1-3

 ジゼルの焦りなど気にもめず、ローガンはさらに肩を痛いくらいに叩いて抱きついてくる。


「まさか本当に贋作だったとはな! 筆頭のあんな顔を見られて、スッキリしたぞ」

「ローガン、失礼ですよ。……すみません、彼は少々乱暴なところがありまして。ちなみにジェラルド殿は、このあとお時間はありますか?」


 カヴァネルがローガンを引きはがしながらたずねてきた。

 勢いにまかせて「ありません!」と答えようしたものの、タイミング悪くきゅうが声をかけてくる。


「失礼します。こちらは西の国より手に入った珍しいお飲み物です。ジェラルド様、ぜひおがりください。女王陛下から、先ほどの余興のほうにとたまわっております」


 にこやかに言われて、ジゼルはトレーの上に置かれたおいしそうな飲み物に目を向けた。


「ありがとうございます!」


 とうの展開にいっぱいいっぱいになっていたジゼルは、ちょうどのどかわいていたんです、と喜んで受け取り一気にはいからにした。


「……うわ、なにこれめちゃくちゃいっ!!」


 口元を押さえながら、ジゼルは味とにおいが強いそれにまゆをひそめる。

 ずっとぽかんと様子を見ていたカヴァネルが、予想もしていなかった事実を告げた。


「大丈夫ですか? かなり強いお酒のようですが……」

「え、これ……お酒ですか?」


 先に言ってほしかった、とジゼルは顔を引きつらせた。


「私、お酒って飲んだことないです」


 飲み干したものが酒だとにんしきしたたん、ジゼルの顔色はみるみる悪くなった。ローガンがぎょっと慌てた顔をする。


「お前、顔色が――」

「か、かかか帰りますっ!! さようならっ!」


 ジゼルはだっのごとく出口へ向かって駆け出した。あっに取られたままジゼルの後ろ姿を見送るローガンに、カヴァネルがこれ見よがしなため息をく。


「困りましたね……ローガン、心配ですからジェラルド殿を送って差し上げてください」

「はぁっ!? あいつが勝手に飲んだんだぞ?」

「ボラボラ商会をやり込めたかったのは、ジェラルド殿ではなくあなたでしょう? 極度の緊張からのアルコールせっしゅは危険ですよ」

「あー。まあ、たしかにやりすぎたか」


 ローガンはめんどうくさそうに息を吐くと、ジゼルのあとを追いかけた。

 ジゼルはくらくらする頭を両手で押さえながら、ひとまず中庭に出ることに成功した。


「もう最悪! お酒って知っていたら、絶対に飲まなかったのに……!」


 走ったせいで余計に酒が身体からだに回り、おまけに緊張の糸が切れてその場にへたり込んだ。


「なんだってあんな……不味いものをみんな飲みたがるんだろう?」

「――おい、チビ助。大丈夫か?」


 追いかけてきたローガンは、息一つ乱さずにジゼルの横にひざをついた。月明かりに照らされた顔は、意外にもジゼルを心配している様子だ。


「ダメそうだな……横になれる部屋に案内してやる」

「いい。ここで休んでいれば大丈夫だから」


 ローガンから離れようと立ち上がった瞬間、ジゼルの視界が揺らぐ。しばたおれなかったのは、とっさに彼が支えてくれたからだ。


ってるのに走るとか、お前バカすぎ。王宮医のところに運ぶか……」

「バ、バカじゃない! 大丈夫だ!」


 医者に服をがされたら完全に終わる。なので放っておいてくれと言おうとして、急に視線が高くなった。

 ローガンの肩にかかげられていると気づいた時には、すでに王宮内の薄

|うすぐらろうを進んでいる。


(ああああ、マズイってこれはっ……!)


