第306話 耳川の戦い(3)

上杉景虎のいる耳川本陣には、軒猿衆と博多商人たちからの周辺情報が集まってきていた。

その情報の中に、看過できない情報があった。

目の前には、伊東攻めの前線周辺を探っていた軒猿衆がいる。

「大友陣中に不穏な動きがあるとは如何なる事だ」

「大友家中の伴天連の信徒達が伊東家と手を組んで幕府に反旗を企んでおります」

「大友家中の伴天連達だと、なぜだ」

「伴天連達が日向北部での寺社仏閣に対して行った焼き討ちが、罪に問われたのが発端のようです。その事に対しての不満がかなりあるようでございます」

「呆れた連中だな。軍規に違反している上に、罪なき者に対する焼き討ち行為を咎められているというのにそれを逆恨みするか」

「寺社仏閣を一方的に邪教と罵っている者達です。反省の色は無いかと思われます」

「そこに伊東義祐がどのようにかかわっている」

「伊東義祐の手のもの達が大友家中の伴天連達に、幕府は伴天連を全て撫で切りにすると伴天連達に囁いているようです」

「罪に問われたことが面白く無いと思っているところを、伊東義祐いとうよしすけの策に乗せられたか。具体的にどうするつもりなのだ」

「大友義鎮殿の身柄を抑え、前線で反旗を起こさせて本陣を強襲させ、我らの目を前線に向かせた隙に、大友領内から伴天連達だけで構成された増援部隊を呼び入れ、我らが本陣を背後から襲うつもりのようです」

「謀反を起こした上で我らを攻めることを考えるとは、何という愚かな行為だ。大友家が終わるぞ。何のために兄上が大友家の力を削りすぎぬようにしたと思っているのだ。すぐに立花道雪を呼び戻せ」

軒猿衆の報告が入る前に、立花道雪が景虎の本陣を訪れ、伊東攻めの打ち合わせをして前線に帰ったところであった。


四半刻ほどで立花道雪がやって来た。

急に呼び戻されたため、何が起きたのか少し警戒するように入ってきた。

景虎の厳しい表情に立花道雪の緊張感が高まる。

「立花道雪お召しにより参上いたしました」

「立花殿。呼び戻してすまない。時が無いため率直に言おう。この戦の最中、大友家中に謀反を企んでいる者達がいる」

「えっ、謀反でございますか。この戦の最中に・・それは誠でございますか」

景虎の言葉を聞き立花道雪の顔色が変わる。

「大友家中の伴天連達が伊東義祐と手を組んだ」

「伊東義祐と伴天連達がですか」

「そうだ。前線の大友義鎮の身柄を抑えて前線で騒動を起こし、我らの目をそちらに向けさせて、その隙に大友領内の伴天連達が我が本陣を攻める手はずのようだ」

「何という馬鹿なことを」

「さて、我らで対処しても良いが、そうなると大友家は終わるぞ」

既に敵の手の内がバレている以上、上杉景虎が後手を引くことは有り得なかった。

景虎の中では、大友家で謀反が起きたら、上杉家として、幕府軍として、どう対処するか既に決まっている。

あとは、大友家、立花道雪が如何するのかだけであった。

「お待ちください。必ずや大友家の中で治めます。しばらく、しばらくお待ちください」

「間に合うのか、間に合わず動き出せば我らは容赦せぬ」

立花道雪は、激しい喉の渇きを覚え、思わず唾を飲み込む。

謀反が動き出せば確実に大友家は終わると立花道雪は思っていた。

立花道雪の目に映る上杉景虎は、小手先の策が通じるような甘い相手では無い、噂通りのまさに軍神。

さらにその兄である幕府管領上杉晴景は、毛利元就を上回る謀神と見ていた。

そんな軍神と謀神の2人がこの九州に揃ってやって来ているのに、小手先の策で戦いを起こそうとする愚か者達が大友家中にいたことに眩暈を覚えるほどであった。

「この立花道雪の名にかけて必ずや治めます」

「ならば、大友家中でのゴタゴタは目をつぶろう。兄上にもそのように伝えておく」

「はっ、寛大なる御心に感謝いたします。幕府軍の伊東攻めに支障が出ないように、直ちに対処いたします」

「分かった。大友家のゴタゴタは立花道雪殿に一任する。存分に動かれよ」

「承知いたしました。急ぎますのでこれにて御免」

立花道雪は急ぎ幕府本陣を後にした。

本陣を出た立花道雪は、事の次第を書いた書状をすぐに作成して、大友領の留守を預かる吉岡長増に送り、大友領内での謀反人たちの鎮圧を依頼。

自らは大友陣営内にいる謀反人達の制圧に向かうのであった。

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