第6話 研究室での会話②

「どうして、僕が怪異を視られるって知ってるの? 誰にも言ってないのに。それに、怪異の声を聞いて会話ができるって、どういう意味?」

「質問は一つずつにしてくれ。そうだな、二つ目から答えていくか。そっちの方が理解しやすいからな。

 物心ついた時から、俺には怪異の声が聞こえていた。その声に話しかけると向こうは答えてくる。会話ができたんだ。善良な怪異ばかりではなかったけどな。声が聞けて、会話ができる。しかし、一つだけできないことがあった。それは、怪異の姿を視ることだ。常に、壁や天井、床に向かって話していた。

 これで分かっただろう。俺と零は真逆なんだ。片方は、怪異の声を聞くことだけができる。もう片方は、怪異の姿を視ることだけができる」

 衝撃だった。返事ができずに、固まってしまう。だって、自分だけの秘密だと思っていたら、「同じ秘密を持ってる」って言われたんだよ。しかも、秘密の内容をピタリと言い当てられる。嘘を言ってるんじゃなくて、本当に同じ秘密を持っているんだ。嬉しいという感情より、驚くという感情より、思考停止が先にくるのも無理はない。

 驚きすぎて言葉が出ないことを察したのか、優は構わずに説明を続ける。

「俺と零の『怪異と関わる力』には、それぞれ利点と欠点がある。俺は、声を聞ける代わりに姿が視えない。零は、姿が視える代わりに声が聞こえない。

 俺が怪異の依頼を解決するためには、姿が視えないと困る。だから、零の力を借りるんだ。自分の持っている力で声を聞き、零の持っている力で姿を視る」

「でもそれ、僕が視えるだけなんだから、『優は怪異が視えない』っていう根本的な問題は解決してなくない? 依頼を受けて怪異に遭っても、『あそこにいる』っていちいち言わないとダメだよね」

 ヘンテコなサイトの仲間にされたとして、優が怪異を視られるようになるわけじゃない。視える人間がいる分、教えてもらえば分かるっていうメリットはあるけど、めんどくさくなりそう。怪異がどこにいるのか、いちいち言わないといけない。

「居場所を教えてもらう必要はない。零が俺の側にいれば、俺も怪異を視ることができる。距離は十メートルくらいだろうな」

「ん? どういうこと??」

 全くもって、どういうことなんだ?? 僕が側にいれば、怪異を視られない優が、怪異を視られるようになる? ってことは、僕は怪異の声が聞けるようになるってこと?

 今までは、怪異の姿を視たら、口の動きを追うことでしか言葉を知る術はなかった。口元を見たところで、言いたいことが合っているのかも分からなかった。怪異の声が聞こえたら、伝えたい言葉を知ることができる。怪異と言葉のやり取りができる。会話ができる。

 優は一瞬だけ、ふっと笑った。

「ここで一つ目の質問に答えよう。

 結論から言う。お互いが近い距離にいれば、『怪異と関わる力』の欠点を補い合うことができる。零は怪異を視られるから、怪異が言葉を話さない限り、欠点を補えたという実感は得られない。でも、俺の欠点は怪異の姿が視えないことだ。怪異が視界に現れただけで、欠点を補えたという実感が得られる。

 俺達は何度も大学内で擦れ違っている。まさかとは思うが、有名人の俺と擦れ違っておいて、覚えてないということはないだろうな」

「あ、自分で言っちゃうんだ」

 こいつのこの自信はどこから出てくるんだ、と呆れてくる。謙遜されまくるよりは良いかもしれないけどさぁ。

 何度か擦れ違ったことは、はっきりと覚えている。身長が高くて顔が良いから、誰よりも目立つ。嫌でも目につくんだから、しょうがない。

「擦れ違うのは一瞬だから、零が『怪異の声が聞こえた』という実感を得るのは難しい。その間に、怪異が話さないといけないからな。だが、俺は違う。怪異が立っているだけでいい。それが視界に入れば、『自分にはないはずの力が使えた』という実感を得られる。

 俺が優秀な理由としては、記憶力が良いことも挙げられる。最初に声が聞こえた時、瞬時にその場の人間を覚えた。正確には、擦れ違った人間を。姿が視えたのは一瞬だからな。ずっと近くにいる人間なら、視え続けているはずだ。二回目に怪異の姿が視えた時、一回目に擦れ違っていた人間は零だけだった。

 あとはそうだな、『誰かの影響で怪異が視えるようになった』と気づいた理由か。簡単だよ。二十年間で一度も姿を視たことがなかったのに、突然、一瞬だけ視えるようになった。自分の力が変異したというより、周りの環境や人間が関係していると考えるべきだ。周りの環境や場所について、すでに二年以上大学に通っていたから違う。ということは、消去法で人間だ。今まで会ったことのない人間と擦れ違い、偶然にもその相手が『怪異と関わる力』を持っていた。近づいたことで力が影響し合い、欠点を補うことができた」

 満足に自分の推理を話せたのか、とてつもないドヤ顔を向けてくる。そのドヤ顔には多少腹が立つけど、やっぱりこいつは凄い。それを実感させられた。この推理力が理学部の勉強と関係あるかと言われれば違うけど、主席でいられる理由は納得できた。とにかく頭の回転が速い。物事を冷静に分析する力もある。まるで、小説の中の探偵みたいだ。

「本当に頭が良いんだね。凄いよ!」

「当然だな。これくらい朝飯前だ。俺と組めば、どんな依頼も解決できるって理解できたか?」

「う~ん。今みたいに優の凄い推理が聞けるなら、楽しいと思う。でも、怪異を相手にするのって危なくない?」

 相手は人間じゃない。人間の倫理観を基準に動いてくれるとは限らない。会話が通じるなら、問題はないんだ。言葉で意思疎通を図れるのなら、怪異も人間も同じ。怖い要素が見当たらない。でも、怪異と会話をすることができなかったら? 言葉のやり取りができなかったら? 単純に怖い。

「幽霊や妖怪が怖いタイプなのか。それとも、視えたことで、何かトラウマができてしまったのか」

 僕の顔を見て、優が初めて不思議そうな顔をした。

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