7/8 Fri. 起承転結を求めて
紅い林檎は石を誘うって言葉があるが、これってどうなんだ。
熟れた林檎が枝にぶら下がっていたらそれを狙って石を投げる者も現れる。目立つ要素があると人目に付きやすく、狙われやすいっていう、これも出る杭は打たれるの類似品だ。出る杭ってば大人気だな。コンピューターウイルスですかってくらい亜種が大量にあるわ。
ともあれ石を誘うのは本当に林檎かって話だ。だってこれって林檎がなってる前提じゃん。林檎がなってたら石を投げるやつは出てくるかもしれないけど、そもそも林檎の木自体がその野蛮人を誘ってる訳だろ? 諸悪の根源は林檎の木だと思うんだよな。言葉自体は間違ってないが、論理的な感じがしない。
要するに、果樹は実りの時期に野蛮人を集める。こんな感じなら納得する。林檎がなってると思って石を片手に現れて、もう取られつくされてて帰ってくやつらもいるだろうしな。悪いのは木。林檎じゃない。ただし石を誘うの意味が投石のことなら話は変わる。林檎がなってなかったら石を投げることはないからね。けど狙われるのって林檎じゃなくてその近くの枝じゃん? 林檎に直撃させたら食べられなくなっちゃうしさ。言ってしまえば、もういいや。前置きが長すぎるわ。
そもそも今日の8組は平和だ。テスト期間の終了ってこともあって教室内がやたらとざわついてる。悪くない雰囲気だね。
さて、4限も終わったし、1日ぶりの部室に行きますか。
教室を出る前に川辺さんの席まで近付いて、
「川辺さん、またね」
川辺さんの席の前には2人の女子が立ってた。天野さんと大岡さんだ。
「碓氷くん、またねー」
「テストおっつー」
「碓氷さん、また今度」
おおう。やりすぎてしまったのか。天野さんが俺にさん付けしてるわ。宿理先輩が遠回しに川辺さんのことを怒ったからなぁ。深く反省してるからってことで宿理先輩も許し、一緒に撮影に臨むことになったみたいだが。
「大岡さんと天野さんもまた来週」
俺は教室を出て、少し歩いたところで珍しいものを見た。水谷さんだ。
階下に繋がる階段は4組と5組の間、6組と7組の間と8組の後方にある。8組後方の階段は原則として教師以外は使っちゃいかんことになってるから、生徒は基本的に2か所の階段のどちらかを使うことになり、3組の水谷さんは前者を、8組の俺は後者を利用するから滅多にお顔を拝見することはできない。たぶん入学から今日までで学校内だと5回も見てないと思うな。
川辺さん待ちなのかね。だとしたら教室まで行くか。その方が合理的だし。リフィスの愛弟子なら非効率な行動は控えるはずだしな。
それにしても。まじで美少女だな。男子も女子も壁の花になってる水谷さんをちらちら見てるわ。一緒にかき氷を食べてゲーセンで遊んだ仲だから俺的にはもう友達だし、本来は挨拶するべきなんだと思うが、悪目立ちしそうだから気付かないふりをして通り過ぎよう。これも俺の安寧のためだ。許しておくれ。
通り道にヤクザでもいるかのように視線を斜め下に落として歩いていく。目を合わせちゃダメだ。最悪、惚れてしまうからな。少しどきどきしながら水谷さんを通り過ぎ、その数秒後に肩を掴まれた。
おいおいおいおいおいおいおいおい。まじでやめてくれよ。こんなのホラー展開ってレベルじゃねえよ。周囲の連中が信じられないような目をこっちに向けてる。俺の背後にゴーストでもいるのかってくらいに。
溜息が出る。いるのはゴーストじゃなくて美少女だと分かってる。正しくは美少女の皮をかぶったリフィスだが。
「碓氷くんよね?」
名前を出すのやめてください。人違いですって言っていいかな。
「そうなんでしょ?」
