第328話 泡沫夢幻(ほうまつむげん)
大阪上杉屋敷で上杉晴景は縁側に座り枯山水の庭を見ていた。
白砂と岩で作られた小さな箱庭の世界を見つめている。
その小さな箱庭の中にも確実に四季の移り変わりがあり、季節ごとに違う顔を見せていた。
「晴景様」
家臣が声をかけてきた。
「どうした」
「今川氏真様が御目通りを願っております」
「氏真殿か、ここに通せ」
「はっ」
しばらくすると少し線が細いが立派な若武者がやってきた。
「今川氏真にございます」
「上杉晴景である。此度はすまなかった。儂の油断が義元殿を死なせてしまった」
「そのようなことはございません。父は、唯一友と認めていた晴景様と共に戦え満足であったと思います。父はいつも言っていました。晴景殿は凄いやつだ。あいつは唯一の友だとよく言っていました」
「あいつはそんなことを言っていたか」
上杉晴景は目を細めながら氏真の話を聞いている。
「正直、大名同士に友誼などあるのかと不思議に思っていました。私は、大名同士というものは、殺し殺され、騙し騙され、領地をめぐり奪い合う、そんな関係だと思っていました。ですが父と晴景様は違いました。対等な関係で力を合わせ乱世の世を駆け抜けようとされていました。そして、父は友誼に殉じました。そんな父の生き様を見て、悲しみと同時に羨ましくも思いました」
「義元殿は、儂が迷っている時にいつも道を示してくれた。その言葉は千金にも値する重みがあった」
「父は晴景様と出会うことで、戦い以外で領地を大きく富ませる方法を得ました。それからより一層領地を運営することが楽しそうでした。自分がそんな父に追いつけるのか自信がありません」
「義元殿は、よく儂に話していたことがある」
「どんなことをです」
「倅の氏真は、和歌が上手く、蹴鞠も上手いとよく自慢していた。本当にしつこいぐらいに自慢していた。子の無い儂からしたらとても羨ましかった」
「晴景様。父がそのようなことを言われていたのですか・・・」
今川氏真は少し意外そうな表情をしていた。
「お主は義元殿が自慢した倅なのだ。自信を持て。お主は東海一の弓取と呼ばれた男が自慢した男だぞ。お主の足りんのは自信と経験だけだ」
「で・ですが」
「足りんところは、有能な家臣達を動かせ、有能な家臣体を働かせろ。今川家には有能な家臣が多くいるだろう。そいつらをもっと動かせ、それでもダメならいつでも儂のところに来い。相談に乗ってやる。義元殿は最後までお主を心配していた。儂にお主ことを託して逝ってしまった。友の頼みだ。儂が命ある限り手を貸してやる」
「晴景様。ありがとうございます」
奥州丸森城
伊達稙宗は側近である
「殿。どうやら晴宗殿の策は失敗に終わったようです」
「そうか、失敗に終わったか。そんなもんだろう」
伊達稙宗は驚くこともなく淡々としていた。
「驚かないので」
「驚く必要がどこにある」
「かなり手の込んだ策を仕掛けておりました」
「確かに策はかなり手の込んだ真似をしているが、所詮は机上の策よ」
「机上の策ですか」
「己の命を張らず、書状と少し忍びを動かしただけだ。そんなものは上手くいくどうかは五分五分だ。上手くいったら儲け物程度だ。そんなものに命運を託すほうがどうかしている。情勢を冷静に考えれば、そんなことに時間を割いている場合では無いのだ」
「手厳しいですな」
「あやつは先の見通しが甘いのだ」
「確かにそんな面がございますな」
「謀反を成功させ儂を隠居させたが、それと引き換えに伊達家は多くのものを失った。多くの領地を失い、多くの権益を失った。何のための謀反なのか分からんな」
「ならば、殿が少しは手を貸して差し上げて良いのでは」
「やることはただ一つ。己の命をかけてなりふり構わず必死の土下座しかない。だが、面子にこだわるあやつにそれを言ってやってもするはずがなかろう」
「もはやそこまでの情勢でございますか」
「それは少し前までの話だ。もはやそれで済むかどうか分からんところまで来ている。おそらく遅いかもしれんな」
「殿。ならば尚さら・・」
「儂らは既に終わった存在だ。儂らにできることは、ただただ見届けるだけだ」
伊達稙宗は少し寂しそうに丸森城から見える景色を見つめていた。
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