8/31 Wed. 夏の風物詩
はい。今年もやってきましたよ。リスクテイカーの宴が。
パーキンソンの法則にずぶずぶと嵌った愚か者どもの狂宴が。
と言っても俺の部屋にいるのは優姫だけだ。川辺さんの方は水谷さんが監禁してるらしい。
「てかお前はなんで課題もやらずに塾に行っちゃってたんだよ」
俺はベッドで寝転がりながらスマホをいじり、優姫は卓上を片付けたガラステーブルで課題を進めてる。俺の課題を丸写ししてるだけだけどね。
「ほら。課題って提出しないと最初の方は先生も煩いけど、家に忘れましたって毎回言ってればそのうち諦めてくれるじゃん?」
「じゃん? って言われても経験がないから分からんわ」
「諦めてくれてたの。でも高校は諦めてくれないって飛白先輩が教えてくれて」
「よく分からんけど単位とかの問題なのかもな」
「……留年はやだなあ」
「紀紗ちゃんと一緒に碓氷先輩って呼ぶことになっちゃうぞ」
「やめてよ、碓氷センパイ」
「うーん。思ってたより萌えないな」
「紀紗チャン、不利な感じ?」
他に人がいないせいか直球で来るね。
「有利も不利もないだろ。好きになったら好きってだけだし」
「でも後輩って属性には萌えないわけでしょ?」
「幼馴染みって属性にも萌えないけどな」
「……なんでそんなテンション下がることを言うの」
優姫が手を止めて睨んできた。
「油野家の美少女どもだって一応は幼馴染みなんだけど」
「……そこを加味すると助かったような、やっぱ助かってないような」
「助かるも何も。属性に萌えることがあったとしてもそれで恋することはないだろ」
「……ぶっちゃけカドくんはあたしにまた恋をするの?」
本当にぶっちゃけてきたな。
「論理的に考えれば一度は惚れてる訳だから二度目もあるんじゃね」
「よし! 論理的思考バンザイ! テンションあがってきた!」
「その再現性が認められるのなら、そのまま失恋に至るのもまた論理的だけどな」
「……なんでそんなテンション下がることを言うの」
「いいからさっさと課題をやれ」
ぐでーっとテーブルに突っ伏す優姫さん。
「カドくんのせいでモチベなくなった」
「そっか。じゃあせめて紀紗ちゃんと同じクラスになれることを祈っとくわ」
起き上がった。ぷんすかしながら手を動かしてく。
「俺の激励が効いたようでなにより」
「今のは脅しでしょ!」
「人の行動原理なんて半分以上が強迫観念なんだよ。これも大事な幼馴染みのためにやってることなんだ。俺だってつらい」
「ウソだ! にやにやしてるもん!」
心にもないことを言ったからでしょうね。
「でも大事な幼馴染みのためってとこはもう1回お願い!」
「その課題が終わったらな」
「がんばる!」
この辺は見習いたいね。過去の俺も優姫のために何かをしてあげたいって思うことこそあっても、優姫に好かれるために自分を磨こうとか変わろうとかそんなポジティブなことを考えたことなんかなかったしなぁ。
宿理先輩もそうだけど、恋する乙女はすごいね。他人事みたいに思って悪いけど。
とはいえ、恋を原動力にするってことは、恋パワーやら恋エネルギーやらが枯渇したら動かなくなるって意味でもあって、
「なんかもう疲れたー」
1時間くらいでぐでーっとしてしまった。
「ねぇ、カドくん」
「んー?」
「そっちにいってもいい?」
当然、そっちとは俺のいるベッドのことだ。
「いいぞ」
「っ! テンションあがってきた!」
「なら課題をやれるな。がんばれ」
「……鞭ばっかじゃなくてたまには飴もくれないとダメだよ」
「じゃあ5分だけな。こっちこい」
「わーい」
優姫がベッドに上がってきた。という訳で俺はパソコンラックに行く。
「……なんで?」
「そっち、こっち。どっちも場所や方向を示すものであって俺の存在の有無は問われてない。俺はパソコンでソシャゲするから5分したら課題に戻れよな」
「飴は!?」
「塩レモン、濃厚ミルク、金柑のど飴。どれがいいよ」
「……そろそろ泣くよ?」
「お前ってほんとにわがままだよな」
俺は立ち上がって優姫を見つめる。
「カドくん!」
満面の笑みを浮かべた優姫が両手を広げて受け入れ態勢を作ってきた。
「コンビニいってくるわ。何味がいいんだね」
「いい加減にして!」
それはこっちのセリフなんだよなぁ。
「鈍感系主人公みたいでイライラするんだけど!」
「むしろ敏感だからすべてを回避できてる訳だが」
「なんで回避しちゃうの!」
「だって俺は基本的にVITよかAGIをあげるタイプだし」
「意味が分かんない!」
「いいから課題をやれよ。俺がいると集中できないなら自分の部屋に戻れ」
「……そんな冷たくしなくてもいいじゃん」
