第16話
ぼくは昼休みになってすぐに家に帰ることにした。やることがなかったというのもあるし、ルーチンワークであるという理由もさることながら、家の中に
たまに、不用意に、こんな生活をしていて許されるのだろうか、と感じることがある。犯罪行為に手を
犯罪行為は、警察と司法がぼくに罰を下すだろう。あるいは、商売
考えたところで意味がなく、
アパートの駐車場に車を駐めて、なんとなく周囲に人がいないことを確認してからドアに鍵を差し込み解錠する。体を
廊下を
「お帰りなさい」と亜矢が言う。「本当にお昼前に仕事終わるんだ?」
「
「あー、この人? ね、ほんとタイミング悪かったね」
亜矢はなんでもないように言う。
亜矢はソファに座っていた。今朝、朝食を食べた時と同じ位置に座って、テレビを見ていたようだ。そしてその隣に——女性がいる。体を丸めて、眠りこけていた。麗々瀬
「何があったか聞きたい」
「だろうねえ」亜矢はのんびりと答える。「何から聞く?」
「君の超能力? とやらが、どのくらい他人に対して効き目があって、それに後遺症があるのかどうかということから」
「相変わらず保守的だなぁ」亜矢は笑いながら言って、ローテーブルのリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を落とした。「私は何もしていなくて、この人が勝手に寝ちゃってるという可能性は?」
「絶対に有り得ない」
「
「超能力で起こせるのか? 起こして、亜矢がここにいたことを綺麗さっぱり忘れる、とか」
「どうだろ? そんなことやったことないし。でもまあ、自然に起きるのを待った方が良いかも」
「多分、麗々瀬は今日仕事を休んでいて、ぼくの家に合鍵を使って押し入った。玄関に靴はなく、つまり誰かがいる可能性すら考えなかったはずだ。亜矢はテレビでも見ていたのか、何もしていなかったのか分からないけど、玄関が開いた音で誰かが来たのを
ぼくが状況
「ほぼ」
「最近色々あってゆっくり休めてなかったし、昨日は一応、気をつかって短めに済ませたけど、やっぱり長風呂したいなーって気分だったから、響が出てすぐ勝手にお湯をためてお風呂に浸かってたのね。二時間くらい。で、流石に汚れた制服に着替えるのも嫌だったし、脱いだパジャマそのまま着て、髪の毛乾かすためにエアコン付けてテレビ見てたの。そしたらこの人が入ってきて、『私のパジャマ!』って言って怒鳴り始めたから、眠ってもらったの」
「ああ、最悪に輪を掛けて最悪だ」
「この人、響の彼女?」
「……いや、彼女ではない」
正確に言えば、一瞬そうした関係だったこともある。が、現時点の最新情報で言えば、彼女は
「にしては結構な怒りっぷりだったよ。簡単に操作出来るくらい」
「感情の量によって操作が楽になる、というわけだ」
「かも。今なら響も操れたりして」
亜矢はふざけているのか、両手をぼくに突き出し、マジシャンがやるように指先を動かした。あるいはゾンビの真似事か。
「ぼくが心配しているのは、君と麗々瀬が
「おじゃん?」
「パーになること」
「なくなるってことね」と、亜矢は古い言葉に対する突っ込みもなく言って、「流石の私も記憶を消すってのは難しいけど、
「それじゃあ君を匿ってもらえないだろ」
「あるいは元々超仲良しだと
褒め言葉ではないだろうから、実際、相当な暴れようだったのだろう。
「で、効き目と後遺症は」
「私も人に対して意図的に能力を振り回すようになって日が浅いので、正確なところはさっぱりですね」と、亜矢はわざと敬語で言って、
「超能力者に物理を
「まーでも、響が嫌ならこの人にはもうしない。響もちゃんと説明してくれるんでしょ? だったら、私も
「……まあ、事情を話せば」
それが一番良い着地点だろう、とぼくは考える。ぼくに危険もなく、麗々瀬も無事で、亜矢に被害も及ばない——ただの勘違いで済んだのなら、そこが落とし所だろう。
「さて。洗濯したり、部屋着買ったりしたいんだけど……この人放置ってわけにも行かないし、どうしよっか。三人で行く? 寝かせたままで」
「流石に寝かせたまま車移動というのはまずいかな。途中で起きたら面倒なことになる」
「だね、近場じゃないと。じゃあ響がひとりで買ってきてくれる? ユニクロとかでいいんだけど」
「女性物はわからない」
「制服洗いたいって思ってたけど、よく考えたらコインランドリーって結構時間掛かるよね? 使ったことないからわからないんだけど、冷静に考えると普通に洗濯する間待ってなきゃだもんね。かと言ってお店にも出せないし……この際洗濯機買わない? あ、あと響の家ってアイロンないよね。アイロン買わなきゃ」
亜矢は何日も着ているであろう制服のあちこちを触りながら、汚れを気にしている——素振りを見せている。他人の感情などわからないぼくでも、亜矢が何を
人を詰ませるのが上手い。
「わかった、麗々瀬の家に行こう」
「あ、わかってくれた」亜矢は嬉しそうに言って、素直な笑顔を見せる。「車の鍵は持ってなさそうだったし、Suicaの利用履歴もなかったから、この人の家、徒歩
「かと言って、流石に麗々瀬を負ぶっていくわけにも行かないからな。車で行って、近くのコインパーキングに駐めよう」
「だね。さ、そうと決まれば行動しよう。ついでにどこかでお昼も買って行きたいなー、お腹空いちゃった」
そう言うと、亜矢は着ていたパジャマを脱ぎ始める。僕は腕組みをしたままそれを眺めていたが、流石に見ない方が良いのだろうな、と判断して、「ぼくも一回着替える」と言ってリビングを出て行くことにした。亜矢に気をつかったわけではなく、彼女が着替えている間に麗々瀬が目を覚ましたら、自分の立場が危うくなるだろう、という不安に対する反応だった。
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