9/12 Mon. 高木は風に折らる
いつも通りに授業を受け、いつも通りに部室で内炭さんとしゃべりながらメシを食い、いつも通りに放課後を迎え、いつも通りに部活に参加しようとしたのに。
「ちょっといいかー? 他のクラスはもう文化祭の出しものが決まってるそうだ。文化祭は10月9と10になる訳だが、来週はシルバーウィークで登校日が3日しかない。もう時間的にギリギリだから今日中にやることを決めとけー」
8組の担任。数学担当の
この教師。数学担当のくせに計算ができんのか。いま俺ら生徒のヘイト値が大きく加算されたぞ。なんで朝礼じゃなくて終礼で言うんだよ。
子供にだって予定ってもんがあるんだぞ。あんただって「よし、今日は飲みにいくかー」って同僚と話した直後に「今から緊急の職員会議を始めます」って残業の告知をされたらテンションだだ下がりになるだろ。
俺だって今日は部室でお茶会するって予定があったのにさ。愛宕部長がリフィマで少しお高い茶葉を譲って貰ったらしく、それに合うようにってことで夜中にクッキーまで作ってきたのにこれだよ。
まあ、仕方ない。さっさと決めなかった我々の責任でもある。文化祭の打ち合わせで川辺さんともども遅れるってことを愛宕部長にLINEで伝えとこう。
という訳で本日は居残りです。半強制的に全員が教室に残ることになりました。
真壁先生も責任者として付き合ってくれるらしい。いない方が捗りそうだけどね。
「どこまで決まってるんだ?」
真壁先生の問いに学級長の
「案は2つ出てるんですが、まだそのどちらを選ぶかが決まってません」
「なんだ。もう後は選ぶだけか。じゃあ多数決にしたらどうだ」
言ってることは論理的。けど学生のお祭りは感情的な部分が大事なんだよね。
「多数決はもう取りましたが、その、僅差でして」
嶋田くんの言う通り、先週金曜の投票結果は、高木さん案のハンバーガーショップが21票。川辺さん案のリアル脱出ゲームが19票。数字上では2票差だが、1人転べば引き分けになるから僅差と言って差し支えのない状況と言える。
「僅差でも多数決は多数決だ。それでいいじゃないか」
まったくもって正論だ。けどね。ウチのクラスは40人。それぞれ1票を持ってるからと言っても、その1票の価値が同一とは限らないんだよね。
その実、果たして川辺さんの1票は本当に1票の価値しかないんだろうか。
この疑問は川辺さんに限らない。カースト最上位の浅井とカースト底辺の丹羽くんの1票は同じ価値なのか。もっと言うと、同じ価値と判断していいのか。
ハイカーストにタメ口をきくだけで「あいつ、調子に乗ってんな」って判定が付くこのクソゲーの世界の中で、浅井と丹羽くんの1票を等価値と判定するのは、その審判が調子に乗ってるってことになるんじゃないのかってお話。
「え? オレと丹羽を同じように扱うの? ふーん」
って浅井が半笑いで言ってきた時に「当たり前だろ黙れボケカス死ね」って言えるのはこのクラスだと俺くらいしかいない。大半のやつらは目を逸らしたりキョドったりして「そんなわけないじゃーん」ってなる。しかも陰キャの場合は敬語で言う。
そこで問題となるのが、現在の8組における序列だ。
男子で言えば、1位が浅井。2位が
女子で言えば、1位が川辺さん。2位が天野さんで、3位が大岡さん。4位以下はやはり有象無象となる。
嶋田くんがハンバーガーショップに決定することに踏み切れず、また、高木さんも不満を口にしない最大の理由がここにある。
それは、ハイカースト6人の全員がリアル脱出ゲームに票を入れてるせいだ。
だからか高木さんも元気がない。思いもかけずハイカースト集団に真っ向からケンカを売った形になっちゃったからな。
しかも多数派だから「やっぱ取りやめます」って言うことも難しい。だって彼女は反乱軍の旗印だ。ここで降りたら図らずも反乱に加担してしまった連中が怒り狂ってしまう。それはすなわちカーストの最底辺に追いやられ、2年になるまでは発言権を得られるかも危うい状態になりかねない。最悪、2年になってもそれは続く。
高木さんにとっては人生の分岐点って言っても過言じゃない状況だ。どうしてこうなっちゃったの? って今も頭を抱えたいところだろう。
