第二章 女王の肖像画を描くため、宮廷画家(仮)になる

2-1


 ローガンは赤くなった左のほおでながら、じっとりと半眼でジゼルを見下ろした。


「ったく、乱暴なやつだな。キスしなきゃ水を飲ませられなかっただけだってのに」

「そっ……それはそうかもしれないけど!」

「俺にたてつくとどうなるか、あとでたっぷり教えてやる。今日も帰らせないからかくしとけ」


 結局ローガンのすきをついてかえることもできず、不本意ながらぶかぶかの服をはいしゃくして、カヴァネルのいるしつしつまで行くことになった。

 ローガンとしては、かいほうしてやったのにおこられる筋合いはこれっぽっちもないと思っているようだ。それは理解できるが、ジゼルとしてはている隙になんてことをしてくれたんだとモヤモヤもいかりもおさまらない。


「初めてのキスは、王子様みたいな人としたかったのにっ! よりによってなんでローガンなんかと──……しかも全然覚えてないし……」


 最後は聞こえないように小さくつぶやきながら半泣きになるジゼルに、ローガンはかたをすくめた。


「……あっそ。よかったな、俺で」

「なんでっ! あのね、私の理想の男性はローガンとちがって意地悪じゃなくて──」

「あーはいはい。ところで、カヴァネルに正体を見破られないよう気をつけろよ。あいつするどいし、バレても俺は助けてやらないからな」


 小声で言い争っているうちに、執務室にとうちゃくした。

 カヴァネルは急にあらわれた正反対のふんの二人を見て、げんそうにしている。


「ええと、中へどうぞ……まあ、またローガンがよからぬことを言ったみたいですが」

「うるさいカヴァネル。それより……」


 しん事件の解明にジゼルが協力するむねをローガンがかいつまんで伝えると、カヴァネルはうれしそうにみるみる顔をほころばせた。


「いやあ、ご協力は願ってもないことです。ちょうど、ジェラルド殿どのれんけいを取れないかあんしていたので。ローガンにあなたを送らせて正解でした」

(……だから昨日、ローガンが追いかけてきたんだ!)


 ずいぶんと間合い良くローガンが現れたなと思っていたが、協力者として最初から目をつけられていたのかと頭をかかえそうになる。が、時すでにおそし。


「ではさっそく。時間が惜しいので現状について説明しましょう……」


 カヴァネルはこしを下ろし、ジゼルたちにも座るよううながした。


「四年前に先王がほうぎょした際、現在の女王ばつと、そくしつ派閥の間でぎょくをめぐってしょうとつがありました」


 この国の法律では、王位けいしょうけんは生まれた順に決まる──とされている。

 先王と現女王である正室のシャリゼおうはなかなか子どもにめぐまれず、側室のウェアムが先に男の子をさずかった。

 側室ウェアム妃のむす、ラトレル王子が王位継承権第一位。

 その三年後に生まれた正室シャリゼ王妃の息子、ジェフリー王子が王位継承権第二位だ。

 順当に考えれば、ラトレルが玉座をぐことになる。

 ──しかし側室妃は、正室よりも身分の低い貴族の出である。

 そういった理由で、先王のきゅうせいでラトレルが玉座にくことを、正室の派閥が許さなかった。

 法律で決まっていたとしても、身分の上下に厳しい貴族が多いのが王国の現実だ。

 どこの国にでもあるようなきゅうていじょうだが、継承権争いはもつれにもつれた──。


「──反発し合う両派閥を押さえるために、二人の王子が十五歳の成人をむかえるまでの間、シャリゼ妃にひとまず女王へいとしてそくしてもらうことになったのです」


 過去にも王子が未成年の場合、正室が玉座に就いた例がある。問題を先送りにしただけにすぎないが、そうしていったん派閥争いは収まったという。


「……問題が起こったのは、今から約二年ほど前ですかね。ラトレル殿でんこつぜんと姿を消しました。そうさくもされましたが、まったく行方ゆくえつかむことができず、くなったとうわさされるようになってしまったんです」

