7/23 Sat. 名は体を表す――前編

 第4土曜。今日は前回と違って正式にリフィスマーチでアルバイトをする日だ。


 参加メンバーは前回と同じだ。俺、久保田、宿理先輩、内炭さん、川辺さん。


 一昨日のことがあったから内炭さんがやや緊張していて、それを嘲笑うかのように川辺さんはいつも通りだった。ほら、やっぱ勘違いだよ。思い違いってか思い上がりだよ。って思いつつも、いつもってこんなに距離が近かったっけ? とも思う。


 たぶん1歩以上。だってリフィマに着くまでに3回も川辺さんの胸が俺の腕に当たったし。そんなの密着してた海の日を除けば初めてだ。その初めてが3回も続いた。これはもう偶然じゃない。わざと当てに来てる可能性すらある。


 何せ川辺さんの後には悪魔がいるからな。仮に川辺さんが俺のことを好きで、親友に恋愛相談をしていたら、この手の作戦を提案されてても不思議じゃない。あの悪魔め、純情な乙女心と純朴な男心を弄びやがって。


 なんてね。偶然だよ。水谷さんが性的な要素を利用するとも思えないしな。という訳でコックコートに着替えたらミーティングでございます。


 現在は9時半。あと30分でリフィスマーチは開店となる。弥生さんや長谷部さんはもう厨房で働いてるらしい。休憩室にいるのは俺ら高校生のアルバイトとリフィスに前回お休みしてた石附さんだけだ。


「では本日の予定を発表します。サラと美月は石附さんと一緒に調理担当。今日は石附さんがメインでサラがサブ。美月はサラのサポートをしてください」


 川辺さんと石附さんが良い返事をした。俺はと言うと、右手を挙げて、


「副店長。俺だけ呼び方が変です」


「安心してください。クボもハンドルネームですから」


「久保田をクボって呼ぶのと碓氷をサラって呼ぶのを同列で語るんじゃないよ」


「サラもしょうがない子ね」


 宿理先輩が肩を竦めてる。だからサラって言うなっつーの。


「あたしも名前じゃなくてあだ名で呼ばれてるんだから我慢しなさい!」


「そうですよ。宿理は偉いですね。サラも見習いなさい」


「やどりんなんてほぼまんまじゃねえか」


 内炭さんと川辺さんがくすくす笑ってる。コントのつもりじゃないんだけどね。


「話を進めていいですか? ご覧の通りの状態なので」


 リフィスが示唆したのは店頭の防犯カメラの映像だ。開店まで随分とあるのに以前にも増して行列ができてる。もう100人はいるんじゃないかな。ご近所さんからの通報で警察が出動する事態にならなければいいけど。


「どうしてこんなに多いのー?」


 我が女神からの問い合わせだ。リフィスは宿理先輩に手を向けて、


「昨晩にツイッターを始めたそうでして」


 説明の前提しか話してないのにもう結論が分かっちゃうね。明日はリフィスマーチでアルバイト! とか。リフィスマーチなぅ。とか呟いたんだろね。自発的にやったことだと思うから許されるが、ステマはいかんよ。ステマは。


「なので今日の宿理はレジをお願いします。残念ながら本日のお客様の大半はやどりん目当てだと思いますので、少しでも接する機会があればと」


「剥がしはどうします?」


 久保田が瞬時にツッコミを入れた。大半が「剥がし?」ってなってるね。まじか。分かるのって久保田と俺だけか。オタク発見器の1つなのかね。


「宿理先輩ともっとおしゃべりしたいって人がレジでなかなか金を出さなかったり、支払いが終わってもその場で残ったりした時にそこから引き剥がす役目の人はいらないのかってお話。回転率が超悪くなって他のお客さんの迷惑になるだろ?」


