第一章 宮廷で真贋鑑定をする

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 王宮は街中をけて、さらに小高いおかの上にそびえ立つ。

 とうちゃくすると、ジゼルは馬車を下りてげんかんの衛兵に招待状を見せた。

 いっしゅんおどろいた顔をされたのは、十六歳というねんれいよりもずいぶん幼く見えるからだ。招待状がなければ、子どもがちがって来たように見えるにちがいない。

 ジゼルは衛兵たちのなにか言いたそうな視線をかわすようにして、ささっと中に入った。

 追いかけてくるように「うわさの天才画家ジェラルドを初めて見た!」という会話が聞こえてくる。衛兵たちからげるように、あわてて会場へ向かった。

 期待していたほど身長もびず、大人の男性用の服はたけが長すぎて着られない。大人っぽく見えるデザインを選んだつもりではあったが、世間ではそう見えないらしい。

 しばらくはなにごともなくすんだが、今度はジゼルの招待状を受け取ったお会の案内係の男性が、ちんきゃくの来訪にこわだかに話しかけてくる。


「―― ジェラルド・リューグナーって、あの天才画家の!?」


 案内係のとした声に気がつくと、さらに後ろにいた貴族の招待客までもがジゼルに興味をいだき、辺りがそうぜんとし始めた。


(わわわっ、みんな話しかけてきちゃった、どうしよう……!)


 さわぎになるのはまずい、とジゼルが思ったその時。


「どうかしたのか――?」


 よく通る印象的な声が耳に届いた。くと、のぞむようにジゼルを見る視線と目が合う。

 声をかけてきたのは、絵からてきたと言われてもなっとくするような美しい顔立ちをしたじょうだ。少し長めのくろかみが、上品な顔回りでれている。


「……彼の招待状を見せてくれ」


 青年は、ラピスラズリをんだようない青色のひとみを細めて首をかしげる。話を振られた案内係の男性は、まどったように彼に招待状をわたした。

 青年の着ている服は上等なもののようで、むなもとにはごうもんしょうがついていた。おまけに城内ではいとうしているとなると、いいご身分確定だ。


「へえ。あんたが女王のらいことわつづけている『天才少年画家』だったのか」


 青年が背筋を伸ばすと、見上げてしまうほど背が高い。

 ジゼルが押し黙っていると、彼はきょうしんしんとばかりにこうかくを上げる。


「ひとまず中に入ってくれ」

「あっ……ローガン様、困ります。私のかくにんがまだ終わって―― 」


 ローガンと呼ばれた青年は、こんわくする案内係を無視すると、ジゼルのうでばやつかんでうけつけを通った。


(――助かった! 目立つのは困るから)


 ホッとしながら後ろを振り返ると、いまだに貴族たちに注目されている。ジゼルは気まずくなって、青年のかげかくれるようにして歩いた。


「……あの、ありがとうございました」

「顔に思いっきり『だれか助けて』って書いてあったからな」


 ジゼルが改めて礼を言うと、ローガンはくるりと向き直り、両手をこしに当て口元にえがく。


「なんの騒ぎかと思ったが、噂の天才少年画家のご来場だったとは」

「あははは……」

めずらしい上に想像以上のお子様が来たから――そりゃ騒ぎにもなるな」

「……なっ! 子どもっぽいかもしれないけど、今それは関係ないですよね!?」


 気にしていることをグサリと言われてジゼルが思いっきりまゆを寄せると、ローガンはますますかいそうなみをかべる。


「ジェラルドは十六って聞いていたけど、十二の間違いじゃないよな?」

「――……しょうしんしょうめい、十六歳です」

「俺の二つ下か。しかもまだ声変わりもしていないとはな」


 かたを摑まれさぐるように深く覗き込まれる。これだから人前に出るのは危険なのだ。ジゼルはあいまいにうなずきながらきょを取り、少しこわを落とした。


「助けてくれたのには礼を言いますが、容姿については大きなお世話ですっ!」

「へーえ……俺に言い返すのか。おもしろい」


 ローガンがなものを見たような顔でなぞの笑みを浮かべるので、ジゼルはムッとした。


「なにかありましたか?」


 反論しようとしたところであまりにも近くから急に声をかけられて、ジゼルは驚きに肩をふるわせた。

 ジゼルの真横から現れたのは、ローガンほどではないが、背が高く品の良い人物だ。ゆったりとしたちょうを着込み、高官を表すストラを首にかけている。

 知性のともる水色の瞳に、一つにまとめられた長いきんぱつ。見るからに上流貴族だ。


「これはさいしょう殿どの。この小さな男の子が受付で困っていたようだったので、おせっかいとは思いましたが助けてげていたんです」

「宰相……!? っていうか、小さい男の子ってさっきからほんと失礼だな!!」

「騒ぎだというから来てみたら……ローガンでしたか」


 まだ若い宰相はジゼルを見つめると、たんせいな顔に似合うそうめいそうな瞳をまばたかせた。みされているように感じてしまい、ジゼルはちょうぞうのようにピタッと動きを止める。

