7/15 Fri. 腐りし者は夢を嫌う

 昨日は入部して初めて部活を休んでしまった。


 愛宕部長から気遣いのLINEをいただいてしまったが、空気清浄機を求めて旅立ったって理由を伝えるのは憚られたから急用ってことで処理した。申し訳ないね。


 さて、4限終了の鐘がなり、どうしようかと思ったら高木さんがクラスメイトの女子と机をくっつけた。今日はここで食べるらしい。それなら部室に行こうか。


 という訳で家庭科準備室のドアをスライドさせたら内炭さんがサンドイッチを食べずに身体を窓の方に向けてた。般若ってるようだが、何かあったのかねぇ。


 まあそんなことよりメシだな。いつもの席に座って弁当箱とジャスミン茶を置き、ここんとこはこのタイミングで話し掛けれることが多い気がするが、俺に気付いてないかのように外の景色を見てるからランチタイムに突入。


 森を避けつつ半分くらいを食べ進めても内炭さんに変化はない。これは以前のようにクラスでつらい思いでもしたのかな。必要なら印籠を取り出してやるが。


「ねぇ」


 来た来た。これだよこれ。ランチのお供に最適なやつだ。


「どうした?」


 今日は煽りなしで優しくいこう。般若が具現化しても困るしな。


「人はなぜ分かり合えないのかしら」


 なに言ってんだ、こいつ。


 まさかそんな哲学ってより中二っぽいことを考えるために昼メシを食ってなかったのかよ。確かに分かり合えないわ。


 いや違う違う。今日は優しくいくんだ。こんなんだからモテないんだよ。


 そうだな。それっぽいことを言うか。例えばリフィスならこう言いそうだ。


「仕方ないだろ。人には譲れないものってのがあるんだから」


 どうよ。蓋を開けてみたら意固地になってる原因が実にくだらないものだったってパターンは星の数ほどありそうだけどね。


「そうよね」


 内炭さんが息を吐いた。あれ、思ったより響いたっぽい。なんか悪いね。


 内炭さんは身体をこっちに向けてサンドイッチの包装を剥がしていく。今日はベーコンレタストマトサンドのようだ。決してアルファベットで記してはならない。


「ほら。私って年頃の男子と男子が友情を育むお話が好きでしょ?」


 おいおい。よくもまあ良い感じにまとめやがりましたね。


「友情ってか愛情なのでは」


「友情の先に愛情のようなものがあるのは確かね。共に切磋琢磨し、共に未来への道を歩む過程で特別な感情が芽生えるのは不思議なことじゃないわ」


 やめてよ。バトルものの少年漫画すら読む気が失せてくるわ。


「ところで碓氷くん」


「なんでしょうか」


「友情を育む男子2人の間に女子が混じったらどうなると思う?」


「なぶる」


「……一瞬だけ過激な想像をしちゃったじゃないの」


 内炭さんが顔を赤くしてる。破廉恥ですね。漢字の話をしてるのに。嬲るって。


「なぞなぞじゃないの。リアルな話よ」


「ふむ。リアルな話で言うなら女子のスペックによるんじゃないか?」


 内炭さんクラスなら別に何も起こらん。川辺さんクラスなら奪い合う。水谷さん、宿理先輩、上条先輩クラスなら暴力を伴う奪い合いだろうね。


「じゃあ宿理先輩くらいで」


「言っておくが、俺はお前のことを友達だと思ったことは一度もない! とかここぞって時に言いそうな展開になるだろね」


「そうでしょう、そうでしょう。神話の時代から男を惑わすのはいつも女なのよ」


 どっかで聞いたセリフだな。てかそれを女性のあなたが言うの?


