7/28 Thu. 神算鬼謀――中編

 ところで今回のチーム戦を制すにはいくつか攻略法がある。


 1、単純に相手の戦力を上回る。


 正々堂々の勝負。ただこれはチーム分けの段階で勝敗の行方が読める可能性が出てくる。例えば水谷さんがリフィスチームに入り、内炭さん、高橋さん、上条先輩、久保田が碓氷チームに入ったら超高確率で碓氷チームの敗北となる。


 よってこれは当てにならない攻略法だ。尤も、次の攻略法と組み合わせれば強力に機能する。


 2、相手の戦力を削る。或いは取り込む。


 命令権の譲渡という強力なカードが配布されたせいでこれの難易度がとてつもなく下がってしまった。つまり「宿理先輩、俺の分のリフィスへの命令権をあげるから仲間になってよ」と言った場合、宿理先輩を超簡単に引き入れることが可能。


 それどころか「リフィスのチームに入ってわざとガターを連発してくれ」と指示することすら可能なんだ。この結果でリフィスチームが負けても俺の分の命令権で宿理先輩はホクホク。俺も命令されずに済んでハッピーとなる。


 今のは極端な例だが、バレない程度に手を抜くことは容易だ。これを上手く利用して両チームの構成メンバーをコントロールできれば必勝レベルになる。


 3、相手と条件付きの同盟を組む。


 取引に使えるのは何も命令権に限らない。久保田と油野は無条件で協力してくれると思うし、油野の写真をチラつかせたら内炭さんも同盟の締結をしてくれる。


 他にもナスなめろうやバイトのことで弥生さんを、主従の関係で浅井をって感じでやり方なんぞいくらでもある。


 そもそも川辺さん、紀紗ちゃん、優姫、高橋さんは俺の反感を買ってまでして命令したいのかね。俺に嫌われる可能性を考慮してるなら「命令じゃなくて頼みなら1個だけ聞くよ」とか言えば味方してくれそうなもんだが。


 その方がお互いの気分もいいし。俺としても命令権を7個も付与するくらいなら別個で4個発行した方がいい。リスクは最小限に抑えたいね。


 4、極端な搦め手を使う。


 平たく言えば反則技だ。例えば優姫がリフィスチームに入ったとする。そこで俺が相山ママか姉に電話をして「今すぐ優姫に帰宅するよう指示してくれ」と頼み、本当に優姫が帰った場合、優姫のスコアは0として扱うことになるはず。


 そこは後で上条先輩に確認することになるが、やるのはそういうことだ。


「上条さん、ルールに関する質問があるのですが」


 リフィスが動いた。


「代打は認められるのでしょうか?」


 想定外の戦術だ。感嘆に値する。


「認められない。これはボウリング大会の余興みたいなものだからね。きみがチーム全員分を投げれば勝利こそ容易くとも、それでは観戦を強いるのに等しいだろ?」


「いえ、勝つために提案してる訳ではありません」


「と言うと?」


「チームの1人が急用で帰ってしまった場合、その人物のスコアはもう増えません。それが開始直後だったら0点です。実質的な7対6の勝負になってしまうでしょう? それでチームが負けた時にその子が罪悪感を覚えてしまったら可哀想かと」


 ギクリとした。俺の戦術を看破した上での提案だったのか。


「なるほど。では早退が発生した場合、その人物のスコアは残りのメンバーの平均点としようか」


 ということはスコア57の内炭さんを仲間に加え、終盤になっても成績が振るわなかったら家にお帰りいただくことでチームのスコアを50近く伸ばせるな。目算の妨害に有効かもしれない。内炭さんの時代が来たな。


「いや、それでは悪意のある利用方法を生み出してしまうな。先程のゲームで叩いたスコアと同じだけ加点するとしよう」


 ちぇっ。悪意とか言われちゃったよ。内炭さんの時代終了。短い天下だったね。


 とにかく行動しないとな。この対抗戦は各々にチームを選択する権利を与えているものの、あくまで7対7という縛りがある。全員が俺のチームに入りたいと言ってもそれは通らない。参戦者による事実上の椅子取りゲームという側面もある。


 リフィスが6人を集めた時点で俺のチームは強制的に残りの6人になってしまう訳だ。そして勝負のキーとなるのは上でも下でも平均から大きく外れたやつ。


 上で言えばぶっちぎりで1位だったスコア188の水谷さん。


 下で言えば57の内炭さん。75の上条先輩。81の高橋さん。84の久保田。


 水谷さんを入手し、下位の誰かを押し付ければそれだけで100近いスコア差が生じる。俺が138でリフィスが154だったことを踏まえれば、内炭さんをリフィスチームにねじ込めさえすれば上条先輩を引き取っても有利を取れる訳だし、水谷さんと内炭さんは実質的なジョーカーってことだな。


