第193話 背水の陣

斎藤道三は、上杉景虎の軍勢を迎え撃つために、稲葉山城を出て長良川を背に陣を敷いた。

同時に多数の物見を放ち、上杉勢の本陣の位置を探っていた。

そんな道三の下に嫡男の斎藤利尚(義龍)が近づいてきた。

「なぜ、お前まで戦いに加わる。母や弟達を守り尾張国の織田信長殿を頼れと言ったはずだぞ、利尚」

道三の言葉にムッとした表情をする利尚。

「斎藤家の嫡男として尻尾を巻いて逃げる訳にはいかん」

「これから上杉の大軍を相手に戦うのにお前は邪魔だ。とっとと尾張国に行け」

「そんなに俺が頼りにならんのか、俺は戦える。上杉が相手だろうが戦って見せる。なんで俺を邪魔者扱いにする」

「適材適所というやつだ。お前は戦いに向いていない。お前は戦が始まる前にさっさと尾張国の織田信長殿の下に行け」

「俺を馬鹿にするな。俺は戦える」

「なら、勝手にしろ。もう止めん。あとはお前の責任で戦え」

「それと、なぜ、こんなところに陣を敷く。稲葉山城で籠城すべきだ」

「その事なら、すでに何度も話した。同じことを何回言わせるつもりだ」

「何度でも言う。稲葉山城で籠城すべきだ」

「ならば、お前の供回りたちで籠城すればいい。儂は止めんぞ」

「なら、勝手にさせてもらう」

怒りの表情で斎藤利尚は、道三の陣から離れていった。

「利尚。お前までこの戦に加わることは無いというのに、これは単に儂の意地を見せているだけなのだ。儂の意地のためにお前まで巻き込みたくなかったのだが・・・」

稲葉山城に向かっていく利尚の背中を見ながら道三は呟いていた。

「この状況で籠城しても意味はないと言うのにな。援軍無く飢えていく姿しか思いつかんというのに、それでも籠城を選ぶか・・・」

「よろしかったのですか。おそらくですが利尚殿に媚を売り、利尚殿を利用しようとしている連中に色々と吹き込まれているようです。道三様の血を引いておらず、土岐家の子であるとか、色々と吹き込まれ敵愾心を植え付けられたのではありませぬか」

不破光治も遠ざかる斎藤利尚の姿を見つめながら道三に声をかける。

「放っておけ。奴は意外に頑固だ。言い出したら聞かん。神輿にされ担がれてしまい周りが見えていていない。もしも、上杉の兵の大部分が農民なら、数ヶ月籠城すれば農繁期に合わせて敵は引き上げる。それならば籠城の意味はある。だが、上杉の兵に占める農民はわずかだ。農繁期になっても引き上げることは無い。農民をほぼ使わずにこれだけの兵を動かしているのだ。本気になったらどれほどの兵を動員できるのか想像も出来ん」

「ですが、そんな相手に少ない兵で野戦を行う我らを見て、上杉は呆れているかもしれませんな」

不破光治の言葉に不適な笑みを浮かべる道三。

「呆れて油断してくれるなら結構ではないか・・大いに結構。大いに油断してくれれば良い。それならば、大いにかき乱して適当なところで逃げるとするか」

「ならば、我らは間抜けなふりをしますか・・・上杉が呆れるほどに」

斎藤道三と不破光治の笑い声が陣中に響き渡っていた。



ゆっくりと稲葉山城に向けて進軍してあと1日の距離となった上杉勢。

総大将である上杉景虎の下に斎藤道三の情報が入ってきた。

「斎藤道三の軍勢は三千五百。稲葉山城を出て長良川を背に野戦の構えでございます」

「籠城せずに野戦だと・・しかも長良川を背にして」

常識外の戦い方に驚く景虎。

普通なら籠城戦以外にあり得ない。

上杉景虎率いる上杉勢は、美濃国衆を含めずに3万の軍勢。

斎藤道三は三千五百の軍勢。

それなのに、城に籠らず野戦を挑む。

さらに長良川を背にしている。

川を背にすれは、兵は逃げることができない。

背水の陣で死に物狂いでくる気なのか、そのような人物とは思えんのだが。

「・・そ・・・それと・・」

「なんだ、まだ何かあるのか」

「酒盛りをしております」

「何・・・酒盛りだと・・」

「は・・はい。野戦の構えの斎藤道三の陣中にて酒を振る舞っており、陣中からは笑い声が聞こえてきており、酔っ払い踊っている者達までおります」

「・・・分かった。敵陣の動きに注意してくれ」

「承知しました」

報告に来た家臣が出ていくと柿崎景家が呆れたような声をあげる。

「敵は、圧倒的な我らを前に恐怖でおかしくなったのか。それとも奴らは馬鹿なのか」

「景家。斎藤道三は恐怖でおかしくなった訳ではあるまい。道三流の考えがあってやっている事だろう」

「ですが、10倍以上の敵に対して川を背に野戦の構え、しかも戦い直前で酒盛りをしているなどありえんでしょう」

「背水の陣を敷いて、さらに酒を振る舞うか。敵はやる気十分ということであろう。我らは負けることは無くともかなり手こずるかもしれんな」

「先鋒はこの柿崎景家のお任せ下さい。このような連中は一気に叩き潰して、道三の首をあげてご覧に入れます」

「それは構わんが、敵が少ないからといって舐めてかかると手痛いことになるぞ」

「承知しております」

「ならば、明日の戦いは柿崎景家に先鋒を命じる」

「承知いたしました。お任せ下さい」

柿崎景家は静かに闘志を燃やしていた。

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