第7話 研究室での会話③

「どっちも違うかな。僕はね、会話ができない存在が、一番怖いんだよ。人間にしても怪異にしても。言葉のキャッチボールができなければ、相手が何を考えているのか、何をしようとしているのか、分からないでしょ。意思疎通ができないって、すっごく怖いことだと思う」

「文学部らしい考え方だな。まっ、意思疎通ができない人間は、そうそういないだろう」

「いや、君のことだよ!」

 行儀が悪いけど、ビシッと指を指して言い切ってやった。案の定、優は瞳をいっぱいに見開いてキョトンとしている。他人を思いやる気持ちを持っていないから、無自覚なんだ。ここは、僕がはっきり言ってやらないと。

「あのねぇ、最初に喋った時から思ってたけど、人の話を聞かなさすぎる。一方的すぎる。僕と会話をする気ある? コミュニケーション取る気ある? 一緒に依頼を解決したいって言うなら、意思疎通を図って。会話をして。言葉でやり取りする気がない人とは、組む気になれない。良い? 分かった? 返事は?」

「・・・・・・わ、分かった?」

「よろしい」

 疑問符がついていた気がするけど、そこは気にしないでおこう。僕は寛大なんだ。

 ちゃんと会話をする気があるなら問題なし。優の推理は聞いていて楽しいし、面白い。これが聞けるのであれば、一緒に依頼を解決するのもアリかもしれない。

「条件として会話を求めるのであれば、いくらでもしよう。俺の推理だって、いくらでも聞かせてやるさ。それに、怖がることは一つもない。何かあったら、助けてやるからな」

「天才的な頭脳を使って?」

「物理的にも、だ」

 言葉の意味を理解するまでに、一分十三秒。

 物理的に、だって? 怪異に物理とか聞くのかな? っていうか、優って頭脳派だと思ってたけど、武闘派でもあるってこと?

 優の顔は大真面目。サイトの話をした時と同じだ。

「深夜の大学に忍び込めたのは、俺のお陰だ。何せ、警備員を眠らせておいたんだからな。邪魔されなかっただろう」

「ね、眠らせたって、どうやって」

 優は無表情のまま、指をくっつけた右手を横に振る。ビュッと風を切る音がした。

「手刀だ」

「は?」

 何を言ってるんだ、こいつは。僕まで無表情になる。手刀だって!? そんなので人を眠らせるのは、フィクションの中だけだろ。現実世界で実行する人なんて、見たことないぞ。

「それは、眠らせたっていうより、気絶させたっていう方が正解なのでは?」

「そうとも言えるな」

 何が悪いという顔で堂々と立っているから、余計に怖い。もし優と組んだとして、人間相手にこんなことをされたら堪ったもんじゃない。

「どうしてそんなことをしたの」

「漫画の知識だ。零が侵入できないと困るだろう」

「何でもかんでも漫画を持ち出さない。漫画は漫画で、現実は現実。もうこんなことはしないって約束して」

「それも条件か?」

 しかめっ面で大きく頷く。毎度毎度物理で解決されたら、人間にも怪異にも気を遣わないといけなくなる。可哀そうじゃないか。

 優は条件ならと、むやみやたらに実力行使(物理)をしないと約束してくれた。

「ちゃんと会話をして、意思疎通を図ること。むりやり解決(物理)をしないこと。約束だよ。それが守れるのなら、優の怪異調査に協力する」

「ああ、分かった。できるだけ会話を心掛けるし、できるだけ手や足を出さない。その代わり、零の『視える力』を貸してくれ」

「できるだけじゃなくて、手や足を出すのは絶対にやめて欲しいんだけどね。ふふ。怪異と喋れるのが楽しみだよ。よろしく」

 僕は右手を差し出す。優は眉間に皺を寄せて、どうしようかと数秒悩んだ。必要と判断したのか、そっと右手を差し出してきた。その手をぎゅっと掴み、ぶんぶんと上下に振り回す。

「もう良いだろう。手を離せ」

「はいはい」

 手を離したら、優はすぐに右手を引っ込めた。僕は自分の右手をじっと見つめる。最初の印象が悪かっただけで、案外良い奴なんじゃないかと思い始めてきた。意思疎通って大事だ。

 座っていたソファから立ち上がり、優は上から目線で僕を睨む。

「おい。グズグズするなよ。早く立て」

「はぁ? そんな言い方しなくても良いじゃん。何だよ。せっかく良い奴かもって思い始めてたのに」

「知るか。勝手にそう思っただけだろう。俺のせいにするな」

 それは、確かにそうかも。これ、騙されてるんじゃないよね。ちょっと優しくされたからって、相手を信用するのはよくないな。いや、優しくされたっていうか、普通のことを普通に言われただけだけど。優の性格が悪すぎるせいで、ちょっとのことでも良い奴に思えてしまう。

 動かずに座っていたせいで、優に腕を引っ張られた。

「何度も言わせるなよ。早く立て。依頼人が待っている」

「依頼人!? 協力するって、今言ったばっかりだよね」

「お前は単純で世話焼きらしいからな。協力してくれると思っていた。依頼はすでに受けてある。急げ」

 どうしてこいつに協力するって言っちゃったんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る