第49話 銃弾とか避けそうですよね
「ん?」
店の外。
壁を背にしてうずくまり、顔を耳まで赤く染めた一条さんを見つけ、「どうしました?」と私は近づいた。
「……どうもこうもないよ。糸守クンが酷いんだ。僕のことを可愛いっていうから、しかもあんな真面目な顔で……!」
悔しそうに、しかし嬉しそうに。
乙女全開な表情で、ギュッと買い物袋を抱き締める。
なるほど。おおかた要君から、この水着は一条先輩に似合うと言われ、堪らず購入したのだろう。
「本当に勘弁して欲しいよ。僕、そういうの慣れてないのに……!」
一条さんは性に対して奔放だが、向こうから距離を詰められることに滅法弱い。
特に肉体目的ではない、単純な褒め言葉への耐性は皆無に等しい。
どうしてそんな性格になったのかは、私なら理解できる。この人と私は、本質的には同じだから。
父親が巨大極道組織の首領という立場では、色眼鏡で見られることが多かっただろう。あいつもきっと悪いやつだ、と何もしていないのに後ろ指を指されてきたに違いない。
だからこそ、自分の代わりに金や性を立てて他人と交流する。
まともな方法では、怖がられて嫌われると思っているから。
ところが要君は、一条さんにそういう興味を持っているわけではないのに、特に偏見もなく普通に接している。一人の女の子として扱っている。
それが彼女にとっては嬉しく、同時に想定外なのだろう。
「要君にときめくのは構わないのですが、私からとらないでくださいね」
「そこは安心してよ! その時は天王寺さんも一緒にもらうから!」
今の発言のどこに安心する要素があるのか。
「あぁ、そうだ。前に相談してくれた件だけど、言われた通り糸守クンの周りを監視させてたら、ついに
「……最近、電話をしても繋がらないと思っていましたが、やはり日本に来ていましたか。何か危険なことをする兆候はありますか?」
「妙な連中に声掛けてるみたいだけど、一応僕の出来る範囲で話には乗らないよう言ってある。でも、効果にはあんまり期待しないでね」
「ありがとうございます。助かります」
一条さんに頭を下げて、小さく嘆息する。
「仕方ないよ、こればっかりは。天王寺さんの恋人が誰だったとしても、あの人は来てただろうし」
「私ももう大人だというのに……本当に困ったものです。どうにか要君と接触する前に、私の方で話をつけておきたいのですが……」
「差し出がましいようだけど、そんなことしても無駄じゃないかな? 僕が言うのも何だし、天王寺さんには失礼かもしれないけど、あの人はちょっとどうかしてるよ」
「……お気になさらず。私もどうかしていると思っているので」
十年近く前の誕生日会。
そこで私の身体に触ったとある大物政治家に対し、あの人は烈火の如くブチギレた。最初はアイスピックで刺そうとしたが、それは別の参加者に止められ、代わりに殴る蹴るの猛襲で半殺しにしてしまった。
以降、私の誕生日会への参加は禁止。
私生活においても接近を控えるよう言われ、それでもつい最近まで毎晩のように電話で話していた。……要君と付き合い、彼の家に入り浸り始めるまでは。
――天王寺
私の五つ上の姉で、控えめに言って狂気じみたシスコン。
きっと彼女は、明確な殺意を持って要君を襲う。
薬物や刃物を持ちだすかもしれない。可愛い妹を汚されたと思っているあの人にとって、法律など取るに足らないものだ。
その時、心配になるのは――。
「殺すつもりで要君に挑めば、確実に返り討ちに遭って、お姉様が怪我をするかもしれません。何とか止めないと……」
「いっそのこと、お姉さんに銃とか持たせてみる? 護身くらいにはなるかもだし。流石の糸守クンでも銃相手ならビビッて……いや、何かビビる姿が全然想像できないな」
「銃弾とか避けそうですよね、要君って」
「わかる」
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