第201話 晴景VS信長
夜になり風が強く吹き出している。
上杉晴景率いる上杉勢5千は村木砦近くに移動していた。
海路を使い村木砦を強襲しようとしている織田勢を待ち伏せする為である。
今川義元からはそれは今川でやると言われたが、織田信長の戦ぶりをこの目で確かめたいと無理やり村木砦側にやってきていた。
「晴景様。流石にこれだけ風が強いと船は動かせないでしょうから、今夜は攻めて来ることはないでしょうな」
真田幸綱は、風で雲が流されていく夜空を見上げて呟いていた。
夜空の雲が風でどんどん流されていくのが見える。
「いや、来る。こんな天候だからこそ来る」
「ま・・まさか、この風ではあまりに危険」
「儂ならこんな天候だからこそ船を出し敵の背後を突く」
「ですが、この風では船が転覆してしまいます。下手をしたら戦わずに全ての船が転覆してしまい、全ての兵が海の藻屑となり、全滅もあり得ます」
そこに真田の忍びが飛び込んできた。
「晴景様。一大事にございます。今川義元様本陣が敵の強襲を受けました」
「何・・・義元殿は無事か」
驚く晴景。
「義元様は無事でございます」
「織田の兵による強襲か」
「おそらく織田に雇われた甲賀忍びの一団と思われます。火薬を詰めた竹筒を矢で今川家本陣に向かって大量に打ち込み、竹筒が本陣内で次々に爆発。かなりの被害が出ております。さらに前線で織田と睨み合っているところにも同じものが後方から打ち込まれ爆発。現在、今川勢は混乱状態」
「幸綱」
「はっ!」
「来るぞ。織田信長が村木砦を狙ってやって来るぞ」
「直ちに真田の忍びたちの物見をさらに増やして警戒にあたらせます」
「我らの軍勢は直ちに戦支度をせよ。織田を迎え撃つぞ。村木砦の今川勢にも知らせよ」
上杉晴景は直ちに戦支度を指示。
上杉の軍勢は臨戦体制に入った。
深夜遅くなり完全に周囲は静まり返っている。
「晴景様」
「幸綱、織田が来たのか」
「はい、船で海岸に上陸。総勢3千。こちらに向かっております」
「こちらの準備は」
「既に、我ら上杉側。村木砦の今川側。全て戦準備は整っております」
「鉄砲の準備は」
「鉄砲も準備できています。竹束対策用に口径の大きなものを含めて100挺用意してあります」
「乱戦になるだろう。織田の別働隊はどうだ」
「今のところ、いないようです」
「軍勢に織田信長は居るか」
「永楽銭の旗印がございます。おそらく居ると思われます」
「今の信長の立場はとても危うい。自ら体を張らねば、家臣は誰も付いて来ないからな。間違いなくいるだろう」
上杉晴景率いる上杉勢は主敵を織田勢に定める。
村木砦の今川勢は、織田信長に呼応して動くであろう緒川城の水野勢の抑えにあたってもらう。
やがて夜が明けきらぬ朝靄の中、迫り来る軍勢が見えた。
織田信長率いる織田の軍勢だ。永楽銭の旗印も見える。
多くの竹束を持っているのが見える。
真田幸綱が鉄砲隊に指示を出す。
「よく引きつけろ・・・鉄砲隊、撃て〜」
真田幸綱の大きな号令と共に上杉勢の鉄砲が火を吹く。
織田勢は竹束を全面に出し、織田勢も鉄砲を打ち始める。
口径の大きな上杉勢の鉄砲の弾は竹束を貫通していく。
多くの織田の者達が鉄砲の弾を受け、血を流して倒れていく。
それでも歩を止めずに必死の形相で竹束と長槍を全面に押し出して迫り来る織田勢。
「長槍隊前へ」
織田勢とほぼ同じ長さの長槍を構える上杉の長槍隊。
「突撃」
走り始める長槍隊。
その背後に多くの上杉の兵達が続く。
長槍がぶつかり合い、そして前線は乱戦になっていく。
「晴景様、どうやら織田の一部のもの達が迂回して我らの本陣を突こうとしているようです。すぐに対処いたします」
