第5話 研究室での会話①

 緊張と不安をお供につけ、数井田教授の研究室をノックする。中から返事はなく、誰かが出てくる気配もない。

「あいつ、あれだけ偉そうにしておいて遅刻かよ」

「偉そうで悪かったな」

「本当だよ。あの高圧的で偉そうな態度。どうにかならないのか・・・・・・な」

 僕の隣には、高圧的で偉そうな態度の人間が一人。叫びそうになったが、廊下の真ん中で大声を出したら迷惑になる。叫ぶ前に、慌てて口を押えた。この会い方、デジャビュな気がする。

「高圧的で偉そうついでに言わせてもらう。とりあえず、部屋に入れ」

 全力で頷くしかなかった。異聞寺に言われた通り、速やかに部屋へ入る。勧められるまま、ふかふかのソファに腰を降ろした。

 部屋の中を見渡すと、どこもかしこもとにかく汚い。人がギリギリ生活できるレベル。忙しい教授の研究室そのもので、机や棚、地面の上には、数々の資料が散乱していた。これは、ひどいな。

 悪口を忘れてもらうため、僕から話を振る。

「この部屋汚すぎない? これじゃあ研究どころじゃないでしょ」

「気にしなければいい。部屋が汚くても、聞きたいことには答えられる」

「それはそうだけどさぁ」

 もう一度、数井田教授の研究室という名の汚部屋を見る。散らかった資料と埃に囲まれて、じっとしていられる自信がない。

 異聞寺の顔には、早く質問しろと書いてある。モヤモヤしたままではいたくないし、答えてくれないと困る。機嫌を損ねない内に聞いてしまおう。

「昨日言ってた『俺と組む』って、どういうことなの。組むも何も、初めて喋ったよね」

 最初にも「これからが困る」とか言われたけど、全く身に覚えがない。勝手に困られても困る。

「お前は―」

「視条院零」

 言葉を遮る勢いで名前を口に出す。過去最速で名乗ったかもしれない。名前を呼んでって言ったばかりなんだから、それくらいは守ってほしい。天才の記憶力が聞いて呆れる。

 異聞寺は舌打ちをして、不満そうに僕を睨む。

「・・・・・・零は怪異が視えるのだろう。だから、俺と一緒に『どんな怪異も絶対解決』というサイトを通して、依頼を解決してもらう」

「『だから』の繋がりが全く読めないし、依頼の内容もサイトの趣旨も分からないし、何より名前がダサすぎる」

「サイトの悪口を言うな」

 むすっとする異聞寺を見て、おやっと思った。さっきまで高圧的だったのに、急に子どもっぽくなった。もしかして、「どんな怪異も絶対解決」とかいう、ダサすぎる上に怪しさしかない名前を気に入っていた、とか?

「ごめんね。サイトの趣旨が分からないのに、悪口を言ったりしないよ。名前がダサいって言っただけ」

「それを悪口と言うんだろう」

 あの異聞寺優が、こんなにも子どもっぽい性格だったのはちょっと意外。予想外。でも、話が進まなくなるから、これ以上指摘するのはやめておこう。

「ふんっ。怪異全般に興味があるから、サイトを立ち上げた。漫画とかでよくあるだろう、怪異の類を調査する話が。あれをやってみたかったんだ。怪異の調査や研究、実験を兼ねてな。好きな漫画の真似事はできるし、好きな実験はやり放題だし、一石二鳥だろう」

「へ? 漫画の中の話を? 冗談だよね。一石二鳥も合ってるような、間違ってるような」

 大笑いしてやろうと思ってやめた。不思議なことに、異聞寺の顔は大真面目も大真面目。勉強と数字にしか興味がないと思ってたけど、漫画とか読むんだ。

「異聞寺の言いたいことが分かってきたよ」

「優でいい。俺の苗字も長いからな。二文字の節約だ」

「え、うん?」

 と言っておきながら、二文字を節約する意味が分からない。言葉の節約って、言葉は水か電気かよ。

「優の言いたいことは分かった。怪異が視える僕の力を借りて、依頼を解決したいってことだよね。でもそれって、君は視えてないのに、サイトで依頼を受けてたってことでしょ。インチキじゃん」

 こいつの場合、一人で解決できる頭脳はある。だから、怪異が視えるなら、他の視える人間を協力者にする必要がない。僕の力を借りたいってことは、優には視えないってことだ。それなら、「怪異を解決する」って名前は嘘っぱちってことになる。対象が視えないのに、依頼を解決するなんてことはできない。

「零の力を借りるって点は間違っていない。でも、サイトがインチキっていうのは間違っている」

「なぞなぞみたいだね」

「ふん。間違っていないからだろう。俺は怪異の声を聞いて、会話ができるんだからな」

「はいはい。声を聞いて会話がね・・・・・・ええええぇえ!?」

 キーンとした声が、部屋中に響く。廊下じゃないから、セーフかな。あ、凄い顔で睨まれてる。でもこれは、許されてしかるべきでしょ。

 霊感がある。怪異の類が視える。同じ境遇の人間はいないんだと、勝手に諦めてた。この力を誰にも共感してもらえないんだと、勝手に思ってた。

 時間差で、じわじわとした嬉しさが胸に広がる。・・・・・・のも束の間。一つ、疑問が増えた。

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