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*****



 ローガンは、ソファーでいきを立てているジゼルを見つけると、すっと目を細める。


「まぁ、顔を見て気絶されるよりはマシだが…………けいかいしんないのかこいつ?」


 近寄ってジゼルのがおを見ていると、昨晩のことがせんめいに頭をよぎった。

 お会場の受付辺りがさわがしいので気になって見に行くと、まよんだような顔をした少年がいた。それが、噂の天才画家〈ジェラルド〉だった。

 天才と呼ばれるには、あまりに幼い見た目におどろいた。

 正体をきわめてやろうと悪戯心が働き、ついからかってしまったが、怒ってつっかかってくることがしんせんでさらに興味を引いた。

 ボラボラ商会に対して嫌悪感をいだいていたであろうことは、コロコロ変わる表情を見ていれば明白だ。おもしろはんぶんにけしかけたつもりだった。

 なのに、しんがんを見極めたあっとうてきがんりきと天才と呼ばれるにふさわしい雰囲気に、自分でさえも目をうばわれてしまっていた。

 ──名ばかりの画家かもしれないという予想を、良い意味で裏切られたのだ。

 そしてなによりも驚いたのは、絵を描きたいといういちねんだけで、性別をいつわって画家になってしまったといういちな気持ちだ。


「……バカ素直すぎるだろ」


 おどした相手である自分をあっさり信用してしまうジゼルは、チョロすぎてそれだけで面白い。『恋人』を勘違いしているところも、からかいがいがありそうだ。


「女王の前でも、その素直さと負けん気をつらぬとおせよ」


 頰をつついてみたが、ジゼルは一向に目を覚ましそうにない。

 ローガンは一つ息をつくと、彼女の軽い身体からだを抱き寄せてかかげ、ベッドに運んだ。

 自らもベッドに入り、小さな頭をひと撫でする。ジゼルが落ちないようにおのれの腕に抱き込んで、ローガンも目をつぶった。



*****



 翌朝ジゼルは苦しくて目を開けた。その原因が、自分の身体の上に置かれている腕だと気がつく。……瞬間、心臓がねた。


「いいいっ……──!」

「ん、なんだ、うるさ……」


 悲鳴を吞み込み、ジゼルは自分の身体をこうそくしているローガンの腕を思い切りたたいた。


「ローガン離してっ! っていうかどうしてベッドに入ってきて──!」


 ジゼルは抱き込まれた腕から逃れようと身体をよじる。不意のこうげきを食らったローガンは、げんそうに目を覚ました。


「はぁ? ここは元々俺の部屋で、これは俺のベッド。で、お前は俺の『恋人』だろ?」

「なっ……!」

「設定通りにしてやってるのにおんあだで返すとか、覚悟できてるんだろうな?」


 正論に言い返せないでいると、ローガンがさらに強く後ろからジゼルを抱きしめて、くちびるを耳元に近づけてくる。


「一緒に寝るのは当然だ。『恋人』なんだから」


 カヴァネルの勘違いから生まれた設定をいいように使われて、ジゼルは「部屋の中では設定禁止!」と再びばしばしローガンの腕を叩いた。


「お前さ、自分が顔に出やすい人間だってわかってないよな」

「……?」

だんから『恋人』らしく過ごすほうが周囲にもバレにくいから、こうしてわざわざ抱きしめてやってるんだ。感謝しろ」

「ででででも、それじゃお城の人にローガンが誤解されるよ!?」

「事件を解決するのが先だ。男性趣味と思われようが、別にどうでもいい。『恋人』だったら、俺たちが常に一緒に過ごしてても不審に思われることはないだろ」


 だとしても、とジゼルが言い返したのを無視してローガンは続ける。


「あぁでも別に、俺はお前を女だとバラしても問題ないんだよな。で、どうしたい?」

「っ……『恋人』設定……頑張ります……」


 とどめの一言にジゼルがうなると、後ろからくつくつ笑われた。なんだかうまく丸め込まれたような気がしてまったくしゃくぜんとしない。


「自信を持て。堂々としてればジゼルは女だとはわからない」


 ジゼルとしては、散々言い負かされたあとにそんなおすみきをもらっても、ただただ腹立たしさが増すだけの複雑な心境だ。

 反論しようとしたジゼルのうなじにローガンの唇が当たり、飛び出るかと思うほど心臓が跳ねた。


めてやってるんだ。『ありがとうございます』だろ?」

「〜〜〜っ! もう無理ぃぃぃぃっ! いい加減離して!!」


 ジゼルの悲鳴に近い声で、ローガンは拘束する力をゆるめた。


「絶っっっっっ対なんか違う!!」


 ひとまず、ローガンと自分とで色々と『恋人』のにんしきが違うというのだけは、今のではっきり理解できた。


「さてと。お子様をからかうのはこれくらいにして……そろそろ起きるか」

「……っ!!」


 やっぱりからかわれていた! と目くじらを立てるも、どこまでが設定なのかはわからず、ジゼルはなんともめの悪い朝を迎えたのだった。


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