7/7 Thu. 起承転結は置いてきた
高木は風に折らるって言葉があるが、これって超理不尽だよな。
背丈の高い木ほど風当たりが強くて折れやすい。転じて知名度の高い者は他人から妬まれ、困難に遭うことが多いという、これまた出る杭は打たれるのネガティブな解釈と似たような意味がある。芸能人が週刊誌の記者に追いかけ回されたりSNSでやたらと罵詈雑言を浴びせられたりするのもこれだな。有名税みたいなもんだ。
けどさぁ。高い木が強風を受けて折れやすいのってしょうがないじゃん。てこの原理じゃん。支点力点作用点的に腰のあたりがぽきっといく訳じゃん。自然の力は侮れないよねって話ならまだしも、そこに妬み嫉みを混ぜるのってこじ付けが過ぎると思うんだ。ちっとも論理的じゃないね。
百歩譲って風に悪意があったとするよ? 風邪って言葉もある訳だし、そこはまあいいよ。許すよ。けど別に高木だってそこに好きで立ってる訳じゃないじゃん。なのに人間様はどや顔で言うんだよな。「ふっ。そんなところに立っていなければ折れないものを……」って。高木が超可哀想じゃん。釣られてクラスメイトの
平家物語の冒頭みたいな意味なら納得するんだけどなぁ。諸行無常的で盛者必衰的でおごれるものも久しからず的な、知名度の高い者はいずれ転落してくって感じのさ。形あるものはいずれ滅びるって感じのさ。ただ春の夜の夢の如しって感じでさ。それなら分かるんだよな。論理的だからね。
なんでこんなことを思ってるかと言うと、クラスに川辺さんという高木がいるからなんだよ。以前から邪教徒に関しては思うところがあったが、邪教徒には邪教徒なりに崇める神がいる訳だし、日本国憲法において信教の自由が20条で規定されてる訳だし、俺みたいなモブがカースト上位に仕掛けるのもどうかと思ってたからもやもやしながらも看過してきた。けど昨日のはちょっとな。さすがに許せねえわ。
4限の終了後、今日も川辺さんは俺に手を振って挨拶をした。
「碓氷くん、またねー」
今日は水谷さんと一緒に帰って川辺家でご飯を食べるらしい。
「川辺さん、またね」
俺はと言うと、内炭さんと優姫と油野にランチのお誘いをしてある。場所はいつもと同じで料理研の部室だ。先週の土曜に優姫と油野の確執が緩和されたから、油野をぼっちめしから救う会に優姫も入れようとしたんだが、内炭さんが一生のお願いとかいう小学校低学年の必殺技を繰り出してきたもんで未だに優姫はLINEグループの存在を知らない。後が恐いね。どうせ俺が怒られるんだろね。
今頃、内炭さんはどこにあるか分からない胸を高鳴らせながら油野を待ってるのかねえ。先に優姫が来てスンとする瞬間が目に浮かぶぜ。
さて、じゃあ俺も行きますか。
教室を出て、すぐに発声して数秒だけ先に退室した女子を引き留める。
「
振り返ったのは8組女子の中で2番目に目立つ女子だ。川辺さんさえいなければさぞや人気を博したと思う。美人顔で背丈が170近くあり、線が細くて脚は長い。宿理先輩とは別種のモデルタイプのユニットと言える。
その隣にもう1人、やや派手めな格好をした女子もいる。天野さんの腰巾着で有名な
「何か用?」
返事をしたのは大岡さんだった。マネージャーのつもりかね。まずは私に話を通せって感じかね。よろしい。
「
天野さんは虫でも見るような目を向けてくる。
「ならいいや。川辺さんに頼むわ」
俺は2人を追い越そうとして、
「ちょっと待ってよ」
大岡さんに腕を捕まれた。天野さんはそれを咎めない。だって今のは天野さんがダメだから川辺さんってことだもんな。何を求めてのことかはともかく、天野さんの方が川辺さんより優先順位が上って言ってるようなもんだし。悪い気分じゃないだろ?