あれ。もしかして碓氷ってやつ顔を覚えられてない? ショックなんだけど。
水谷さんは肩を放して俺の前に回り込んできた。逃げるコマンドを選んで失敗した時の勇者達ってこんな感じなのかね。しかしまわりこまれてしまった! ってやつ。
なんかな。水谷さんって可愛いけど恐いんだよな。今も普通に笑顔だけどさ。リフィスのアルカイックスマイルと同じでスマイルタイプのポーカーフェイスって感じがするんだよ。常に笑顔を張り付けて本心を見せないようにしてる感じがする。
「ここだと話しにくいなら場所を移すけれども」
ああ、そういう。わざわざ人目の多い場所で声を掛けたのは断りにくくするため。名前を出したのも「碓氷ってやつが水谷さんをないがしろにした」的な噂を流されていいのかって脅すため。もういいよ。初手から詰みだよ。操られてあげるよ。
「そうしてください」
てか今日は油野とご飯を食べる日だよな。あのイケメンクソ野郎。ちゃんと彼女の手綱を握ってろよ。あいつ許せねえな。
遠回りは嫌だから技術科棟に続く渡り廊下まで移動した。宿理先輩に闇討ちされた場所であり、浅井と友情を育んだ場所でもある。碌なとこじゃねえな、ここ。
人気の少ない場所で美少女と向かい合う。これって傍目から見たら告白しようとしてるように見えるんじゃないの。テンション下がるわー。
「それで、碓氷くんなのよね?」
どんだけ確かめるんだよ。俺は碓氷だよ。これで3回目だぞ。って思ったところで気付いた。これはリフィスがたまにやる天才言語だわ。5W1HのWhoだけを示して他のすべては省略するっていう天才語の狂った文法のやつだわ。
「飛躍しすぎてて内容がよう分かんねっす」
師匠とはそれで話が通じるのかもしれんが、一般人にはやめた方がいいよ。
「あー、ごめん。先生と暮らすようになってから楽を覚えちゃったみたいで」
「……は?」
なんかとんでもないことを言ったぞ、この美少女。
「ん?」
「水谷さん、リフィスと同棲してるの?」
水谷さんがキョトンとした。自然な感情が零れると可愛く感じるな。
「誰からも聞いてないの? 圭介も美月も知ってるのに」
「同棲してるリフィス本人からも聞かされてない訳でして」
「そうなのね。一応の訂正をしておくと先生とは同棲じゃなくて同居よ」
「一つ屋根の下で暮らしてるなら大して変わらんでしょ」
「同棲は3年続けば事実上の婚姻として認められて私は先生の内縁の妻になれるけれども、その気はないから同居という言葉を使ってると解釈して欲しいわね」
この1回ツッコミを入れたら3倍で返してくるのはまじでリフィスの系譜だな。しかも筋が通ってるから反論できん。論破ってやつだ。
「浅はかなことを言って大変申し訳ございませんでした。もういっていいですか?」
「会話の無理強いはできないわね。残念だわ」
目が残念がってないんだよな。無理強いはしないけど強制するって思ってそう。
「話を聞きましょう」
「手間が省けて助かるわね」
やっぱ強制的に会話を成立させる気だったんかい。手法は想像も付かんけど。
「昨日くらいに美月と天野絵麗奈の関係を改善したのは碓氷くんよね?」
この内容を「碓氷くんよね?」に集約して伝わると思ってんのかよ。長年連れ添った夫婦の「あれ取ってくれ」以上の意思の疎通がいるだろ。逆に言えば水谷さんとリフィスはそれだけ通じ合ってるってことだよな。師弟の絆って恐いね。
「俺だけじゃないよ。宿理先輩と久保田にも協力して貰ったし」
「そうなのね。けれども計画と実行を考えたのは碓氷くんなのよね?」
「だね。今回はそこそこ上手くいったわ」
水谷さんは腕組みをして何かを考え始めた。思ったよりあるな。
