第6話 「五感を表現する その2 形を書く」

 皆様は小説を書くときに、ものの「形」をどれだけ書いているでしょうか。

 色の話でも書きましたが「共通認識」というものが存在します。

 ある言葉に触れると色や形などが「共通認識」でくくられる現象です。

 たとえば「ラウンドシールド」と書いたら「円形の盾か」と思います。「カイトシールド」と書いたら、西洋凧の「カイト」のような形をした盾を指します。

 こういった「共通認識」を持たないものは、どうにかしてでも形を書かなければなりません。





形は似ているものを例示するとわかりやすい

 たとえば「ヒトデ」と書いて形がわからないとしても、「星型のヒトデ」と書けば五角の星(☆)の形だと誰でもわかります。

 単に「雲が湧いている」と書いても形がわからないのですが「入道雲が湧いている」と書けば高くもくもくと立ち上る「積乱雲」(入道雲の正式名)だとわかります。

 「箸」のない世界において現地民に説明するなら「二本の細い棒」と書けば知らない人でも形を想像できます。

 私たち日本人は「箸」と書けば共通認識から「二本の細い棒」の形をしていると瞬時に理解します。しかしアメリカ人は「箸」という文字を見ても「二本の細い棒」であると理解するのは難しいはずです。

 つまり「共通認識」を持たない人に形を伝えたい場合は、その形を似ているなにかで例示すると理解が早まります。

 今「箸」について書いていますが、執筆中の作品が西洋異世界ファンタジーの場合、西洋異世界に「箸」が存在しているのは珍しいはずです。

 中華ファンタジーなら当然「箸」はありますよね。

 つまり「箸」というものは、西洋異世界ファンタジーには共通認識がなくても、中華ファンタジーなら共通認識があるのです。

 そして共通認識がなければ、形の似たものを利用して説明しなければなりません。


 たとえば「タブレットPC」を異世界に持ち込んだとします。現代人は「タブレットPC」だとわかりますが、異世界人でもわかるように形を書いてください。

 すると「これは四角くて、表面に文字や図形が浮かび上がり、指で文字を入力したりページをめくったりできるもの」と書いても異世界人が理解できるでしょうか。

 それより「これは魔法の本です。多くの書籍がいつでも読めるだけでなく、文字や絵を書き込める紙や、言葉を遠くにいる人へ伝える手紙にもなります」と書いたほうが、形はわかりやすい(本)ですし、なにができるものなのかわかりやすいですよね。

 「四角くて」だけだと形をイメージしづらいのです。確かに共通認識で「四角い」はどの言語でも同じものを表現できますが、理解が進まない。

 しかし「本」なら多くの人が触れているので、どういうものなのかはわかりやすいのです。

 スティーブ・ジョブズ氏がiPhoneを初めて紹介したとき、「皆さんにお伝えしたいことがもうひとつありました。音楽が聴けるもの。インターネットにつながるもの。電話をかけられるもの。音楽、インターネット、電話。そうです」ここでポケットから実物を取り出して「iPhoneです」と示しています。これが最もスマートな製品の紹介方法だったわけです。

 これは形を説明するのに実物を取り出していますが、現物や絵、写真を使わずに説明するならたとえば「iPodのようなものです。」とでも書けばよかったわけです。当時はiPodが音楽プレーヤー端末の覇権を握っていたのですから、共通認識が働いたわけですね。

 単に「四角くて、タッチスクリーンで、インターネットにもつながります」と書くより、共通認識を活かして「タッチスクリーンでインターネットにもつながり、電話もできるiPodです。これがiPhoneです」と説明するとひじょうにわかりやすい。

 このように「形の似ているもの」「共通認識のあるもの」を使って説明すると、形を説明しやすくなるのです。





共通認識がない場合は、形をスケッチする

 異世界が舞台で「共通認識」を持たない場合、とにかく形をスケッチするつもりで例示していくほかありません。

 異世界人に「iPhone」について現物なしでどう説明したら伝わるでしょうか。

 実はこの「異世界人にiPhoneを現物無しで説明する」のが、小説での形の書き方に応用できます。

 つまり「まったく現物を見たこともない人に、どうやって形を説明しなければならないのか」や「どんな機能があるのか説明できるか」を現代日本人に向かって行なっているのが「小説」での形の書き方なのです。

 もし異世界に「牛」が存在するなら、農耕の手伝いに使う場合が多いですよね。肉を食べたり乳を飲んだりする場合もありますので、どこまで説明すればよいのかを考えなければなりません。まあ異世界にホワイトソースやチーズがあるのなら、牛乳を食べたり飲んだりする世界でしょうから、説明は簡単ですけどね。

 形は「気体では見えないし(色がついていたり霧のように見えたりはします)、液体はどんな形にもなります(器に従う)」ので、基本的には「固体」を書くのが一般的です。

 そしてそれはどんなものに似ているか。「共通認識」を活かして、形をスケッチしていきます。

 「iPhone」なら「表面がピカピカした黒くて薄い板」くらいの説明でも形自体は表現できます。もし「かまぼこ板」が「共通認識」なら「表面がピカピカした黒くて薄いかまぼこ板」と書くほうがわかりやすいですよね。

 ですが形の説明は基本的に「共通認識に依らず」で書くほうがよいでしょう。

 形と機能は別のものなのです。

 スティーブ・ジョブズ氏のプレゼンでは現物をポケットから出しますので「機能」を列挙して説明しています。そのあとに現物が出てきて大フィーバーを巻き起こしたのです。

 やはり現物を直接見たほうが圧倒的にわかりやすいのです。


 小説も、将来マンガやアニメになったときを考えると、現物を取り出して「これです」と書きたくなります。しかし、まず「小説」として成立していなければ、マンガ化もアニメ化もしませんので注意してください。





伝えたい相手を想定して形をスケッチする

 共通認識があるのなら、「形は日本人に説明するつもりで書く。」

 共通認識がないのなら、「形は異世界人に説明するつもりで書く。」


 これが形を正しく伝える書き方のコツです。


 老人に伝えたいのか、大学生に伝えたいのか、幼稚園児に伝えたいのか。

 伝える相手を想定していないかぎり、形を正しく伝えられません。

 伝え方を見れば、読み手層としてどのあたりを想定しているかが見えてきます。

 「戦争」小説で形を伝えたいのに、幼稚園児向けの説明の仕方で本当によいのでしょうか。幼稚園児があなたの「戦争」小説を読んでいるのでしょうか。

 考えづらいですよね。

 だから伝える相手を想定しなければ、形を正しく伝えられないのです。





あとがき

 今回は「形を書く」ことについて述べました。

 伝える相手を想定して、その人に正しく伝わるように言葉を尽くすのが「説明」で最もたいせつな点です。

 形はとかく省略されがちですが、それを知らない読み手が存在するという事実にも目を向けましょう。

 銃器を知らない幼稚園児に「サブマシンガン」を説明してください。

 これが幼稚園児向け作品での「形を書く」なのです。

 物語の舞台が異世界であるなら、現実世界のわれわれにはわからないものもたくさんあるはずです。

 そういうものを「現実世界のわれわれ」に説明するつもりで「形を書き」ましょう。

 盾ひとつとっても、現実世界日本に住むわれわれは知らないのですから、きちんと形を説明しなければなりません。

 異世界ファンタジーだから、剣や盾、鎧などを書く。

 それはかまわないのですが、それがどんなものなのかをしっかりと説明しないと、読み手は映像化に失敗して物語から離れていってしまいますよ。




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