第51話 雪が降る田舎の夜のような静けさ
プール当日。
郊外のレジャー施設に来た俺と朱日先輩は、先に着いていた一条先輩と合流した。猫屋敷さんと竜ヶ峰さんは少し遅れるらしく、三人で先に中へ入る。
「一条さん、これを」
「言われなくてもわかってるよ。大丈夫、マイアイマスク持って来たから!」
更衣室の手前。
朱日先輩の言葉に、一条先輩はバッグからアイマスクを出した。……そういえば前に言ってたな。こういう所へ皆と遊びに行くと、着替える時に目隠しされてるって。
「……念のため、私のものと取り換えておきましょう」
「ちょ、ちょっと天王寺さん、僕のことを信用してよ! 本当にただのアイマスクだから!」
「要君、確認してください」
一条先輩からアイマスクを取り上げて、自分に装着した。
案の定、スケスケでまったく視界を隠せていない。
「こんなものまで用意して、朱日先輩の裸が見たいんですか……?」
呆れながら尋ねると、一条先輩は観念した様子で肩を落とす。
「……見たいよ。あぁ、見たいさ! おっぱいが見たい! お尻が見たい! 天王寺さんの全部が見たいんだぁああああ!」
「はいはい。他の方の迷惑になるので、静かに着替えましょうね」
「やだ! アイマスクは嫌だ!」
「それを着けて静かにしてくだされば、私の身体に日焼け止めを塗ることを許可してもいいですよ」
「……」
雪が降る田舎の夜のような静けさ。
呼吸すら止めて、一条先輩は更衣室へ連れて行かれた。
……本当に現金な人だな。たぶん、カタツムリより思考回路が単純だぞ。
さて、俺も着替えるとしよう。
今日のために新調した海パンとラッシュガード。古傷を見られないよう全身を隠して、更衣室を出る。
プールサイドを歩きながら、周囲を見回す。
夏休み中だが、平日ということで人はそれほど多くない。
頭上からサンサンと日光が降り注ぎ、水のそばだというのにかなりの暑さだ。先に入っているわけにもいかないため、点在する水溜まりを踏んで時間を潰す。
先輩たち、まだかな。
女性の着替えは、男よりもずっと大変だろう。
しかも朱日先輩は、一条先輩の世話もしなければならない。
適当なところで日陰に移動し、しゃがみ込んで二人を待つ。
十分か、十五分か。気温にも慣れてきたところで、周囲の空気が変わりふと視線を上げた。
「お待たせしました、要君」
花の模様が入った白のビキニ。腰に巻かれスカートのようにはためく白のパレオ。
露出自体はそれほど多くないが、その卓越した容姿の魅力はまったく隠せておらず、周りの男たちがだらしない顔で凝視している。それは女性も例外ではなく、金髪金眼にモデル並のプロポーションという神から二物も三物も与えられまくりな朱日先輩に、嫉妬と羨望が入り混じった視線を送っている。
家で一回試しに着ていたから見るのは初めてじゃないが、太陽の下ではかなり印象が違う。
もう何というか、実は妖精です、と言われても信じてしまうかもしれない。それくらい美し過ぎてリアクションに困る。
「何だかここ数日、要君には水着姿ばかり見せているような気がします」
そう言って、無表情の中に少しだけ笑みを落とした。
マイクロビキニと今着ているものの試着、そして今日で三回。ここ一週間の出来事だが、確かに多い気がする。
「流石にもう、見慣れてしまいましたか?」
「そ、そんなことありません! 可愛いです、ちょー可愛いです! ご、ごめんなさい……俺、どう褒めたらいいかわからなくて! それぐらい可愛くて、あの、えっと、マジで可愛いです!」
我ながら語彙力が死んでいる。
でも仕方ないだろ。それくらい可愛いんだから。
……ただちょっと気になるのは、周りからの視線だ。
見るなという方が無理な話だと理解しつつ、自分の彼女に情欲を向けられるのはあまり気持ちのいいものではない。
