第10話
信じられるかといえば、信じられない。けれど言われてみれば納得出来る、というのが、
嘘をついているように思えないのは、彼女があまりに自然に話すからだろう。ぼくを騙そうとしているようにも思えない。まあ、騙している可能性は多いにあるのだけれど——そうする理由が見当たらない。それよりも、荒唐無稽な彼女の話を信じてしまった方が、よほど現象に説明がつくような気がした。
赤坂医院は——本当に昔から、地域の名医としての地位を独占している。ぼくも母親からなんとなく聞いただけだけれど、母親が子どもの頃から、既に赤坂医院は評判だったと言う。つまりは、赤坂亜矢の祖父母世代が経営していた時代だろう。
「もっと昔からあるらしいですよ。二百五十年とか、そのくらいじゃないですかね……様々な方法を用いて、私の家は超能力者を殺してきました。私はそのことを、物心つく頃には既に理解していましたし、それを極悪非道なことだとは思っていませんでした。私自身、超能力者ですから……こんな能力を持つ人間が一人いるだけで、人間に平等なんて概念は生まれません」
「だからって、殺す必要もない気はするけど」
「だって、権力者を思い通りに出来るんですよ? 私だって、やろうと思えば国会を操作出来ます。もちろん、議員さんとか、総理大臣とかに面会しなきゃならないですけど……段階を踏めば、わらしべ長者的な流れで、面通しすることも叶うでしょうね」
「それほどまでに、超能力というものは危険だと」
「頭が良い人っていますよね」と、彼女は言う。話題を変えたわけではないだろうが、ぼくにはその関連性はすぐにはわからない。「天才と称される人たちです。ネット上で話題になることもなく、淡々と研鑽を積んで、しれっと東大なり有名大学に入って、研究職について、ノーベル賞を取って初めて民衆に認識されるような人たちです」
「いるね」
「ああいう人たちも本来は超能力と言っても差し支えはないと思うんですが——あくまでも、他者に利益を分配出来るから、許容されているに過ぎません。人類のステージを一歩先に進められるから、生かされている。受け皿があるからこそ、許容されている。学問という、一般人でも理解出来る領域の範疇にあるから、生かされているし、尊重されるわけです」
「超能力は違う、と」
「全然別物ですよ。だって、私が持っている能力は、他人に伝授出来るものでもないし、その利益を分配も出来ませんから。私の時代で完結してしまうんです。私の能力は私だけのもので——正確に言えば、一派というか——とにかく、周りの人間を幸せにすることは、ほとんど有り得ないんです。使い方次第で人の役に立てる、という言説もありますけれど、そんな人間は少ないですから、皆殺しです」
「なるほどね」
似たような存在を知っているからだろうか、ぼくは彼女の言い分を、ある程度理解することが出来た。強大な力を持つ、その場限りの、その時代に限った
ただでさえ、妬み嫉みで構成されている民族なのだ。
もしかすると、海外であれば独自の力を持つスーパーヒーローは歓迎されるのかもしれないけれど、少なくとも日本という国で、そうした存在が脚光を浴びることはないだろう。
「だから、私の家……赤坂一族は、古くからそうした異端者を抹殺する家業を続けているんです」
「医者なのに、か」
「医者だから、です」彼女は訂正する。「私はもしかすると、母親から遺伝したのかもしれません。その辺の仕組みは、私もよく知りません。トンビがタカを産む——ということもありますし、逆も然りですが……突然、超能力を持った子どもが生まれるパターンが多いんです。突然変異と言いますか。で、自分の子どもが他の子と違うと気付いた親は、病院に助けを求めます。この世に『超能力窓口』なんてありませんから、普通の人は、自分の子どもに何か異変を感じたら、病院に連れて行くんです」
「ああ……なんとなく、わかった。理解出来た。地域の大きな病院という機能が、異端者を集めるのか。そうして集めた子たちに、そこで色々やって、殺すのか」
「そうですね。毒を注射するのが一般的な方法ですが、流石に全員毒殺していたら変な噂が立ちますから、事故死を装ったり、手術の必要があると言って臓器の一部を破壊して寿命を縮めたり——まあ、元々変わった子という前提がありますから、難しい病名を付けて、こういう子は若くして死んでしまうんだと説明するわけです」
「最悪だ」
ぼくは思った通りの感想を口にした。もちろん、理不尽な仕組みに対する怒りがあるわけでも、死んで行った子どもたちに対する哀れみを感じたわけではなかった。ただ、最悪だと思った。特殊な力を持って生まれたという理由だけで殺されるなんて、最悪としか言いようがない。
「そう、最悪です。そしてもっと最悪なのは——私の父は、自分が愛した人間を
「君も同じように聞こえる」