 よし、とりあえずは水谷さんに声を掛けてみようか。って思ったとこで戦慄した。


 俺と一緒に戦わない? って聞く最初の相手が水谷さんってどうなんだ。まず優姫が怒りそうじゃね。さっきからこっちをガン見してる紀紗ちゃんも蹴ってくる気がするし、チラチラと様子を窺ってくる川辺さんも「なんで?」って絶対零度の瞳を向けてきそう。久保田は相変わらず「ええんやで」って顔をしてくれてるが。


 あれ? これって12人からのチームエディットがメインになるゲームだと思ってたのに、自由度が低すぎない?


 一方のリフィスは堂々と同居人に声を掛けることができる。水谷さんがどっちの命令権を欲してるかは知らんが、師匠に誘われたらほいほい付いて行きそうだしなぁ。


 と思ったらリフィスが初手で話し掛けたのは弥生さんだった。なんでだ。


 弥生さんのスコアは121だった。中央値に近い。ここを一番に押える理由は。


 あぁ。分かった。リスクヘッジだな。


 リフィスの命令権を最も欲してそうなのは弥生さんと宿理先輩。その2人を仲間に引き込めば負けたとしても大した被害を受けることはないと踏んだ訳だ。


 それなら俺も優姫を、


『相山さんを特別に思ってるの?』


 あの日の声が聞こえた気がした。俺は立ち尽くし、


「ちょっといい?」


 想定外の出来事が発生した。水谷さんが俺に話し掛けてきた。


「碓氷くんのチームに入りたいのだけれども」


 まじか。棚から牡丹餅にも程がある。その牡丹餅っていつから棚に入ってたの? って尋ねたくなるくらい怪しすぎるんだが。すっげー腹を壊しそう。


 いや、欲しいよ? 水谷さんの力は喉から手が出るほど欲しい。けど、


「リフィスと敵対することに抵抗はないんすか」


「敵対? これはレクリエーションでしょ?」


 そういやそうか。リスクを負ってるやつと負ってないやつで認識の差が違いそうだな。俺とリフィスにとっては罰ゲームみたいなもんだが、他の連中にとってはボーナスゲームみたいなもんってことか。


