第20話
タイムアウト中に盗み聞きなんてルール違反だ、などと言う気にはなれなかった。そもそも、協力を仰ぐために勝手に部屋に上がり込んでいる身なのだから、その中で身勝手に内緒話などする方がルール違反だろう。
「あー……どうしよう」
亜矢はぼくと寧々を交互に見て、見えないステッキを振り回すように、右手をくるくると回転させた。「超能力を使って、
「えっと……寧々さんって、口堅いですか?」
「え、堅い堅い。めっちゃ秘密とか守るよ」
「嘘だ」ぼくが言う。「
「えー!
「いや、付き合ってたって言っても、五回くらいだよ」
「五回って何の回数!?|!?」は縦中横]」
「話がややこしくなるから、この話は、置いておこう」自分の立場が不利になりそうな気がしたので、冷静に、対処する。「自分で言い出しておいてなんだけど。とにかく、寧々は口が軽いから、秘密を共有するには向いていない」
「口は軽いけど話す相手はいないよ」
と、寧々はもっともなことを言った。確かに、寧々の交友関係は、ぼくと音園で完結しているのかもしれなかった。
「えー……じゃあ、寧々さんにも打ち明けちゃおうかな……正直、それが理想と言えば理想だし。私の未来の展望というか」
「いや、多分早まってると思う。寧々には言わない方がいい」
「なんでだよ」不機嫌そうに寧々が言う。「こっちは協力してる立場だぞ」
「仲間はずれにしたいんじゃなくて、巻き込みたくないんだよ」
「もう巻き込まれてるんだが」
「うーん……正直、響より寧々さんの方が、建設的な意見を言ってくれそうだし……味方に置いておくなら、都合がいいかも」
亜矢の発言に、「まあそれはそうかもしれない」とぼくが言うと、亜矢は笑ってるんだか呆れてるんだか、「本当に響って怒らないよね」と、ぼくを評した。別にどっちでもいいんだけれど。というか、寧々が亜矢をまるっと引き取ってくれるならそれほどありがたいことはないのだけれど——亜矢の言う、『超能力者の存在を知った人間も危険に晒される』というのが事実なら、今更手を引けないのだから、関係がない。
「じゃあ、寧々さんにも話しちゃおっかな」
「いや——だから駄目だろう。寧々にも危険が及ぶんだよな」
「ううん、大丈夫」亜矢は言って、「実はですね、私のお母さん、超能力者の最後の生き残りだったんですよ」と——そう言った。
ああ、なるほど。
亜矢の魂胆はすぐに理解出来た。
つまり亜矢は、
「超能力者って本当にいるんだ?」
「いますよ?
「知らない」
「ホラー映画の『リング』って作品に出てくる、
「貞子は知ってる」と、寧々は言う。「それが? 超能力者なんだ?」
「
と、亜矢はスラスラと、本当なんだか嘘なんだかわからないことを説明した。まあ、『リング』という映画についてはぼくも知っているくらいだし(見たことはないが、何故か内容は知っている)、有名な映画だから調べればわかるだろう。インターネットで検索すれば簡単にわかりそうなことだから、まるっきり嘘をついているとも思えない。ある程度、信憑性はありそうに思える。
「超能力者がいて困る人っているんだ?」
「寧々さんは、超能力者がいても困りませんか?」
「別に困らないんじゃない? 超能力者より、政治家の方がよっぽど困るよ」と、寧々はなんだか、核心を突いたようなことを言う。「あーでも、超能力者が利己的なことしまくったら困るかも。洗脳とか、自由意志の
「ですよねえ」
「だからお母さん殺されたってこと?」
「まあ、そんなところです」亜矢は簡単に話を切り上げた。「お母さんの超能力については——まあ、私も本人じゃないので詳しくは話せませんが、他人の悪意というか、殺意というか、うーん——危険察知能力? みたいなものだったらしいんですね」と、亜矢はこれでもかと言うほど言葉を選んで説明を続ける。「例えば今、私が
亜矢がゆっくりとぼくに
「これは、誰でも防ぐことが出来ます」
「当たり前だね」と寧々が言う。
「——っ」