そして、どうしてこうなったかと言えば、それもまた陽キャのせいだったりする。
当然、投票は無記名で行ったんだよ。けど陽キャってアレじゃん。
「なーなー、浅井はどっちに入れた?」
「オレはリアル脱出ゲームにした。あれって割とおもれーぞ」
こうなるじゃん。わざわざクラス全員がいる中で大きな声で言うじゃん。
確かに浅井は上条チームの中でも2位の成績だったらしいからな。美人の先輩に幾度と褒められたことで好印象が残ってるんだろね。
川辺さんもあの水谷さんが解けなかった底のやつを解いたことで天狗になってるとこがあるし、天野さんと大岡さんもリフィスチームで1問ずつ解いたみたいだし。
まあ、問題をどうするかってとこまで考えてくれてるかは微妙だけどね。
一応は亜麻音さんからボツのやつと過去問をいくつか貰えることになったし、問題数によってはそこまで苦労せずに済むかもしれないけど。
どうしたもんかね。正直、ハンバーガーショップをやるって方向にするのは簡単なんだ。浅井と天野さんに命令すりゃ解決することからな。
だけどなぁ。せっかくの文化祭なのに。権力を持ち出すのはなぁ。
浅井と天野さんは同じクラスで1年を共にする仲間だ。実質的な奴隷とはいえ、その仲間の楽しみを奪うってのはさすがに気が引ける。
「えっと。じゃあ。その。ハンバーガーショップでいいでしょうか?」
嶋田くん、見るからにテンパってるな。そのお伺いも誰に対してやってんのかって話だけど、こういう時って基本的に誰も反応してくれないんだよな。反応したら矢面に立つことになっちゃうもんな。
ここまで
碓氷被害者の会(6)。これまたふざけたグループ名だな。
参加者は浅井、大畑くん、川辺さん、天野さん、大岡さんと俺の6人だ。
浅井だよ:ちっす
大畑
☆美月☆:なにこれ
天野エレナ@モデル:碓氷さん、あたしは無実です
ティーンリーダー10月号をみんな買ってね:私も知らないよ!
相変わらず大岡さんの名前がぶっ飛んでるのはスルーでいいとして。
碓水@サラ:おい、大友
浅井だよ:浅井だよ!
☆美月☆:2回言ってるw
川辺さん、リアルで笑うのやめてください。みんなが不思議がってます。
浅井だよ:オレ、いま初めて川辺さんに人として認められた気がする
碓水@サラ:よかったな、佐竹
浅井だよ:浅井だよ!
☆美月☆:www
「どうした、川辺」
真壁先生に見つかっちゃったよ。
「何でもないです……むふっ」
何でもあるみたいだから真面目にいくか。てか、
碓水@サラ:浅井って川辺さんと連絡先の交換してたんだな
☆美月☆:え。してないよ?
浅井だよ:クラスのグループから友だち登録して招待した
碓水@サラ:ああ、俺の知らないやつか
浅井だよ:え
☆美月☆:え?
大畑純一:ん?
天野エレナ@モデル:あれ?
ティーンリーダー10月号をみんな買ってね:知らないって?
大畑純一:碓氷、クラスのグループに入ってないな
浅井だよ:まじかよ
天野エレナ@モデル:碓氷さん、あたしは無実です
ティーンリーダー10月号をみんな買ってね:私も知らないよ!
☆美月☆:ほんとだ。見てないから気づかなかったよ
大畑純一:今からでも誘っとくか?
碓水@サラ:いいや、今さら入っても変な感じがするし
浅井だよ:なんか悪いな
まあ、悲しいけどね。俺、だいぶ悲しいけどね。
碓水@サラ:それでどっちにするかって話か?
浅井だよ:そそ。碓氷はどっちに入れたんだ?
碓水@サラ:リアル脱出ゲーム
☆美月☆:やった!
浅井だよ:じゃあちょっと強引にやってもいいか?
碓水@サラ:強引って?
浅井だよ:嶋田に話し合いの時間を作らせる
碓水@サラ:それであっちの連中を唆すってことか?
浅井だよ:それなんて読むんだ?
碓水@サラ:そそのかす
☆美月☆:そそのかす
☆美月☆:かぶったw
浅井だよ:そういうこと。5分もあればいけると思うぜ?
ふむ。ある意味でこいつも2組の連中と同じなんだよな。自分が絡む連中さえハッピーならその他の連中が不幸のどん底にいても構わないってやつ。
恐ろしいのは、これを川辺さんすら止めようとしないことなんだよな。
大畑純一:なあ。吉田も呼んだ方がよくないか?
浅井だよ:なんで?
大畑純一:あいつだけ何も知らない状況で決めるのってまずくね?
浅井だよ:なんで?