「私はね。男子は男子とセットで完成形だと思ってるの」


 即座に思い直していただきたい。その思想は滅びるべきだ。


「なのに。高木さんは言うのよ。別に間に女がいてもよくない? って」


 俺もそれには賛成だね。だって少女漫画の王道じゃん。ヒロインがおおよそ4人くらいの男子に争奪戦をされるのが主流って感じだよね。


「言いたいことは分かるわ。そんなの少女漫画でよくある展開ってことでしょ?」


「だな。場合によっては少年漫画でもそのパターンがあるから特に何とも思わんわ」


「そこは否定しないわ。けれどね。それは原作のキャラクターに限られるのよ」


「ん? ちょっと意味が分からん」


 内炭さんは豪快にサンドイッチを噛みちぎり、もっきゅもっきゅと大きく口を動かした。なぜこのタイミングで食べ始めたんだ。疑問を解決してよ。


 それはベーコンレタスから腐の力を得るために行った儀式だったのかもしれない。


「高木さんはね。友情を育む男子2人の間に自分が混ざる妄想をするらしいの」


「……俗に言う夢女子ってやつ?」


「私らの派閥からすると悪夢でしかないけどね」


「んー、妄想くらい好きにすれば良くないですか? って思うけどな」


「良くないですね。純粋な夢なら私も看過するけど、彼女はどっちもいけるそうなのよ。分かる? それってつまり、男子の友情を見守りながら、ちょっと気が向いたら2人の関係を壊しにいこうとするってことよ? 正気の沙汰じゃないわ」


 分かりたくねえ。けど分かる。リアルでもそういう女子ってたまにいるし。


「碓氷くんは百合って好き?」


「嗜む程度には」


「自分の推しのカップリングの間に男性キャラクターが入ってきたらどう?」


「昨今の百合作品はそもそも男が存在しないぞ」


「あら、そうなのね。いたとしたら許せない?」


「作品上で必要なキャラなら許せる。不要なキャラなら許せない」


「合理的ね。それで言うと仮に久保田くんがその推しの間に妄想で入ろうとするのはNGなわけでしょ? 作品上で不要なキャラだから」


「だな。けど個人の妄想なら別にいいと思うぞ」


「仮にそれがいかがわしい妄想だとしても?」


「……まあ薄い本とかでよくあるみたいだし。個人の自由じゃないかね」


「ぼく、昨日、碓氷の推しキャラをベッドに押し倒しちゃった。って言われても?」


 内炭さんの中の久保田はそんな印象なのかって疑問はとりあえず置いといて、それは何というか、気持ち悪いっていうか。頭は大丈夫ですか? って問いたくなるな。


「めちゃくちゃ大好きな推しを想像してみてよ。この子のグッズなら福沢諭吉を島流しにするのも惜しくないってくらいの、本当に大好きな推しを想像してみよ」


 想像してみた。まあ、確かにいい気分はしないね。けどその程度だなぁ。


 とはいえ言いたいことは分かった。要するに、


「妄想は妄想。言葉にしたらもうそれは個人の話じゃなくなるってことね」


「そう。宣戦布告と言ってもいいわ。私の大切な男子の友情を日常的に破壊してるって言ってるんだから。寝取られみたいなものよ」


 寝取られはちょっと違うかな。だってその男子は内炭さんのものじゃないし。


「それで昨日、碓氷くんが出てった後にちょっと口論になっちゃって」


「……は?」


 なにしてんだ、こいつ。


「ほら。人にはそれぞれ譲れないものがあるでしょ? 仕方ないのよ」


 まじかよ。俺の言葉だから反論ができねえわ。一本取られたね。


「ついでに入部もお断りしといたから」


「まじでなにやっちゃってんの」


 ついつい言ってしまったわ。いや、まじで。なにやっちゃってんの。


「一応は碓氷くんのためでもあるんだけど」


 なるほど。昨日、途中で出てったし、気に掛けてくれてたんだねぇ。


「正直に言って嬉しいけど、少しやりすぎじゃね?」


「そう? だって気持ち悪くない?」


 言葉が強すぎる。敵対派閥にとことん厳しいな。


「気持ち悪いとは思わんけど。妄想なら別に害はないし」


 わざわざ内炭さんに言いはしないけど、川辺さんなんて男子の妄想にしょっちゅうお呼ばれされてるだろうし。気の毒の一言に尽きるが、男子ってそういうものって解釈をするなら、女子もそういうものって解釈をしないとフェアじゃない。


