8/5 Fri. 論理的七夕祭り――後編

 タコパと言っても中身をタコにするとは限らない。


 という訳で帰りにスーパーで買い物をしてみたところ、帰宅したら両親がいなかった。久保田家で宴会をするらしい。紀紗ちゃんの話だと油野家の両親もそこに行ってるそうで、佳乃さんはまだ戻っておらず、宿理先輩と油野はリフィスや水谷さん達と七夕祭りに行ってるから油野家は空になってるとのことだ。一応は姉と兄に誘われたそうだけど、邪魔になるからって断ったらしい。空気を読める子ですこと。


 兎にも角にもタコパだ。必要なものをすべてダイニングテーブルに置いて、


「腹も減ってるし、効率よく全員で準備していきましょうかね」


 ボウルAに出汁入りのたこ焼き粉1袋と卵4個と水をどばどばっと入れたら紀紗ちゃんにパス。テキトーに混ぜて貰う。ボウルBに天かすとねぎをぶちまけたら優姫にパス。これまた混ぜて貰う。


 俺はたこ焼き器の準備をしながら各具材の下拵えだ。ウインナー、エビ、ブロックベーコン、チーズ、イカ、カニカマ、そしてタコ。余らない程度の量で適切なサイズに切っていく。


 みやこさんに貰ったやつはホットプレートも付いてるが、女子どもが焼きそばなりホットケーキなりを求めない限り出番はない。たこ焼きプレートが程よく温まったらサラダ油を引き、紀紗ちゃんに混ぜて貰った生地を24個ある穴に投入だ。


「おお」


 紀紗ちゃんの目に強い関心が宿ってる。2周目はやらせてあげようかね。


「具材はどれからいくの?」


 ねぎ天かすを優姫が手際よく生地の上に乗せていく。


「それぞれが食べたいものでいいんじゃね? 俺はベーコンから行くわ」


「だったらあたしはイカにしよっと」


「わたしはエビ」


 たこ焼きパーティーなのに。


「ひっくり返すのにちょっとコツがいるから無理そうだったら言ってくれ」


「カドくんやって」


「おかみさんやって」


 やる前からこれだよ。別にいいけどさ。お姉ちゃんがたこ焼きを作ってあげるって言ってたくせによぉ。


「そいえば油野チャンは1人で回ってたの?」


 優姫はイカを雑に投げ飛ばしながら言った。


「紀紗」


 紀紗ちゃんは1個1個丁寧にエビを置いていく。性格が出るね。


「紀紗チャン?」


「そう。名前で呼んで。お姉ちゃん」


「……カドくん、どうしよう」


 優姫さんが愕然としてらっしゃる。どうせどうでもいいことなんだろな。


「超可愛いんですけど。妹ってこんなに可愛いものなの?」


 妹属性を持ってるこいつが言うと別の意図があるみたいで賛同しにくいわ。


「七夕神社に行ってた」


 安城七夕神社は日本で唯一の名称に「七夕」という文字を有する稀有な神社だ。七夕伝説と何の因果があるのかは知らんが、七夕教の方々にとっての聖地と呼べる場所の1つらしい。


「短冊にお願いを書いた」


 受験のことなのかな。そういや紀紗ちゃんの学力ってどんなもんなんだろ。油野もそうだが、あの頭の中が小学生男子みたいなお姉さんも実は成績優秀なんだよな。伊達に生徒会書記をやってないってくらいにはね。だからそこそこできるのかなって思っちゃう訳だが。


 ウチの高校はレベルだけなら中の上くらいだけど、近いからって理由で水谷さんや上条先輩みたいなのすら志望してくるから無駄に倍率だけは高いんだよね。


「短冊かぁ。あれって書いていいのかなって思っちゃうんだよね」


 優姫がよく分からんことを言い出した。とりあえずたこ焼きをひっくり返しながら聞いてみる。


「ダメな理由があんの?」


「ほら、七夕って織姫と彦星が年に1回だけ会える記念日でしょ? それなのに部外者のあたしが、そんなことよりお願いを聞いて! ってやるのはどうなのかなって」


 その考えはなかったな。右脳おそるべし。


「だいじょうぶ」


 紀紗ちゃんはたこ焼きを見つめてる。こっちはまだ大丈夫じゃないからね。


「願い事が届くのはずっとあと」


「どゆこと?」


「相対性理論」


 お姉ちゃん、妹ちゃんに完敗です。


「光より速いものはないって知ってるよな?」


 良かった。頷いてくれた。だったら後は論理の話だ。


「地球から織姫、すなわちベガまでは25光年。彦星、すなわちアルタイルまでは17光年の距離がある。願いの力が光の速度を出したとしても、申請が届くまでに25か17年。即日決裁してくれたとしても返事にまた25か17年が必要となる訳だ。しかもこの数字はぴったりって訳でもないからやつらの逢瀬の邪魔にはならん」


