7/28 Thu. 神算鬼謀――前編

 リフィスってやつが運動不足を嘆いてたから「ボウリングでもすっか」ってテキトーなことを言ったらあっさり実現してしまったというのが本大会の流れ。


 大会と言うだけあって参加人数はそこそこ多い。では紹介します。


 男性陣は、碓氷才良、油野圭介、久保田玲也。浅井良太。糸魚川康孝の5名。参加予定だった蒼紫は急用で来られなくなった。


 女性陣は、内炭朱里、相山優姫、油野宿理、油野紀紗、水谷千早、川辺美月、高橋華凛、赤居弥生の8名。


 のはずだったのに。


「ここに来るのも久しぶりだね」


 今日も塾をサボった上条先輩がいる。前回の貸しをこれでチャラにしてくれるそうだ。別にそんなことしなくたって一緒に遊びたいなら受け入れるのに。


「初めまして。水谷千早と言います」


 水谷さんが100点満点の嘘臭い笑顔で弥生さんに挨拶してる。リフィスは離れた場所で宿理先輩に捕まってるからタイマンだ。


「初めまして。赤居弥生です」


 弥生さんの方が緊張してるな。美少女力に圧倒されてる感じ。


「弥生さんは先生の話題によく上がるので会ってみたかったんです」


 悪魔のジャブ。弥生さんは一瞬だけ嬉しそうにして、平常運転に戻った。


「どうせ悪口でしょ?」


「悪口?」


 その可能性を考えてませんでしたって感じのリアクションだ。このボディブローはじわじわ効くね。期待しちゃうよね。


「えっと。例えばどんな?」


「リフィスマーチは弥生さんなしでは成立しないとか」


「へ、へぇ」


「ちょっとしたことに優しさを感じることがあるとか」


「ほ、ほぅ」


「いつも支えて貰ってるとか」


「うっそだぁ」


「いつも遅くまで働かせちゃって悪いなとか」


「そんなの好きでやってることだからいいのにー」


 あかん。弥生さんがデレデレだ。これが悪魔のささやきってやつか。


「私のせいで先生が以前より早く帰るようになったみたいなので、いつかお詫びをしないといけないと思ってはいたんですが」


 悪魔の苦笑。弥生さんはキュンとしてしまったようだ。


「なに言ってるの。千早ちゃんは何も悪くないから。あっ、名前でいい?」


「嬉しいです」


 はい。じゃなくて感情を伝えると効果が高いのか。参考になるなぁ。


「こんな若い子ばっかのとこに来ちゃって少し緊張してたんだけど。ちょっと楽になったわ。ありがと」


「またまた。弥生さんも若いじゃないですか」


「最近ね、あの人はもう女子って年じゃないだろって言われちゃって」


 地味に気にしてたのかよ。


「きっとその人には天罰が下りますよ」


 おい、俺を見て言うな。なんで下手人が分かったんだよ。


「大人の女性に言うことじゃないとは思いますが、弥生さんは可愛らしい方ですし、女子と評すべきだと私は思います」


「嬉しいことを言ってくれるね」


「実際問題、こうして女子高生の中に混じっていても違和感なんてないと思います」


 言いすぎだろ。


「そうよね、碓氷くん」


 おい。こっちに振るんじゃないよ。えー、否定しにくい。


「言うまでもないな」


 水谷さんの笑顔まじこわい。逆らったら何をされるか分かったもんじゃない。


 それからもう少しだけ2人は話して、やがて水谷さんは川辺さんの方に行った。弥生さんはこっちに来て、


「千早ちゃん、すっごくいい子じゃないの」


 それはリフィスをいいやつって言ってるのと同じだって分かってんのかね。こっちは詐欺に遭った瞬間を目撃した気分なんだけど。


 という訳でゲームスタート。3レーンに別れてわいわいやった。


 150以上のスコアは水谷さんとリフィスだけ。こいつら本当に何でもできるな。


 100以下のスコアは内炭さん、高橋さん、上条先輩、久保田の4人。


「まっすぐ投げてるつもりなのになんで左にいっちゃうのかしら」


 スコア57の内炭さんが笑顔で素振りをしてる。実に楽しそうだ。このメンツならガターを出しても罵声が来ないどころか助言や声援が来るからな。当然、リフィスがやらかしたら俺は盛大に煽る予定ですけどね。