「腕を組むとあるように見せることができるって気付いたのよ」
「心を読まないでくれる? エスパーですか?」
「見透かせた原因は視線の流れなのだけれども」
気が休まらんね。油野はよくこんな感応能力者と付き合ってられるな。
「碓氷くんが美月のフォローに入った理由は何なの?」
「真面目な回答と不真面目な回答と超不真面目な回答のどれを言えばいいですか?」
「真面目な回答で」
ですよね。不真面目な回答とか聞くに値しませんもんね。
「気に食わなかったから、かな」
「と言うと?」
「天野さんのあれはただの嫉妬だ。川辺さんに何かをされた訳じゃない。それなのにアレはねえよ。だから似たような方法で分からせてやっただけ」
「似たようなって。あぁ、出る杭は打たれる?」
この人。まじで頭の中どうなってんだ。
「川辺さんは存在自体が出る杭であり、雉であり、高木であり、赤い林檎だ。そこにいるだけで打たれ、言葉を放てば撃たれ、知名度が高いせいで風当たりが強く、石を持った野蛮人どもが集まってくる。堪ったもんじゃないよな」
水谷さんは頷かない。ただ聞くのみだ。
「だから俺は天野さんの図に乗ってる部分を打ち付け、暴言を吐いたから黙るまで言霊を撃ち、高身長のモデル体型のプライドをへし折って、心に石をぶつけてやった」
「要するに、ただの八つ当たり?」
「言われてみればそうだな。正義ヅラなんかする気はねえよ」
「ならいいわ。私はただ美月を甘やかして欲しくなかっただけなのよ」
甘やかし? それはさすがの俺もイラっとくるぞ。
「美月が中学の時にいじめられてたことは知ってる?」
「知ってる」
「そのせいで友達を作ろうとしないのも知ってる?」
「……ん? クラスに友達はそこそこいると思うが」
「それは友達ができたのであって作ったわけじゃないでしょ?」
あぁ。なるほど。
「川辺さんは華やかだから人は勝手に集まる。自分から努力しなくても寄ってくる人を受け入れるだけで友達はできる。けどそれじゃダメってことか」
「頭の回転が早いのね」
「水谷さんに言われると皮肉に聞こえてしょうがないな」
「失礼。純粋な感想だったのだけれども。先生が好みそうだなって」
「……しかしまあそう言われるとあれだな。俺は余計なことをしたのかもしれんな」
川辺さんは天野さんに暴言を吐かれた時に振り返った。けど2秒で諦めた。こいつとはどうせ分かり合えないって。浅井に至ってはあっちから来たのに0秒で諦めてるし、確かに言われてみれば問題だな。コミュニケーション能力って学生ならまだしも社会に出たら要求度の高いファクターだもんなぁ。
あれ。俺とのケースって川辺さんからのアクションだよな。今日の水谷さんみたいにいきなり肩を掴んできて。親友のためなら大胆な行動を取れる系女子か?
「余計なことじゃないわよ?」
批判的なセリフを吐いたくせに水谷さんはそんなことを言った。
「だってあいつむかつくじゃないの。私が八つ当たりをしたかったくらいよ」
水谷さんが溜息を吐いた。美人の溜息は似合うようで似合わない。
「私も正論ばっかじゃなくてたまにはそういう行動も取れないとダメよね」
「彼氏に倣ってぶん殴ってやればよかったな」
「頭の中では7回くらいシミュレートしたけれども」
割とバイオレンスなんですね。
「何はともあれ分かったわ。ありがとね、美月の友人として礼を言うわ」
「ただの八つ当たりなんで」
そう、と水谷さんは微笑み、
「じゃあ次は不真面目な回答で」
「……まじですか」
「まじですよ?」
えっ、この空気で言うの?
「この空気だからこそ言うのよ」
「エスパーやめろや」
ただただ微笑む水谷さん。くそが。言ってやらぁ。できらぁ!