 紀紗ちゃんがこくこく頷いてる。一方の優姫はしかめっつらだ。


「ロマンがない」


 言いたいことは分かるけどね。


「でも論理的。だから願い事をするなら彦星の方が効率的」


 代弁してくれた紀紗ちゃんにたこ焼きをあげよう。


「熱いから気を付けてね」


 薬味はそれなりに用意したが、紀紗ちゃんが選んだのはオーソドックスなマヨネーズとソースだった。


「おいしい」


 はふはふしながら笑ってる。誘って良かった感があるな。


 俺はそれぞれの取り皿にたこ焼きを分配しながら、


「七夕でロマンって言えば催涙雨かね」


「さいるいう? なにそれ」


 優姫は天つゆでいくらしい。


「7月7日に降る雨のこと。今年は会えないってことで、織姫と彦星が泣いてるのが雨になって降ってるって逸話」


「ほへはほはんひっふはへ」


 それはロマンチックだね。かな。


「まあアルタイルとベガが落とす涙なら水滴じゃなくて隕石になりそうだけどな。それが大粒の涙だったら大変だわ」


「未曾有の流星雨で地球滅亡の危機」


 紀紗ちゃんはエビ焼きを気に入ったらしい。パクパクいってる。俺は七味マヨでいただくとするか。うん、美味い。


「論理的思考の人ってなんでそうすぐにロマンを台無しにするの?」


 優姫さん、イカ焼きを続けざまに食べながらもご不満の様子。


「魔王織姫ってロマンあるくね?」


「破壊神彦星もロマンあふれる」


「ないわー」


「催涙雨改めオリヒメテオとか」


「ヒコメットレインも悪くない」


「すぐにそういうのを思い付くのは凄いと思うけどね」


 紀紗ちゃんが俺のベーコン焼きを凝視してるから皿を差し出してみる。優姫にも取られてしまったわ。


「っ! 七味マヨおいしい。ベーコンもおいしい」


「ほんとだ。次はこっちにしようかな」


 ふっ。新たな扉を開いてしまったようだな。


「とにかくあたしとしては魔王とか破壊神とかじゃなくて、もっと恋愛的なロマンが欲しいの」


「恋愛っつってもなぁ」


 いまいちピンと来ないな。


「年に1回しか会えない遠距離恋愛のカップルなんだよ? もっとキュンキュンするようなエピソードが欲しくない?」


 思わず紀紗ちゃんと目を合わせてしまった。


「お姉ちゃん」


 あぁ、言ってしまうのか。


「ん?」


「織姫と彦星は熱愛中のカップルじゃない。別居中の夫婦」


 優姫がイカ焼きを落としてしまったよ。


「え?」


 仕方ないな。説明するか。


「昔々あるところに織姫という一日中機織りをしてるワーカホリックがいました」


「もうロマンが死んでるんだけど」


 苦情は受け付けません。


「織姫は婚期を気にした様子もなく、毎日毎日ぎっこんばったんしてました。それを憂いだ織姫パパはどげんかせんとって奮起して、彦星という、お前は牛の親かよってくらい牛の世話に人生を投じてるワーカホリックを見合い相手に連れてきました」


 紀紗ちゃんのエビ焼きがなくなりそうだ。アイコンタクトしてみたら紀紗ちゃんがボウルを持ったからサラダ油を引いてあげる。


「ブラックな日常でサイコになりつつあるもの同士、何か惹かれ合うものがあったのでしょう。2人はすぐ恋に落ち、結婚しました」


「カドくんの変な表現のせいでラブストーリーが台無しなんだけど」


 苦情は受け付けません。合図を出して紀紗ちゃんに生地を流し込んで貰い、優姫がねぎ天かすを花咲か爺さんみたく撒き散らす。


「2人は仕事に割いていたリソースを恋愛に全ツッパしました。その結果、織姫ブランドの新作はいつまで経っても販売されず、彦星ビーフの品質も落ちていきます。見かねた織姫パパは苦言を呈しました。きみら、いつになったら働くの?」


「えぇ。ニートの子供を持った親みたいになっちゃった」


 優姫はウインナーを選んだ。紀紗ちゃんはまたエビ。そして俺はカニカマとチーズの両方という暴挙。あのクールな紀紗ちゃんが目を見開いた。慌ててチーズをエビの横に置いていく。


「織姫は言いました。明日から! 明日から働くから!」


「完全にニートのそれじゃん」


「彦星も言います。お父さん、俺達には俺達の人生設計ってのがあるんすよ。夫婦の話に口を挟まないでくれます?」


「その彦星イラっとくるんだけど」


 紀紗ちゃんは口を押さえて笑ってますが?


