天才宮廷画家の憂鬱 ドSな従者に『男装』がバレて脅されています

神原 オホカミ/ビーズログ文庫

序章


 天才少年画家〈ジェラルド・リューグナー〉は、シェーン王国の王都で評判の今をときめくさいだ。数年前にすいせいのごとく現れ、ちまたで大人気だ。


『とても絵とは思えない! 彼は景色を丸ごと切り取って持ってきてくれたのだ!』

『本物とちがえて、えがかれたオレンジを食べそうになってしまった!』

『ジェラルドに絵をたのんでこうかいする人は、世界に一人としていないにちがいない!』


 こくめいさいみつびょうしゃの風景画や静物画は本物以上としょうされ、見たものをそのままキャンバスに写し取る彼の才能は、神のわざとまで言われていた。

 ――だが、そんな天才画家には、だれにも言えない秘密があった。

 画材の買い出しからもどるなり、油絵の具だらけの服を着た少年は身構える。

 目がくらむようにきらびやかな王宮の馬車が、アトリエとして借りている家のげんかんさきにどどんと横づけされていたからだ。

 使者と思われるひ弱そうな男が、顔に困ったみをかべてをしていた。


「ジェラルド様。そろそろ王宮におしいただけると、女王へいもお喜びになるかと」

「……ええっと。ねこの手も借りたいくらいのいそがしさでして」


 あいまいに返事をすると、顔面に特別ごうふうしょきつけられた。がらな少年はグレーの目をしばたたかせる。

 圧力をめた使者の笑みに、〈ジェラルド〉は引きつったがおを返した。

 封書を受け取って家の中にむ。「お待ちください!」と後ろから追いかけてくる声を、ばたんととびらを閉めてさえぎった。


「む、む、無理だからっ……!」


 これまでいくとなく送られてきた、女王陛下からの『しょうぞう制作』のらいを、ジェラルドはいつも理由をつけてことごとくおことわりしていた。


〈ジェラルド〉は人物画も肖像画も依頼をきょしていて、今まで一度も受けたことがない。

 ――なぜなら、描けない理由、、、、、、があるから。


「行けないよ。だって、〈ジェラルド〉が女だって知られたら、絶対にまずいじゃん!」


 ぼうを取って一息つくと、ジェラルド……もとい、女性であるジゼル・バークリーはかたを落としたのだった。

 ジゼルが住むシェーン王国は、周辺諸国からも名高い芸術の国である。王国の歴史を築き上げてきた芸術家たちは、その時代背景からほとんどが男性だ。

 それもあって、画家は男性の職業、、、、、、、、、という社会常識が国中に深くしんとうしている。

 女性もしゅとして絵を描くことは可能だが、基本的に仕事として依頼を受けることはない。

 ――しかしジゼルは、『画家としてきょしょうと呼ばれるくらい認められる』という夢をいだいている。

 そのため、性別をしょうし男装して、〈ジェラルド・リューグナー〉というめいで絶賛かつやくちゅうだ。

 つまりジゼルは、男性になりきる、、、、、、、というとんでもないことを仕出かしている。

 けれど、画業以外に自分がやりたいと思うことも、また実際できる仕事もないため、後悔はない。

 それでもうそをついている自覚はあるので、しょうおもてになってしまうのはけたかった。だからジゼルは、人が多く集まる場などにはいっさい姿を現さないようにしていた。

 ところがその秘密主義が逆にさわがれる要因となり、なぞの天才少年画家というひれがつき困っているのが現状なのだ……。

 なおかつジゼルの最近一番のなやみは、王宮からみっけずやってくる女王陛下の肖像画制作依頼。

 四年ごとにかいさいされる、りんごくとの交流会が王宮で行われるのは四カ月後。

 招待国の要人の来訪に合わせて、演劇やとうや音楽など、この国がほこる伝統的な芸術の数々をおするのがこうれいである。

 もちろん絵画作品も例外ではない。王国の歴史を彩ってきた絵画は特に重要とされており、行事のかなめの一つだ。

 人気と技法において今や右に出る者がいない天才画家〈ジェラルド〉に、目玉となる女王の肖像画制作のしらが立ったのは当然といえば当然だ。


「肖像画を引き受けたことがない私を選ぶのはちょっとなぁ……ほかにもいっぱい人物画が得意なきはいるのに」


 ジェラルドの名をいちやく有名にしたのは風景画だ。たいしょうしょうにんである家族と共に出かけた先で風景を描いたり、頼まれた場所に直接出向いたりして制作する。

 しかし、人物画はモデルと対面する必要がある。小さい時には描いていたので、今も描けないことはないと思うのだが、長時間他人とせっしょくすることは避けたい。

 そのようなわけで、女王からの依頼も必然的に断っている。


「たしかに、女王陛下からご指名いただけるなんて、画家としては願ってもないめいだけど……でも、本当の性別がバレたら大事件だもん。お城には行かない……ってあれ?」

 いつもと違う色のふうろうが気になり、ジゼルはごみ箱へ直行させる前に封書を開いた。

 書かれた文字を読んだしゅんかん――目をかがやかす。


「ジャン・ミゾーニレ・ファミルー未発表作品のお披露目会!? 招待客限定!? 絶対行きたい!」


 ジャン・ミゾーニレ・ファミルーとは、およそ五百年も前にいっせいふうした画家で、ジゼルの永遠のあこがれだ。作品の多くはさんいつしてしまい、現存数がきょくたんに少ない。

 まぼろしとも言われる巨匠、ファミルーの作品をこの目でられるとあれば、雨が降ろうとやりが降ろうと絶対に行きたい。

 内容をくわしくかくにんしようとして、ジゼルはぎょっとした。


「げっ! お披露目会は……今夜!?」


 行きたい気持ちと、性別偽称がけんしたらという不安が、ジゼルの胸中できっこうする。


「うーん……バレておとがめを受けたとしても、やっぱり間近で観たい……」


 しょばつとして王都からの追放はあるかもしれないが、だとしてもファミルー作品は観る価値がある。

 おまけに招待客限定となれば、せんざいいちぐうの機会だ。


「行こう! でも、正体がバレないように気をつけなくちゃ」


 王宮の送迎馬車がまだ階下にまっているのを窓から確認するなり、これ幸いとジゼルは「お待ちください!」と呼びかけた。

 手持ちの中で特にえのいマスタードカラーの服を取り出し、大急ぎでえる。

 男装するため短く切ってしまったかみは、赤みが強いが、毛先に行くほどくりいろになる。

 悪目立ちするそれをベレーぼうかくせば、ちょっとわいらしい顔立ちの少年画家のできあがり。

 鏡の前で最終確認をすると、ジゼルは小走りで玄関を飛び出した。


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