6/28 Tue. 沈黙は金、雄弁は。

 速報。油野圭介、現国の教師をぶん殴って職員室に連行される。


 4限の授業中の出来事らしい。1組に友達がいるやつがLINEで教えて貰ったみたいで、4限の終了直後にその件で騒ぎ出した。クラスの連中は面白おかしく原因を予想してたが、油野は安易に暴力を振るうようなやつじゃない。どうせ友達か彼女をバカにされたか、先に暴力を振るわれたかのどっちかだろ。


 油野のことをよく知ってるやつなら慌てるようなことでもない。どうせ次に会ったらいつもの仏頂面で「むしゃくしゃしてやった」とか言うわ。反省するくらいなら最初から暴力を振るわないだろし、きっと呆れるくらい開き直ってると思うね。


 という訳でご飯ご飯。今日も今日とて部室のドアをスライドさせた。


 なぜかしら席が埋まってる。部員は8人いるからパイプ椅子自体は余ってるが、いつも出しっぱにしてる4脚の椅子はいずれも使用されてた。


 まず、内炭さんはいつもの席にいる。ただし長机に突っ伏してる。


 次に、優姫は内炭さんの右隣の席にいる。これまた長机に突っ伏してる。


 さらに次、優姫の正面、要するに油野席にいるのは今日も宿理先輩だった。何やら突っ伏してる女子どもに困ってる様子だ。


 そして最後、いつもの俺の席に座ってるのは、誰だよこいつ。短髪の、どっちかっていうとイケメン寄りの爽やかくんだ。見たことがないな。


 ふむ。他のとこに行くか。席もないしな。


 おつかれっした。心の中で挨拶をしてドアを再びスライドさせた。居心地は悪いけど3階の踊り場くらいで食べるか。今日は楽しいぼっちめしだぜ!


「ちょいとお待ちよ!」


 自動ドアでもないのに閉めたドアが勝手に開いた。


「宿理先輩、こんちゃっす」


「はい! こんちゃっす! ……じゃないっしょ!」


 初っ端からノリツッコミとはなかなかやる。ボルテージは最高潮のようだな。


「あんた、なんでいま入ってこようとしなかったん?」


 だってどう見てもめんどくさそうな場面だったんだもん。


「俺の席が埋まってたから。俺はもういらない存在なんだって思って……」


「なつい! それりっふぃーが初めてパーティーに参加した時にも言ってたやつ!」


 リフィスはアーチャー系。サラもアーチャー系。ビルドは違ったが、職被りなしが基本のゲームだったからショックで、勝手にパーティーを抜けてソロで狩りに行ったんだよな。歴史は繰り返されるってやつだ。


「今はネタにできてるけど、当時はまじで凹んだんですよ」


「そっか。ごめんよ。じゃあ今もトラウマが再発しちゃった感じ?」


「いやそれはないですけど」


「じゃあなんでどっか行こうとしたん!」


 チッ、正直者がバカを見たわ。


「俺、人見知りなんですよ。だから知らないやつがいるとメシが喉を通らなくて」


「なら大丈夫じゃないかな」


 爽やか野郎までもドアに近付いてきた。なんだ? もう顔を合わせたから見知ってるとか言うのか? それとも、僕らはもう友達さ! って爽やかすんのかこら。


 いいぜ。そっちがその気ならこっちも言うことがある。


「初めまして。1年8組の碓氷才良です」


 野良パーティーでも初見の相手には敬語で挨拶するのがマナーだからな。


「これはご丁寧にどうも。1年4組の堂本どうもと真治しんじです。初めましてではないけどね」


「む?」


 いや、まじでこんなやつ記憶にないぞ。


「僕はシンだよ。サラ」


「……まじで?」


 宿理先輩の方を見て呟いた。こっくんと大きく頷いて肯定される。まじでか。


 シンはリフィスと入れ違いくらいのタイミングで引退した、油野の相棒だったヒーラー系支援職だ。世界は狭いってか、こんなことって本当にあるんだな。


 よし。ならば久しぶりにネトゲ流の挨拶でもしておくか。


「へいへい、それがお前らの会心の一撃かよぉ! クリティカル出してみろよぉ!」


 油野のメインキャラであるカイと堂本のキャラであるシンが保有してるすべてのバフスキルを使って繰り出す最強の一手。それがカイシンの一撃! 


 ただし名称に反してクリティカルが約束されてないから硬い敵には割と1ダメージしか出ないことが多かった。しかも強力なスキルのほとんどがクールタイムに入ってしばらく置物になるからロマンコンボの代名詞として我々の業界では有名だ。


「懐かしいね。当時はよくどうにかしてサラをPvPエリアに連れていけないかとカイと相談してたよ」


「アーチャー系のDEFだとクリティカルが出なくても一撃なんでやめてください」


「そういうんはまた今度オフ会でも開いて話しよっか」


 昔話に花を咲かせてたら宿理先輩に除草剤を撒かれてしまった。


「シュクが正しいね。とにかく入ったら?」


 堂本が肩を竦めて提案してきた。宿理先輩はハンドルネームで呼ばれてるが、気にしないのかね。少なからず敬語っぽくはするべきだと思うけどなぁ。


「シンは新しく椅子を用意してお誕生日席にしよっか」


「了解。窓際の方にするよ」


 気にしないらしい。それなら俺はいつもの席に行きますか。


 席に着いたら弁当箱とほうじ茶のペットボトルを置き、弁当の蓋を開けようとした時に思った。これ、メシを食う雰囲気じゃなくね?