しかも名前が出た2人は8組のかわいこちゃんトップ2だ。用件の内容も自ずと容姿に関係するものって察しが付くよな。
「大したことじゃないし、こんなやつ相手にしなくていいぞ」
俺の皮肉に天野さんが目を鋭くした。
「聞いてあげるから早くしなさい」
偉そうだな、こいつ。自分を絶対的なものと思い込んでるというか、自分は絶対的に正しいと思い込んでるというか。プライドの塊みたいだね。
だからこそ操りやすい。
「ユノシノブって知ってる?」
俺の問いを契機に大岡さんは腕を放し、天野さんは鼻で笑った。
「知らないわけがないじゃない。やどりんのお父さんでしょう?」
そう。名前を知ってる多くの1年は油野圭介のハゲ親父と言うはずなのに、こいつは油野宿理のお父さんという。しかもやどりん呼びだ。ファンなんだろね。
「知ってるかもだけど、俺と油野って幼稚園からの幼馴染みでさ。あのハゲとも仲が良くてLINEのやりとりもしてんだわ」
天野さんの瞳が揺れた。
「それで今度また宿理先輩の撮影があるらしいんだけど、宿理先輩の要望でツーショットの構図なんだってさ。友達と一緒におでかけ、みたいなテーマって言ってたわ。その相方をいま探してるみたいで、本気かは分からんけど、いい子がいないかって聞かれたんだよ。女子高生なら学年は気にしないとも言ってたな」
天野さんの口角が僅かに上がる。
「だから水谷さんを推したんだけど」
柳眉もつり上がった。
「油野の彼女だし、彼氏の父親からの頼みは断りづらいだろうから無理強いになる可能性があるってことでハゲが渋ってね」
眉の高さが戻った。分かりやす過ぎるだろ。
「そうなると自信を持って紹介できるのって天野さんか川辺さんくらいかなって」
天野さんが整った顔に喜色を湛えた。
「けど川辺さんって可愛いけど、モデルに向く体型じゃないじゃん。可愛いけどさ」
可愛いをわざわざ2回も言ったせいか、天野さんの首肯は弱々しい。
「だから天野さんにどうかなって尋ねようとしたんだよ」
最初の塩対応はどこへいったのやら。天野さんはすっかり笑顔になった。
「
大岡さんも喜色満面で太鼓を叩いた。天野さんも感無量と言った感じで満足げに頷き、俺をまっすぐに見つめて、
「わかっ」
「じゃあ川辺さんとこいくわ」
俺は天野さんを視野から外して前進して、
「っ! 待ちなさいっ!」
今度は天野さんに腕を捕まれた。いてえな。力を入れすぎだバカ。
「なんだよ」
「なんだよじゃないわよっ!」
あらあらガチで怒ってらっしゃる。まだ廊下に生徒はいっぱいいるのに。
「川辺じゃなくてあたしを選んだんでしょ!?」
呼び捨てにすんなボケが。
「ん? ああ、最初はね」
「っ! 最初はって!」
「だって天野さん、俺を相手にしないって言ったじゃん。俺は説明を求められたから仕方なく答えただけで、川辺さんに頼むってさっき言ったよな?」
「それは……。その、何の用事か知らなかったし」
「チャンスを逃したってことで今回は諦めな」
少々乱暴に腕を振るった。そこは男子と女子の力の差もあって簡単に束縛は解除できた。俺は1歩前に出て、
「ちょっと待ってよ!」
大岡さんが叫んだ。おいおい、声量を考えろよ。廊下どころか教室内の生徒までこっちを見てるよ。痴話喧嘩だと思われたら最悪だよ。
「絵麗奈ちゃんはずっとモデルになるのが夢だったの! それが叶うって思ったのにこんなの酷いよ!」
「最初から相手にすりゃ良かったんじゃね? 自業自得ってやつだろ」
「でも! 川辺さんより絵麗奈ちゃんのほうがモデルに合うって言ってたじゃん!」
「言ってたね」
「じゃあ今からでも絵麗奈ちゃんを選べばいいじゃん!」
「そうかもね」
俺は天野さんを見た。瞳に期待と不安が見え隠れしてる。
「けど頼まれてないし」
2人の反応は薄い。俺は腕組みをした。
「紹介して欲しいとか推薦して欲しいとか言ってないよな?」
天野さんは顔を歪めた。プライドが高いもんね。俺なんかにお願いしますって頼めないよね。だから代わりに言わせるんだろ?