大畑純一:いや、大丈夫ならいいんだけどさ
この一面だけでも浅井の権力の強さが分かるよな。
浅井だよ:吉田も脱出ゲーム派だから別によくね?
浅井だよ:それにあいつって碓氷王国に入ってないし
☆美月☆:被害者の会って書いてあるけど
浅井だよ:そこは気にしないでくれ
気にするよ。まあとにかくだ。どうしようかね。
碓水@サラ:個人的にはもっと平和的な解決をしたいな
浅井だよ:そんなんできんの?
碓水@サラ:お前らの協力があればできるっちゃできる
浅井だよ:まじかよ。どうすりゃいい?
☆美月☆:おー! さすが碓氷くん! 協力するよ!
天野エレナ@モデル:どうすればいいですか?
ティーンリーダー10月号をみんな買ってね:なんでも言って!
大畑純一:クラスの連中がこれを見たら卒倒しそうだな
まあ、簡単な話なんだけどね。優姫でも思い付くやつ。あと俺が頻繁にやってることだ。リフィマの賄いでもやってるし。
碓水@サラ:どっちもやればよくね
そう。2組と同じだ。ダーツバーと猫カフェを合わせて『ネコDeダーツ』になったように、リアル脱出ゲームの受付なり休憩所なりでハンバーガーショップをやればいい。どっちも規模を小さくすることになるが、
碓水@サラ:半々にするなら用意する謎を減らすこともできる
碓水@サラ:一番のネックが解消される訳だな
碓水@サラ:それにクリアされてもメインコンテンツじゃないって言い訳もできる
碓水@サラ:なんなら難易度を下げてやってもいい
碓水@サラ:お客さんも解けないより解けた方が楽しいに決まってるし
碓水@サラ:サブコンテンツをクリアされても俺らが困ることはないからな
って俺しかしゃべらなくなったし。なんか寂しいね。
浅井だよ:ハンバーガーの方はどうすんだ?
碓水@サラ:家庭科室で作ったものを教室に運び入れることになるな
碓水@サラ:レンジで再加熱するか、そのまま提供するか
☆美月☆:たいへんじゃない?
碓氷@サラ:そこでまず調理できる人数の確認をして欲しい
浅井だよ:おっけ
「嶋田ー」
浅井の唐突な呼びかけに露骨な焦りを見せる嶋田くん。ハンバーガーショップに決めようとしたことを責められるのかと思ったのかもしれんね。
「ハンバーガーをやる場合って誰が調理の担当をすんの?」
「……えっと。それは決まってからで」
「は? 決まった後にまともに調理できるやつがいなかったらどうすんだよ」
おい。もっと優しく言ってやれよ。嶋田くんが泣きそうになってんぞ。
「大丈夫じゃない?」
そこに天野さんが自尊心に溢れたツラでカットイン。
「できないのにやりたいって言うわけないじゃん」
高木さんが呆然とした。まあ、正論だけどね。提案だけして「あとは任せた!」なんて許される訳がない。
「そりゃそうか。じゃあオレはもうどっちでもいいわ。ハンバーガー作りたいやつらに任せて他のクラスを回るわ」
「あたしもそれでいい」
「私も絵麗奈ちゃんと同じで!」
空気って恐いね。脱出ゲーム派がこの波に乗って俺も私もって言い始めた。
逆にショップ派はつらい。特に調理できない勢は悲観しかできない状況に陥った。
そうなるとさすがに教師も動かざるを得ない。
「お前ら。自分の意見が通らないからってそういうのはダメだぞ。クラスの出しものなんだからクラス全員で力を合わせてだな」
「つってもオレは調理できねーし」
「あたしもできない」
「いてもしゃーなくね?」
「ね?」
碓水@サラ:人数を聞けって言ってんだろ
碓水@サラ:誰があっちの心を折れって言ったよ
碓水@サラ:さっさとしないとお前らの心をへし折るぞ
「だからオレは人数次第だと思うんだよ! な!」
「そう! あたしも人数次第だと思う!」
それを受けて嶋田くんはクラスを見回して、
「調理が得意な人は挙手をお願いします」
言い方が悪いね。得意って言葉を使われるとハードルが高く感じる。できる人って程度でよかったんだけどな。
5人くらい挙手があれば手を挙げないでおこうかと思ったんだけどね。どうせリフィマのことはそれなりにバレてるからね。
「えっと。碓氷くんしかいないみたいですね」
川辺さんに指示を出す。任せてって感じの顔で挙手しながら、
「碓氷くん1人に押し付けるのはダメだと思うなー」
俺と川辺さんの関係はみんなの知るところ。けどこれは正論だから単純に庇ってるだけって感じにならない。
