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 ローガンの部屋は一人用とは思えないほど広く、ただの従者にしてはごうな調度品の数々が目につく。

 ジゼルは今日から一緒に過ごすことになったローガンの部屋で、せっせと荷ほどきをしていた。

 絵画の道具を片付けていると、扉がノックされてカヴァネルが入ってくる。


「お待たせしました。手続きが終わりましたから、今日からジェラルド殿は宮廷画家としてこちらの部屋できょしてください」


 差し出された書類にジゼルはさらりと左手でサインを走らせ、「ありがとうございます!」と満面の笑みで返した。

 宮廷画家は、画家を目指す人間にとってのきわみだ。ジゼルのあこがれでもあったが、本来女性には得られない地位なのだから、仮とはいえその職にけた好機に胸がドキドキしてくる。


「ところでローガン。あなた、だんちょうに呼ばれていませんでしたっけ?」


 ジゼルの家に付き合って荷物運びと片付けを手伝ってくれていたローガンは、持っていた箱を落としかけた。


「まずいっ! あの人、こくにやたら厳しいんだよ。あとよろしくたのむ!」


 ローガンは置いてあったけんを持って窓辺にると、そこを飛び越えて部屋を出る。


「えっ!? 窓って出入り口だっけ? というか、ここ二階!」


 ジゼルが慌てて窓から下を見ると、なんの問題もなさそうに駆け去っていくローガンの姿が見えた。


「……ローガンの身体能力って、どうなって……?」


 開いた口がふさがらないジゼルに、カヴァネルがくすくすと笑った。


「彼はこの国の騎士たちにも負けませんよ。騎士団長と仲がいので、時々、彼らの訓練相手にされています。そこでさりげなく王宮のうわさばなしなどを集めてきてくれるのです」

「そうなんですね。それもローガンの仕事ですか?」

「ええ。主に、私のもくとなって王宮の内外で情報を集めるほかに、公務での護衛。それからたまにしょねてくれています。ボラボラ商会の悪い噂を拾い、彼が注視していたのもそういう理由からです」


 おかげで贋作とわかり王宮のしんを保てたと、カヴァネルは口元にを描いた。


「……彼は、最近までせいで暮らしていたのです。少々なのは大目に見てください」


 従者だというのに、カヴァネルのけいしょうを省略するローガンのそんな態度にもなっとくできる。しかし、それが王宮勤めの人間らしからぬように映るようで、宮廷内ではじゃっかんひんしゅくっているのだとカヴァネルは教えてくれた。

 その説明から察するに、ローガンは貴族の出ではないようだ。なのに、カヴァネルとローガンはどうして知り合いなのだろう。


「……ところで。ジェラルド殿は、なぜローガンとお付き合いをすることに?」


 カヴァネルは鋭いから気をつけるように言われていたのを思い出し、探りを入れられている!? とジゼルの背中からあせき出し始める。


「えっと……、ひ……一目ぼれしてしまいました!!」

「まあ、彼は、見た目はずばけていいですが……」


 ジゼルは疑われないよう、こくこくと頷きながらたたみかける。


「すごく優しいですし、気がくし、一晩中ずっと看病してくれて……まで!」


 すつもりが、ペラペラと昨晩の知られたくもない事実を話してしまい、キスされたことまで思い出してしまった(いつぶれていたため全然覚えていないのだけれど)。

 けんで泣きそうになっていると、「そうですか」とカヴァネルはあっさり納得する。


「さすが画家、どうさつりょくすぐれていますね。彼は誤解を受けやすいのに、たった一晩でそこまで見抜くとは……」

「……ローガンの表立った態度が悪すぎるだけです、絶対」


 いやのつもりで言ったのに、まったくその通りですよ、とカヴァネルは困ったように微笑んだ。


「では明日の朝から、女王陛下の元で宮廷画家としての仕事が始まります。なにか必要なものがあれば、なんなりとおっしゃってくださいね」


 女王に張りつき、事件の不審な点を探す期限は、絵画を完成させる四カ月後の交流会まで──。

 先行き不安だったが、ジゼルはやるしかないと頷いた。


 夜に近い時間。ジゼルは一向に帰ってこない部屋のあるじを待つのを諦め、先にと夕食をすませた。明日使う画材をもう一度かくにんしていると、窓がガタガタと鳴ってやっとローガンが戻ってくる。


「窓は出入り口じゃないと思うんだけど……」

「近道だし、廊下にいる衛兵に俺が外出したって知られないから都合がいいんだよ」

「だからって危な──って、ちょ、ちょっと待って!」


 ジゼルは小さく悲鳴を上げた。立ち上がっていきなりえ始めたローガンが、上半身をさらけ出している。


「ローガンっ! 着替えるならそう言ってよ!」

「……はぁ? 言うもなにも、俺の部屋だ」


 慌てふためくジゼルを見ると、恋人ならこれくらいへっちゃらだろ? と意地悪そうに笑って近寄り、ちょんとジゼルの鼻先をつついてきた。

 均整の取れた美しい上半身のたいを前に、元々造形の整った顔に見つめられ、ジゼルは言い様のないずかしさを覚える。


「『恋人』設定をがんるって、胸張って言ったのはどこのどいつだ?」

「人前ではの話だってば……それに私の中の『恋人』となんか違いすぎる!!」

「あーはいはい。ジゼルはとんでもないお子様だったな」


 たまらず部屋のはしっこまでばやく逃げるジゼルの姿を見て、ローガンは笑いながらバスルームへ消えた。


「べ、別に、男の人と一緒の部屋とかへっちゃらだし! 大丈夫……だよねっ!?」


 兄弟もいるのだから男の人のはだかなんて見慣れてる! といっしょうけんめい自分に言い聞かせていると、急につかれがどっと押し寄せてくる。ジゼルは目を開けていることさえままならなくなった。

 ──思えば、昨日からずっととうの展開だ。

 一息つこうとソファーにへたり込むと、ふかふかのすわごこきんちょうがほぐれる。


(あぁ、……明日から頑張らなくちゃ)


 がしらを押さえたしゅんかんねむが来て、ジゼルはそのまま夢の中にすとんと落ちてしまった。



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