俺は正論を言ってるだけなんだけどなぁ。
「もしもの話ってあんま好きじゃないんだけどさ。それでも、もし仮に俺と水谷さんが逆の場所にいて、俺が川辺さんとベッドでイチャイチャしてたとしたらどうよ」
「鈍器で殴り付ける」
想像してたより殺意が強いね。しかもたぶん俺だけをだよね。
「だからイチャイチャしません」
ぷくーっと優姫が膨れた。そういやフグって食べたことないなぁ。
「こないだ。ゲーム中にみっきーと抱き締めあってたよね」
アリマシタネ。
「あたしらがカドくんの命令券を発行させないために、必死でがんばってるときにイチャイチャしてたよね」
「あれはデート券を求めての行動だろ。後付けで理由を変えるのはよくないなぁ」
「イチャイチャしてたよね!」
一点突破のゴリ押しできたよ。
「そのような意図はございませんでしたが、そのように思われたのなら大変申し訳なく思います」
「そういう政治家みたいなのはいいから! イチャイチャしてたよね!」
しつこいな。どんだけイチャイチャしたいんだよ。
「優姫さんよ」
「なんだね、カドくんよぉ」
ぷんすかしすぎだろ。
「ここが男の部屋だって分かって言ってんだよな」
「そんなの当たり前じゃん。もっと言えば好きな男の子の部屋だよ」
「そんな空間でイチャイチャし始めたらどうなるか分かったもんじゃないだろ」
「望むところだよ。バッグの中にアレだって用意してあるもん」
おいおい。そんなの買うとこをお父さんが見たら卒倒しちゃうからまじでやめろ。
「そこまではいかない。理性が飛ぶって表現があるけど、俺に限ってはそれもない」
「論理的だから?」
「鶏肉だからだ!」
「あー、超納得した」
興味はある。超ある。むしろしてみたいとも思う。素直に言えば「みっきーには内緒にしてあげるから」って囁かれるだけでどうなるか分かったもんじゃない。
けどね。
「優姫と付き合うなら。今度はちゃんとしたいんだよ。色々と」
普通に恋をして、普通に結ばれたい。
男のくせに乙女チックすぎるのは分かるけど。ここだけは譲れない。
「それってあたしとの将来を真剣に考えてくれてるってこと?」
嬉しそうだ。分かってくれて俺も嬉しいよ。
「そうだよ」
「でもそれはそれ! これはこれ!」
クソが。どうして人と人はこんなに分かり合えねえんだよ。
「よし、もういい。いい加減にめんどいからイチャイチャを受け入れるわ」
「っ! ほんと? ほんと!?」
だってこのままだと埒が明かない。もっと言えばこいつの課題が終わらない。
「まずは要望を聞こう。お前はどんな感じのイチャイチャを求めてんだ?」
「エッチしよ!」
「ちょっと鈍器を探してくる」
「ごめんごめん。ちょっとテンションが振り切れちゃって」
てかテンションでおっ始めるものじゃねえだろ。女子はムードさえあればって上条先輩の話はなんだったんだ。
「次はないと思えよ」
優姫が腕組みをして考える。脳のリソースの無駄遣いが過ぎる。
「じゃあチューは?」
「もう目覚まし時計でいいか」
「なんで! すっごくソフトになったじゃん! したこともあるし!」
「幼馴染ですることの範疇でお願いします」
えー? って優姫は頭を傾けて、
「じゃあハグ?」
「それで課題が捗るなら受け入れるけど」
「はかどるはかどる。ちょーはかどるよー。はい、おいでー」
誘われるがままに近寄り、されるがままにぎゅーっとされる。大きなお胸もぎゅーっと押し付けられる。これはやっぱ長々としてたら魔が差しそうだなぁ。
なのに優姫がなかなか離れようとしない。もう2分は経ったんじゃないかこれ。
時計を見てみる。11:24。もうすぐメシの時間だな。
「優姫さんよ」
「なんだい。カドくん」
「これいつまで続くんだね」
「エネルギーチャージが終わるまでかなぁ」
「どのくらいで終わるんだね」
「あと5分」
長いような。短いような。仕方ない。ゆるふわの髪を撫でながら待とう。
「……」
「…………」
「………………」
あれ。11:32。過ぎてるじゃん。
「優姫さんよ」
「なんだい。カドくん」
「もう5分以上経ってますがな」
「あと5分」
「本当の意味で目覚まし時計が必要ってことだな」
「えー。いいじゃん。可愛い巨乳女子に抱きつかれて幸せでしょ?」
劣化川辺さんの分際で自分に可愛いとかいう形容詞を使いやがるか。
「可愛さ余って憎さが百倍って言葉を知ってるか?」
「はい! チャージ完了!」
ささっと優姫が離れてにこにこしてみせる。今の行動が1秒でも遅かったら追い出したのにな。関係が長いから我慢の限界ってのを知られちゃってる訳だ。
「俺は昼メシの準備してくるから課題をやっとけよ?」
「手伝うよ?」