 ローガンにわたされたジゼルの招待状を確認し、宰相は口元をゆるませて首を縦に振った。


「あなたが、噂のジェラルド殿ですね。お会いできて光栄です」


 一国の宰相に面と向かって話しかけられて、ジゼルはさらにきんちょうで身をかたくする。


もうおくれました。私は宰相のカヴァネル・リーズリー。彼は私の従者のローガン・ラズウェルです。どうか私にめんじて、彼の非礼をごようしゃください」

「とんでもないです……たしかに態度と口調はあれでしたけど、助かりました」

「おいチビすけ、二言ばかり多かったぞ」

「ローガン」


 カヴァネルは困った顔でローガンをいさめると、いらぬおせっかいを口にした。


「せっかくですから、ジェラルド殿を会場へ。奥の広間にご案内してください」


 ジゼルはぎょっとして断ろうとしたのだが、カヴァネルにほほみかけられて答えにまってしまった。


「話題の芸術家のご来場とあらば、みなあなたに話しかけたくて仕方がないでしょう。ローガンが側にいればだいじょうです。ローガン、騒ぎにならないよう彼を助けてあげてください」

「いえ、そんな……そこまでしていただかなくても大丈夫です!」

こうなおに受け取っておけ。さっきも困ってただろ」

 ジゼルはまたもや腕を引っ張られて、あっという間に奥の広間に連れていかれた。


(ローガンてなんだか目立つから、いっしょにいられると逆にめいわくなんだけど……)

 案内してくれるのはうれしいが、ジゼルはハラハラしっぱなしだ。

 しかし、うるわしいローガンに視線が集中するためか、ちぢこまっているジゼルに招待客たちが近寄ってくる気配はない。

 その点にはあんしつつ、できるだけ目立たないようにと願いながら、広間の中央より後ろで立ち止まる。ローガンが指をさした先に視線を向けると、むらさきいろの布がかけられた大きなキャンバスが置いてあるのが見えた。


「あれが今夜お披露目されるファミルーの絵画だ」


 作品への期待につい目がくぎけになるが、と同時にげんのある女性がすぐ横の上座に座っているのが視界に入る。


「あの方は……」

「シェーン王国シャリゼ女王へい。先王の正室で、王子たちが成人するまでの言わば代理国王だ」


 異様に高い背もたれのこしけた|女王の前に、あいさつをするための人の列ができあがっている。しかし、かんじんの女王の顔はベールで隠されていてよく見えなかった。


「後ろにあるどでかいしょうぞうは、ほうぎょした先王だ。あんまり似てないけどな」


 金髪に濃い青色の瞳をした大きな肖像画が、女王の後ろから場を見下ろしている。


「ところでチビ助。女王に『肖像画の注文をずっと断っていてすいません』って謝りに行かなくていいのか?」


 さらりと痛いところを突かれて、ジゼルはくちびるをぎゅっと引き結んで曲げた。気まずくて、とても挨拶になど行けるわけがない。


「依頼を引き受けるつもりはないから……挨拶するだけだよ」


 ローガンの意地悪な質問にジゼルは心苦しくなる。そんな気持ちをばすかのように、オーケストラの演奏がもよおしの始まりを告げた。

 ほどなくして司会の男が気取った様子で絵画の横に姿を現した。広間が割れんばかりのかんせいはくしゅに包まれる。


みなさま、本日はファミルー未発表作品の特別公開にようこそおしくださいました。今回、女王陛下も注目しておられるきょしょう、ファミルーの作品を王室にぞうされたのは、王都一と名高い貿易商、ボラボラ商会です。今夜はそのひっとう殿に来ていただきました!」

「げ……ボラボラって、まさかあのボラボラ商会のことか!?」


 こうぼうの足元を見て、画家からそくさんもんで作品をたたくという悪評が絶えない貿易商だ。

 ついでに、たいしょうしょうにんであるジゼルの家族のしょうばいがたきでもある。

 そんな悪名高い商会が、なぜ王宮に絵画を寄贈する立場にあるのか。ジゼルにはまったくもって理解しがたい。


「では、さっそく――作品のお披露目といきましょう!」


 筆頭がもったいぶったりで、絵画にかけられていた紫色の布をはらった。

 ようやくお目見えした巨匠の絵画に、近くでようと招待客らがさっとうし、筆頭がほこらしげに解説を始めていく。


「くっ……観たいのに観えない……!」


 ジゼルは絵画にむらがっていく招待客たちの背に向かって、悔しそうにギリギリとおくんだ。


「俺の肩を貸してやる。えんりょするなよ、天才」

「うっ、うるさいな!」


 横からくつくつと笑われて、ジゼルはムッと言い返した。


「お前、せっかく来たのになんで絵の前まで行かないんだ?」

「……いい。ここでかんしょうするから放っておいてくれよ」


 本音としてはかぶりついて観たいところだが、人が密集する場で万が一にも他人にれられたりして正体がバレるのはまずい。

 遠くから指をくわえて見ているしかないジゼルは、先ほどから筆頭が得意満面にかいちんしている解説に引っかかりがありすぎて、けんにしわを寄せる。


(筆頭は宝石商上がりだから、絵画の知識にはとぼしいはずなんだよなぁ……)

「この流れるようなタッチですが、ファミルー独特の手法を使っておりまして……」


 筆頭の説明を半眼で聞いていたローガンは、ジゼルのいぶかしげな表情をちらりと見ると、ニヤッとくちを持ち上げながらつついてきた。


「なあチビ助……あれがにせものだったら面白いと思わないか?」

「……面白いどころか、大変なことになるだろ? それからチビ助じゃない!」

「ボラボラのやつ、王宮ではばかせる商会なんだが、どうもさんくさい」


 それに、たたけばほこりが出るかもしれないと言われたところで、ジゼルの知った話ではない。


「……お前、天才と噂されるくらいだから絵画を見る目もあるよな? 作品が本物かどうかきわめてこいよ」

「はあっ!?」

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