急に頭部に痛みが走った。思わず頭を下げ、空いている方の手で後頭部を押さえる。毛を抜かれたような、一点集中型の痛みだった。
「このように、目に見えない攻撃に対して、人は防ぎようがないというのが普通です」
見ると、亜矢はぼくに出した拳とは反対側の手で、OKみたいなハンドサインを作っていた。いや違う。その指先に、ぼくの頭髪と
「いわゆる、敵意というやつですね」
「うん」
「うんじゃないよ」ぼくは後頭部をさする。「痛いじゃないか」
「痛みには敏感なのに、それが怒りにならないのが、響らしい」
「やかましいよ」
実際、ぼくは怒っていなかった。どちらかと言えば、ただ毛を抜かれただけ、という事実を知って、安心したくらいだ。
「とにかくこういう、知覚不可能な敵意——まあ、言ってみれば人の心の動きというか、そういうものを感じ取れる能力が、お母さんにはあったようです。シックスセンスとか言うんですかね。第六感。加えて、それはもう自動的に感じ取れるくらい、お母さんは敏感だったらしいんです。まあ、相当生きづらそうな能力ですよね。近くにいる人間の悪意を日々感じ取って生きていたわけですから……それを遮断することも出来ないわけで」
「それはなんて言う能力なわけ?」
「名前はありません」
「さっき、せんりがん? とか言ってなかったっけ」
「そういう、調査対象になったり、世の中に知らしめるために研究された能力には名前がありますけど——お母さんの場合は単に
亜矢は、母親のことを説明しているのか、それとも自分のことを話しているのか——ぼくには判断がつかなかった。いずれにせよ、超能力を持たない人間にも理解が出来る説明ではあった。なんとも、生きた心地がしない能力だろう。ぼくのような人間からすると、そんな風に他人の悪意——つまり、自分が危険な立場にあるかどうかを感じ取れる能力は、是非にでも欲しいと思えるものだったが。
「なんかめんどくさそ」と、寧々が言う。
「面倒くさいでしょうね。でもそのおかげでお母さんは——能力のことをひた隠しにしつつ、生き長らえたわけです。どんな能力でも、一般的な人間が有していない能力であれば、使いようによっては利益を生み出せるし、不利益を感じる人もいる。だから超能力者はとかく命を狙われやすい。でも、その能力のおかげで、お母さんは敵意や悪意から距離を置くことが出来た。そして普通に暮らして、普通に結婚して、普通に子ども——私ですけど——を産んで、生きていたわけです」
「でも殺されたんだよね。いや無理じゃん? 敵意には敏感なわけでしょ」
「そうなんです。寧々さんの言う通り、そんなお母さんを殺すというのは、本来無理なんです。少なくとも、事故死に見せかけるなんてことは——出来るはずがないんです」亜矢は腕を組んで、考え込むように視線を上に向ける。「ということはつまり、組織的な行動でなければあり得ないんです。敵意を感じ取れたとしても、それを回避出来ないほどの物量で襲われたら、お母さんも逃げ出すことは出来ない。避けることが出来ない。だから、そういう……超能力者がいては困る組織に襲われたんだと、私は考えているわけです」
納得が行かないこともない。だが、やはり〝
呑気に構えることも難しい。
亜矢はだから、何を信じていいのか、わからない状態なのだろう。
「で、お母さんの復讐なんだ。でもそれも無理じゃん?」と、寧々は何度目かになる否定の言葉を口にする。「そんなに巨大な組織? とやらがあったとして、それを亜矢ちゃんがひとりで壊滅とか、無理でしょ。絶対無理」
それはその通りだ。今の説明では、亜矢は
「そうなんです。だから——響に協力をお願いしたんです」
と、亜矢はとんでもないことを言った。
「あーね」
あーね、ではない。
「いわゆる裏社会? って言うんですかね。腕利きの人たちをお金で雇って、倒してもらおうと思って。まあ、最初は失敗しちゃったんですけど……失敗したから、廃墟で拘束なんてされちゃったんですけど……」と、亜矢はこれでもかと言うほど、スラスラと嘘を並べている。「響はそういう、変なことはしないというか。正しく依頼すれば仕事を受けてくれそうだったので、お願いしていて——それでその、私が身を隠す場所として、寧々さんの家を案内してくれたというわけなんです」
