第16話

「私の頭脳はどこから来ていると思う?」

 唐突にユーリヤが質問してきた。

 一行いっこうは今、管理局の研究施設を離れてとある場所に移動している。管理局が所有するシャトルの使用許可が下りたのでフットワークはだいぶ軽くなった。

 一面に広がる水面を眺めていたソーライは船内のユーリヤに視線を移した。

「頭脳って……規則に従った演算結果だろ」

「私がただのコンピュータなら答えは肯定、だけどアンドロイドだから答えはノーよ。その回答だと不具合も抜け道もできてしまう。諜報員の貴方なら理解できるのではなくて?」

 ユーリヤの言葉に、ソーライは「確かに」と納得する。彼が宇宙船に潜入できるのもその抜け道のお陰だ。

「ベースとなる頭脳があるのよ。情報を集積し判断する処理に、ノイズを入れて癖や性格を表現し、より人間に近づけるの」

「開発者の判断の癖が入るってことか」

「開発者自身が自己の癖を百パーセント理解することは不可能よ。なぜなら無意識下の意識は自我にのぼってこないから」

「表層にないものは認知できないか……。それならユーリヤが人間らしく居られるのはどうしてだ?」

「……」

 ソーライが質問するとユーリヤはしばらく無言になった。隣に座るソーライと操縦席に座るシュラーを、何かを推し測るように交互に見比べる。

 それからようやく口を開いた。

「貴方たちを完全に信用してはいないけれど、これから行く場所の説明がつかないから伝えておくわ。他言無用でお願いね」

「わかった」

 ソーライとシュラーがうなずくと、ユーリヤは一呼吸おいて口を開いた。

「私の頭脳は、過去に存在した人間から抽出されたの。外見も性格もそれに基づいている」

 その台詞に二人は目を見開く。

 ユーリヤは相変わらず無表情で、何を演算しているのかそこからはうかがい知れない。

 しばらくの無言が続いたあと、操縦かんを握ったままシュラーが口を開いた。

「ユーリヤ、質問したい。君はその頭脳だった人格の記憶を持っているのだろうか」

「半分は肯定するわ。頭脳が辿ってきた経験を時系列に並べることは不可能、けれど情報は蓄積されている」

「あくまでも記録か。では過去の家族との思い出等は残っているだろうか」

「ないわ」

「ならば……」

「二人とも待てよ!」

 質疑応答を続けるシュラーとユーリヤの様子に、ソーライは思わず声を上げた。

「何淡々と会話してんだよ、サトーラは人体実験でアンドロイドを作ってるってことだろ⁈ ユーリヤが存在するために、誰かが死んで」

「ソーライ」

 シュラーがいさめるようにその名前を呼ぶ。ソーライは「あっ」と慌てて口を閉じた。

 ユーリヤは首を横に振る。

「構わないわ、事実だもの。けれどソーライが思っているものとは少し違う。これはサトーラの横暴ではなく種の保存だったの。サトーラは偶然それを見つけて利用しているだけ」

「……」

「私が貴方たちの作戦に乗った理由も見せましょう。もうすぐ到着するわ」

 ユーリヤは窓の外に視線を移した。

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