「右利きの人はちょっとだけ右に投げる気持ちでやるといいんだって」


 スコア81の高橋さんがスマホを見ながら内炭さんに話し掛けてる。


「そうなんだ。こうかな? こう」


「私もやってみよ。こう。こう?」


 この2人は見た感じ相性が良さそうだな。微笑ましい光景だね。


「もう! 紀紗ったら! 恥ずかしがっちゃって!」


「宿理。うざい」


 こっちはカオスな光景だ。宿理先輩が紀紗ちゃんに背後から抱き付いて頬ずりしてる。それをスマホで撮影しようとしてる弟兼兄。なんだこれ。家でやれや。


「ツイッターのネタにすんの! ボウリングなぅって!」


「1人でやって」


「やどりん双子説の噂を流したいんよ!」


「そこまで似てない」


「……紀紗が嫌ならダメだと思うが」


「圭介! お姉ちゃんの言うことが聞けないんか!」


「圭介。妹のことが可愛くないの?」


 なんかラブコメみたいな展開になってんな。家族なのに美男美女のせいで絵になっちゃうわ。


 次のゲームまで少し休憩になりそうだから俺はスマホでもいじるかね。


「少年、退屈かい?」


 上条先輩が邪魔をしに来た。


「楽しいですよ」


「うむ。退屈の余りにスマホをいじるのは仕方のないことだ」


「先輩って基本的に俺の話を聞かないですよね」


「聞いてる聞いてる」


 うわ。なんか内炭さんの気持ちが分かった。2回続けられるとテキトーに言ってる感が凄いなこれ。


「私はね。きみの心の声を聞いているんだ」


「俺の心はどっかいってくんねえかなって言ってますけど」


「私には先輩とおしゃべりできて嬉しいって聞こえるね」


 この人とは本当に分かり合えないな。


「ボウリングは楽しい。けど今は退屈ってことで手を打ちましょう」


「そうか。退屈か」


「今は!」


「ならば私から提案があるんだけど」


 嫌な予感しかしないわ。


「賭けをしないかい?」


「……賭け? 何のですか?」


「そりゃあ、きみ。ボウリングの勝敗以外にないでしょ」


 スコア75が何か言ってますよ。と思ったけど、上条先輩のことだ。1回目をわざと低スコアに抑えて俺を油断させたって可能性もあるんだよな。


「なんすか? 賭けって」


 近くにいた浅井が会話に割り込んできた。


「碓氷少年と次のゲームで賭けをすることになってね」


 まだなってねえよ。勝手に話を進めるんじゃないよ。


「何を賭けるんです?」


「命令権を1つ」


 もう嫌な予感を通り越して俺が不幸になる未来しか見えんわ。これはもう絶対に俺が損する仕組みを作ってやがるな?


「お断りします」


「いいのかい? 憧れの先輩にあんなことやこんなことを命じられるのに」


「なんすか。あんなことやこんなことって」


 浅井が興味津々だ。


「言わせるのかい? 当然、エロいことやエロいことだよ」


「まじっすか!」


「やったとしてもそういう趣旨が絡むなら俺は手を引きますよ」


「なんでだよ! もったいねえ! 超美人なのに!」


 あのな、浅井。これは負ける勝負なんだ。もったいないも何もないだろ。


「なになに? どしたん?」


 あっ、しまった。そっちが狙いか。先輩を見遣ればニヤリとしてる。


「命令権を1つ賭けて勝負しないかって話をしているだけだよ」


「おお! 面白そうじゃん!」


 先手を打たれてしまった。この空気から「やっぱなし」って流れに変えるのは骨が折れる。1人か2人、手助けをしてくれる人がいればいいが、こういう時に頼りになるリフィスと水谷さんは勝ち確と言えるレベルのスコアを叩いてたからな。きっと協力は得られない。どうしたものか。