「天王寺さん、忘れ物だよ。ほら、これ羽織っといて」
後ろから小走りでやって来た一条先輩が、朱日先輩の肩にグレーのパーカーをかけた。
「あの、これは一条さんのものでは……?」
「そうだけど、糸守クンの顔見てみなよ。俺の女がいやらしい目で見られてる! ってちょっと怒ってたし。僕の女でもあるんだから、そのへんちゃんと気をつけなきゃ」
「余計な一言があったような気がしますけど……ありがとうございます、一条先輩」
軽く会釈をすると、「そりゃ僕の女だからね!」と更に余計な付け加えをした。
……まあ、今回は黙っておこう。彼女の的確な気遣いに助けられたのだから。
「っていうか一条先輩、その水着、本当に似合いますね。ちょっとビックリしました」
「私も可愛過ぎて驚きました。要君がとられないか心配になるほどです」
「い、いやー……はは、はははっ、まいったなぁ。二人してお世辞が上手いんだから、まったく」
「だから、何で俺が一条先輩にお世辞言わなくちゃならないんですか。本音しか言ってませんよね、朱日先輩?」
「はい。私たちが一条さんに嘘をつくことはありませんよ。もっとご自身の可愛さに自信をもってください」
「も、もうわかった! わかったから! うぅー、パーカー貸すんじゃなかったよぉ……!」
身体を隠せる布を失った一条先輩は、顔を真っ赤にしてその場にうずくまった。
朱日先輩は煽るように、「お気遣い感謝します」とパーカーの袖に腕を通す。
「じゃあ揃ったところで遊びます? 先に昼食にしてもいいですけど」
「私たちと入れ違いで瑠璃さんが来たので、もうしばらく待ちましょう。彼女、服の下に水着を着ていたのですぐに来ると思います」
噂をしていると、「おーい!」と元気いっぱいに手を振りながら猫屋敷さんが走って来た。
相変わらずの目に優しくないショッキングピンクの髪に、ピンクベースに黒が混じったワンピース水着。先輩たちとは全く違う、あざとさを煮詰めたような可愛さである。
「ごめんごめん、電車が遅れとってな。あとでジュース奢るから許して!」
「お気になさらず。それよりも、竜ヶ峰さんは?」
「着替えに手こずってんねんやろ。あの服、脱ぐのも着るのも大変やからな」
竜ヶ峰さんと言えばゴシックロリータ。
確かにあの類の服は、色々と手間がかかりそうだ。
ああいう系が好きってことは、水着もそういう感じのやつなのかな。
夏場でも徹底して着てるわけだし、全然あり得る話だ。
「あっ、来た来た。おーい、竜ちゃーん!」
猫屋敷さんが手を振ると、一人の人物がこちらに気づいて歩き出した。
首の後ろで一纏めにした漆黒の髪。スポーツ選手並みに長い手足。朱日先輩ほどではないにしても、その存在感は強烈であり人目を引く。
「うっはー! やっぱり竜ヶ峰さん、いい身体してるなぁ!」
「アカンで、晶ちゃん。ウチの竜ちゃんやから」
「要君もダメですよ。私のものなので」
「ぶーふーっ! 僕ばっかり仲間外れにして酷いよ!」
何でもない会話を交わす三人。
俺は竜ヶ峰さんを見上げ、あんぐりと口を開けたまま固まる。
い、いやいや。
待て。待ってくれ。
何だこれ。どういうことだ。
思考が追い付かず、動揺は笑いに変換されヘラヘラと口から漏れた。
それを見た朱日先輩が、「どうしました?」と俺に尋ねる。
「ど、どうしたも何も――」
ずっしりと重厚な足から脛、太ももと昇り、俺の視線はレジャー用のよくあるタイプの海パンに行き着いた。上は特に何も着ておらず、逞しい腹筋がそこにあり、胸には脂肪ではなく筋肉が搭載されている。
「竜ヶ峰さんって、男だったんですか!?」
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