「弥生さんは先生に取り込まれそうだから。私がせめて弥生さんの分を獲得しようかなって思ったのよ」


「それはさっき言ってたお詫びってこと?」


「そうね。高校時代に私のせいで寂しい思いをさせたこともあったみたいだし」


 水谷さんが苦笑した。これ、たぶん本当のやつだな。


「それは違うんじゃね?」


「ん?」


「言っちゃなんだが、リフィスは弥生さんのことを好きじゃなかった。弥生さんのわがままで付き合ってただけだ。水谷さんが気にすることじゃない」


「……そうかしら」


「そうだよ。水谷さんはリフィスとの毎日が楽しかったんじゃないのか」


「楽しかったわよ。世界が変わったとすら思ったもの」


「ならその思い出は大事にするべきだ。お詫びなんて言ってケチを付けたらダメだ」


 水谷さんが目を見開いた。やがて微笑む。純粋な、作り物じゃない笑顔だ。


「ありがと。それなら私はただ最善を尽くすのみに集中するわね」


 水谷さんが手を差し伸べてきた。いいのかな? って思ったけど握ることにする。柔らかい。油野と間接握手をしてしまったわ。


 そして手を放したら本題が始まる。


「残りの5人はどうする気なの?」


「どうするってかこれって本来は俺とリフィスが申請される側であって、勧誘する側じゃないよね」


「そうだけれども。そこは女心ってやつじゃないかしら」


「俺が分からんやつか」


「分からんやつね。端的に言えば、誘うより誘われたいって感じ? 弥生さんも本当は先生への命令権が欲しかったはずなのに、嬉しそうにしてたでしょ?」


「なるほど。それは分かりやすいな。油野と久保田と浅井に関しては通じないけど」


「あの3人はたぶんどっちの命令権にも興味がないのよ。浅井くんに関しては勝てるならどっちでもいいんじゃないかしら」


「なんと利己的で人間らしいのでしょう。そんなスタンスに憧れちゃいますぅ」


「碓氷の皮肉の特売セールはさておき、勧誘する相手はもう決まってる?」


「迷ってる。とりあえず今こっちを見てる連中を誘おうかなとは思ってるけど」


「先生と同じ考えなのね」


 やっぱ水谷さんも分かるんだな。


「私が美月を誘うわね。碓氷くんは動きにくいでしょうし」


「助かる。後は紀紗ちゃんと優姫だけど」


「圭介を引っ張ってきていい? それで2人とも釣りやすくなるから」


 あれ。水谷さんって優姫の好きな人を知ってる系女子なのか。


「水谷さんが良ければそれでいいけど」


「問題ないわ。いってくるわね」


 水谷さんが動いてる間にリフィスは宿理先輩を口説き落とし、浅井も仲間に加えていた。これで残るは内炭さん、高橋さん、上条先輩、久保田。低スコア組だ。


 俺のチームはもう6人だから引き取るのは1人で済む。逆にリフィスは3人も低スコアを受け入れないといけない上に水谷さんもこっち側だし、特に策を巡らさなくても普通に勝てちゃいそうな形になってきた。ウォーターバレーさまさまだね。


 と思ってたのに、水谷さんが連れてきたのは川辺さんと油野兄妹だけだった。


「あれ? 優姫は?」


 水谷さんはチラリと第三の悪魔に視線を当て、


「飛白先輩と同じチームが良いって。誘うんなら本人が来なよ。カドくんのばーか。絶対に懲らしめてやるって息巻いてたわ」


「まじかよ」


 女心って難しい。それとも悪魔に魂を奪われてしまったのかな。


 スコア112とはいえ優姫を奪われたのは手痛いな。30近いスコアをロスした。


 これを取り戻すには内炭さんをあっちに追いやるしかなく、それはすなわち久保田と高橋さんを速攻で捕まえにいかなきゃいけない。


 だが速攻を仕掛けないといけないのはリフィスも同じ。メンバーを吟味しようとしたのが裏目に出たな。水谷さんの行動中に俺もスカウトに行くべきだった。高橋さんがリフィスの魔の手に落ちてしまった。


 痛恨のミスと言っていい。せっかく水谷さんの加入で大きなアドバンテージを得たのに、内炭さんが加入したことで帳消しになってしまった。


 そのジョーカー内炭は久保田と一緒にとぼとぼとこっちに歩いてきて、


「いいの。誘って貰えないことには慣れてるから」


 ごめんて。けどね。俺も自分を守りたいんだよ。遊びじゃないんだよ。


「内炭。碓氷のために頑張ろうな」


「っ! はい! 頑張ります!」


 チョロいね。油野先生、お疲れ様です。


 さて、同じく誰にも誘われなかった久保田は平然としてるから良しとして、


「おかみさん」


 紀紗ちゃんが上目遣いで無感情な瞳を向けてきてる。


「がんばるね」


「うん、頼むね」


「だからお願い1つね」


「……どういうことでしょうか」


「千早さんが言ってた。命令は嫌だけどお願いなら聞いてくれるって」


 やっぱあの人ってエスパーなんじゃないの? 心の中を読んでんじゃんよ。


「だめなの?」


「内容によるとしか」


「またおかみさんの部屋で遊びたい」


「そんなんでいいの?」


「うん。でもそんなんって言うならもう1つ」


 雉さんを撃つのやめてください。


「またケーキ食べたい」


「おっけ」


「やった。美月ちゃんもだからね」


「一緒に遊ぶってこと?」


 また壁ドンしたいのかねぇ。


「美月ちゃんもお願い1つ」


 あぁ、そうやって口説いてきたってことね。


 という訳でチームエディット終了。


 碓氷チームは、俺、水谷さん、川辺さん、油野、紀紗ちゃん、内炭さん、久保田。


 リフィスチームは、リフィス、弥生さん、宿理先輩、浅井、上条先輩、優姫、高橋さん。


 奇しくも戦力は互角。とはいえボウリングはスコアを安定させるのが難しい。


 俺も調子が悪い時は110くらいになるし、良い時は150を超える。


 緊張とか。興奮とか。焦燥とか。そういうの1個でも変わってくると思う。


 だから、


「川辺さん、楽しもうね」


 負けられないって意気込みが強すぎてガチガチになってる。嬉しいけど、まずは楽しんで欲しいんだよね。せっかくの遊びだし。買収とか同盟とか色々と悪いことを考えてたやつが言うことじゃないけどさ。


「でも。負けたら碓氷くんが……」


 本当に嬉しいんだけどね。川辺さんは笑顔が似合うからね。


「ムーン1。リラックスするのも大事だ。そんな調子じゃ実力を発揮できないぞ」


「……碓氷くん」


 ウルフ1って言ってよ! なんか恥ずかしくなるじゃん!


「分かった。一緒に楽しもう!」


 無事に笑顔の花が咲いた。


 それを見遣る水谷さんの複雑そうな表情がどうにも印象的で、夏休みの間に女心について詳しく教えて貰おうかなって本気で考えた。


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