「多分、そうだと思います」怒るでもなく、彼女は認める。「選ばれし人間というやつですね。超能力者は殺さなければならない、健全で平等な社会を守るために、異端者は殺さねばならない——まあ、正しくない意味での魔女狩りみたいなものですけれど、そういう暗黙のルールがあるにも関わらず、我が子可愛さにそのルールを破っているのが、私の父です。最悪です。私は実を言えば、父のことがあまり好きではありません」
「でも、そのおかげで君は生きてるわけでしょ」
「そうなんです。だから余計に嫌いなんです」
わかりそうで、ぼくにはわからない感情だった。
自分を守ってくれる父親のことを、普通なら好きになりそうなものだが——まあ、他人の判断基準がどうであれ、ぼくには関係のないことか。父親には厳格でいて欲しい、ルールを守る大人であって欲しい、と願う娘がいても、別に不思議なことではない。
「でも、お母さんは死んだ。もとい、殺された——となると、君のお父さん以外の誰かが、君の母親を殺したということになる。超能力者だからという理由で」
「多分、そうだと思います。どうしてそれがバレたのか……そもそも、私と母にそんな能力が備わっていると知っている人間は、多くありません。元々、私は両親から、絶対にその力を使うなと言われて育ってきたので——母親が死ぬまで、ほとんど使ったことはありませんでした」
「その割には、慣れていたように感じたけど」
「自分でもちゃんと理解しているわけではないんです。ただ……相手の行動を操作するという点は自覚的だとしても、他人の意志や、強い感情を受け取る能力は自動的ですから、ある程度日常的に能力は使っていたんだと思います。それを他人にぶつけなかっただけで。あるいは無意識的に使っていたのかもしれませんが。他人の意志を変える行為を、無自覚に行っていたというのは——それこそ、末恐ろしい話かもしれませんけれど」
「ふうん、まあ、わかった。つまり、君は母親が殺されたと考えていて、その母親を殺したのは、君の父親——赤坂医院のように、超能力者を排除する組織だと考えている。で、母親が殺されたということは、同じく能力を持った自分も殺されるのではないかと考えた」
「そうです」
「だったら、父親に頼めば良いんじゃない? 助けてって」
「父が安全だとは限りません」と、彼女はもっともらしい正論を口にする。「人の思想なんて曖昧ですから。正直、私が一番わかってます。人の熱意なんてころころ変わるんです。だから、父が母を殺したかもしれない。私はその線を一番疑っています」
「まあ……有り得ない話じゃないね。でも、だとしても、君は他人を操れるんだろう? だったら、はっきり言って、無敵なんじゃないか。あるいは——君のお母さんも似たような力を持っているなら、こと殺意に関しては無敵だったと思うんだけど」
「流石の私も、殺意のない攻撃には手も足も出ません」
「殺意のない攻撃」
「突発的な事故とか、病気とか……あるいは、どうしようもなく避けられない状況は変えられません。物理法則とかですね。駅のホームで線路に突き落とされたら、どうしようもないです」
「ああ、まあそれもそうか」となると、案外無敵な能力というわけでもないらしい。否、そうでなければ、『赤坂医院』が超能力者を軒並み処分することだって不可能だろう。「粗方、疑問は片付いた。片付いたっていうか、うーん、納得はしたよ。じゃあ最後の質問」
「まだあるんですか?」
「これが終わったら、車に乗せるよ」
「わかりました」
彼女は屈伸運動を終えて、朽ちた椅子に腰掛ける。
「最後の質問は二つ」
「後出しだ」
「一つ目は……君はぼくや、さっきの男がいるような裏社会に接触して、何がしたいのかということ。復讐という目的は分かったけど、手段が見えない。そういう組織から逃亡して身の安全を図ろうとするならわかるけど……敵陣に自ら入り込もうとする意図がわからない」
「ああ、確かに言われてみれば? 変かもしれませんね。でも、別に変じゃないですよ。さっきも言ったように、超能力者をこの世から抹消しているのは『赤坂医院』ですけれど、その指示を与えているのは、きっともっと上の階層です。もしかしたら国家全体かもしれないし、国家が認識さえしていない集団があるのかもしれない。それを突き止めて、それを破壊しようとしています」
破壊。
いきなりスケールが大きくなって、ぼくは戸惑ってしまう。戸惑い? いや、理解が追いつかなかっただけか。困惑したわけでもない。ただ、理解する速度が落ちただけだ。
「仕組みを壊そうとしている?」
「そうです。私も私なりに考えたんですけれど——私一人が生き抜くだけなら、父の資産のいくらかを盗んで国外逃亡でもして、死ぬまで生きれば良いかもしれません。でも、それって生きているって言えるのか、微妙じゃないですか。死ぬまでただ生きながらえるなんて、生きてるとは言えない。だから、大手を振って生きるためにはどうすればいいかって考えたら、組織を破壊するしかないかなって」
当然、この歳で自ら危険な人間を尾行するなどという選択を取るような人だから、かなり肝は据わっていて、行動力もあるのだろうけれど……それにしたって、一人の少女が、長く秘密裏に続く思想を破壊しようとするのには、かなり無理があるように思えた。