ここまで
羨ましい、とまでは思わなかったけれど、ぼくにもその才能があれば便利だろうな、とは思った。
「この話、
寧々はぼくに向かって言った。その意味は、「音園の手を借りようとしているのか?」という質問である。ぼくは正直に、「いや、まだ」と答えた。
「高いよ? 大小心も、響も」
「これでも結構、お金は持っているんです」
嘘か本当か、亜矢は適当なことを言う。いや、実際に資産はあるのかもしれないが。今だって、約三百万円ほど持っているわけだし。まあ、三百万円で殺しは請け負わないが。
「でもそれは、家出する理由にはならないかな。それこそ、家族の力を借りればいいんじゃない?」
寧々の発言を聞いて、亜矢はぼくを見る。ぼくも多分、亜矢と同じ気持ちだった。麗々瀬寧々という女は、意外にも鋭い。一見、かなり乱暴な人間に見えるが、実際のところは理路整然としていて、すぐに理論の破綻に気付き、指摘してくる。
そういうところが人に嫌われる所以なのだが——まあそれは、嫌う人間の側に問題があるとも言える。
「だって亜矢ちゃんの実家って『赤坂医院』なんでしょ? 悪いやつらやっつけたいなら、病院の力を借りるのが一番でしょ」
言われて——そうだった、ぼくはどうも、基本的には自分の立場を前提にしてしか考えていないという悪い癖を思い知らされる結果となった。ぼくも寧々も、当然、
音園のことを知っていて、ぼく、
であれば、『赤坂医院』の一人娘である亜矢が母の復讐をするために、父親の力を借りようとしないのは——おかしい。寧々がそう考えるのは、至極当然のことだった。
親子関係が複雑で……などというような理由では誤魔化せないだろう。
そもそも——〝組織〟とやらが亜矢の母親の命を狙ったのだとするならば、その夫である亜矢の父親が動かないのが、そもそも不自然だ。
この説明は、ここまでだ——と、ぼくは観念した。ぼくは諦めが早いタイプだ。自分の立場が悪くなると思ったが最後、すぐに諦めることにしている。ここで嘘を押し通しても、多分、寧々の疑いは晴れない。晴れないどころか、悪くすればここで信頼を失い、ぼくと亜矢の話が、寧々から一方的な形で音園に筒抜けになる。そうすれば寧々は、音園から『赤坂医院』の話を聞くだろう。あるいは音園なら、『赤坂医院』が超能力者と呼ばれる存在を子どものうちから抹殺している、ということも知っているかもしれない。騙していることがバレたら、寧々からも音園からも協力は得られない。
駄目だ。
この嘘は
ぼくは諦めて——両手を挙げて、降参のポーズを取った。
「なによ」
「降参する。ぼくと亜矢は嘘をついた」正確にはぼくは嘘をついていなかったが、自分も責任の一端を担うことにした。「許してくれ。ごめんなさい」
「急にどうしたの」と、亜矢が言う。
「申し訳なかった。これは、寧々に危険が及ばないための嘘だったんだ。寧々を守ろうとしてついた嘘だったんだが、結果的に、将来的に、寧々を巻き込むことになることがわかった。であればいっそ、ここで真実を告げた方が安全だ。お互いに情報を正確に共有した方がいい。寧々には悪いが——最終的には音園を巻き込むつもりだったから、遅いか早いかの違いでしかない」
「えっ……響、何? ほんとに。急に」
「亜矢、寧々に真実を話そう。寧々、今までの話には、一部、嘘がある」
ぼくが言うと、亜矢は目を見開き、口を開けて、「こいつは何を言っているんだ」というような、驚愕の表情をした。今まで必死に取り
ぼくは一呼吸置いて、両手を挙げたまま、観念したように言った。
「亜矢自身が超能力者だ。そして恐らく、『赤坂医院』から、命を狙われている」
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