 よく見ると宿理先輩も弁当箱とジャスミン茶を開封してない模様。内炭さんもサンドイッチとほうじ茶を、優姫も生クリーム入りのメロンパンとコーヒー牛乳のパックを長机に出しっぱなしだった。堂本だけが飲食物を持ってない。


「てか堂本はなんでここにいんの?」


「実は僕とカイで土曜日に名古屋まで遊びに行ったんだけどね。その後からカイの様子がおかしいらしいんだ。それでシュクに呼び出されたって流れ」


「昨日の宿理先輩は油野の異常についてどうでもいいみたいなこと言ってたけど」


 俺と堂本の視線が宿理先輩に向かった。ついでに優姫と内炭さんも少しだけ顔を上げて怨恨を載せた視線をぶつけてる。そして我々の注目の的は眉間にしわを寄せて、


「だってこんなことになると思ってなかったんだもん」


 そうだね。俺も思ってなかったからね。油野と暴力って同一線上にないものだと思ってたし、俺も別に宿理先輩を責める気はさらさらないよ。


「ちなみに油野が佐藤をぶっ飛ばした経緯を知ってる人はいるのか? どうせ水谷さんとかを悪く言われたか、先にぶん殴られたからだとは思うが」


 堂本が挙手をした。


「先に佐藤先生が手をあげたらしいよ。カイはその仕返しをしたって話だね」


「なら軽い処分すらないかもしれんな」


「ほんと?」


 優姫が不安を湛えた瞳で見てくる。内炭さんの瞳は期待の方が強いな。


「こんなん単純な論理的思考で分かるだろ。生徒を処分するってことは表沙汰にするってことだ。それは学校側が佐藤の体罰を公に認めるってことだぞ? 事なかれ主義の公務員達がそんなことするかよ。どうにか穏便にって油野家に頭を下げるわ」


「……ほんとだ」


 内炭さんが上体を起こした。心底ほっとしたのか、今になって瞳が潤みだす。


「油野くん、退学させられるのかなって思って。すごく心配で……」


「んな訳あるか。暴力1回で退学になるなら世の中のいじめはもっと少ねえよ」


「そうよね。うん、そうかも」


 内炭さんはこれで大丈夫そうだ。もともと感情さえ安定してれば論理的に物事を考えられるタイプだしな。てかそんなことで女子2人は食事も喉を通らないくらい落ち込んでたのか。揃って机に突っ伏してたから何事かと思ったのに。


 さて、お次はこっちだな。


 内炭さんの復活に釣られて優姫も姿勢を正した。ただ、こっちは普通に泣いてる。堂本が気を利かしてハンカチを渡すために起立したが、空気を読めない優姫はスカートのポケットから自分のハンカチを出して目元に当てた。お陰で堂本は渋々とハンカチを胸ポケに戻して着席する羽目になる。可哀想に。けどありがとな。


「クラスのみんなが。油野くんが。退学になるかもって。みんな言ってて。あたし。どうしようって。せっかく。がんばって。カドくんにもさ。勉強。教えて貰って。この学校に。入ったのに。油野くんが。いなくなっちゃうなんて。あたし」


 優姫は大粒の涙をぼろぼろ零しながら断片的に思いを語っていく。まあ、俺のことはどうでもいいけどね。2人で勉強したのも良い思い出になったしな。


 はぁ。好きな女子が泣いてるのを見るのは本当にしんどい。それも失恋みたいな優姫にも原因があるもんならともかく、ただ純粋に油野を想っての涙だもんなぁ。


 さすがに落ち込むわ。落ち込むが、それでもこいつには落ち込んでて欲しくない。俺の傷心1つで済むなら安いもんだろ。精一杯に勇気づけてやるよ。


「問題ねえわ。だって佐藤が殴ったって証言は40人近くから取れるんだぞ? 油野が一方的に殴ったって内容に改竄するのは不可能だし、これに関しては仮に油野が先手を取ってたって不利なのはあっちだ。大人と子供の差もあるし、学校教育法第11条ってのがある。なのに事実は佐藤が先手だろ? 絶対に退学はねえわ。停学すらねえわ。せいぜい学校側からの願いを聞き入れての自主的な自宅謹慎か、反省文を何枚か書けだの、校内で何日か慈善活動をしろだの、暴力に対する最低限の対価を払わせるだけだ。他の生徒が真似したら困るって名目があるからそこはしゃあないな」


 一気にしゃべりすぎた。俺はほうじ茶のペットボトルを大きく傾けてから、


「仮に慈善活動がどっかの掃除とかゴミ拾いとかだったら俺らも一緒に付き合ってやろうぜ。今のあいつがどんな心境かは知らんが、これで周囲の目が多少は厳しくなるかもしれんし、あいつのツラに嫉妬してる男子どもが陰口を叩きまくるのは目に見えてる。せめて俺らだけでもいつも通りの接し方をして安心させてやろうな」


