第62話 将来はお煎餅屋さんになる
二人を片付けたのはいいが、問題はそのあとだった。
本物の銃を使って襲ってきたのだ。常識で考えれば、警察を呼ぶべきだろう。
ただそうなると、彼らを連れて来た雪乃さんにも国家権力の手が及びかねない。それは朱日先輩の手前困る。
「……あっ」
一つ案を思いつき、疲れ切った顔で車にもたれかかる雪乃さんに目を向けた。
「車に積んでる電波ジャミングか何か、切ってもらっていいですか? ちょっと電話かけたいので」
「え? あー、うん。わかった」
あまりにも自然な流れで車の中へ入って行った雪乃さん。
悪びれる様子もなかったぞ。最近の車って、電波をジャミングしてて当然なのか? そんなわけないよな?
「お、オレたち、どうなるんですか……?」
腕を折られてうずくまる仲間に寄り添い、男はさっきまでの威勢が嘘のような顔で尋ねた。
「いやぁ、俺に聞かれても。死なれても困るのでそこは何とかしてもらえるよう頼みますが……まあ、あとは天に祈っててください」
電波が入ると朱日先輩からのメッセージが一気に流れ込んだ。
ひとまず無事だと一言返信し、一条先輩に電話をかける。
『はいはーい、どしたの糸守クン。僕に電話かけてくるなんて、もしかして誘ってるのかい?』
「電話かけただけで、俺を発情期認定しないでくださいよ。いやちょっと、面倒なことがあって――」
国家権力以外でこの二人をどうにかできるのは、裏の権力だけだと判断した。
後始末に一条先輩を利用するのはかなり気が引けたが、そもそも元を辿ればこいつらはあの人を誘拐しようとしたわけで。その処遇を彼女に託すのは、自然な流れと言える。
「――ってなわけなんで、この二人を回収してもらうことってできます?」
『おっけ、すぐに人を送るよ。ちょっと待ってて』
「それで……あの、頼っておいて勝手なこと言うなよって感じなんですけど、殺すとかはやめてください。反省してるかどうかはわかりませんが、それでも、そういうのは……」
『僕のことを何だと思ってるのさ。……まあうちの親父はブチ切れてたから許さないかもだけど、そこは何とか説得してみるよ』
電話の音が漏れ聞こえていたのだろう。
二人はホッと胸を撫で下ろし、安堵の表情を作る。
『でも、ただ無罪放免にしちゃ筋が通らないからさ。ほら僕、今度BARを開くだろ? 糸守クンも色々手伝ってくれたとこ。二人にはあの店で働いてもらおうかな、年中無休で』
「……って言ってますけど、どうします?」
尋ねると、二人は首がもげるほどの速度で何度も首肯した。
そりゃそうだよな。命がかかってるんだから。
「二人ともやるそうです」
『そっか、じゃあそういうことで。……わかってると思うけど、次妙なことしたら僕も庇ったりしないって伝えといて。僕と糸守クンのメンツを潰すのは、自分たちの心臓を潰すのと同義だからね』
「……わ、わかりました。伝えておきます」
『んっ。そんじゃまたねー!』
電話が切れ、俺はそっと息をつく。
……最後の一瞬。メンツのくだりの時、一条先輩の声がかつてないほど怖かった。こう言っては失礼だろうし、彼女も否定すると思うが、確実に裏社会のドンの血を引いている。
「そういうことなんで、迎えが来るまで待っててください。あぁその腕、変な折り方はしてないんで、ちゃんと処置すれば綺麗に治ると思います」
「ありがとうございます……ほ、本当にありがとうございます……!」
さっきまで銃で俺を殺そうとしていたのに、何もかもが嘘だったかのように涙ながらに頭を下げる。
……何だこの状況。
いやまあ、別にいいんだけど。
そんなこんなで一時間弱ほど待ち。
一条先輩が寄越した人たちがやって来て、二人と車を回収し去って行った。
あとには、俺と雪乃さんだけが残る。
「……で、俺を殺すとか何とかってやつ、まだやりますか?」
「もういい、疲れちゃった。私の自業自得で死にそうになったのに、他でもないあんたに命を救われたわけだし。……本当に助かった、ありがとう。今回は目を瞑るわ」
今回はってことは、次回があるのか?
全然嬉しくないんだけど。
「それより、ちょっと話しましょ。お互い、色々と言いたいことがあるでしょうし」
最初からそうしてくれればよかったのでは、と思いつつ。
俺は黙って車の助手席に乗り込んだ。下手に口答えして、また暴れられたくないから。
「あんた、お酒は呑めるのよね?」
「ええ、まあ……今から呑みに行くんですか?」
「今日は酔わなきゃやってられないわよ」
そう言ってエンジンをかけ、激しい音を鳴らしながら車は走り出した。
……俺を殺そうとした人と酒、か。
嫌だな。酔ったところをグサリとか、やられたらどうしよう。
まあ、どうせ盛り上がることはないだろう。
一口二口呑んで、彼女の愚痴か何かに付き合っておしまい。
さっさと済ませて、一刻も早く朱日先輩のもとへ帰ろう。
◆
二時間後。
適当に入った居酒屋にて。
「これも見て! ねっ、ねっ! すごいでしょ、三歳の時のあーちゃん!」
「うわ可愛い!? て、天使じゃないですか! ……いや、っていうかむしろ神? 神ですよこれ!!」
「そうなのよー! この頃のあーちゃん、いつもお煎餅食べててね! 将来はお煎餅屋さんになるって言ってたわ!」
「か、可愛過ぎる……! お煎餅屋さん……あ、あの朱日先輩がお煎餅屋さん……!」
「この写真も見なさい! これはね、四歳のあーちゃんよ! おままごとしてる時のやつ!」
「うわぁああ! やばい、可愛い! ちょー可愛いです! あぁ……ダメだ、泣けてきた。可愛過ぎて……な、涙が……!」
「泣いてる場合じゃないわよ、糸守……! これを見なさい! 七五三に行った時のあーちゃんよ!!」
「め、目がぁ! 目がぁああああ!」
俺と雪乃さんは、彼女のスマホに収納された天王寺朱日秘蔵フォルダを肴に、周りの客がドン引きするほど盛り上がっていた。
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