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「……お前、天才と噂されるくらいだから絵画を見る目もあるよな? 作品が本物かどうかきわめてこいよ」

「はぁ!?」

「絵を観たいからわざわざ来たんだろ。このままじゃ永遠に鑑賞できないぞ」


 なにを言っているんだとローガンを見れば、彼の瞳が意味深にきらりとかがやいた。

 断る間もなくジゼルの腕を摑んだかと思うと、次のしゅんかん、とんでもない行動に出る。



「ボラボラの筆頭さん!! その作品のしんがんを、この天才に確かめてもらわないか?」


 ローガンのよくひびく声に、人々が振り返ってこちらを見た。ぽかんと口を開けたままのジゼルの背中が、おんな予感にぞわりとする。


「失礼な! これは、まぎれもなくファミルーの作品です。かんていしょもここにあり……」

「鑑定書がそもそも本物かどうか、わからないよな?」


 筆頭が言い返すも、ローガンが聞く耳持たずでぶった切る。


「だから、天才画家、ジェラルド・リューグナー殿に真贋を鑑定してもらおうと提案しているんだが……」

(ローガン……! なんて余計なことをっ!!)


 ジゼルは逃げ出そうとした。がしかし、強い力で腕を摑まれ動くことさえままならない。


はなせってローガン! 人前に出るのなんていやだからなっ!」

「ごちゃごちゃ言うな。これなら作品を間近でゆっくり鑑賞できるだろ」

「こんなにいっぱいの人がいたら、緊張してそれどころじゃない!」


 ローガンの発言に、招待客たちはこうしんでザワザワし始める。 筆頭がローガンのとなりにいるジゼルに気がついて、驚きの声を上げた。


「まさか……。そちらの子ど……少年が、あの天才画家、ジェラルド・リューグナー殿ですか? ほとんど誰も姿を見たことがなく、実在するのかさえ――」

「ああ、招待状もあるし間違いない。ここにいらっしゃるのが、噂のジェラルド殿だ」


 ひょいと前に押し出され、会場中の興味がジゼルに向けられた。もちろん、だんじょうから女王の視線もさってくる。ジゼルはこうちょくしてしまった。


「これは、大変失礼をいたしました。ですが、わざわざジェラルド殿に見ていただかなくとも……」

「本物だったら価値が上がって国宝ににんていされる可能性があるだろ? それに、ジェラルド殿は真贋鑑定に命をかけるそうだ」

(ちょっとやめて!! 誰が命をかけるって言った!? 女だってバレたらどうするの!?)


 ローガンのあおりに、国宝になれば寄贈した商会の株も上がると考えたのか、筆頭は押し黙った。

 あせりのあまり血の気が引いたジゼルの耳元に顔を寄せ、ローガンはささやく。


「もし贋物だったら、あいつの鼻を明かすことができる。お前もボラボラ商会が気に入らないんだろ?」

「それは、そうだが――……」


 なんで商会を気に入らないことがローガンにバレたのだろう。

 だが彼の言う通り、招待客たちが張りついている現段階ではせっかくのファミルー作品を観ることができない。しかし、鑑定するとなれば、至近距離で鑑賞できる……でも、注目されるのは困る。

 もんもんとしていると、ローガンが招待客に向けて口を開いた。


「お集まりの皆様も、いつも姿を見せないジェラルド殿がせっかくいらしているので……きょうってことで文句ないよな?」


 となえる人はどこをわたしても現れない。それどころか、広間は期待にあふれていた。司会の男性が女王に確認を取ると、女王もゆっくりとうなずく。

 いきなりすぎる展開にがんめんそうはくなジゼルの肩へ、大きな手がドスンと乗せられた。


「ほら。おぜんてしてやったんだ、行ってこい」


 としている様子のローガンをにらみつけ、ジゼルは肩の手を払い落とした。

 間近で鑑賞できる機会をくれたことには感謝するが、やり方と言い方にはつくづく腹が立つ。


「……わかった、確かめてくる。でも、あとでしっかりたっぷり文句言わせてもらうから、かくしろよっ!!」

「あーはいはい。よーく見てこいよ」


 ローガンは、こちらのかくなどまるでこたえた様子ではない。彼とこれ以上めて人目を引くのも嫌なので、ジゼルは覚悟を決めると絵の前に進み出た。


(あぁっ……あこがれのファミルー作品をこんなに間近で観られるなんてっ!! 今この瞬間だけは、来てよかった!!)