 久保田が満足そうに腕組みをしてうんうん頷いてる。お前はいつも剥がされる側だもんな。例えそれが可愛い女子高生だとしても平等に剥がして欲しいんだよな。


「その可能性は考えていませんでした。どうしたらいいんでしょう? レジはやめた方がいいんですかね?」


 なぜかリフィスは俺を見ながら言ってくる。そのせいでみんなも俺を見てくる。石附さんは正社員なんだから自分もアイディアを出しなさいよ。


「レジじゃなくて注文を取る専門のウェイトレスがいいんじゃないか?」


「と言いますと?」


「ここはイートインがボックス4つだけだろ? それなら注文を受ける回数が少なくてそれほど負担にならんはずだし、ずっとレジに立ってるよか動いてるやどりんを見れる方がファンも喜ぶだろ。ここはガラス張りだから外で待ってるお客さんもそれを眺めて過ごせるし、ビジネスライクに金銭のやり取りをするのと、あたしのおすすめはオムライス! ってするのとじゃあ満足度も違うんじゃね?」


「……それ。いま思い付いたんですよね?」


「当たり前だろ。レジやるってのもツイッターのこともいま知ったんだから」


 なんでリフィスが驚くのか分からん。ただの論理的思考だろ。逆にこいつがこの程度のことを思い付かないことの方が驚きだわ。


「知らない間に視野が広がったんですね」


 わけわかめ。とりま続きを言おう。


「イートインの注文が終わってる時はテイクアウトの列でメニュー表を見せながら欲しいものを聞く形にしよう。テイクアウトで最も時間が掛かるのは箱詰めだし、お客さんがカウンターに来たらすぐ渡せるようにした方が効率的だしな」


「それは予定に組み込まれています。クリスマスなどの繁盛期は同じことをしますからね」


「ならいいな。お客さんがレジに来るなら剥がしが必要だが、この形ならお客さんは列から離れることができんから次の注文を取るだけで自動的に剥がれる訳だし」


「そこは考えていませんでした。宿理と話せてお客様も満足。その上で剥がしも要らない。一石二鳥ですか。やりますね」


「二鳥じゃ済まないだろ」


「はい?」


「こんな特殊なイベントがSNSで騒がれないはずがない」


「あぁ、確かに。やどりんのアルバイト先に行こうという聖地巡礼と一目でも見られたらというファン心理をくすぐるシステムだったのが、確定でおしゃべりもできる上に働く姿も近距離で見放題。特に食べたいものがなくてもやどりんがおすすめしてくれたら何でも美味しいに決まってる。来店する理由が一気に強化されるんですね」


「それに加えて前回の失敗点の改善な」


「ふむ。前回は大成功だと思っていましたが。何かご不満な点でもありました?」


「前回は早い段階で22種類中の8種類が売り切れになってた。店仕舞いの時点で15種類だったか? それをもっとバランスよく売っていこうぜ」


「んん? 買うものを決めるのってお客さんだからそんなん無理っしょ」


 宿理先輩が噛み付いてきたが、リフィスは苦笑いで応じてくれた。


「余りやすいケーキを宿理がおすすめしていけばいいってことですね」


「だな。リフィマのケーキはどれも美味いから問題ないだろ。それにお前もさっき言ったよな? やどりんがおすすめしてくれたらファンは何でも美味しくいただけるんだ。リフィマは在庫を残さずに済む。ファンは推しの推しケーキを買うという思い出を作れる。フードロス削減にもなって環境に優しい。これを誰が咎められる?」


「確かに二鳥どころじゃないですね。これに関しては完全に私の負けです」


「やどりんおすすめのケーキを食べたら超美味かったって、ツイッターやらインスタやらで拡散してくれることで余りやすいケーキが逆に売れ筋になる予定もある」


「お見それしました。高校卒業後はぜひ当店にて」


「早く開店の準備をしようぜ」


 シカトシカト。こいつら隙あらばスカウトしようとするからな。


 てな訳で厨房にGO。まずは石附シェフの本日の予定を伺おうか。この人って21歳らしいけど、なんか頼りない感じがするんだよな。弥生さんと同じで長い黒髪をバックルで止めて、これまた弥生さんと同じく胸元が大きく膨らんでる。大きく違うのは垂れ目か。優しそうってか色々と甘そうって印象がある。


