第4話 第三の月
第三の月。三日月。
か細い月は朧げながら、微かな輝きを放っている。
予告通り、今宵も死神はセレーネのもとに現れた。飄々とした様子でいつものように紅茶を催促する。ところが、いつもと違う点が一つだけあった。揺れるランプの灯りが彼女の姿を映した。
それは、月明かりのように朧であった。
「死神……お前、体が」
足元から膝にかけて、ぼやけるように透けていた。
「ん? ああ、気にするな。すぐ慣れるさ。月の力が強まるとな、わたしは消えてしまうのだよ」
「消えるって……」
「そのままの意味だ。あと十二日もすればうつし世からは姿が完全に消えて見えなくなる。声とか存在とかが消えるわけじゃないから心配無用だとも」
「別に心配しているわけじゃ」
「まあ三十日目には元に戻るのだがな!」
ケケケという笑い声が鼻につく。
死神は紅茶を飲み干すと椅子にもたれて背伸びをした。
「そういえば、君の名前を聞いてなかったな。なんというんだい?」
「…………」
「なぁにを警戒しとるか。死神に名前を知られたら命を取られるとかいう迷信でも信じてるんじゃなかろうな?」
「…………」
「そう怖い顔するなよ。あと数日の命を刈り取るほどわたしも悪魔じゃない。いちおう神だぞ!」
こいつの一言一言が煩わしい。そして怖い。
そう思いながらもセレーネは重い口を開いた。
「……セレーネだ」
「セレーネ……月の女神か。ふふっ、いい名前だね」
死神はセレーネは美顔を拝み微笑んだ。それはいつものような不気味な嘲笑とは違った。穏やかで優しい眼差しがセレーネに向いた。無論、それがドクロの仮面の下ではセレーネには届くはずもないのだが。
「死神、お前はなんという?」
「ぬ?」
「いつまでも死神と呼んでは縁起が悪いから」
「わたしの名前か、そうだなぁ」
死神はしばらく考えて次のように発した。
「うつし世で通りのいい名前とすると、タナトスというのはどうだろうか」
「死神と同じじゃないか」
「うむ、そうか。では」
死神は再考した。
「ルナってどう? 多くの国々で通用する名だし、君とお揃いの名前だよ」
「今考えたのか? 死神ってのは名前はないのか?」
「神に名付けるのは人間の役目だろう? それとも、君が考えてくれるのかね?」
「では、ルナと名付けよう」
セレーネは即答し、カップを口へ運んだ。
「ふふっ、ルナか。気に入ったよ。ずっと大切にする」
死神、もといルナは机に頬杖をつきながらセレーネの顔を眺めた。彼女の表情は慈愛とも満足気とも見てとれる。ドクロの仮面をしているのが惜しい。
彼女の心の内は誰にもわからない。
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