「また川辺さんと笑ってかき氷を食べるためにやったんだ」
キリッ! って感じで言ってやった。しかもドラマのセリフっぽくね。
「そうなのね」
「マジレスやめてくださいよ! 心が凍っちゃうよ!」
「碓氷くんだけに?」
「だれうま」
水谷さんは微笑み、あっ、もうこれ嫌な予感しかしない。
「超不真面目な回答をどうぞ」
「……曇り顔のおっぱいより笑顔のおっぱいの方が見てて気分がいいかなって」
「見られる側はどっちも気分が悪いに決まってるけれども」
「サイテーとか言われた方が100倍はマシなんだけど」
「男子はそういうものだって先生に教わってるから」
あのイケメンクソ野郎。この苦痛はてめえのせいだぞ。許せねえよ。
「でも安心したわ。美月がなんで懐いてるかは分からないけれども、圭介よりは相性が良さそうな気もするし、これからも美月をお願いするわね」
「俺は見てるだけで良いんだけどね。あんま目立ちたくないし」
「残念だけど、美月に気に入られた以上は目立つことを念頭に置くしかないわね」
ですよね。そこはしゃあないか。
「さて、じゃあ俺は部室でメシを食うからそろそろ行かせて貰うわ」
「時間を取らせて悪かったわね」
「いやいや。あっ、そうだ。1個だけ聞きたいんだけど」
「バストサイズ?」
「その辺の数字や記号に興味はないね。俺は目に見えるものしか信じない」
「変に現実主義者なのね。それで?」
「なんで弁当にプチトマトを入れるの?」
「……は?」
おお、思わぬところで1本取れてしまったわ。すげー間抜けな顔をしやがったよ、この美少女。写真を撮ってリフィスに送ってやりたかったな。
「強いて言えば美月が好きだからなのだけれども。一応は美肌効果を狙ってかしら」
「参考になった。さんくす」
「どういたしまして」
「あと、水谷さんなら大丈夫だと思うけど、何か困ったことがあれば言ってくれ」
水谷さんが目をぱちくりさせた。
「言ったらどうなるの?」
「力になるよ」
笑いやがった。まあ、家に帰ればリフィスがいる訳だし。俺は必要ないか。
「碓氷くん、力になる前に雉になった自覚ある?」
あっ、やべ。鳴いちゃった訳か。
「ばーんっ」
水谷さんが右手でピストルを作ってウインクと共に撃ってきた。どうしよう。めちゃくちゃ可愛いんだけど。
「私も最近になって人に頼る大切さを知ったから、遠慮なく甘えさせて貰うわね」
「……お手柔らかに」
水谷さんに一礼して技術科棟に入っていく。水谷論で言えば俺ってプチトマト食わなくてよくね? 内炭さんに食わせた方がよくね?
そんなことを思いながら部室のドアをスライドさせたら、
「ねぇ!」
起と承が同時に行われた。盆と正月じゃねえんだから。
「どうした?」
さっさと席に着いて弁当箱とジャスミン茶を長机に置いた。
「なんで昨日こなかったの? すっごく気まずかったんだけど!」
ふむ。俺はLINEのメッセージを見てみる。
『油野さんよ、今日のメシは部室で食わねーか?』
『分かった。お茶を買ったら技術科棟に行く』
『お待ちしてます!』
「俺が行くってどこにも書いてなくね?」
「っ! 部室で食わね―かって!」
「油野さんは部室で食べませんか? 拙者は行かぬでござるが。だぞ」
「それならそうやって最後まで書いてよ!」
あぁ。確かにね。これだと水谷さんの天才言語にケチを付けられないね。
「私! 油野くんのことが好きなんだけど!」
「あー、なんか久々に聞いた気がするー」
懐かしの転。やっぱ内炭さんはギャグセンスの塊だな。
「相山さんも照れて全然しゃべんないし! 油野くんに申し訳なくて!」
「なら内炭さんがマシンガントークすりゃ良かったんじゃないの?」
「そうですね! もう! 碓氷くんは正論しか言わないんだから!」
大声を出しすぎて喉が渇いたのか、内炭さんはほうじ茶をごくごく飲んで、
「それはそうと!」
「なんでしょか」
「……明日用のおしゃれな服がないんだけど。どうしたらいいですか」
「そういえばおしゃれ服はやどりんスタイルの1着しかないって言ってたな。いっそのこと宿理先輩に貰えば? そこまでサイズ変わらんだろ」
「そんなっ! 恐れ多い!」
「撮影で使った服は貰えるらしいけど、宿理先輩はこないだみたいなシンプルな格好が好きみたいなんだわ。なのに紀紗ちゃんも欲しがらないからクローゼットの肥やしになってるって言ってたぞ。なんなら俺から言おうか?」
内炭さんは腕組みをして熟考した。あれ、水谷論に反してあるように見えないぞ。
「お願いしようかしら……」
「おっけ。今日中のお届け希望ってことで」
「さすがにこっちから取りに伺います!」
「油野の家に行けるもんな」
「あっ。それ考えてなかった。……碓氷くん、時間ある?」
姉目当てとはいえソロでお邪魔するのはまだ難易度が高いってことね。
「俺のオカンに祈れ」
俺は笑いながら弁当箱の蓋に手を掛けた。
「プチトマト! プチトマト! ブロッコリーでもいいから!」
必死の形相で呪詛を吐く内炭さん。
さぁ、シュレディンガーのプチトマトだぞ。どうだ?
中身については割愛するが、良い笑顔を見れたことだけは言っておくかね。
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