「えっ!? 亡くなった……?」

「はい。女王陛下からかんこうれいが出されていますから、もちろんジェラルド殿もご内密に。うっかりしゃべれば、首とどうたいが永遠にさようならです」

(うっ……これは聞いたからには協力しろよっていうおどもん……)

「さらに、ラトレル殿下がしょうそくってからしばらくして、王宮内でしっそうや不審死が起こり始めたのです。時期が重なることから、ラトレル殿下の行方不明に関わる犯人も不審死の犯人も同一人物ではないかと考えています」


 いちごんいっのがさないように、ジゼルはカヴァネルの声に集中した。


「現状、犯人として一番あやしいのは女王陛下でしょう。ラトレル殿下がいなくなれば、病弱で玉座が絶望的な息子のジェフリー殿下の継承位ががりますから」


 さらりと言われて、ジゼルは顔をしかめた。

 女王に即位してから、シャリゼ妃は厳しい物言いが増えておそれられているという。その上、いつからかベールで顔をかくすようになり、人を寄せつけなくなった。

 話を聞けば聞くほど、たしかに女王が怪しいようにジゼルにも思えてならない。

 いったん情報を頭の中で整理しようとして、ふと思い出す。


「……そういえば。この国には、たしかもう一人王子様がいると聞いたことがあるのですが……?」


 ジゼルが生まれる前のことだが、ラトレルとジェフリーの前に一人、男の子が誕生していたはずだ。本来ならその王子が継承権第一位を得るのでは、とジゼルは疑問に思う。

 一体どこに? と首をかしげていると、「彼の継承権はすでにはくだつされています」とカヴァネルがあっさり答えた。


「第一王子──エスター様は、先王がめたとされる異国の女性との間に生まれたお子です。しかしこの国で女性はきさきとして認められませんでした。なので、そのお子であるエスター様も、身分と共に王位継承権を剝奪されています」


 またも王宮の秘密であろうとんでもないことを耳にしてしまった、とジゼルは頭が

痛くなった。聞けば聞くほどあともどりができなくなってしまう。

「王位継承順など、結局は身分がものを言うけいがいしたたてまえになりつつあるのが……伝統を重んじる我が国の現状です」

「……そういうことでしたか」

「王子の誕生として国民にもれが出たので、ジェラルド殿もなにかの折に聞いたことがあったのかもしれませんね。ですが幼くして母親が帰らぬ人となってからは、先王とえんの深い有力貴族の臣下に下っています」

「その元王子様が、追放した人々をうらんでいる線はないんですか?」

「あり得ません。とうにご本人も玉座をあきらめて、二人の王子たちとは違ったゆうゆうてきな生活を送られています」

「チビすけ。首を胴体にくっつけておきたいなら、その話は二度と王宮内でしないほうがいいぞ」


 射るような視線がローガンから向けられて、ジゼルはいっしゅんたじろぐ。


「……わかった。王族の話はしないようにする」


 びびったジゼルのりょうしょうに、カヴァネルはそこでいったん話を切った。


「ラトレル殿下がこのまま見つからなければ、ジェフリー殿下が玉座に就きます。しかし病弱な彼では、王としてのご公務がこなせないのは目に見えています」


 ジェフリーは、さいしょうであるカヴァネルでさえもめっに姿を見たことがなく、部屋にこもりきりだという。


「それなのに、王宮内でなぞの連続不審死まで起きてしまって、この国はいったいどうなってしまうのやら……」


 カヴァネルはかなり深刻そうな顔をしている。


「そこでジェラルド殿にお願いです。今後あなたは、女王陛下の要望の絵が完成するまで、仮の宮廷画家として王宮にせきを置くことになります。その立場を利用してそうに協力をしてほしいのです」


 それを聞いてジゼルはようやくてんがいった。

 宰相であるカヴァネルが不用意に女王の動向をさぐれば、それこそ女王を犯人として疑っていると言わんばかりになってしまう。そしてローガンは、身分的に理由なく女王に会うことはできない。

 つまり犯人とおぼしき女王に、今一番怪しまれず近づけるのがジゼルというわけだ。


「このままでは、この国の未来が危なくなってしまうでしょう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る