内通者は誰だ

 清丈が語ったのは町で出会ったある僧侶のことだった。笠を被っていて顔は見えなかったものの、体格は良く、法衣をやけに崩して着ていたと言う——しかし丁寧とまでは言えずとも、十分に礼儀をわきまえた物腰だった。僧侶は清丈を呼び止めると九珠剣客について尋ね、その際に彼女は訝しみながらも九珠剣客とその師が然安寺の友であることを教えてしまったのだ。


「九天剣訣を教えられる者は李玉霞様以外におらず、その弟子を名乗る簫施主ともども存命であるとなれば、李様の居所は自ずと然安寺に定まりましょう」

 清丈は震える声で言うと、梅凛を押し退けてその場に跪こうとした。

「清丈」

 簫九珠が慌てて彼女の腕を掴む。

「清丈尼姑、その必要はありません。間違いは誰もが犯すものですし、故意でないことは我々も分かっています」

 知廃生が声をかけると清丈は小声で謝り、椅子の中で小さくなった。

「でも、もし清丈さんが会ったのが天曜日月教の奴なんだとしたら、衡山派が連中と繋がってたってことになるんじゃないか?」

 飛雕が部屋の隅から声を上げる。汪頑笑は目を剥き、この義理の息子を怒鳴りつけようと振り返ったが、飛雕は彼に喋らせまいとばかりに「だってそうじゃないか!」と言った。

「龍虎比武杯の案内は主催からしか届かないんだろ? 奴らの様子を見ていても偽の案内を出していたようには思えないし、だったら衡山派と天曜日月教が繋がってるってことになるじゃないか!」

 それを聞くと、汪頑笑は口をつぐんで卓子に向き直った。素文真と知廃生も真面目な顔で頷いている。

「これは、一度衡山に戻った方が良さそうですね」

 部屋中が重苦しい沈黙に飲まれる中、知廃生が言った。



***



 一方、その衡山では。

 藍蝶蝶は競技場の真ん中に立って両手に印を結び、陣を張っていた。元より蠱の扱いと一族に伝わる呪文しか知らなかった彼女だが、天曜日月教に入ってからの二十年間、毒と内功を合わせることでより効果の高い呪術として蠱毒を使うことに成功したのだ。彼女は陣を張って残った蠱を呼び出し、死骸や毒気までをも吸い出して蓋つきの盆に納めると、長く息を吐いて陣を閉じた。

「終わったよ」

 藍蝶蝶が声を張ると、遠巻きに見ていた胡廉、張正鵠、林信君がぞろぞろ歩いてきた。方陣に引き寄せられる大量の毒虫に三人とも少なからず圧倒され、林信君などは生きながら幽霊になってしまったような顔つきになっている。

「全部回収したからもう大丈夫だ。お弟子さんたちを呼び戻してもらって構わないよ」

 張正鵠は藍蝶蝶の言葉に頷くと、少し離れた場所にいた林信君に目配せした。林信君は浮かない顔のまま頷いて踵を返し、一歩踏み出した。

 そのとき、突如として何かが空を切って飛んでいった。突然の気配に藍蝶蝶と胡廉は身を固くし、林信君は振り返ると同時に己に向けて放たれた匕首を叩き落したが、すぐに顔をしかめて血のにじむ手を押さえる。もとから憂鬱を全面にたたえていた顔がみるみるうちに苦悶にゆがみ、さらに追い打ちをかけるようにその胸をもう一本の匕首が襲う。林信君はよろめきながらも三人を睨みつけて何か言おうとしたが、開いた口から声にならない呻きを数回発したきり崩れ落ちてそのまま動かなくなった。

 藍蝶蝶と胡廉は目を丸くして一斉に張正鵠を見た。甥弟子であり、右腕でもあったこの若き副掌門をたったの二手で殺したというのに、張正鵠は涼しげな顔で二人に微笑んでいる。

「……すごいね、あんた」

 藍蝶蝶が感嘆の声を上げた。

「毒を塗った匕首で心の臓を一突きですか。もし林信君の反応が悪ければ一本目で死んでいましたね。まさか張掌門にこのような秘技があったとは」

 胡廉は素早く死体を検分すると、虚空を見つめている林信君を最後にちょっとつついてから二人のもとに戻った。張正鵠は悲しげな表情を浮かべると、林信君をちらりと見てかぶりを振る――もしも段紫雲が生きていて、林信君の心情が今より安定していて反応も素早かったとしても、彼はこの凶手からは逃れきることはできなかっただろう。

「段紫雲が死んでから痛ましいほどに落ち込んでいましたからな。彼女無しでこの先何十年と生き続けるよりは、さっさと一緒になった方が彼の気も休まりましょうぞ」

「あんたなりに甥弟子思いだってわけかい。お見それしたよ、張正鵠」

 藍蝶蝶はそう言って張正鵠に笑い返すと、すぐに笑顔を引っ込めて問うた。

「でも、これからどうするんだい。あたしらについて辰煌台に戻るかい? それともあたしらのを吹聴するためにお弟子さんたちのところに戻るかい」

「それは教主のご意向に従いましょう。もちろん、お二人が辰煌台への同行を願われるなら喜んでご一緒します」

 藍蝶蝶と胡廉は顔を見合わせると、互いに首をすくめたり頷いたりしてから張正鵠に向き直った。

 刹那、胡廉が短刀で張正鵠に斬りかかる。腕を押さえ、痛みとどんどん広がっていく血の染みに目を白黒させる張正鵠に胡廉は告げた。

「では、そのまま下山して、お弟子さんたちに私たちが林信君を殺し、あなたを襲って逃げたと伝えてください。心配することはないですからね、簡単な手当てで済むように加減しましたから」

「……では、お二人は、」

 しどろもどろになりながら張正鵠が尋ねると、藍蝶蝶は小馬鹿にしたようなため息とともに答えた。

「今胡廉が全部言ったじゃないか。あんたはもう襲ったから、あとは逃げるだけだ」

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