 ふと見れば内炭さんと高橋さんが不安げな表情をしてた。そりゃそうだよね。こっちは負け確ってレベルのスコアだったもんね。


「ボウリングは熟練度で勝敗が決するからフェアじゃないと思うんですけど」


 先輩が俺の視線を追ってくれた。


「なるほど。しかし安心して欲しい。元から個人の勝負にする気はなかった。何せそれでは私の勝率が低すぎるからね」


「と言うと?」


「チーム戦でいこう。7対7で勝負して合計点の高いチームの勝ち。勝ったチームは負けたチームの1人に命令を1つ出すことができる」


 あっ、これ、やばいやつだ。高確率で成立しちゃうわ。だって命令させたい人と命令されそうにない人が明確すぎるんだから。


「それは任意の1名に命令を下せるということですか?」


 リフィスが食い付いた。


「そうだ。勝った7名が負けた碓氷少年に計7の命令を下す可能性もあるね」


 視線を感じた。少なくとも優姫、川辺さん、紀紗ちゃん、高橋さんは俺を見た。


 他を言えば宿理先輩と弥生さんはリフィスを見たし、内炭さんは油野を見た。これは色々とまずいことになる気がする。


「負けたからって勝った人の命令に従わないといかんとか非人道的すぎないか?」


 悪魔に効かないと思いながらも正論パンチ。


「はぁ。仕方ない子だね」


 上条先輩はやれやれと肩を竦めて、


「勝てなかった人は命令に従うということで」


「言葉遊びをしてんじゃねえよ。命令とかいうのがエグいって言ってんだよ」


「ではこうしましょう」


 リフィスが間に入った。


「まず、命令の上限を決めましょうか。金銭的および性的な要求は禁止。当然、暴力などの著しく法に触れるものも厳禁です」


 バランス調整が入って多少はまともになったが、それでもこれはちょっとなぁ。


「命令を受けたくないって人もいるだろ。それなのに強制するのかよ」


「嫌なら参加しなくても構わないよ」


「せっかくのボウリング大会で観戦してろって?」


「そうは言わない。でも碓氷少年の主張はいささか主観が過ぎる」


「じゃあ多数決でも取ってみるか? それで過半数の支持を得られなかったら撤回ってことにしてくれ」


「ふむ。要するに過半数の支持さえあれば納得するということだね?」


「少なくとも俺はね。それが民主主義ってやつだ」


 現状だと割と怪しいが、俺がこれを言えばどう転ぶかは分からない。


「てかこれって命令したい相手が必ずしも敵対チームにいるとは限らんよな?」


 そう。例えば宿理先輩とリフィスが同じチームになった場合、宿理先輩は楽しみの半分以上を失う。しかも命令をされるリスクは負うんだ。割に合わないだろ?


 この仕組みを理解したらしい内炭さんがひっそりと溜息を吐いた。他の何人かは難しそうな顔をしてる。


「リフィスさんとやらはどうかな?」


「私は構いませんよ。もうこの件は成立しないと思いますし」


 リフィスが俺を見て苦笑した。事実上の敗北宣言だ。


「では民主主義の名の元に決を採る」


 上条先輩は高らかに宣言した。


「次のゲームは碓氷チームとリフィスチームに別れ、勝てなかったチームのリーダーが相手チームの全員に自分への命令権を1つ付与する。賛成の者は挙手を」


 は? は? はあああああ?


 思わずリフィスを見た。おい、悪魔のくせに目を見開いて驚いてんじゃねえよ。

 

 仕方ない。ここは俺が動くしかない。


「異議あり!」


「却下する」


「ちょっと待てや!」


「多数決の最中だ。後にしなさい」


「その多数決の内容がおかしいって言ってんだよ。さっきまでと話がまったく違うじゃねえか」


「ん? 負けたからって勝った人の命令を聞くってのは非人道的って言うから勝てなかったって文言に変更したし、命令を受けたくない人もいるって言うから受けずに済むようにした。これなら全員が観戦しようなんて思わない。そしてきみが望んだ多数決も採用したよね。ほぼほぼ意見を受け入れているけど?」


「俺が命令を受けたくないって可能性をシカトすんのやめてくれます?」


「そうだったのか。それはすまなかった。しかし話を進めてしまった以上は多数決をするしかない。これで賛成多数となった場合は、残念ながら碓氷少年とリフィスさんとやらには涙を呑んで貰うしかないね。だってそれが民主主義ってやつだから。少数派の一感情で結果を覆していたら議論など進みはしない」


 クソが。俺の言葉をそのままカウンターに使ってきやがった。この論理だと俺が反論しても感情論として扱われる。となると、頼れるのはリフィスだけだ。


「先に伺いたいことがあるのですが」


 リフィスは淡々と尋ねた。この質問の返答次第によるってとこかね。


「なんだい?」


「チーム分けはどうするおつもりで?」


「自由でいいんじゃないかな?」


「……自由?」


「それぞれ思惑というものがあると思うからね。碓氷少年を救いたい、一緒に遊びたい、そう思う者は碓氷チームに入ればいいし、碓氷少年を倒したい、命令をしたいと思う者はリフィスチームに入ればいい。その逆もまた然りだ。きみらリーダーは選ぶ側じゃないわけだね。選ばれる側ということさ」


 おい、これ。リフィスくんってばとんでもない地雷を踏んだんじゃないのか。


 なんか空気自体が不穏になってきたぞ。あの水谷さんですら口元を隠して思案顔になってる。天然系の川辺さんや優姫も真剣な表情だ。


「あの、ちょっといいすか?」


 手を挙げたのは浅井だ。


「オレ、どっちを命令することにも興味がないんすけど」


 ほんとだわ。それを言うなら久保田もそれっぽいわ。


「ではこうしようか。命令権は譲渡することができる」


 なんだそれ。そんなことをしたら話が180度変わっちまうだろ。


 この凶悪過ぎるルールの追加に浅井は首を傾げてる。一方で水谷さんは、


「それってもし私と弥生さんが碓氷チームで勝利した場合、私が権利を譲渡することで弥生さんが先生に命令を2つ下せるってことですか?」


「そうだね。なお、命令権の譲渡に関する条件は私の知ったことじゃない」


 そんなん無責任すぎるだろうがよぉ。


「意味が分からん」


 浅井は首を傾げたままだ。


「そうだね。分かりやすく言うとだ。きみが碓氷チームで勝利した場合、リフィスさんとやらの命令権を譲ることでぱんつを見せて貰えるかもしれないってことさ」


「まじでか。やべえな」


 冗談抜きでやばいんだよ。これは欲望丸出しの一戦となる。


「ではもう決を採ってもいいかな?」


 そういえばそうだった。この人はパンドラの箱という異名を持つんだった。


「次のゲームは今し方に説明したルールで行う。賛成の人は挙手を」


 笑えない。


 挙がった手の数は10。女子全員と浅井だ。地味に油野への好感度が上がったわ。


「賛成がマジョリティだ。マイノリティの諸君は残念だったね」

 

 まあ、こうなってしまったのは仕方ない。俺が論理の殴り合いに負けただけだからな。覆せないことに対してあれこれ考えるのは合理的じゃない。


「チーム分けはトイレ休憩も兼ねて20分ほどにしようか」


 第三の悪魔カスリンは嗤う。


「では、少年少女よ。存分に悩みたまえ」

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