「そんなの言わなくても分かるでしょ?」
大岡さんがつっけんどんな感じで言ってきた。
「分かるよ。だからなんだよ。俺は選んでやる側。そっちは選んで貰う側。どっちの方が立場が上だと思ってんだよ」
「立場って……」
「あのな。モデルって仕事だぞ? 言わなくても分かるとかバカ言ってんなよ。世話になるならお願いします。世話になったらありがとうございました。そんな社会の常識も知らんやつを紹介したら宿理先輩やハゲが恥をかくかもしれんし、これっきりで二度とモデルをやるチャンスも来ないかもしれんって分かってんの?」
ぐうの音も出ないってやつだな。ツラが言ってる。確かにって。
「……分かった」
天野さんは小さく息を吐いた。それから俺を見て、頭を下げる。
「あたしを推薦してください。お願いします。夢を叶えたいんです」
「そこまで言わんでいいけどね」
俺の言葉に天野さんが勢いよく頭を上げた。期待と安堵が窺えるね。
ところで、俺には2つの選択肢がある。
大前提として、ハゲが宿理先輩の相方を探してるというのは事実だ。その相方を天野さんに確定させることも実は可能だが、そこまでしてやる義理もないってのもまた事実と言える。今後のことを思えば採用してやる方が楽になるが。
採用か、不採用か。どっちの方がお買い得なのかな。
大岡さんを一瞥する。彼女は五指を交互に組んで祈るポーズをしてた。ただし目は閉じてない。俺の方を見ていて、視線がぶつかった瞬間に頷いた。
しゃあないなぁ。
「天野さん、今から時間ある?」
「っ! あるっ!」
「宿理先輩のとこに行こうか。宿理先輩からも推薦して貰えれば確実だし」
「ちょ! ちょっと待って! メイク直してきていい!?」
「別に今はよくね? 撮影する訳じゃないし」
「……一緒に写真を撮って貰えたらって思って」
本当にファンなんだね。まあ、好きにしたらいいけど。
「ちなみにだけどさ」
「なに?」
超笑顔だね。初めてこいつのことを可愛いと思えたわ。
「宿理先輩と川辺さんって実はあだ名で呼び合うくらい仲が良いんだ」
「……え?」
「別に不思議じゃないだろ? 宿理先輩の弟の彼女は水谷さん。水谷さんと川辺さんは親友。接点は普通にありそうなもんじゃん。一緒にシュークリームを食べようって言ってたの、聞いてなかった?」
「聞いてたけど。ただ一緒に食べるだけかなって……」
天野さんの顔が青くなっていく。色々と心当たりがあるもんね。
「まず、呼び捨てはやめようか」
「……はい」
「それと昨日、俺の席に川辺さんが来る時に『調子に乗んなよデブ』って背後から言ったみたいだけど、謝っといた方がいいと思うよ」
顔面蒼白ってリアルで初めて見るなぁ。
「それは……、川辺……さんから……?」
「違う違う。俺と川辺さんって周りが思うような関係じゃないよ」
じゃあ誰から? って聞き返させるほど今の俺は優しい顔をしてない。天野さんは俺の目を見て、ビクッと身体を震わせ、俯いた。
「お色直しにいっといで。その間に宿理先輩のアポを取っとく」
昨日の夕方くらいにもう取ったけどね。
天野さんはとぼとぼと教室に入り、化粧ポーチを持ってトイレに向かって行った。
俺はその様子を眺めながら呟いてみる。
「上手くいっちゃったねえ」
「……信じられない」
そう返してきたのは大岡さんだ。
「最初から最後まで碓氷くんの言った通りになるなんて……」
「いやいや、大岡さん、1個セリフをミスったでしょ」
「え。どこかまずかった?」
「俺が天野さんに指摘する前に川辺さんをさん付けで呼んでた」
「……あぁ。だって碓氷くんが恐くて」
今朝方に軽く脅したのがまずかったか。反省はしないけど。
「けど名演技だったよ。この脚本の一番のネックは天野さんが立ち止まるか分からんってとこだったし、立ち止まっても要所まで話を聞かん可能性もあったしな」
それで大岡さんにマネージャーみたいな役目をして貰い、俺が現場から去ろうとしたら腕を掴んで同じ土俵に立たせて貰った。
最初から最後までってのは大袈裟すぎるが、フローチャートに不備はなかったな。実に操作しやすい相手だった。
「……ところで碓氷くん」
「どうした?」