 はぁ。まじで俺らしくねえな。こんなのモブのやることじゃねえだろ。あのイケメンクソ野郎め。絶対に今度たっかいメシを奢らせてやる。


 ほうじ茶をもう一口。そこで気付いた。みんなが俺を見たままだ。おいおい。まだ俺に何か言えってか。1日分くらいは喋ったと思うんだけどな。


「よし、僕はここで失礼するよ」


 堂本が起立した。どこか嬉しそうに見えるのは気のせいか。


「シュクも考えを改めた方がいいよ。結果論ではあるけど、僕は不要だったからね」


「そっすね。あたしも唯一の年上なのに不甲斐なくてしょーがないって感じ」


 堂本が部室から出て行った。まじで訳わかんね。何しにきたんだ、あいつ。


「ごはん、食べよっか」


 宿理先輩の意見に全員が頷いた。いい加減に腹が減ったわ。


 弁当箱を開けてみたら、なんとプチトマトもブロッコリーも入ってる。これはあれだな。何もかも油野が悪いな。あいつまじで許せねえわ。


 溜息を吐こうとしたら爪楊枝を持った手が2つ寄ってきた。内炭さんがプチトマトを、優姫がブロッコリーを奪っていく。見れば2人ともが瞳を湿らせながらも柔和に微笑んでた。正論まみれのロングスピーチに対するお礼のつもりかね。


 一足遅れて宿理先輩も爪楊枝を寄せてきて、ミニハンバーグを奪っていった。なんでやねん。見れば他の女子のように柔らかく微笑みやがる。おいおい、あんたの微笑みはガチなやつだろ。食べたいおかずが手に入ったから笑ってるだけだろ。あんた、すごく可愛いからって何をしても許されると思ってんじゃねえぞ。


 冷凍食品なのに美味しそうに食べる宿理先輩を呆れながら見てると、


「オリンピックとかでさぁ。僅差で2位だった人とか3位だった人に対してテレビの人がよく分かんないコメントをすることがあるじゃん?」


 突拍子がなさ過ぎて意味が分からんかった。優姫と内炭さんも顔に疑問符を浮かべてるが、宿理先輩は気にした様子もなく続ける。


「銀は金より良いって書く。試合には負けたけど実力では勝ってた。みたいなさ」


「あー、ありますね。銅も金と同じって書くから実質的に優勝したみたいな」


「それそれ。なんかそれを思い出したって話。あながち間違ってないなぁって」


 意味不明すぎてどうツッコミを入れるか迷う。とりあえずは、


「銀は金+良じゃなくて金+艮ですよ。ウシトラ」


「あぁ。そっか。銀はちょんまげないんだっけ。ってウシトラってなに?」


「八卦の1つで方角で言うと北東っす。江戸時代とかって時間を干支で示してたじゃないっすか。その丑と寅の間だからウシトラ。陰陽道で言う鬼門ってやつですね」


「サラってほんとそういうのよく知ってんね」


「陰陽は中2男子の必修科目なんで」


「あたしらが受けてないやつね。じゃあ知らなくても仕方ないわねん」


 ふむ。なんか宿理先輩も元気がないな。廊下で話してた時はそうでもなかったのにな。さっきの不甲斐ないだのどうだのってとこから声が弱々しい気もする。この人っていつも語尾に感嘆符が付いてるような話し方をするからなぁ。


 やれやれ。いざって時のためにとっておいた奥の手を出そうか。


「これ、どう思います?」


 とある画像を表示させたスマホを宿理先輩に向けてみる。宿理先輩は箸をくわえながらチラッと見て、すぐに二度見をした。


「それちょうだい!」


 飛び掛かる勢いでスマホに手を伸ばしてきた。スマホごと貰う気かよ。


「今のってりっふぃーよね!」


 そう。リフィスの高校時代の写真だ。昨日の夜にディスコでイケメンについて煽ってたら写真のトレードをする流れになってしまい、論理と論理のぶつけ合いの結果、お互いが制服姿の写真を送ることになった。俺はてっきり職場の写真が来ると思ってたのに、俺と同じ15歳のリフィスが届いたってお話。詐欺ですわ。俺は夜中にわざわざ制服を着たのによ。潔くコスプレ写真を送ってこいよ、イケメンクソ野郎。


 まあ、お陰で宿理先輩が元気になったけどな。ついでに優姫と内炭さんにも小6の油野の写真でも送ってやるか。京都の土産屋にあった木刀を逆手で持って少年漫画の必殺技を繰り出そうとしてるやつにしよう。修学旅行でテンションがハイになってる珍しいタイプの油野だし、きっと満足してくれるだろ。


 そして部室は賑やかになった。女三人寄れば姦しいってやつだな。やっぱ女子には沈黙されるよか騒々しくされた方が良い。……ん?


 そこでやっと気付いた。宿理先輩が言わんとしてたことを。


 なるほどね。けど俺はこの光景の方がよっぽど金より良いと思うぞ。


 

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