「やっとけよ?」
「……はい」
という訳でキッチンへGO。冷蔵庫を確認して献立を決めたら調理スタートだ。
まず焼肉のたれで味付けをした肉ナシ野菜マシマシのチャーハンを作り、巻いてない玉子焼きを雑に乗っける。へんてこなオムライスみたいなもんだ。
あとはインスタントの中華スープを茶碗で用意して、麦茶とかつお節のパックとマヨをダイニングテーブルに用意したら優姫を呼びに行く。
「わっ。これあたしの好きなやつ!」
「午後のためにカロリーを摂取しないといかんからな」
優姫を席に着かせたら玉子焼きの上でかつお節を躍らせる。すかさず優姫がスンスンと香りを楽しみ、ぐーって腹を鳴らせた。ちょっとだけ照れながらもマヨを絞り、
「美味しい! やっぱこれ美味しい!」
昔みたいに無邪気に笑ってくれた。いつもこんな感じなら短期間でまた惚れる気もするんだけどなぁ。
「高校に入ってからは昼を一緒に食わなくなったからな。受験勉強の時以来かね」
「そうだね。またちょくちょく食べられたら嬉しいんだけど」
チラッ、チラッとご機嫌伺いをしてくる。
「今日みたいにふざけないならいいけどな」
「あたし的には大真面目なんだけど」
そこからは無言で食べ切り、
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。じゃあ課題のラストスパートな」
「……たぶんまだ10時間くらいは掛かると思うんだけど」
「今日はまだ11時間ちょっとあるし。提出までなら20時間はある。余裕だな」
「……がんばります」
それからも15時におやつを出したり、17時にハグしたり、19時に晩メシを食わせたり、脳の使いすぎで21時くらいからうとうとし始めやがったからデコピンをしまくったりしてやった。
もうちょっとで終わるってくらいで水谷さんからLINEが来た。
『美月の課題完了。やって当然のことなのだけれども、えらいねって棒読みでもいいから言ってくれると今後が楽になるのでお願いします』
そんなので役立てるのならいくらでもやってあげるけどね。とか思ってたら川辺さんからもLINEが来た。
『課題おわったー。つかれたー。もうなにもしたくないー。お風呂いってねるー』
テーブルに突っ伏してる様子が目に浮かぶね。何もしたくないみたいだけど、
『は、はい!』
通話してみた。
「よくがんばったね。また明日ね」
『うん! また明日! おやすみなさい!』
「おやすみなさい」
切ってから思った。えらいって言い忘れたわ。普通に感想を言っちゃったわ。
それから間もなく『おやすみ!』ってLINEのスタンプでも届いた。ついでに水谷さんからも『やりすぎ』って意味の良し悪しが分からんメッセージも届いた。
さて、こっちはどうすっかね。
テーブルを見遣れば寝息を立ててる優姫がいる。本当にもうちょっとで終わるんだけどなぁ。
優姫の背後で腰を落とす。起こさないように優姫の腹に腕を回して、ゆっくりとこっちに傾けていく。あったかいな、こいつ。
柔らかい。良い匂いもする。髪もふわふわだし。ちょっとだけどきどきもする。
これが恋心的なものなのか下心的なものなのかは分からん。相手が川辺さんでもきっと俺の心臓は似通った反応を見せると思う。
ただ、落ち着くね。
やっぱこれって好きってことなのかなぁ。
けどなぁ。
こいつの性を軽んじた考えはむかつくし。課題をなかなかやろうとしなかったのもイラついたし。右脳フルドライブで身勝手なことを言ってくるのも腹が立ったし。
でもなぁ。
恋愛に一生懸命なのは尊敬できるし。美味しそうにメシを食ってくれるのは嬉しいし。無邪気に笑ってくれると、どきっとするし。
どうしたらいいんだろ。こうして無防備な柔らかさを感じてると、邪な気持ちも湧いてくるから、余計に訳わからんくなってくるしなぁ。
俺はこいつをどうしたいのかね。結婚ってのは現実味を感じないし、彼女って言ってもな。今も部屋で2人きりだしさ。買い物を2人で行くこともあるしさ。別にすることが変わらないなら今のままでいいじゃんな。
どうして彼氏彼女って肩書にそこまで拘るんだろ。これはあたしのもの! って名札を付けたいだけなのかね。それにどれほどの価値があるのか分からんけど。
俺はこうして体温を感じてるだけで幸せになれるんだけどねぇ。
優姫の寝顔に頬を寄せてみる。ほっぺも柔らかい。
はぁ。恋愛って概念を作ったやつを殴り飛ばしたいね。
そうすりゃこんなに悩まないで済むのに。
ただ、お前と一緒にいたいって伝えるだけで済むのにな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます