7/28 Thu. 神算鬼謀――後編

「スコアの計算をしやすくするために2ボックスに変更しない?」


 水谷さんの提案で一度精算し、場所を取り直した。1チームにつき2レーン。3人と4人のパーティーに別れてのゲームとなる。


 投げる順番は自由に決めていいらしい。水谷さんはスマホをいじりながら、


「Aパーティーの1番手に碓氷くんを。Bパーティーの4番手に私を置くのがベターかしらね」


「かな。だったらAの2が紀紗ちゃん。3が川辺さん。Bの1が久保田。2が内炭さんで3が油野ってとこか」


 そう返す俺もスマホをいじってる。今日の俺、水谷さん、リフィス、上条先輩は最初からこんな感じだ。


 悪魔どもと同じ思考ってのはいささか癪だが、これも不可欠な要素だ。決して退屈だからじゃない。ほんとに、あの人は分かってるくせにそういう手を使ってくるんだから。


「投げる順番に意味があるのか?」


 問い合わせは油野から。水谷さんは彼女のくせにスマホを優先するみたいだ。仕方ないな。


「そこはおいおいな。説明して予想と違ってたら恥ずかしいし」


「気になる」


 紀紗ちゃんの瞳に関心が宿ってる。珍しいね。


「本当に予想の域だけど、あっちの一番手の片方は上条先輩だ」


「どうしてそう思うんだ?」


 油野先生、俺は紀紗ちゃんに答えたんだけどなぁ。まあいいか。


「あの悪魔は他人の四苦八苦してるとこを見るのが大好きだからな」


「それは前に聞いたが」


「この賭けが思い付きじゃなくて計画的なものだった場合、あのスコアが途端に胡散臭くなるんだよ」


 人の良いこいつじゃ分からんか。だから人の悪い水谷さんが拾い上げた。


「あんたは私から賭けを申し込まれたらどうする?」


「断るに決まってる」


「それはなぜ?」


「なぜも何も勝てる訳が、あぁ、なるほど。75は碓氷に勝てる勝負だと思わせるため、つまりは賭けに乗せるための偽装工作か」


「じゃあなんでそこまでして賭けを成立させたいかというと」


 水谷さんが視線を投げてきた。


「俺に命令したいことと、明確な勝ち筋があるからだな」


「なるほどな。だがそれと順番に何の関係があるんだ?」


 川辺さんがこくこく頷いてる。可愛い。


「格下だと思ってた相手が初っぱなにストライクを出したら動揺するだろ。けど騙し討ちに気付いてるから俺には効かないって訳だな」


「B1の久保田には思いっきり刺さりそうだが」


「スコアの低いやつが動揺しても大してダメージにならんからいいんだよ」


「……久保田は捨て駒みたいなものなのか」


 なんてことを言うんだ。さすがの久保田も、あれ、これも「ええんやで」なのか。


「捨て駒じゃない。久保田の惨憺たる結果を目の当たりにすることでA2の紀紗ちゃんとB2の内炭さんは気楽に投げることができる。尊い犠牲なんだよ。まあ、紀紗ちゃんはクールだから動揺しない気もするし、内炭さんもスコアの低いやつが以下略」


「……お前は本当に色々と酷いな」


「そうでもない。お前、さっき内炭さんに頑張ろうなって言ってたよな」


「言ったな」


「だから内炭さんの次に置いた。内炭さんがガターをかましても直後にお前がストライクを取れば内炭さんの気持ちが軽くなる。当然、人様に頑張れって言ったからには自分も頑張るに決まってるし、その辺は期待してるぞ」


「……また無茶を」


「川辺さんをA3にしたのも直後に親友の水谷さんか、俺がストライクなりスペアなりを出すつもりだからだ。これで納得したか?」


 紀紗ちゃんはこくんと頷いたが、お兄ちゃんの方は不服のようだ。うるせえよ。お前は黙ってストライクを出しときゃいいんだよ。まじで頼むぞ。


 という訳でゲームスタート。


 予想通り、リフィスチームのA1は上条先輩だった。B1は浅井だ。


 そして本当にストライクを叩きだす上条先輩。想定してたとはいえ本当にやられると焦るね。俺ら以上に浅井の動揺が見て取れるけどね。


「お先」


 宣言してから俺も第一投。リリースした瞬間に分かった。ストライクだ。


「すごいすごい!」


 川辺さんがぴょんぴょん跳ねて喜んでくれてる。可愛い。


 川辺さん、紀紗ちゃんと「うぇーい」ってハイタッチして、


「あー、ちょっとお手洗い」


「おかみさん。今日トイレばっか」


 自分の番を見守って欲しいのかねぇ。紀紗ちゃんはやや不貞腐れ気味だ。けど許しておくれ。


 水谷さんと一瞬だけ目を合わせ、トイレに向かおうとしたら、


「付き合おうか?」


 上条先輩が言ってきた。周囲から「なに言ってんだこいつ」って視線が飛来しても先輩は動じない。メンタルが強くて羨ましいね。


「1人で大丈夫です」


 一礼してトイレにGO。と言ってもそこに用事はない。なんとなく手だけは洗い、遠巻きから俺らのボックスを含めた広範囲の写真をパシャっと撮る。


 さて、行くか。


 俺らのボックスから右斜め後方の位置。そこで俺らの席に向けてスマホのカメラを向けてる大学生くらいのカップルに話し掛ける。


「盗撮は捗ってますか?」


 面白いくらいにカップルの顔が強張った。


「は? いきなりなんだよ」


 見るからに頭の悪そうな男が睨んできた。


「急になんなのこいつ。ほっといて行こ?」


 頭の悪そうな女はやっぱ頭が悪いみたいだ。敬語はもう要らんな。


「お前らが盗撮してるとこを写真に収めてんだけど」


 スマホの画面に映ったものを見せ付けてやる。このバカどもがにやにやしながら宿理先輩にカメラを向けてる画像をだ。


「今日はプライベートの遊びだ。水を差すんじゃねえよボケ」


 目付きの悪い俺の睨みに女の方が縮こまった。男の方はと言うと、分が悪いと理解しつつも女の前でかっこつけたいらしく、


「お前、調子に乗ってんじゃねえぞ」


「出たよ。調子に乗ってますって挨拶。お前らみたいなのってなんでそんなテンプレみたいにそれを言うんだよ。九官鳥ですらもっとボキャブラリーが豊富だぞ」


「あぁ!?」


 掴みかかろうとしてきた手を払いのけ、


「女の方。ツイッターにインスタとフェイスブックのURLを張ってるよな?」


 唐突な問いに女が目を白黒させる。


「それがどうしたってんだよ!」


 男が左足で踏み込んだから左に避けた。男の右手が空を切る。


「お前らの本名も年齢も大学もおおよその交友関係も狙ってる就職先も分かった。社会的に抹殺されたくなかったら写真のデータを消してさっさと失せろ」


 女の顔が一瞬で青ざめた。事実だと理解したからだろね。


「ご、ごめんなさい! はい! 消しました!」


 画像フォルダを見せてくる。こいつの場合はもうインスタに画像を上げてたからこんなことをされても意味はないが、こういうのはお灸を据えることこそが大事だ。


「あーくんも早く消して!」


「なんなんだよ」


 再び証拠になっていない証拠を見せられ、俺は頷いてやる。


「これに懲りたら二度としないように」


「分かりました! あーくん! いこ!」


 ぶつぶつ言いながらも男は女に連れられていった。


 ふぅ。焦った。こんなに目の多いとこで暴力で語るとか脳が溶けてんのかよ。


 深呼吸を3つして碓氷チームのボックスに戻る。


「お疲れさま」


 水谷さんが小声で言ってきた。やっぱバレてんだな。平常心を装って席に着いたらLINEが届いた。送り主はリフィスだ。


『次は私が行きますね』


『さっきみたいに自分の出番が遠い方が行けばいい』


 その方が合理的だ。盗撮犯が女性のみの構成だったら水谷さんか上条先輩が対応してるみたいだが、どうしてこんなに多いのかねぇ。


 やどりん。ボウリング。のキーワード検索をSNSでやるとアホみたいに引っかかる。さっき宿理先輩が紀紗ちゃんとのツーショットを載せたのも原因の1つだ。本当にさぁ。ああいうのは家でやれよ。


 それはさておき、スコアの流れを見てみる。どっちのチームも一周してた。ストライクが4、スペアが5もいたからまだ何とも言えんが、これは読めんな。確実な勝利を狙うなら相手側の1人を寝返らせる必要があるかもしれない。