いや——違うか。
そういう選択肢を取れるほど、本来、超能力は絶対的なのだろう。
一人で数百人を相手取れるレベルの力。
やる気にさえなってしまえば、一般人が束になっても敵わない強大な力。
それが超能力、なのか。
それが効かないぼくにとっては、どれほど強大な力なのかは体感的には理解出来ないが——本来、他人の行動を制御出来てしまうという力は、ほとんど反則級だ。
「スケールの大きい話だけど、理解したよ。で、もう一つ。いくらぼくが君の能力の対象外の存在だとして、拘束されていて、歩いて帰るのが大変だとして——正直に全部話してくれた理由は、どうして? もしぼくが君の立場なら、ぼくとは出来るだけ距離を取りたいと思うはずだ。自分の力が及ばない人間に手の内を晒すなんて、正直言って信じられない。君の発言全てを疑っているわけじゃないけれど、なんていうか……悪手って感じがする」
「自分で言わせておいてそんなこと聞きます?」
「それはその通りだと思う……ごめん」
「悪いなんて思ってないくせに……まあそうですね、嘘をつかずに全てを話したのは、今までの会話の流れの中で、そうしようって決めたんです」と、彼女は初めて、笑顔を見せた。どこからどう見ても、作り物の笑顔だったが。「私、思ったんですよね。私が操作出来ないあなたと、どう付き合うのが正解なのか。少なくとも、あなたには私を殺すことは出来ないじゃないですか」
「わからないよ?」
「だって、あなたには殺意がないですし——あなたの行動理念を考えた時、さっきからそうですけど、自分が死なないために生きてる、って感じがするんです。あるいは、仕事として、生きるためにやっている。もし、あなたに『赤坂亜矢を殺せ』という任務が下ったとしたら、あなたは私を殺すかもしれない。でも、普通に会話している限り、あなたはあなたの独断で私を殺すという選択肢をとることはない」
それは、確かに彼女の言う通りだった。
ぼくは、自分で何かを選択するなんてことはほとんどない。周りに勧められて、他人から唆されて、生きている。自分で判断するなんてことは、よほどのことでもない限り有り得ない。無論、自分なりに効率の良い進め方を考えたり、スケジュールを立てたりすることはあるが——それは、パズルゲームで遊ぶのと同じようなことだ。その方が良いと思えるからそうしているだけであって、そこにこだわりもないし、強い自我もない。
「いや……その理論で行くと、もしぼくが、周囲の人間のためを想って、今ここで君を殺すべきだと考える可能性もある」
「もしそうなったら、私はあなたを初めて操作出来ることになります」
その通りだった。そうか、そりゃそうだ。ぼくが自らの意志で彼女を殺す——という選択肢を取ったとするなら、そこには少なからず、意志が存在するのだろう。明確な殺意が発生する。であれば、彼女はそれを回避出来る。そういう超能力なのだから。
八方塞がり、なのか。
否、現状はまだ、バリアフリーというところだろうけれど。
「……なるほどね。でもだからって、それはぼくの質問への回答にはなっていないように思う。君が殺されない理由にはなっているけれど、ぼくに秘密を打ち明けた理由にはなっていないんじゃないか」
「そうですね。でも、それはもっと簡単です」
「簡単?」
「はい。さっきも言ったように、あなたは死なないために生きている。つまり、自分に危険が及ぶ状況においては、それを回避する行動を取る。そこに強い意志が存在しないとしても——無意識下のうちに、そうした行動を取る。あなたは最初、銃を持ってここに現れたのに、私の前では銃を持っていません。私が危険ではないと思っているからです。同時に、安全を確保しようとする癖があります。罠かもしれないのに、スマホで明かりを付けてくれたり、騒ぐ私を自由にしてくれたりするのは、私のためじゃない。自分のため。自分が安全に生きるためなら、あなたは何だってすると考えたんです」
「あまり褒められているようには感じないけど、それはその通りだね。ぼくは、自分がただ安全に生きていられることを至上の喜びとしているところはあるように思う」
「だから、引き入れちゃいました」
と言って、彼女はまた、笑った。とびきりの作り笑いを浮かべて、かわいらしく首を傾げる。見る人が見れば、挑発されているようにさえ思うような、人を小馬鹿にした態度だった。
「引き入れた?」
「そうです。あのう……『赤坂医院』とか、組織とか、超能力の話、全部したと思うんですけど——今まで生きてきて、『超能力』が実在するなんて、噂レベルでも聞いたことないと思うんです」
「まあ……」
「なんでかって言うと、超能力が実在することを知った人間は、超能力者同様に、消されてしまうからです。つまり、響は、私という存在を知ったことで——組織から狙われる立場になった、ということです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます