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 王国をうれえる気持ちが、カヴァネルからひしひしと伝わってくる。


「女王陛下は、昨日の一件でジェラルド殿のことをたいそう気に入って、しょうぞう制作を心待ちにしているようです」


 話を聞いただけでも気難しそうな女王だ。ジゼルは嬉しい反面、不安がげてきて複雑な表情になっていた。

 というのも自分の場合、油絵を一枚仕上げるには半年から一年はかかる。

 なので、りんごくとの交流会に間に合わせろというのはなんわざだ。あわせて、作業の合間に女王の動向を探るとなると、考えただけでも自分にできるのか心配になる。

 ジゼルの乱れる胸の内に気づいたのか、カヴァネルはやさしく微笑ほほえんだ。


しんそうかいめいに至れば、我がリーズリー家がジェラルド殿の絵画制作におけるきんえんじょを確約いたしますよ……ほうしゅうはこれでいかがでしょうか?」


 ジゼルはその提案にぱああと表情をかがやかせた。

 リーズリー家といえば、代々王家に仕える家臣の中でも主席のじゅうちんだ。

 油絵は特にお金がかかるため、描き続けるための資金援助は必要不可欠。有力貴族からこうほうえんを得られるとあれば、断る理由はジゼルにまったく無い。


「やってみます!」

「ではジェラルド殿は女王陛下を、ローガンはボラボラ商会の動向を探ってください。がんさくを持ち込むなど、王宮のけんに関わります」


 ローガンはうなずいて口を開く。


「絵画好きの女王にうまく取り入ったつもりなんだろう。けど、悪い噂があちこちから聞こえてくる業者に、これ以上王宮で大きな顔をさせるわけにはいかないからな」


 ボラボラ商会の話になって、ジゼルのがおは引っ込んだ。貿易商としては国でも三本の指に入る相手だ。しかし昨日の件で自分は心証を悪くしたに違いない。


「そんなわけで、筆頭から恨まれているであろうチビ助は、すぐさま王宮にしだ」

「えっ!?」


 満面のみでつむがれたローガンの指示に、ジゼルはとんきょうな声を出す。どうやら、今日も帰らせないと言っていたのはじょうだんではなかったようだ。

 ちょっと待ってとこうする前に、カヴァネルが大きくうなずいた。


「安全面をこうりょして、今日中に王宮に来ていただいたほうがいいでしょう。ここならボラボラ商会の手もびてきにくいです。ローガンはさっそく、ジェラルド殿の荷物を運ぶ手伝いをしてください」

りょうかい


 ぜんいそげと言わんばかりに話が進んでいき、ジゼルが口をはさひまもない。


「では、私のほうで部屋を手配します。ひとまず相部屋になりますが、男性用の宿舎を使いましょう。正式に手はずが整ったら──」


 説明を聞くやいなや、ジゼルはローガンの服をガシッと摑み、きれいな横顔を穴が開くほど見つめた。

 ……男性と相部屋は、非常にまずい。

 ジゼルの必死な空気を楽しむように目元をニヤつかせたローガンは、今度は意地の悪い笑みを口元にかべて別の提案をする。


「カヴァネル、チビ助はなにがなんでも俺といっしょの部屋がいいそうだ」

(ちょ、ちょっとなんか違うけど……!)


 助けを求めたのをさかって、さらにジゼルをこき使おうとしているこんたんが、ローガンの口調のはしばしからにじる。


「……そういうわけにはいきませんよ。女王陛下がまねいた大事な客人ですから」

「いや、大丈夫だ。俺たちにも色々と、複雑な、事情があるんだよ。な!」


 ジゼルの肩に手を置き、一言一言んでふくめるようなローガンの物言いに、カヴァネルがいっぱく置いてからはたと手を止めた。


「えっ……まさか、ローガン……」


 なことは言うまいと視線をさまよわせるジゼルと、とくまんめんなローガンに、カヴァネルは考え込む。


「いえ……言われてみればローガンは見合いもずっとことわっていますし……。ジェラルド殿が着ているのはローガンの服……二人が一夜を共に過ごしたのは明白……」


 ぶつぶつ言い終わると、カヴァネルは知性のともる美しい顔で微笑み、あたたかいまなしで二人を見つめた。


「お二人がそのような仲になったとは、さぞかし言いにくかったでしょうね。でも、私には教えてくれても良かったんですが」


 ローガンは、カヴァネルが自分たちの関係をあらぬ方向に誤解をしたことを読み取った。あわててジゼルの肩から手を離す。


「おい待て。カヴァネル、なんか違うぞ……!」

「いいでしょう。一緒の部屋でだんりをつけます。ローガンとは長い付き合いですが、そっちのしゅだとはちっとも気がつきませんでした」

「カヴァネル、人の話を聞──」

「ふふふ……ローガンの愛はとても重たそうですね」

「だから、ちが……はぁー……まぁもういい」


 説明するのがめんどうくさくなったローガンは、「行くぞ」とジゼルのうでを摑み、部屋を出ようとする。二人の会話がいまいち理解できていないジゼルは「え? え?」とローガンとカヴァネルの顔をこうに見た。


「ああ、ジェラルド殿。こう見えてローガンはたよりになりますから。……こいびとどう、仲良くしてくださいね」

「はいっ……ん? 恋人って──」

「こう見えては余計だ。行くぞチビ助」


 ローガンはジゼルを引っ張ってろうに出る。

 乱暴に出て行ったローガンの後ろ姿に、カヴァネルはふうと一息つく。


「これで真相をめられれば、ばんばんざいです。それにしても、まさかローガンに恋人とは……ふふっ。すごいことになりそうですね」


 作りかけていた書類に目を通し、カヴァネルはげんよくサインを走らせた。


 一方、ローガンはジゼルの腕を摑んだまま一言もしゃべらず自室にもどった。とびらを閉めるなりじっとりとジゼルを見つめる。


「えっと……? ローガン、『恋人』ってどういうこと?」

「そのままの意味だ。俺が男性趣味で、お前が恋人だとかんちがいされた」


 部屋を一緒にしろだなんて誤解されてもおかしくない、と説明されてジゼルはぎょっとした。


「なっ!! ローガンと部屋を一緒にしてほしかったんじゃないよ!」


 やっと意味を理解したジゼルは慌てたが、ローガンは少し考えたあとにニヤッと笑った。


「心配しなくても、だれもお子様になんか手を出さないから安心しろ」

「言い方に悪意しかない!」

「カヴァネルに誤解されたのはしゃくだが……まぁ、同室のほうがお前も都合がいいだろ。文句言うな」


 色々と怒りたい気分だ。しかし、めんしきのない男性と一緒の部屋を使うほうが問題だったのはちがいない。


「たしかに、私の正体を知ってるローガンが同室のほうがいいのかも……さっきはかばってくれてありがとう」


 考え直してなおに礼を言うジゼルに、ローガンは「は? チョロすぎんだろ……」とぼやく。


「……お前、『恋人』ってどういう意味かわかってんのか?」

「うーん。恋人いたことないから、正直なところ、全然わかんない」


 あまりの危機感のなさに、ふいにローガンに悪戯いたずらごころいた。ジゼルに近づくと、頰をそっと撫でてあごを上向かせる。

 しかしジゼルはすっとローガンときょを取り、胸を張った。ローガンの手がむなしく残される。


「偽称がバレないなら、ひとまず『恋人』設定はだいかんげいだよ! 大丈夫任せて!!」

うそだろ……!? まさかこんなお子様を好きだと思われるとか、俺のほうが心外だ……」


 ローガンはニコニコしているジゼルをしりに、がっくしとうなだれた。


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