 けどこの後も盗撮しようとするやつが出たり、そもそも上条先輩がリフィスチームの連中との接触を邪魔してきたり、どうにも上手くいかなかった。


 そしてあっという間に運命の第10フレームが到来。


 上条先輩はクソふざけたことにストライクとスペアしか出さなかった。最終スコアは221。こんなの文字通りで手も足も出んわ。


 俺は上振れして166。浅井は序盤の上条先輩への動揺が響いて110。


 久保田は途中から両手で持ったボールを真っすぐ転がすという別ゲーを始めたら101をマークした。


 優姫は下振れして104。川辺さんは本当によく頑張ってくれて126。


 高橋さんはさっきと近似値の85。紀紗ちゃんも無難に115。


 弥生さんが118で、我らが内炭さんがネットで調べた投げ方を試してみたら91も稼いだ。さすがは復習大好きっ子だね。


 宿理先輩はさっきよりも上がって121。油野はさらに上がって135。内炭さんのためによく頑張ってくれたわ。褒めてつかわす。


 残すはリフィスと水谷さんとなる。双方が第9フレームを9点で終えてるから目算が簡単だ。現状のリフィスが既にさっきのスコアを超えてる155。水谷さんが170。つまりリフィスチームが914。碓氷チームが904となる。


 10点差の負けだ。一見では不利に思えるが、実はそうでもなかったりする。


 むしろ超有利。なぜならリフィスはここで9点以上を取らないと敗北が確定するからだ。


 だって水谷さんの前回のスコアは188。なぜか急用ができて帰ってしまったら例の早退補償で碓氷チームのスコアは+18の922になる訳だ。


 現状でこのことに気付いてるのが何人いるのかは知らんが、あの上条先輩が眉根を寄せてるからピンチだってことは理解してるはず。きっとリフィスもね。


 水谷さんも察してるから順番が回ってきてるのに投げようとしない。リフィスの結果を見てから動くみたいだね。


「ふぅ。緊張しますね」


 言葉以上に固くなってるのが見て取れる。普段なら煽り倒す場面だが、さすがにそれはマナーを軽視し過ぎだ。固唾を呑んで見守るとしよう。


 やがてリフィスは全員の視線を受けながら、綺麗なフォームでボールを転がし、


「くっ!」


 真ん中の6個のピンを倒した。ビッグフォーと呼ばれるスプリットの形。


 他人の失敗を喜ぶのはいけないことだとは分かっているが、それでも俺は内心で歓喜した。こんなの素人がクリアできる難易度じゃない。せいぜい左右片方のピンを2本倒すのが関の山だ。つまりは8点。リフィスチームの敗北は濃厚となった。


 ただしまだ油断はできない。なぜなら水谷千早もまた悪魔の一柱であるからだ。


 やはり棚に入ってた牡丹餅は腐っていて、ガターを連発した上に急用を思い出さないという暴挙に出る可能性がある。どっちが暴挙だって話はさておいて、まだ勝利を確信してはいけない段階だ。


 って思ったのに、水谷さんは項垂れる師匠をスルーして投球フォームに入った。


「おお!」


 川辺さんが唸った。ストライク!