「そういうものなのね。私にとっては2人とも恩人と言えるから過剰反応をしちゃったのかも。相談してからにした方がよかったわね」


「ん? 2人って?」


 内炭さんがキョトンとした。あれ、話が噛み合ってるようで噛み合ってなかったのかな。


「碓氷くんとリフィスさんだけど」


「なぜここでリフィス」 


「あれ? 話が噛み合ってないのかしら」


 内炭さんも気付いたらしい。やや不思議そうに、


「碓氷くんの論理的思考って常時展開してるわけじゃないのね」


「俺としてはパッシブスキルのつもりだが」


「なら分かるでしょ? 高木さんの目的」


「ん?」


 高木さんの目的ってリフィマの味の再現じゃなかったっけか。


「あー、情報不足なのかも」


 内炭さんがスマホをスイスイいじって画像を見せてくる。昨日の昼休みに見た、例のラノベの1巻の表紙だ。唯一衣服を着てるやつ。料理人らしくイケメンがコックコートを着ていて、清潔感を出すためか前髪を上に撫でつけてる。


「あとこれ」


 今度は挿絵っぽかった。イケメンコックと比べてやや目つきの悪い、これまたコックコートを着てオールバックにした少年が、イケメンコックと対峙してる構図。


 うん。吐き気を催したね。そういうことか。


「分かったみたいね。さすが碓氷くんと言ったところかしら」


「ハンバーグ美味しかったってそういうことだったのか」


 理解した。したくなかったけど理解した。


 要するに高木さんはリフィスをイケメンコックに見立て、同じく俺を目つきの悪いコックに見立てて、脳内でカップリングしてた訳だ。


 わざわざ長々と並んでまでイートインスペースを利用して、ハンバーグを作らせることで2000年続いた聖魔大戦を終わらせようとしたってことか。


 道理でな。確かに高木さんの質問は「次にリフィマに行くのはいつ?」って内容だった。妄想を楽しむために尋ねてきてたのか。そんなん想像もしてねえわ。


 料理を振る舞われるのに興味がなくて、料理研究会に興味を示したのは自分のように俺で妄想してる女子がいるかもって思ったからなのかねぇ。こええな。


「内炭さん」


「なにかしら」


「妄想でも害があるわ」


「そうでしょうとも」


「高木さんは邪教の狂信者だわ」


「まったくもって」


「入部を拒否してくれてとても助かりました」


 もう高木さんと目を合わせるのすら恐いわ。


「ところで碓氷くん」


「なんでしょうか」


「私、油野くんのことが好きなんだけど」


 なんか懐かしいね。懐かしすぎて涙が出そうだよ。


 ともあれ今のは報酬の要求だな。無論、支払いますとも。


「俺は今からスマホを落とす」


「……どういうこと?」


「偶然にもそれは画像フォルダが開かれてる」


「っ!」


「親切な内炭さんはスマホを落とし主に届けようとすると思うんだ」


「そうね!」


「けど誰のか分からないから手掛かりを求めて画像の確認を行っても仕方ないよね」


「それは仕方ないわね! 遺憾ながら確認しちゃうわね! 断腸の思いで!」


「この論理にどこかおかしな点はあるでしょうか」


「完璧だわ! 碓氷くんは私のことをよく理解してる!」


「はい、じゃあ俺はちょっと机に突っ伏してるんで」


 メシを食う気にもならん。腐女子恐い。夢女子恐い。


 内炭さんのきゃーきゃー騒いでる声をBGMにしてひと時の夢を見ることにした。


 願わくは、水谷さんと川辺さんが百合百合しいことをしてる夢がいいな。


 あっ、ここに油野が入ってきて水谷さんと川辺さんの仲に亀裂をって流れは想像するだけでむかつくわ。今さらになって内炭さんの気持ちが分かったな。


 はぁ、それにしても、つれえ。つれえよ。


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