第30話 今夜は帰りたくないです
午後十時前。
誕生日会が終了し、最後の参加者を見送った私と糸守君は、バルコニーで夜風に当たっていた。
「まさかあの告白が、私に言い寄る男性陣を蹴散らすためのものだったとは……」
「ご、ごめんなさい。あれしか思いつかなくて。……でも、実際に効果ありましたよね?」
効果があった、どころの話ではない。
公開告白以降、私に下世話な気持ちで話し掛けて来る男は皆無。おかげで今回の誕生日会は、歴代で最も心穏やかに過ごせた。
「つまり、あの告白は嘘だった、ということですか?」
告白の意図に気づいた時、真っ先に気になったのはそれだった。
私の問いかけに、夜空に浮かぶ月を眺めていた彼は、ふっと視線を落として恥ずかしそうに笑う。
「……う、嘘じゃ、ありません。嘘であんなこと、言うわけないじゃないですかっ」
「そうですか。安心しました」
彼は元の場所へ視線を戻し、私もそれを追って空を仰いだ。
涼しい風に吹かれながら、無言の時間を共有する。大広間ではガチャガチャとスタッフたちが後片付けを行っており、その雑音が妙に心地いい。
「「あの」」
まったく同じタイミングで声をかけてしまい、思わず顔を見合わせた。
どうぞどうぞとお互いに譲り合い、最終的に私が先行を貰う。
「告白が本当だったということは、糸守君が彼氏ということでお間違いないでしょうかと……そう、確認をしたかったのですが」
「あっ。え、は、はい。彼氏……で、間違いないと思います」
「ありがとうございます。糸守君は私に何を?」
「いや、俺も一緒で。……先輩のこと、彼女だと思っていいのかなーって」
「はい。彼女です」
「あー……へえ、あぁ、うん。……そ、そうなんですね」
みるみる顔が赤くなり、ボリボリと後頭部を掻く。
少女漫画のヒーローのような恥も外聞もかなぐり捨てた告白をしておいて、こうやってしっかりと照れるのだから可愛い。……とか言ったら怒るかな、糸守君。
「でもなんか、すみません。何があっても幸せにするとか、プロポーズみたいですよね。頭の中ぐちゃぐちゃで、色々と焦っちゃって……!」
「では、幸せにする気はないと、そういうことですか?」
「ち、違いますよ! 幸せにします! 俺の命に代えても、絶対に!」
「命には代えないでください。糸守君がいないと泣いてしまいます」
「あっ……は、はい。すみません」
「私も糸守君のこと、幸せにします。絶対に」
感情が蓄積する。本当はもっと笑いたいのに、表情筋がぴくりとも動かない。
申し訳なさに内心歯噛みする私の頭を、糸守君がそっと撫でた。
「俺は先輩といられたら、いつだって幸せですよ」
愛おしそうに目を細めて、彼は言った。
直後に表情を崩して、「調子に乗ったこと言っちゃったかな……」と笑って誤魔化す。
格好をつけて、すぐに恥ずかしくって。その全てが好きで、好き過ぎて、苦しさが加速する。
今すぐにでも酔っ払って、何もかもを解放したい。
「……あの、糸守君」
「何ですか?」
きゅっと、彼の服の袖を掴む。
初めて出会った時のように。
「糸守君のお家へ行きたいと言ったら、ご迷惑でしょうか?」
「今からですか? もう結構いい時間ですし、来てもすぐ帰ることになるんじゃ――」
「嫌です」
「えっ……?」
困惑する糸守君。
私は袖を軽く引っ張り、彼を引き寄せた。
「――今夜は、帰りたくないです」
糸守君は更に顔を赤くして、たっぷりと時間をかけて悩んで。
最後には小さく頷き、「じゃあ、行きましょうか」と力なく呟いた。
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