 落ちないようにぎゅっとローガンにしがみついてから、身体が思い切り密着してしまっていることにジゼルは内心で悲鳴を上げた。


「ロ、ローガン! 大丈夫だから下ろせって!」

「大丈夫そうな顔をしてから言え」



 暴れると頭痛がひどくなり、が込み上げてくる。それでも正体がバレるわけにはいかない、とジゼルは必死にていこうした。


「医者だけは本当に嫌だ!! 死ぬ!」

「うるさい! わかったからじっとしてろっ!」

「ぐっ……」


 気持ち悪さと正体がけんしたらという焦りで、ジゼルはもはやばんきゅうすと灰になりかけていた。

 しかし、連れてこられたのは王宮医の元ではなくローガンの部屋だった。ソファーにかされたジゼルは、ローガンに消え入りそうな声で礼を言う。


「すまない。少し休めば大丈夫だから」

「まったく……医者がきらいとか見た目以上のお子様だな」


 ぶつくさ言いつつ、ローガンはしぶい顔で水を持ってきてくれた。


「助かる」


 だが、差し出された杯からふらふらの状態で水を飲もうとしたところで――手がすべった。


「あっ、ああああ……!」


 そのまませいだいにこぼして、ジゼルは着ていた服を思い切りらしてしまった。


「……ものすごいドジだな。とりあえず服脱げ」


 えを探すためにクローゼットを物色し始めたローガンを見て、ジゼルの酔いはすっとめる。


(――待って待って! ドジっていうか……これはダメすぎる!)


 一気にジゼルの思考が回転し始めた。


「冷えたおかげでもう具合良くなった。帰る! ありがとう!」


 さっと立ち上がってせいいっぱい作り笑いを浮かべるが……やっぱり視界が回る。


「お前さ、どうせならもう少しまともなうそつけよ」


 着替えて横になれと両肩を押さえられ、強い力でソファーにもどされた。


「これなら着られるか? お子様すぎるお前にはでかいと思うけど、ほかにない」


 着替えを広げながらローガンに言われて、ジゼルは覚悟を決めた。

 これ以上抵抗して逆に疑わしく思われても困る。アンダーシャツは着ているしそれならばいっそ……。


「わかった、ありがとう。すぐに着替えるからあっちを向いていてくれ」

「はぁ? 見られて困るもんでもないだろ……女じゃあるまいし」


 げんな顔をされたが、文句を言いながらもローガンは後ろを向いてくれた。

(――よかった。急いで着替え……)

「やっぱり思った以上に大きかったか。こっちのほうが少しはまともじゃないか?」


 濡れた服を脱ぐと、別の服を持ったローガンがあっさりとこちらを向いた。

 ローガンと目が合うなり、ジゼルは動きを止める。そして……。


「きっ……!」


 りょううでで自分自身を抱きしめたまま、ジゼルの口から悲鳴がほとばしった。


「きゃあああああ――――!」

「は…………?」


 ローガンは二秒ほど目を白黒させたのち、おおあわてでソファーに押しつけるようにしてジゼルの口を押さえた。


「待てバカ、さけぶな……!」


 悲鳴を聞きつけたのか、バタバタと人の駆けつける音が聞こえてきた。ジゼルが身体をこわばらせると同時に「なにかありましたか!?」ととびらの外から衛兵たちが様子をうかがってくる。


「なんでもない……あー、ねこだ猫! 外でけんしてる!」

 ローガンの言い訳を信じたのか、しばらくすると人の気配が退いていった。


(――見られた? 絶対見られたよねっ!?)


 かつてないほどにジゼルの心臓がはやがねている。


「……ジェラルド、落ち着け……いいな? 手を離すけど絶対に声を出すなよ」


 ジゼルがコクコクとうなずくと、ローガンの手がゆっくりとジゼルの口から離れていき……耳に痛いちんもくおとずれた。


「……とりあえず服を着ろ。あっち向いててやるから」


 ローガンが遠のく気配を感じ取ると、ジゼルはのそのそと服を着る。


(お酒、そうだ。私、お酒を飲みすぎて、これは夢だ。悪い夢)


 目を開けたらきっと朝で……。


「終わったか?」


 ――ジゼルはローガンを見るなりひっと喉を引きつらせた。


「あ……、おい!」


 ローガンの動じた声が耳に届いた時には、ジゼルはソファーの上で気を失っていた。

 動かなくなったジゼルに近寄って見下ろすと、ローガンはなんともいえない顔をする。


「…………人の顔見て気を失うとか。とんでもなく失礼なやつだな」


 ローガンはため息をいて、しばし考え込む。

 このまま放置しておくわけにもいかないので、気絶してしまったジゼルを抱え起こした。

 完全に力が抜けてしまった身体は、心配になるくらいに軽くてきゃしゃだ。

 仕方なくベッドに運び、じっと顔を覗き込む。


「……やっぱり女か? なんで男の格好を……?」


 ローガンはしばらくジゼルの顔を見つめてから、ひらめいたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべる。

 そして、ジゼルの半身を抱え起こすと、水差しの水を取った。


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