「川辺さんも料理研究会に入ったからサポートはできるよね」
「うん! でもそれでも大変だと思うよ!」
「ハンバーグ以外の部分はサンドするくらいだし。サイズを小さくしていいならどうにかなる気もするけどね」
高木さんを見る。彼女は地獄に仏でも見たかのような顔で、
「いい! 逆に小さい方が色々食べたい人も嬉しいかも!」
助かる。大岡さんに言わせようとしたことを言ってくれた。
「けど碓氷って脱出ゲームに票を入れたんじゃなかったっけか」
大畑くんはちょっと硬いな。けど問題ない。
「そうだけど。多数決だとハンバーガーの方が多かった訳だし」
ショップ派の優位を示した上で、脱出ゲーム派に歩み寄りを促す。
「あたしはやっぱ脱出ゲームがいいけど」
天野さんが自己中なセリフを吐くのは当然のこと。
「私もやっぱ脱出ゲームがいいな!」
大岡さんが天野さんに媚を売らない訳がない。
「あっ! そうだ!」
ここで8組の女神の有難いお言葉。
「どっちもやればいいんじゃないかな!」
無茶を言うのは川辺さんの基本。
「どっちもって。それこそ大変じゃない?」
とにかくケチを付けるのも天野さんの基本。
「そうだよー、大変だよー」
大岡さんの腰巾着っぷりに脱帽です。
「小さいバーガーと小さい謎解きならどうかな!」
「あー、それならどうにかいけそうか?」
浅井が川辺さんに甘いのも知れた話だ。
妥協点が生まれた。ショップ派にしてみれば天より現れたクモの糸に等しい。それを手繰らずにいられるはずもない。
「いいかも! 川辺さん、ナイスアイデア!」
「だな! 俺も実は謎解きってちょっと興味があったんだよ!」
「今日まで悩んだ甲斐があったね! 最高の結果になったよ!」
「浅井くんが調理のことを質問してくれたお陰だよ!」
「天野さんが脱出ゲームに拘ってくれたからこそじゃない?」
「やっぱ川辺さんだよ! 自分の提案を縮小化してまでまとめてくれた訳だしさ!」
好き勝手に言ってくれる。なんだかんだでここも2組も変わらんのかもね。
だって提案の半分は高木さんのものだし、実質的に一番負担が掛かるのは俺だし。
なのに俺らに対する労いはゼロだ。ポイント稼ぎに忙しいからね。
じゃあ、最後に、
「わたしなんか全然だよ。だって思い付いたのは先生のお陰なんだから」
川辺さんの言葉で全員の視線が真壁先生に向かった。さすがにキョドるね。
「クラスの出しものなんだからクラス全員で力を合わせて。ですよね!」
「そ、そう! それだ! 川辺はよく分かってるな!」
お次はみんなで先生をヨイショだ。先生もまんざらじゃない感じで応じてる。
はい。これでクラスは1つにまとまりました。めでたしめでたし。
ってアホらしい終わり方でもいいけど、
「高木さん」
クラス中で大騒ぎしてくれてるからまっすぐ高木さんの席に向かった。
「ごめんね。碓氷くんに迷惑を掛けちゃって」
「そこは高木さんが謝ることじゃないからどうでもいい」
仮に謝るとしたら調理ができない8組の生徒全員だ。
「お手を拝借」
俺の突然の催促に高木さんは首を傾げながら右手を出した。
「こういうのも無くはないのかなって思ってね」
掌に乗せたのは包装されたクッキー。ハンバーガーの形をしてる。
「かわいい」
笑ってくれた。それだけでも作ってきた甲斐があったってもんだ。
「バンズはプレーン。レタスは抹茶。ハンバーグはココア。チーズはホワイトチョココに色素を付けたやつね。気合を入れたら剥がせるから1枚ずつ食べた方が美味しいかも。抹茶とココアって割と合うからそのままでもイケると思うけどね」
「すごいね」
「これなら多少は日持ちもするから前日に大量生産することもできるし、ショップに置きたくなったら言ってくださいな」
「……作るのって難しい?」
「ホワイトチョコはその形に溶かすのがちょい難しい。後は生地さえ作れば型抜きでぽんぽんいけるから簡単だね」
「じゃあ、これはみんなで作るっていうのはどうかな」
「いいかもね。料理ができなくても型抜きと盛り付けはできると思うし」
「うん」
高木さんはハンバーガークッキーを大切そうに胸元まで持っていって、
「碓氷くん」
「ん?」
「ありがと」
「あっはい。どういたしまして」
これにて一件落着。今度こそめでたしめでたしってことで。
いいよね?
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