 投球から戻ってくる水谷さんと目が合った。その目が語ってる。弥生さんのために先生の命令権は絶対に獲得する、と。


 鳥肌が立ったね。人の意志ってやつをここまでハッキリと感じたのは初めてかもしれない。


 そんな愛弟子を眺めるリフィスは苦笑してた。まあ、苦笑するしかないよね。


「おおお!」


 また川辺さんが唸った。再び水谷さんがストライク。


 これでもうリフィスはスペアを取るしかなくなってしまった。


 水谷さんは最後の一投をもって介錯するということもなく、ボールを磨きながら師匠の出方を待ってる。


 そんな師匠は小さく息を吐き、愛弟子を見つめた。


「千早。今の僕が何を考えてるか分かるかい?」


 どうにか勝負を反故にできないかってことかね。気持ちは分からんでもないが。


「そうですね。たぶんこれかなっていうのはあります」


 水谷さんが笑った。あぁ、これはあれかな。師匠を超えるにはまだ早いとかそんなやつかな。ガチでスペアを取りに行って3投目に賭けるってことか。


「そうかい。なら頑張ってみるかな!」


 しかし現実は非情だ。リフィスの放ったボールは右側のピン2本を吹き飛ばし、だがそのピンは左側のピンをかする程度に終わった。


「あぁ……」


 惜しすぎる結果にリフィスチームから落胆の声が漏れた。けどそれは残念って気持ちしか入ってないような、リフィスを貶めるような感情は皆無だった。


 やがて宿理先輩がパチパチと手を叩き始めた。遅れて弥生さんも、川辺さんや高橋さんも拍手した。リフィスは照れ臭そうに席へと戻って、


「千早。僕の負けだ。後はきみの望み通りに最善を尽くしてくれ」


「はい」


 と言っても既に結果は決まってる。仮に次がガターであっても水谷さんのスコアは190。922対924で碓氷チームの勝利だ。


 よし! よしよし! どうにか災難を回避したぞ! 


 あー、もう最初はまじでどうしようかと思ったよ。命令権とか訳が分からんしさ。肖像権を軽視する連中にイライラしまくってたし、上条先輩がターキーを決めた時なんか次に見つけた盗撮犯をぶん殴ってやろうかと思ったもんね。


 いやぁ、しかしよかったよかった。ほんとウォーターバレーさまさまだわ!


「ところで碓氷くん。ちょっといい?」


 水谷さんが俺の元に寄ってきた。ウイニングランの前になんだろね。


 まあ、なんでもいいけどね! だって勝ったし! あの上条先輩に初勝利だわ! しかもリフィスもまとめてだよ? あがるわー、これはテンションあがるわー。つーか罠にハメときながら仕留められないのってどんな気持ち? プークスクス!


「どうした?」


「急用を思い出しちゃって」


「………………………………は?」


 え。あれ? ちょっと待て。え?


 俺は混乱した頭で上条先輩を見た。笑ってる。


「千早の第10フレームはダブルの状態だ。よって現状のスコアは第9フレームまでの170となる。論理的に考えるとそうなるね」


 ストライクの計算式は10+次の2投の合計だ。論理式の中にある変数に値が入っていないのならそう言われても仕方ない。


「よって千早のスコアは前回と同じ188となる。つまり922対922だね」


 肺から溜まった空気が出て行った。びびった。引き分けか。負けたかと思った。


「少年、どんな気持ちだい?」


 さっき心の中で煽ったことがバレたのかな。いや、ごめんて。全力で有頂天だったよ。だってストレスすごかったんだもん。


「九死に一生を得るってのを体験した気分です」


 本当に。良かったよ。引き分けで。


「ん? 何を得たって?」


 先輩が変なとこに食い付いてきた。


「一生ですけど」


「おかしなことを言うね。きみ、そんなの得てないよ?」


 は?


「千早。賭けのルールはなんだったかな?」


 呆然とする俺に水谷さんは苦笑しながら言う。


「次のゲームは碓氷チームとリフィスチームに別れ、勝てなかったチームのリーダーが相手チームの全員に自分への命令権を1つ付与する」


 あぁ。


「ではリフィスさんとやら。きみのチームは勝てたかな?」


 リフィスは先輩の問いに笑顔で応じる。


「いいえ、勝てなかったです。なので相手チームの全員に自分への命令権を1つ付与しなくてはなりません」


「うむ。では碓氷少年」


 返事をする気にもならない。


「きみはのチームは勝てたかな?」


 勝ててねえよ。負けてねえけど。勝ててはいねえよ。


「非人道的だなんだと言わなければこの結末は避けられたのにね」


 ほんとだよ。なんだこの碓氷才良とかいうやつ。とんだ偽善者だよ。


「てか水谷さんは帰るんじゃないのかよ」


 なんで残ってんだよ。残ってるなら俺らの勝ちにしてくれよ。


「急用を思い出してゲームから撤退したけど、よく考えると帰るほどのことじゃないなって思ったの」


 こいつっ。


「ところで千早。リフィスさんとやら。最後の問答はなんだったんだい? いま何を考えてるか分かるかってやつ」


 あー、と師弟は仲良く揃って苦笑し、口を揃えて言った。


「どうせ苦しむなら道連れが欲しいなぁ」


 まじかよ。こいつらあの空気の中でこんなクソみたいなことを共感してたのかよ。


「さて、命令権の発行は後にするとして、次のゲームはどうする? 賭ける?」


 神をも虜にしそうな笑顔で上条先輩は尋ねてくる。


 どうでもいいよ。つーか、賭けなんてもう一生やらねえ。

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