「約束は忘れてないよね?」
「天野さんの撮影に付いて行きたいってのなら問題ないぞ」
「よし!」
「そっちこそ忘れんなよ?」
「川辺さんの悪口を言ってる子がいたら碓氷くんに報告する。絵麗奈ちゃんと私でどうにかできそうな相手ならこっちで対処する。でOK?」
「OK。せいぜい天野さんを良い子に導いてやってくれ」
「任せてよ。絵麗奈ちゃんの幸せは私が守るんだから!」
「ならとりあえずメイクの手伝いに行けば?」
「そうだね。行ってくる。絵麗奈ちゃんは私がいないと何もできないんだから!」
「あと告げ口ありがとな」
「告げ口って。絵麗奈ちゃんのためになるって碓氷くんが言うから教えたのに……」
苦笑しながら大岡さんが駆けていった。女子のトイレは長いって言うし、席に戻ってスマホでもいじるかね。宿理先輩に少し遅れるって連絡もしないとな。
席に着いたら浅井が寄ってきた。俺の席の横で屈み込み、小声で話しかけてくる。
「今のって何があったんだ?」
「んー、昨日のことなんだけどな。お前は川辺さんに傷付けられてたから気付いてなかったと思うけど、あのあとちょっとあったんだよ」
「ちょっとって?」
「川辺さんが俺に近付いてくる時に急に振り返ったんだよ。最初は忘れ物かなって思ったんだが、すぐにそのままこっちに来たし。それで思ったんだ。人がどういう時に急に振り返るかってな」
「視線を感じたとか?」
「それもあるけどな。声かなって思ったんだよ」
「なるほど」
「だけど誰が何を言ったかは分からんかった。それで教室を出る際にちょっと真横くらいを見てみたら、川辺さんの方を見ながらにやついてる女子がいたんだよ」
俺の姿が見えなくなる瞬間くらいで油断したんだろな。或いはそのにやけ顔を川辺さんに見せるのが目的だったのかもしれない。ただただ煽るために。
「それが天野だったってことか」
「だな。それで昨日の内に腰巾着の弱みを握って裏切らせたんだ」
「……お前、まじで恐いな」
「まあ、今回のは弱みってよりは強みって感じだったけどな」
大岡さんはガチの人だったんだ。ガチで天野さんのことを狙ってる。撮影に行きたがってるのも愛する人の晴れ姿を見たいってのは二の次で、現場での着替えを手伝ったりして下着姿やあわよくば裸を見たいと言ってた。腰巾着になってるのも変な虫を追っ払うため+いつも一緒にいたいなぜなら愛してるから、という理由だそうだ。
今もトイレで落ち込んでる天野さんを慰めてポイントを稼いでるのかね。女子ってやっぱ恐いわ。だってあの脚本を教えた時、いつも女王様気取りの絵麗奈ちゃんが弱ってるなんてギャップ萌えですよ! って大喜びだったしな。
ただ1つ。大岡さんに教えてない裏事情がある。
それは今回の脚本をなぜ必要としたかを既に宿理先輩に教えてあることだ。
あのハゲからこのタイミングで都合よくモデルを探してるなんて話が出てくるはずもない。宿理先輩がツーショットの構図を求めてるってのも2人で考えたもので、娘が父にそうして欲しいとねだった結果の産物だ。サラは女子に詳しいから聞いてごらんよと誤解を生みかねないアドバイスも一応はして貰ったからあんな感じになった。
当然、協力者の宿理先輩にも対価を支払わなければならない。
その件に関しては簡単だった。元から誘う予定だったシュークリーム試食会に誘っただけ。必要ならアシストもすると言ったら即決だった。
これで8組が静かになったら嬉しいね。浅井と天野さんを引き入れたらカースト的な問題はほぼほぼなくなるし、そもそも我がクラスのトップは川辺さんな訳だし。
「とにかくお疲れ様だ。またオレに何かできそうなことがあったら言ってくれ」
「お前と油野が半裸で抱き合ってる写真を撮らせてくれたら女子の大半を仲間にできそうで楽なんだけどな」
「じゃあな」
どうやらできないことに分類されてるらしい。惜しいことをした。
俺はやや遠い窓から外を見た。夏らしく空が青いね。良い天気だなぁ。
これが風流バージョンの気持ちか。思わず『ねぇ』って言いたくなるね。
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