第198話 義元対信長の戦い【壱】

時は少し遡り上杉景虎が美濃に兵を進め、間も無く稲葉山城を取り囲もうかと言う時、今川義元の軍勢の中に天下泰平の旗印が風にはためいていた。

上杉景虎の兄である上杉晴景は、なぜか今川義元の軍勢に加わっていた。

全て景虎に任せて温泉でのんびりすること考えていたら、今川義元から支援要請がきたのだ。

今川義元殿の頼みのため無下にもできないため、5千の兵と真田幸綱とその嫡男である真田信綱を引き連れて今川義元の軍勢に加わっていた。

今川義元の軍勢の中には松平広忠率いる三河の軍勢もいた。

松平広忠は本来の歴史なら天文18年に死ぬとところを生き抜くことができていた。

戦勝祝いでくれてやった莫大な銭で家臣達の心をしっかり捉え謀反を防ぎ、上杉の医学塾で修行研鑽した医師を松平家と今川家に奥医師として送ったことにより、病に罹らぬことで運命を変えることができたようだ。

ただ、妻の於大は実家である水野家を継いだ於大の兄である水野信元が、今川家の傘下を離れ織田に付いたことで離縁となっていた。

この部分は運命が変わらなかったようだ。

だが、そんな話を聞いた時に、晴景の余計な一言で義元の縁者を松平広忠に嫁がせることになってしまった。

「いや〜めでたいめでたい。ハハハハ・・・」

本陣の中で今川義元は上機嫌である。

松平広忠が妻を離縁していることを聞いた時、冗談のつもりで、義元殿の縁者を松平広忠殿に嫁がせればますます結びつきが強くなり良いのではと言ってしまった。

それを聞いた瞬間、義元は大喜びで承諾。

松平広忠もまんざらではないようだ。

迂闊なことは言えんな。また、人の運命を変えてしまった。

これだけ戦国の世を変えてしまっているから今更ではあるが。

「広忠の祝言はこの戦が片付いてから考えるとする。まず、尾張との戦に集中するぞ」

今川義元の言葉で本陣の空気がピリッとしたものになる。

目の前にいる今川義元は、よく小説や映画で出てくるお公家さん的な今川義元とは違い、まさに強かなる戦国大名である。

多くの家臣達の前では、目は強靭な意志を宿し、まさに東海一の弓取りと呼ばれる存在感を出している。

だが、自分と茶の湯で楽しんでいるときは、家臣達の前では見せない気さくで気のいい男になる。

それだけ信頼されていると言うことだと思っている。

「雪斎、尾張勢の動きはどうだ」

「弾正忠家である織田信長は、8月に尾張守護代で清洲を本拠地とする織田大和守家と尾張国萱津で戦い。この戦いに勝利して勢いに乗っております」

「織田信長の足下はどうなっている」

「はっ、表向きは従っていると言ったところかと」

「ほ〜。表向きはか・・・」

「実弟の信行を擁する家臣達は、虎視眈々と信長を引きずり下ろすべく信長の隙を狙っているところかと」

「まさに敵だらけと言ったところか」

「今後の我らの動きですが、現在、重原城を攻め落とし、緒川城(現:愛知県知多郡)攻略に向けて、村木に砦を築いたところでございます」

「寺本城(現:知多市)の調略はどうなっている」

「既に我らに寝返っております」

「それは上々。これで、信長の那古野城と緒川城を結ぶ街道は塞がることになる」

「緒川城は急がずともこれで動きは取れますまい」

これは少し早いが村木砦の戦いか。

ならば時間をかけるのは不味いだろう。

「少し、いいかな」

上杉晴景は今川義元に声をかける。

「どうした。晴景殿」

「知多郡を完全に制圧するなら時間をかけずに緒川城を叩くべきだ」

「もはや、織田信長は動きがとれまい。正面からなら我ら1万の軍勢と上杉殿の5千の軍勢を破ることは難しいだろう」

「義元殿。薄々分かっているのではないか、お主は今ほど正面からならと条件をつけたではないか」

上杉晴景の指摘にニヤッと笑みを見せる今川義元。

「晴景殿。緒川城の水野は村木砦を見て焦っているはず。今頃は信長に泣きついているだろう」

「それは間違い無いだろう」

「尾張の大うつけが噂通りの凡将ならば、動けずに我らを恨めしそうに見ているだけだ」

「凡将でなかったらどうする」

「晴景殿。お主ならどう動く」

「儂が信長ならば、敵を欺くために街道を使わず、夜に船で軍勢を移動させて村木砦を強襲する。ただ、この策を実行するためには、誰に那古野城を守らせるかが鍵だ。村木砦を攻めて叩き潰して緒川城の水野を助けるには、那古野城を守る手勢も全て使う必要がある。だが、那古野城を空にすれば敵対している尾張守護代織田大和守が攻めてくる可能性が高い。だが、周りは敵だらけの状態。信長に今の手勢の他に留守を任せられる信用できる援軍があれば動くだろう」

「なるほど、本来ならば信長の舅である斎藤道三に助けを求めるところだが、既に上杉家により美濃の斎藤道三は風前の灯。信長を助けるどころではない」

本来ならば斎藤道三が安藤守就に1000の軍勢を与えて信長支援に動くのだが、もはやそれは無理だろう。

そこに今川家の家臣が慌てて入ってくる。

「ご報告いたします」

「どうした」

「昨夜、斎藤道三率いる3500が上杉景虎様の本陣に夜襲を敢行。斎藤道三率いる軍勢は1200までに軍勢を減らしたものの、上杉本陣を突破。斎藤道三はそのまま尾張との国境を越え那古野城に入ったとのこと。上杉景虎様はご無事。手傷は負ってないとのことです」

「分かった。下がって良い」

報告に来た家臣が本陣から出て行った。

「晴景殿。信長に思わぬ形で援軍が手に入った。奴は動くか」

「出来るだけ物見を多く放ち動きを掴むしか無いだろう。もしも村木砦を狙って動くなら、それを逆に利用してやろう」

「よし、分かった。信長が動く前提で我らも動くとしよう」

今川義元は、信長との戦いに向けて直ちに多くの物見や伊賀衆を動かし始めた。

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