「今日はサラくんに指示を出して貰いたいんだけど」


 おい。まだ始まってもいないのに職務放棄をするな。


「サラくんじゃなくてサラちゃんだよー」


 川辺さん、その訂正はいらないです。


「俺はサブって副店長が指示を出してましたよね?」


「でもさっきの、なんて言うのかな? 多角的視野? 俯瞰? ちょっと引いちゃうくらい物事を色んな方向から見えるんだなって思っちゃって」


 ふむ。そんなの頭を使えば誰でも分かることだろってつい言いたくなるが、自分にできるからって他人に同じ練度を求めるのはよくない。我々のギルドのマスターであるウィロビーさんがよく言ってる「できる者の傲慢」ってやつだ。けどあの人って同じくらい「人に何かを教える時は相手をサルだと思いなさい」とか言うからな。理屈は正しいのに、謙虚と傲慢のどっちを推奨してんのかいまいち分からね。

 

 それはともかく、きっと石附さんは普段通りに1人で職務に従事するなら問題ないが、トリオの指揮官役だと荷が重いって思ってんだな。


「おーい、リフィっさん」


 生菓子の準備をしてるリフィスが手を動かしながらこっちを向いた。


「どうしました?」


「石附さんが俺に指揮を任せたいって言うんだけど」


「ではどうぞ」


 妙にあっさり来たな。って思ったけど、そうか。リフィスは最初からそうしたかったんだ。石附さんのプライドやらなんやらを考慮してまずは正社員を上位に置き、本人の意思で立場を譲らせようとした訳だな。


 いつも通りの性格の悪さで安心したわ。たぶんさっきのやり取りも本当はすべて理解した上で分からないフリをして、俺の技量を石附さんに見せ付けたんだろね。


「じゃあ俺が作戦を考えますね」


「ガンガンいこうぜが良き!」


 川辺さんがしょっぱなからぶっ飛ばしてるな。


「私はいのちだいじに派かな」


 石附さんも乗れるらしい。さすがは国民的人気ゲームだね。命を取られるような仕事じゃないけどね。厨房は戦場みたいなノリの人なのかな。


「わたしはじゅもんつかうなで」


 そもそも使えねえよ。てか弥生さんはスポンジ作りに集中しなさいよ。


「ぼくはいろいろやろうぜですね」


 確かに久保田はそんな感じだ。これそこそこ性格が出るのかな。


「めいれいさせろでお願いしますね。みんながんばれの流れになってるので」


 リフィスに先読みされてしまったわ。仕方ないね。


 と言っても基本は注文待ちだ。今日は味付けというかレシピの擦り合わせもしなきゃいけないから、パスタのソース系はすべて俺が、フライ系は石附さんが作り、オムライスや嫌な記憶しかないハンバーグとかは前回に俺が勝手なアレンジをしたから今回もそれでいく。川辺さんは今回も盛り付けメインになるけど、パスタを茹でるくらいなら任せてもいいだろ。


 そんなこんなでリフィスマーチ、オープンです。


 宿理先輩がドアを開けたことでクソ喧しい声が厨房まで届いた。思わず川辺さんと目を合わせ、苦笑し合う。可愛い。


 不公平がないようにと先頭のお客さんからも宿理先輩が注文を取り、10組くらいの購入希望を確認したらイートインの方に駆けていく。そこそこ待たせてしまったのにボックス席のお客さんは良い対応をしてくれて、宿理先輩も笑顔を振りまいた。


 そして初手の注文だ。前回は途中参加だったから1ボックスずつの対応でよかったが、今回は一気に4ボックス分の料理を仕上げないといけない。なるべく料理が被ってくれるのを祈るばかりだ。まだ午前10時だし、サンドイッチ多めで頼むぜ?


 宿理先輩が受けた注文は端末を通して厨房のモニターに表示される。えっと。


 サンドイッチA(ハム・タマゴ)が2。サンドイッチB(ツナ・タマゴ)が1。サンドイッチC(ベーコン・レタス・トマト)が1。


 よっしゃ。これならすぐに作れるな。リフィマのサンドイッチは食パンの耳を落とすから先に準備しとくか。って思ったら次の注文が表示された。


 カルボナーラ2、ボロネーゼ1、アラビアータ1。


 は? 朝からパスタを食うのかよ。イタリア人でも気取ってんのかよ。ってイラっとしてたらさらに次の注文が表示される。


 ペペロンチーノ1。オムライス2。


 おいおい。本日のお客様はどんだけ食欲旺盛なんだよ。


 チーズインハンバーグ1。ペッパーハンバーグ1。ミックスフライ1。シーフードフライ1。


 あれ? 最後の席って久保田が4人で来てるの? 朝に摂取するカロリーじゃないよねこれ。育ち盛りの俺でもこんなに重いものを朝から食べる気にならんぞ。


 アホかよ。1番手ってことは下手したら7時くらいにはもう並んでた連中だよな。そんなに腹を空かせてるならそこの24時間営業の牛丼屋に入れよ。


 いや、いつから並んでたかを考えればこれは想定し得ることだったか。


 やどりんを県外から見に来たって可能性を考慮すれば移動距離次第で朝メシを午前4時くらいに食っててもおかしくない。自分がいつも正午くらいに昼メシを食うからってそれを常識として固定観念にするのは安易ってことだ。