「しかし2人は働きませんでした。怠惰の味を知ってしまった心と身体はなかなか社会復帰を受け入れようとしないのです」


「……これって七夕のお話だよね? ニートの更生とかじゃないよね?」


 そういう解釈もあるんじゃないかなぁ。


「やがて織姫パパは激怒しました。天の川を挟んで西と東に2人を分けてしまったのです。こうして織姫と彦星の別居生活が始まりました」


「……本当にこんな理由で離れ離れになってるの?」


 俺と紀紗ちゃんが同時に頷いた。優姫さんは渋面だ。超渋い顔をしてる。俺は気にせずたこ焼きをひっくり返して、


「しかし織姫は彦星に会えない悲しみで機織りをする気になりません。困った織姫パパは考えに考え、名案を思い付きます。よし、目の前に人参をぶら下げてみよう!」


「言いかた」


「織姫パパは織姫と彦星に言います。身を粉にして働くなら毎年7月7日に会うことを許してやらんでもない。364連勤をせいぜい頑張りなさい、と」


「またワーカホリックにしちゃうの?」


「こうして織姫と彦星は労働意欲を掻き立てられ、労働は素晴らしい。働かせていただいてありがとうございます! と思うようになりました。めでたしめでたし」


「1個もめでたくないよ。織姫パパが一番のブラックじゃん」


「短冊業務も担わされちゃったしなぁ」


「それを聞いたら願い事を短冊に書くのを余計に躊躇っちゃうよ」


「実はまだブラックな要素があるんだが」


「……聞きたいような。聞きたくないような」


 優姫は迷う素振りを見せつつも俺にちらちらと視線を送ってきてる。


「ベガとアルタイルって15光年も距離があるんだよ」


「え。光の速度でも会うのに15年かかるってこと?」


「天の川の真ん中で待ち合わせしたら半分で済むけどな」


「どっちにしても1年に1回会えないじゃん。詐欺だよそれ」


 ぷんすかする優姫に新しく完成したたこ焼きを分けてやる。紀紗ちゃんが皿を差し出してきたからそっちにも載せて、


「それが会えるんだよな」


「……そうなの?」


「論理的な方面だと今の科学じゃ無理だけどな」


 今回はみんな七味マヨ。エビチーズ焼きを口にした紀紗ちゃんの頬はゆるゆるだ。


「カササギは光より速いって説がある」


「カササギって鳥の?」


「そう。織姫と彦星はカササギの翼に乗って会いに行くって話があるんだ」


 ロマンロマンと言っておきながら優姫は怪訝な表情だ。


「どうせまた論理的なオチがあるんでしょ?」


「逆だな。非論理的なオチがある」


 小首を傾げる優姫に言ってやる。1回くらいは聞いたことがあるはずだ。


「鵲の。渡せる橋に、置く霜の、白きを見れば、夜ぞ更けにける」


 おいおい。顔をもっと傾けられちゃったよ。


「百人一首」


 紀紗ちゃんはカニカマチーズの味が気になるようで俺の皿を見てる。


「カササギによる天の川の橋渡しをテーマにした一句だ。1200年以上前に作られてる。それだけ昔から信じられてる説ってことだな」


 詩の解釈は色々とあるが、これも1つの説だ。時を超えたロマンを感じるね。


 皿を差し出したら紀紗ちゃんがカニカマチーズを1個取り、代わりにエビチーズを1個くれた。優姫は一方的に奪っていくだけだ。


「んー、七夕のお話って恋愛をテーマにしてると思ってたんだけど。これって結局は何を言いたいお話なの?」


「解釈は人それぞれだと思うが」


 カニカマチーズの旨味に目を瞠ってる紀紗ちゃんを眺めてると、


「ブラック企業に入ると大変だよってこと?」


 優姫の解釈も一理ある。離れ離れにされることを単身赴任と考えると納得がいく部分もあるしな。


「金の切れ目が縁の切れ目」


 紀紗ちゃんの解釈も分かりやすい。働かなくなった=生活費が足りなくなる。その結果、奥さんが実家に帰ってしまったとも受け取れるからな。


 けどまあ俺はこれを推すね。


「天界の7月7日は下界の11月23日と同じ勤労感謝の日」


 優姫が苦笑した。


「働かせていただいてありがとうございますってなるのは嫌だなあ」


 心の底から賛同するよ。


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