の信条でもあるしな。


「はい。リフィっさん、正解です。先着あと2名ー」


「えー!?」


 女性陣の悲鳴が厨房に響き渡った。水谷さんが真剣に悩んでるのが笑える。


 さて、半熟卵は作るとして、アスパラガスってあったっけ?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る