 俺らも今日は午前9時にここで軽く食べたしな。昼メシは14時くらいになるだろうし。アホなのは俺の方だわ。お客様方、申し訳ございません。


 てかやばい。ミックスフライとシーフードフライを除けばすべて俺の担当だ。


「えぇ。朝一のイートインっていつも焼菓子か生菓子かサンドイッチくらいなのに」


 石附さんが早くもテンパってる。料理スキルを持たない川辺さんも「どうしようどうしよう」って声に出して慌てちゃってる。一休さんの決めセリフを言いたくなる状況だな。休んじゃダメだけどさ。


 つーこって論理的思考を展開する。一番大事なのはお客さんを待たせないこと。もっと言えば待たされることに不満を感じさせないこと。はい、逆算。


「リフィっさん、久保田と内炭さんを貸してくれ」


「私の手は要らないので?」


「お前はプリン製造機にでもなってろ。あと宿理先輩を呼んでくれ」


「宿理の料理は」


「めいれいさせろ」


 リフィスの口答えを皮肉でぶっ潰す。今は遊んでる場合じゃない。


「分かりました」


 リフィスが去り、久保田と内炭さんが寄ってくる。


「碓氷。プランBだな?」


「今はそういうのいいから」


「あっはい」


 久保田がしょぼんとしてしまったが、お客さんは既に『待ってる』状態なんだよ。


「久保田は麺を茹でてくれ。内炭さんはサンドイッチの具を頼む。ベーコンは俺が焼くから他を。川辺さんは食パンの耳を落として必要な皿の準備もお願い。石附さんはフライの準備をしつつそれぞれの味見をしてあげてください」


 すぐに内炭さんが手を挙げた。


「紅茶も私の担当なんだけど」


「それはリフィスに任せる。はい、GO!」


 パン! と両手を叩いて合図をしたら全員が同時に動いた。


 まずはフライパンに火を通してる間に卵、チーズ、牛乳、パン粉、玉ねぎ、人参、ナス、セロリ、コーン、にんにく、唐辛子、合挽き肉、鶏もも肉、ソーセージ、ベーコンのブロックとスライスを引っ張ってくる。無意識に避けてたが我が怨敵であるブロッコリーもいるな。ハンバーグもオムライスも付け合わせで森が付くんだよ。


 はい、サクサクいくよ。同時に出す必要はないけど、なるべく同じくらいのタイミングで出してあげたいから手間が掛かる方からやってくか。


「サラ、どしたん?」


 宿理先輩がリフィスと共にやってきた。俺は手を止めずに要求する。


「テイクアウトの予約をある程度とったらイートインのお客さんに最近あった面白い話とかしてやって欲しい。率直に言えばメンタルケアをしてください」


「……ハードル高くない?」


「大丈夫大丈夫」


「出た。碓氷くんのリピート発言」


 内炭さんがなんか言ってるがスルー。


「例えばどんなの?」


「油野の悪いとこ。問題なければスマホでこんなツラしてんですけどって油野の写真を出せばそれだけで女性客ならほぼほぼ食い付くし、男性客でもイケメンの悪口は聞いてて悪い気がしない。鉄板ネタだな」


「えっ、そんなんでいいの?」


「いいよいいよ、問題ない問題ない、いけるいける」


 チラッと見えた内炭さんの表情がとんでもないことになってるがこれもスルー。


「じゃあスマホとってくら!」


「いってらー。フリー素材は有効活用しないとな。あとリフィっさん、内炭さんを返却するまでは紅茶も頼むわ」


 さて、じゃあ油野の力を信じて俺らもせいぜい頑張りますかね。

 


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