 ジゼルはファミルーのひっしょくを一筆ものがすまいと全方向から入念に絵画をながめていく。


(え……? これ、ファミルー作なんだよね。でも……)


 ジゼルはすさまじい集中力で絵をぎょうした。見ている方がかたむほどに。

 しかし、鑑定時間のあまりの長さにしびれを切らし、招待客たちがはじめた時―― 。


「―― ……がんさくですね。タッチが、違います」


 ジゼルがぴしゃりと言い放ち、広間はいきも聞こえないほどしんと静まり返った。


「バカな、ここにある鑑定書には」

「それなりに研究して描かれたのでしょう。すごく上手に、できています」


 筆頭が慌てた声を出すも、ジゼルはファミルー絵画においておのれの鑑定に絶対の自信を持っているため、揺らがない。


「ファミルー作品は、流れるような独特のタッチがとくちょうです。この作品はその技術をほうしているだけで、使っている筆も、絵の具の種類も違うと思われます」


 画面の一部を指さすと、会場中の視線がジゼルの指先に集まってくる。


「こちらのしょですが……下層の絵の具がかわく前に、上から塗った絵の具のほうが先に乾いてしまったため、れつが起こる前兆が見られます」


 本来絵にさわるのはごはっだが……。ジゼルは贋物であることを証明するために、画面に指を押し当てた。

 よく見ないと気がつかないが、触ればいちもくりょうぜん。ほんの少し指を押し当てただけで、あっという間に絵の具にひびが入りはくしてしまう。


「ファミルーは絵の具のじゅつです。はくらくするような絵の具の使い方は絶対にしませんし、サインもくせが違います」


 ジゼルは指についた絵の具を、ふっと吹いて地面に落とした。


「この絵は、ファミルーに似せて描かれた、まったくの贋物です」


 堂々と『贋作』の断言をしてから、ジゼルは辺り一帯が静まり返ったままなのにやっと気がついた。


(……げっ! 私これ、結構やらかしちゃったかも……!?)

「で、ですが、絵のえは本物と言われても、ほとんどの人が間違えます。たぶん」


 慌てて取りつくろったところであとまつりだ。横にいた筆頭の顔が、いかりの赤をとおしてもはやむらさきに変色しかけていた。


( ―― ……まずいっ!)


 めんぼくを丸つぶれにされた筆頭は、今すぐにでもジゼルをのろころしそうな気を発している。

 ジゼルののどから悲鳴が出そうになったところで、気難しそうな声が広間に響いた。


「――さすが、ファミルーの再来と名高い、天才だ」


 声の発せられた方を向くと、ベールしでもわかるほど女王のするどい視線がばっちりジゼルに投げられていた。

 ジゼルは青ざめてその場でそくにひざまずきこうべれる。


(しまった……ここには女王陛下もいらしたのに! つい夢中になっちゃった!)

「ボラボラ商会も、贋作を摑まされたとあってはとんだ災難だったな。この場は私に免じて怒りをおさめるように」


 女王はげんい様子で、困惑している招待客へ目線を向ける。


たいの天才のがんしきしみない拍手を。若き画家をたたえ、うたげを始めよう」


 女王のつるひとこえはくしゅが巻き起こり、ジゼルは、助かったとホッと一息ついた。

 オーケストラの演奏が始まると、余興に満足したのか方々でかんだんが始まる。


「……時にジェラルド。そなたには、改めて私の肖像画制作を受けてもらう。退たいは許さぬ」


 あつてきに女王に声をかけられ、ジゼルは肩をがらせた。

 自分で自分の首をめたも同然だ。ずっとかわし続けていた依頼を、直接命を受けては断ることなどできない。



(やっちゃった……ローガンのせいだ!)


 ジゼルは深々と礼をし、心底ゆううつな気持ちになりながら下がった。すると招待客たちはジゼルに興味津々の様子で近寄ってくる。

 これ以上注目の的になるのはかんべんだ。家に戻ろうと、逃げるように人波をかき分けたところで、興奮した様子でカヴァネルとだんしょうしているローガンが視界に入った。


(もー! 許さないローガン!! 帰る前に、一言文句言わないと……!)


 ローガンはジゼルが怒っていることには気付かず、がんしてってくる。手を伸ばすなり、力任せにジゼルの肩を組んで引き寄せた。


「――よくやったな天才!」

「っ……!?」


 しっかりと肩を抱かれて密着してしまい、驚きでジゼルの怒りがすっ飛んだ。


(まずいまずい、男装がバレたら大変だから離れてっ!!)


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