真田幸綱の指示ですぐさま一部の軍を向かわせる。
その時、正面から織田の一部の兵が上杉の守りを突破して突撃してくる。
「我こそは、織田家前田犬千代なり、邪魔する奴は我が槍の錆にしてくれる」
そう言いながら元服前と思われる若者が槍を縦横無尽に振り回す。
前田犬千代と名乗った。槍の又左、前田利家だ。
将来、織田信長配下の中でも猛将で鳴らすことになる男だ。
今回の上杉の軍勢は真田が主力となっている。
鍛え上げた虎豹騎軍では無い。
槍の又左相手では、相手が悪いかも知れん。
万が一のため刀を抜く。
それを見た前田犬千代らは槍を振りかざしてこちらに向かってくる。
「上杉晴景とみた。その首貰いうける」
上杉晴景は、すぐさま前に走る。
突き出される前田犬千代の槍を跳ね上げてかわして、懐に飛び込み刀を振るう。
晴景の刀を慌てて避けようとして地面を転がる。
前田犬千代の腕に刀による浅い切り傷ができ血が流れる。
「この一刀で決まったと思ったのだが、前田犬千代と申したか、思った以上に動きがいいな」
驚いた顔をする前田犬千代。
「噂に聞いた陰流免許皆伝は、形だけじゃないのかよ。おかしいだろうこの動きは・・・」
前田犬千代は、噂に聞いた陰流の免許皆伝は、単なる権力者の箔付けであろうと思っていた。
単なる箔付け程度、自分の槍で簡単に倒せると思っていたのだ。
実際に相対した上杉晴景の動きは、早いうえに全く無駄の無い動きを見せている。
犬千代が転がされた時に、織田の兵2名が上杉晴景に襲いかかった。
慌てた上杉の兵が素早く駆けつけるが、晴景は織田の兵と切り結ぶことなくそれぞれ一太刀で切り捨てられた。
「大事無い。下がっていろ照月(先代の藤林長門)」
名を呼ばれ驚く照月。
「顔を変えて儂を護衛していたのだろう。長い付き合いだそれくらい分かる。問題無い下がっていろ」
「承知しました」
織田の兵2名を瞬時に切り捨てる晴景を見て、単なる箔付けでは無いことを思い知らされた。
慌てて槍を握り立ち上がる前田犬千代。
「前田犬千代と申したか、どうだ儂のところに来ないか。儂のところならもっと大きな活躍の場が得られるだろう。そして、槍の腕前ももっと伸ばせる。配下には天下の槍の名手もいるぞ」
「ふん、断る」
「そうか、生きて帰れて、気が向いたら訪ねて来るがいい。もし、信長が貴様をいらんと申すときが来たら訪ねて来い。歓迎してやるぞ」
その時、この場に乱入してくるもの達がいた。
「柿崎景家参上。晴景様の敵はこの景家が相手だ」
柿崎景家の声が戦場に響き渡る。
「宇佐美定満推参。晴景様に仇なすものは切り捨てる。かかって来い」
柿崎景家、宇佐美定満は、晴景を守るように前に立つ。
二人が率いてきた赤備の精鋭が周りを固めていく。
それを見た織田勢は不利と見て徐々に下がり、やがて撤退していった。
織田勢が後退していく先に、朝日の光に照らされた中でこちらを見つめている男がいた。
しばらくこちらを見つめていたが織田の軍勢と共に引き上げていった。
「「遅れて申し訳ございません」」
柿崎景家と宇佐美定満は地面に正座して頭を下げた。
「来てくれて助かった。礼を言う」
「晴景様が無事でよかったです」
柿崎景家はホッとした表情をしている。
「心配をかけた」
「我らは問題ございませんが、景虎様にはしっかりとご説明をお願いします。心配しすぎて怒っております」
「そ・・そうか・・・」
柿崎景家の言葉に少し気が重い晴景であった。
それから約1刻ほどして明智光秀が到着した。
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