第5話 第七の月
第七の月。月は輝きを増していく。
ルナの足元にまとわりついていた朧は、彼女の下半身を完全に掌握していた。いつもの椅子には、彼女の上半身だけが座っている。窓の外に浮かぶ月はセレーネは照らせども死神を照らすことはなかった。
「ルナ、お前は怖くないのか?」
「妙なことを聞くね。怖いって、消えることがかい? わたしは死神だぞ。別に君みたいに死ぬわけじゃないからな。透明になることって怖いことかい?」
いつもの調子で笑うと紅茶にミルクを注いでマドラーでクルクルと回す。セレーネは自分の発言がいかに馬鹿らしいか痛感した。彼女の様子を見て、ため息を吐く。
「馬鹿なこと言った……」
「そうだねぇ、実に愚かだねぇ、自分のことを心配した方がいいのにねぇ」
「ではルナ、月は怖いか?」
「どうしてだい?」
「お前が消える様子は、まるで月から逃げてるみたいだから」
「月が怖くて自分にルナなんて名前つけないよ」
「……また馬鹿なこと言った」
セレーネは細い指でくしゃくしゃと髪を掻き分けた。その困ったような顔を見て、死神は愉快に笑う。死神というより、これでは悪魔だ。人のちょっとした不幸で大いに喜ぶ、小さく可愛い小悪魔だ。
「わたしからも質問していいか?」
「なんだ?」
「この一週間でなにかやったことはあるか?」
「なんだそれは」
「死ぬ前になにかしてやろーと思うことだってあるだろう? 死を意識してやっておきたいこと、なにか成し遂げたか?」
ルナはテーブルから上半身を乗り出し、セレーネに迫った。脚が見えないので、その様子は怪奇の一言に尽きる。何を期待しているのか、鼻息荒く感じる。
しかし、セレーネの返答は彼女の期待を大きく外れた。
「……別に」
「どうしてッ!?」
「私はまだ死ぬと思っちゃいない。お前の宣告はデタラメだよ」
「まだそんなこと言ってるのかい。君が口にしているのは理想だ。現実は違う。わたしもお前の病も本物だ」
「何を熱くなってるんだ」
「君はわたしを否定するのか?」
その一言の後、ルナは静かに椅子に戻った。
しばらくの静寂が部屋を包む。
「なあセレーネよぅ、恋人とかいないのかぇ?」
「いない」
「そんな綺麗な顔してるんだから彼氏の一人や二人や三人や四人いるだろ? なんかロマンスとかないの? わたしロマンスが聴きたいなぁ」
「気味の悪いことを言うなッ!」
セレーネが急に声を荒げる。
突然の大声にルナは口にミルクティーを含んだまま目を丸くして凍りついた。こんなに真っ赤な感情を露わにするセレーネを見るのは初めてだった。
「こう見えて……私は男だ!」
ルナは盛大にミルクティーを噴いた。
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